2017年10月15日日曜日

UNSANE/Sterilize

アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨークのノイズロックバンドの8thアルバム。
2017年にSouthern Lord Recordsからリリースされた。
メンバーチェンジや活動休止などもありつつ1988年から一貫してノイズロックを鳴らし続けるバンドUNSANE。中心となるのは唯一のオリジナルメンバーでボーカルとギターを務めるChris Spencer。前作「Wreck」から5年ぶりの新作。オリジナルアルバムのカバーアートは常に血まみれで、今作でもそれは健在。

UNSANEを聴いてて思うのは彼らが演奏するノイズ・ロックというのは文字通り「うるさいロック」であって、ここでいうノイズと言うのはハーシュノイズに代表されるノイズミュージックとは一線を画す。ジャンルとしてのノイズと言うのは常にメイン、オーバーグラウンドに対するアンダーグラウンド、カウンターであって、それをロックやハードコアや、メタルなどに要素の一つとして取り込むやり方も今では珍しくない。今年リリースされた作品だけ見てもFull of Hell、本邦のENDONなどはノイズの影響を受けたうるさい(ロック)バンドだが、本質的なノイズ・ロックとは異なる。UNSANEの場合はそういった意味でのノイズは一切用いない。核となるのは骨太なロックで、芯が太く、ぶれない。ガッツリ硬質な音はオルタナティブ・ロック、メタルにとても良く似ている。例えばHelmetなんかには結構共通したものがあると思がもっとプリミティブだ。ノイズというのはブレみたいなものだから、かっちりしたそういったロックにノイズと言う形容詞をつけるのは面白いが、つまりは極端にうるさいのがUNSANE。
ガシャガシャした質感が残りつつも重量感のあるギター。それと対をなすカッチカチにハードに固めたベース。突っ走り勝ちになる危うさを溜めのある連撃で引き締めるドラム。そして飾りっ気がないが、真に迫ったシャウト主体のボーカル。曲速はミドルでだいたい3分程度。余計なものは一切なく、淡々とロックを演奏していく。ロックから派生したハードコア、メタルは先代の衣鉢を注ぎながら、着々と武器も増やして武装してきているが、UNSANEに関しては流石に音に関しては重たくそしてクリアだが、その他は基本的に装飾が殆ど無い。最小限のメンバーでいわば徒手空拳で勝負を挑んでくる。特にこの音源を聞いて思うのは、ある種のルーズさ。UNSANEより力強く、凶暴そうな音楽はほかにもあるが、UNSANEを聴いているとなんとも言えない居心地の悪さを感じるものだ。まずは不穏さが一つ。油をよくさした工業機械に囲まれているような、居心地の悪さ。そしてもう一つはシニカルなユーモアである。張り詰めているところは異常に張り詰めているのだが、どうも薄ら笑いのような酷薄さ、皮肉さ、空虚さがその背後にあってそれが熱量のある曲を同時に薄ら寒いものにしている。ここらへんはもうすぐ30年を戦い続けるベテランゆえの力配分の妙なのだろうか。
個人的には5曲目「Lung」から7曲目「Distance」までの中盤がたまらない。特に「Distance」はコーラスのところも良いが曲の最後になかなかつかみにくい感情がむき出しになっているようで震える。

ある意味ではノイズ+ロックの本命というか。オルタナティブ世代がかつての栄光の本質が死ぬどころか強靭に生き残り続けることに感涙の涙を流してもよし。最新鋭のサブカルとしてのノイズ世代が、ぶっというるささにぶん殴られて恍惚とした血の味を口の中に感じるのもよし。無慈悲な音に目がない人はぜひどうぞ。

Ben Frost/The Centre Cannot Hold

オーストラリアのメルボルン出身で今はアイスランドのレイキャビークを活動の拠点としているアーティストの5thアルバム。
2017年にMuteからリリースされた。
前作「A U R O R A」から3年ぶりのリリース。間には英国の作家イアン・バンクスによる小説「蜂工場」に影響を受けたコンセプトアルバム「The Wasp Factory」をリリースしているが、これは戯曲というか大胆にボーカルをフィーチャーした異色作になっている。今回はSteve Albiniがレーコでィングを担当している。アルバムに先立ち「Threshold of Faith」というEPもリリースしている。

私は前作「A U R O R A」から入った口で容赦のないノイズに同居する美しさ、いわば荘厳なノイズに痛く感動したものだった。今作もそんな彼の特色が遺憾なく発揮されているが、個人的には前作ほどわかり易い内容にはなっていないと思う。前作の路線を踏襲しつつ、より曖昧に抽象的になったのが今作という感じだろうか。ビリビリ震えながら流動的にその姿を変えていく、いわば生きている轟音、ハーシュノイズを中心に据えながら、黒い絵の具のように排他的ですべてをただ”ノイズ”一色に染め上げてしまう強烈なパワーを制御しつつ、別の要素を主役たるノイズの魅力を減じさせることなく同居させるのが彼の強みで、前作収録の「Nolan」などはノイズとほぼ融合したような凍てつくような美麗なメロディがガリガリとその実体感を増していく素晴らしい楽曲で、まさに魔術師たるBen Frostの魅力がつまりまくった曲だった。今作でもノイズ以外の要素に力を割いており、わかりやすいのはビートの導入、それからノイズにかぶさるメロディ、リフ、ぶれない輪郭を持った明確でソリッドの音使いなど。ノイズアーティストながらどこかしら透明感のあるような美しい風景を作り出してくる。それがあざといくらいの美しさ、メロディとは距離をおいたやはりどこか北の方の極寒の厳しさを同時にはらむコールドなもの、というところがまた良い。コールドかつ背後の美メロという意味ではやはりブラックメタルに通じるところがあるかもしれない。
今作は中盤を過ぎたあたりからノイズの登場頻度と言うか、使い方がちょっと変わってきて、ボリュームレベルを下げて底流に這わせるような使い方をしている。いわばノイズの氷塊がとけだしてそれ以外の要素が顕になっているわけで、そこにあるのは非常に繊細かつアンビエントな曖昧な世界であった。てっきりノイズがなければ美しさが残るかと思えば、果たしてそこにあったのはもっと曖昧ななにかであった。ドローンめいた、僅かな光のような。相反するものをぶつけることがBen Frostの醍醐味かと勝手に解釈していたが、どうやらそれは違うらしく、この人は足し算というよりは掛け算で曲を作っているのだろう。

今作では緩急をつけることでまた新しいことをやっている。とにかくうるさいのがノイズでしょ〜というとちょっと驚くかもしれないが、一旦自分の曲をバラバラにして要素を一つ一つ吟味した上で再構築しているような、チャレンジ精神を感じる。そういった意味ではやや実験的な内容になっているかもしれない。曲単位で見れば彼の醍醐味が遺憾なく発揮されている曲もあるので、前作が気に入った人なら大丈夫だと思う。

2017年10月11日水曜日

Various Artists/ろくろ

日本のレーベルLongLegsLongArms Recordsのコンピレーションアルバム。2017年に同レーベルからリリースされた。
参加しているアーティストと収録曲は以下の通り。(レーベルHPからコピペ。)
1. ILIAS - 存在と理由
2. The Donor - Kagerou
3. KUGURIDO - 桃源郷夜想曲
4. KLONNS - KNIVES
5. KLONNS - SODOM
6. SWARRRM - march
7. unfaded - 漆黒
8. PRIZE OF RUST - Decade
9. PRIZE OF RUST - Spectator
10. ENSLAVE - Killing Me Softly
11. Pterion - Schwein
12. ungodly - 蝕
13. Yvonxhe - Incessant Mournful Tale
14. Vertraft - MEMORIZE
すべて日本のバンドで、バンドの活動拠点は東京、関東にとどまらず関西・金沢・四国と様々。レーベルオーナーが実際にあったバンドからセレクトされている。

LongLegsLongArms Recordsは主にハードコアを取り扱うレーベルだが、主にネオクラストと呼ばれるジャンルをメインに紹介している。ハードコアのなかのサブジャンル、クラスト(コア)のさらにサブジャンルであるネオクラストだからまあ結構マニアックな音楽だと思う。このネオクラストというのが(個人的には)かなり難しいジャンルで説明するのが難しい。説明する時に「ブラッケンド」「激情」「クラスト」「エモ」「エモバイオレンス」なんかの単語を使うとうまくいくような気がする。そんなに歴史のあるジャンルではないと思うので、おそらく私だけでなく演奏する方も難しいな〜とは思っているのではなかろうか。というのも真性のネオクラストバンドというのはまだ日本にはそうそういないのではなかろうか。この音源だとネオクラストを自称している(=明確に指向している)バンドは多分姫路のKUGURIDOだけではなかろうか。その他のバンドはネオクラストという言葉が浸透する前にそういった音楽をやっていたバンド、要素としてネオクラストを取り込んでいるバンド、一聴したところ(ネオ)クラスト感のあまりなさそうなバンドなど。おそらくより浸透性のあるジャンルで言うと、ハードコア、ニュースクール、カオティック、グラインド、ブラックメタル、エモバイオレンス、激情などにカテゴライズされるのではなかろうか。要するにその中にネオクラストの影響(意図的なものと無意識的なもの、両方)を感じ取ったレーベルが、少なくとも日本では未だ黎明期にあるネオクラストシーンにこれだ!と押すのがこのコンピレーションなのではと個人的には思う。まだ良くも悪くも混沌としているネオクラストという概念をそれを取り巻く周辺含めてすくい取ったのがこの「ろくろ」という一つの音源なのではなかろうかと。
レーベルはサンプラーと称してそれに所属するバンドを紹介する音源を作ることがあるが、まさにこの「ろくろ」は紹介する意味合いが強い。(ただ既存の曲を集めたわけではないからサンプラーとは呼べないだろうが。)全部で4万字を超える各バンドへのインタビューもその紹介、もっというと収録するバンドを理解し、咀嚼してそれを第三者(リスナー)に伝えようというレーベル姿勢の表れと見て取ることができる。(私の感想は作品を理解しようという試みなので(つまり読書感想文と同じ一つの解釈にしかならないのです。)、こういった姿勢は非常に共感できるのです。)

収録されている音を聴いてみると前述のような状況なので統一感がありつつもバリエーションの有る個性的な音楽が矢継ぎ早に展開される。(おおむね1曲あたりの収録時間は短め。)ニュースクール・ハードコアに日本なりのハードコアの伝統を融合させた音、ブラックメタルの影響色濃いいわゆるブラッケンドと称されるハードコア、もはやブラックメタルにしか聞こえないブラックメタルなど。このオムニバスの面白いところのもう一つは全国から収録バンドを集めたこと。音楽を語る上で切っても切れないのが”シーン”という言葉だけど、これが横というか平面上で語られるのが地域で、もはや結線されてもいないネットで結ばれた社会では情報が均質化されるが、それでも地方ごとのシーンというものは健在であるようである。その地方ごとの特色がきっとバンドの出す音に表れているのであろう。一言に激情と言ってもテンプレート的な激情の影響を収録曲に見出すことは困難である。(バンドの個性なのかシーンの特色なのかはちょっと判断できないのだけど。)

レーベル名は足長手長(手長足長とも)という妖怪なので「ろくろ」ときくと「これはろくろっ首のことに違いない!」と早合点したのだが、どうも陶芸を作るときのろくろという意味もあるらしい。面白いと思ったのは新しいものを作る際にはたいてい土を捏ねる、という言い方をするが、ろくろはある程度形になっているものを整形するのに使う。多分日本でのネオクラストの土台はである程度出来上がったので、3LAとしてはそれを集めて形を整え、全国にお届けするよ、ということなのだろう。「ネオクラストはわしが育てた」という居丈高の態度ではないのが非常に謙虚だと思う。

まだこれからのジャンルだと思うので、耳が早いひとはチェックしてみると面白いのではなかろうか。降って湧いた進行ジャンルではなく、静かに進行した音楽的傾向を「ネオクラスト」としてすくい取ったイメージだ。なので妙な作為性や違和感は皆無である。

3LA-LongLegsLongArms Records-Presents『ろくろ』@新宿Nine Spices

よくあることなんだけど10月8日は面白そうなライブがかぶって困る日だった。そんな中でも足を運んだのはこちら。このライブは日本のLongLegsLongArms Recordsが主催するもので、先日リリースされたレーベル初めてのコンピレーションアルバムの発売を記念してのもの。アルバムに曲を提供しているアーティストが出演する。さすがにアルバム収録全アーティストとは行かないが、出演陣は下記の通り。
PRIZE OF RUST (茨城)
ungodly (香川)
unfaded (奈良)
SWARRRM (神戸)
Pterion (京都)
KLONNS (東京)
ILIAS (神奈川)
ご覧の通り東京のバンドが一つしかない。奈良、神戸、京都、香川と普段はなかなか見れないような地域で活動しているバンドが名を連ねており、それならこの機会に見るべき!と思ったわけ。もちろんコンピレーションアルバム「ろくろ」の内容が素晴らしいことも理由の一つ。

この日会場のSEではHelmetが流れていた。アメリカのオルタナティブ・ロック(メタル)バンドである。この3LAというレーベルは一風変わったハードコアを世に紹介するレーベルで、もう一つの可能性という意味で「オルタナティブ」という言葉がよく似合う。その集大成の一つが日本全国からバンドを集めて作った「ろくろ」なわけで、それが眼前で見れるということで期待が高まる。
例によって道に迷ったので(馴染みのない駅を使うとかならずぜんぜん違う出口を選択するのが私)私がおっとり刀で会場にたどり着くとすでに一番手が始まっているところだった。

PRIZE OF RUST
茨城(いばらき)のハードコアバンド。この間見たときも同じ3LA企画でやはり同じ会場だった。4人組のバンドでコンピレーションアルバムでもお気に入りだったので二回目に見るのが楽しみだった。改めてライブで見るとニュースークール・ハードコア!という感じ。音が非常にゴツゴツしている。音が非常にメタリックで、ミュートを使った刻み込んでくるリフをあまり多様せず、滑らかにつややかなリフを弾きまくる。このリフが非常にメロディックで、ツインボーカルはシャウトしかしないのでその対比が本当に”叙情的”という感じ。低音低速で力任せにぶん回すモッシュパートみたいなのもあって非常に暴力的だが、歌詞は多分日本語で、モッシュ用ハードコア(それはそれで好きだけど)ではなくて訴えかける何かがある。マイクにかぶりつくように歌う様もそうだが、前のめりにメッセージ性がある感じは日本の激情系からの流れを感じさせる。個人的には日本ならではのニュースクール・ハードコアという感じで、どうしても悩みすぎている激情に比較すると、懊悩はあるけどアクセルを踏み切っているような潔さが魅力。重量感があるけど滑るようなメロディアスなリフを低音で急ブレーキ掛けるところが非常にかっこよかった。

ungodly (香川)
続いては香川のバンド3ピースでボーカルの方がボーカルを取る。「ろくろ」収録の曲しか知らないものでどんな音なのか?白塗りにしている動画があったようだしブラックメタルよりの(ブラッケンドな)ハードコアかな?と思っていたら、結構想像と違った。まずはリフの音の数が多い。刻みまくるような密度濃く詰め込んだリフは、相当テクニカルでかっちりしたスラッシュの影響色濃いデス/ブラックだった。トレモロにそこまで比重をおいているわけではないというか、印象ではもっと刻みまくっていたようなのでボーカルの喉に引っ掛けるようなイーヴィルなシャウト意外はわかりやすいブラックメタルの要素はないし、塊をぶん回すのがハードコアの真髄の一つだとするとそういった意味ではハードコア感はほぼない。ただ(間違っているかもだが)ドラムはツービート主体だったり、曲もアルペジオをなどを効果的に導入しつつ起伏に飛んでいるが、ダラダラ長くないし、あまり耽美/アーティステックな雰囲気もしないので終始殺伐としてて個人的にはそこが良かった。

unfaded (奈良)
つづいては奈良のバンドで、MCでいっていたのだが10年位は活動しているが県外でライブをするのは2回めで東京はこの日が初めてだったらしい。「ろくろ」ではとにかく攻撃的でメロディアスな楽曲がかっこよかったのでこの日楽しみだった。
スリーピースで基本的にギタリストの方がボーカルを取る。この日一番”激情”という感じだったのでなかろうか。内省的な歌詞をうずまきのような轟音にのせて送り出すあのスタイルである。ただいわゆる激情というよりはむしろエモバイオレンスという感じで、具体的には激情でありがちな静かなパートは必要最小限にとどめて勢いとスピードを殺さないように、そして飾らないシンプルさでほとばしる激情を披露していた。歌詞に関しては演奏の合間に吐き出す、というようなスタイルで演奏のよく練られた細やかさが感じられた。うるさいバンドだが、なんとなく寡黙でいぶし銀なスタイル。ギタリストの方はDeath SideのT-シャツを着ていたが、envyからの激情というよりはむしろジャパニーズ・ハードコアの流れを強く感じた。音源を購入したのだがシンプルだが力強い歌詞も勿体つけない音楽性とあいまってシンプルかつ力強いハードコアの進化系という方がしっくり来る。ドラムがやたらと印象的だった。

SWARRRM (神戸)
続いては「カオス&グラインド」を掲げるSWARRRM。この日は冒頭から激速で一気に耳目を集め、そこから「幸あれ」、そしてkillieとのスプリット音源から「愛のうた」「あなたにだかれこわれはじめる」、ろくろ収録の「March」と大胆に歌を取り込んだバンドの昨今を披露していく。「カオス&グラインド」とは単なるスローガンではなく1曲に1回はブラストビートを入れる、という厳格なルールでもある。このバンドは常に何かに挑戦しているように個人的には感じられる。すべての曲はそれ自体完成品だが、同時に何かに対する一つの試行錯誤の結果に見れる。バンドとしての挑戦の結果が曲として残っているようなイメージだ。常に高みに、だから孤高のバンドと呼ばれるし、目下最新アルバム「Flower」以降での大胆な歌へのアプローチも単純なセルアウトとは絶対解釈されようがない。ルールと言うのは縛るものだが、他のバンドが良くも悪くもとどまり続けるフィールドを、SWARRRMはルールを使ってあっさり(はたからそう見えるだけで実際には苦労を重ねた末にだと思うが)乗り越えていく。ビリビリ震えた。

Pterion (京都)
つづいては京都のバンド。このコンピで初めて知ったのでバンドの情報については殆ど知らなかった。(結成は2017年ということもあり。)5人組でボーカルは専任。ボーカル以外は顔を白く塗っている。ボーカルがガッチリした体躯に編み上げブーツを履き込んで一人だけ素顔を晒している。他のメンバーは顔を塗っているものの服装は結構バラバラでなかなか作為が読み取りにくいスタイルで面白い。
曲が始まってみるとこの日一番ブラックメタルだった、というか完全にブラックメタルだ。ギタリストの一人は多分7弦ギターで、ベーシストと三人で相当テクニカルなリフを矢継ぎ早に繰り出していく。ミュートも使いながらも主体となるのはブラックメタル然としたトレモロを主体としたリフで、不穏なアルペジオや低速パートを使いながら自らの持ち味である激速トレモロパートに持ち込んでいくスタイル。面白いのは「ろくろ」ではYvonxheなんかはアンダーグラウンドなブラックメタルだったが、このPterionに関しては曲に起伏があるし、ドラスティックな曲作りをしていて結構メジャー感というか、そういう感じがあって面白かった。多分メンバーはまだすごく若いと思うが、あまり動かないメンバーに対してボーカリストの人は声にバリエーションがあるし、動きも派手。面白かった。

KLONNS (東京)
つづいては唯一の東京のバンド。ライブを見るのは2回め。ブラッケンドとは距離をおいている的なインタビューが面白かったが、たしかに音源を聞いてみてもライブを見てもバンドの核はハードコアな感じ。メンバー全員が黒い服に身を包みスタイリッシュ。
ぬろぬろ動き回るベースがかっこいいのだが相当な轟音でとにかくやかましい。ドラムもとにかく叩きまくりで、ギターとボーカルには強烈なリバーブ効果がかけられており、特にギターは音がでかい。非常にノイジーだが、例えばノイズ専用の装置を使っていないところなどあくまでもハードコアで勝負という姿勢の現れだろうか。曲も基本的にはシンプルな構成で、たまにギターソロなどを挟むもののほぼ一直線で進行するオールドスクールスタイル。ボーカルも歌うというよりは要所要所に吐き捨てて置いていく、のような歌唱方法。ステージを降りてきて客席に突っ込むという場面もあり、この日一風変わったバンドが多い中で一番やかましく、一番肉体的だったのがこのKLONNSだったと思う。

ILIAS (神奈川)
トリを飾るのはコンピレーションの冒頭を飾るILIAS。ライブを見るのは初めて。専任ボーカルにギタリスト二人を擁する5人組。「存在と理由」というタイトルの1曲からはいわゆる激情系かとおもっていたが、ライブで見るともっと、というかだいぶかっちりとしたハードコアだった。ニュースクールや日本の激情を巻き込んだバランスの音で、ハードコアなりの強面感と叙情感を勢いを殺さずに取り込んでいる。曲によってはガッツガッツした暴れるパートとドラスティックと言っていいくらいのトレモロい叙情的なパートが奇妙に同居している両極端さが魅力的。この日のバンド概ねそうだが、このバンドも激情というよりは絵もバイオレンスという感じで、冗長とした感じは皆無。ボーカルの人のちょっとかすれた歌唱法もあって、場面によってはkhmerの新作がちらっと頭をよぎった。ブラッケンド感は皆無だし、一聴したところクラスト感もそこまで感じられないのだが、(MCでもあったが)あとからそのような流れを聴いて影響を受けたのかもしれない。
この日唯一のMCをちゃんとするバンドでポジティブなメッセージが印象的だった。

音楽を本当に好きな人は国や州、県、など地域で音楽を語り、そのときは所々の「シーン」という言葉が出てくる。今少なくとも日本を含めた先進国だとおおよそインターネットを通じて均等に音楽の昨今を知ることができるが、それでもやはり地方ごとのシーンが出来上がるのは面白い。(すべてが均質化されているならそもそもシーンと言う言葉がなくなるはずだ。)先輩からの伝統だったり、内輪での流行り廃りだったり、きっとそういうものが積み上がって地域ごとの差を生み出しているのだろう。別に全国からバンドを集めようというコンセプトではないだろうが、結果的に「ろくろ」というコンピレーションには相通じる要素を通して全国のバンドが名を連ねたわけで、この日はそんな各所のシーンを垣間見れて面白かった。出演者の皆様はわざわざ遠いところありがとうございました。
Prize of RustとUnfaded、それからungodlyの音源を買って帰宅。

2017年10月7日土曜日

Chelsea Wolfe/Hiss Spun

アメリカ合衆国カリフォルニア州ローズヴィルの女性シンガーの5枚目のアルバム。
2017年にSargent Houseからリリースされた。
前作「Abyss」の発売が2015年だからコンスタントに新作を発表し続けている感じ。私が聞き出したのは2ndアルバムの「Apokalypsis」から。この人は結構アルバムによって音楽性に幅がある用に感じる。インタビューを読むと元々フォークの人らしく、なるほどどのアルバムにもその要素は感じられる。フラフラ流行りに乗っているというよりはフォークを足場に色んな要素を取り込んでいるということだろうか。どうもバンドメンバーと出会うことでその音楽性の幅を広げているようだ。前作「Abyss」はかなりロック寄りの”重たい”アプローチを取ったアルバムだった。今作でもかなり歪んだバンドアンサンブルを取り入れており、基本的にはその路線を踏襲している。個人的にはやはり2ndのフォークとロックの危ういバランスが好きなのでこの路線は歓迎だった。今作私はとても好きだ。

録音はConvergeのメンバーで売れっ子プロデューサーKurt Ballou。(彼はプロデュースはしていない。)それからこの間新作を出したQueens of the StoneageのギタリストTroy Van Leeuwen、SumacのAaron Turnerが参加している。
ギターとベースは歪められ重たい。ノイズを伴ってもったりと演奏されるさまはなるほどドゥームと称されるのもうなずけるが、結構個人的にはオーソドックスなロックフォーマットだなと感じた。というのも彼女の歌が全面に出ているから。Aaron Tunerはゲストとして雄々しいボーカルを披露しているが、Wolfe本人はウィスパーなど歌唱法は色々ありつつも基本的にはクリーンボーカルで節回しのある歌を歌っている。曲によっては大変メロディアスで、やはりここがかっこいい。アンダーグラウンドのメタルやハードコアだとわかりやすいメロディとかは敬遠されることもあるが、彼女の場合はやはりフォークシンガーなのでまずは歌ありきだと思う。ロックというフォーマットは意地悪く言うと虚仮威しといってもいいかもしれないが、わかりやすいという利点があって、でかい音は出しつつもChelsea Wolfe本人の歌声の邪魔はしないで、むしろ音が小さいというフォークの弱点を打ち消している。轟音の中で響くか細い女の人の声というのはシューゲイザーを引き合いに出すまでもなく魅力的で、蠱惑的である。
素晴らしいインタビューによるとタイトル「Hiss Spun」というのは「ホワイトノイズ+酩酊」という意味らしい。なるほど彼女の声はゴシックというかちょっと神がかりなところがあって、速度の遅い靄のかかったような音(轟音とそれからリバーブを効かせた静かな曲、両方が楽しめるが共通点はある程度の”曖昧さ”があるところ)にどっぷり浸れる。調べてみるとhissと言うのは「シューという声」、spunはspinの過去分詞でspinには「吐く」という意味があるらしい。となると「シューと吐かれた声」というふうにも取れる。猫を飼っている人はわかると思うけど、彼らが「シュー」というのは興奮したときの威嚇の声である。この威嚇というのは攻撃性とその背後にある恐れ、つまり弱さがあいまっている。この新作も女の人の情念というのが色濃く出ているが、恨み節や怒りの声というにはやや曖昧である。というのもその背後に”恐れ”があるからではなかろうか。(彼女がうずくまっている姿が印象的なアートワークもなんとなく怯えている猫のようにも見える。)強いのには憧れるが、弱さにも美しさがある。私が弱い人間だからかもしれないが、弱さは人の胸を打つ。いい意味で轟音の中に煮え切らない感情が渦巻いている。それをゴテゴテ賢しげにいじくり回さずに、スパッと吐き出したのがこのアルバムではなかろうか。惑う心中が弦の震えに共鳴して放射されているようで大変心地よい。ロックサウンドは彼女の声の増幅装置として働いている。

Chelsea Wolfeはどのアルバムかっこいいが、今作は3rd以降で一番好きかもしれない。気になっている人は是非どうぞ。非常にかっこいい。おすすめ。

ダン・シモンズ/ハイペリオン

個人的に名作だと誉れ高いが読むのに難解でハードルが高いなという本がSFだと「ソラリス」と「デューン」、そして「ハイペリオン」だった。興味はあるのでそろそろ読もうということでこの間、スタニスワフ・レムの「ソラリス」を読んだらやっぱりとてもおもしろかった。(難解ではなかった。)じゃあ次は「ハイペリオン」!となったわけ。私の大好きな椎名誠さんもたしか「すごい!」といっていたので。読んでみるとやはり大変面白く、そしてやっぱり難解ではなかった。むしろ明快なくらい。

28世紀の人類は地球が不幸な事故で消失したこともあり、銀河に大きく乗り出していた。連邦(ヘゲモニー)が統合的に人類を管理統括し、巨大なAI群テクノコアと連帯して居住可能な惑星に人類を送り出し、瞬間転移システムで遠く離れた惑星を結んでいた。転移システムでの移動・連絡網はウェブと呼ばれる。そんなヘゲモニーの管理する広大な宇宙にもたったひとつ管理外にあるものがあった。惑星ハイペリオンにある時間の墓標である。全く人類には道の材質でできた建造物で、ここでは通常とは異なる時間(過去に向かって進んでいるのではと人類は憶測する)が流れており、おまけに墓標の周囲にはシュライクと呼ばれる化物が出現する。シュライクは巨大輝く体躯に真っ赤な相貌を持ち、全身ナイフが生えたような異様で瞬間移動を繰り返し、近づく生物を気まぐれに殺して回っていた。ある時この未開の(ウェブに取り込まれていない)ハイペリオンにヘゲモニーにくみさない人類の勢力、宇宙の蛮族と呼ばれるアウスターの船団が向かっていることが明らかになった。ヘゲモニーはシュライクの元に最後の巡礼7人を派遣することにする。シュライクは気まぐれに人の願いを叶える、という噂があるのだ。選ばれた7人の男女は長い道すがら各々のハイペリオンにまつわる昔話を語ることにする。

このハイペリオンという物語は面白い構造をしていて、人類が謎の存在、時間の墓標とその周囲に出没するシュライクの本質に迫るという大きな流れが一本貫いているが、同時に7人の主人公たちのうち6人の物語が入れ子になって含まれている。じつは「ハイペリオン」は4部作の冒頭の1冊(文庫だと上下分冊だけど)で、実際巡礼たちの話だけでこの「ハイペリオン」は終わってしまう。(念のため言うが謎は残されるが、この一冊だけでも十分面白いと断っておく。)この6つの物語というのが、もちろん同じ世界観を共有しているという前提はありつつ、オカルトあり、ハードボイルドあり、スペースオペラあり、泣けるSFならではの人情噺ありと実に多彩な魅力に飛んでいる。一個の長編でありながら、連作短編小説のような趣があるわけだ。それでも全く接点のなかった男女の話を聞いてみると、ハイペリオンという星がヘゲモニー、そして人類が掌握する宇宙の中でいかに特別で異質な存在なのかがわかってくる。そしてその謎もほんのすこしずつ詳らかになるという仕組み。これはワクワクする構造であるよね。いわば末端にそれていくような別個の物語が実は巨大な物語の一部で、読み進めることで本筋に修練していく。
さて宇宙に人類が進出したら、というのは巨大な思考実験だ。様々なことが起こり得る。敵対異星人との白熱するバトルだけがSFでは断じてない。光を超える移動方法で時間の概念、公平性がうしなわれるだけでこの作品だけでなく、数々のドラマが生まれてきた。それから巨大な宇宙を果たして統治できるのか?という問題もこの「ハイペリオン」ではやはり取り扱われている。昨今やはり国のなかの一勢力の独立という事柄が世を賑わせているが、やはりこの独立権というのが未来でも重要になってくる。自由というのは一体不思議な概念で、呪いのように人間はこれを追い求めていく。ハイペリオンはそういった意味では深く人類の内部に切り込んでいく作品で、おそらくもしかしたらほんとうの意味で(つまり人類が作ったのではない)神かもしれないシュライクという存在が、この後に続く作品でその存在感を増していくのだろう。一体人間の自由意志と言うは何か?というのがあんにこの4部作の冒頭を飾る「ハイペリオン」では提示されているように思える。

もちろんこの次に続く「ハイペリオンの没落」も読む気でいるが驚いたことにこちらはもう絶版になっているのだな。「ハイペリオン」は重版しているのにちょっと勘弁してほしい。とても続きが気になるようにできているのだから。
面白いSFを読みたい人は是非どうぞ。

2017年10月1日日曜日

Telefon Tel Aviv/Fahrenheit Fair Enough

アメリカ合衆国ルイジアナ州ニューオーリンズ出身で今はシカゴで活動している音楽ユニットの1tアルバム。2001年にHefty! Recordsからリリースされた。私が買ったのは
バンド結成15周年ということで2016年に日本のレーベルPlanchaから(日本だけで)再発されたもので、オリジナルの楽曲9曲に未発表音源8曲を追加したもの。
Telefon Tel Avivは1999年にJoshua EustisとCharles Cooperの二人で結成された。幾つか音源もリリースしたが2009年にCooperが亡くなり、残されたEustisはユニットを停止させたが、最近は活動を復活させた。
Telefon Tel Avivは恥ずかしながら全く知らなかったが、実は中の人がやっている音楽を私は2つ持っていて、一つはnine inch nailsのリミックス音源集「Things Fall Apart」でこちらでninの「Where is Everybody」のリミックスをTelefon Tel Avivが担当している。Joshua Eustisはninのライブメンバーでもあったのだ。(知らなかった。)もう一つはThe Dillinger Escape PlanのボーカリストGreg Puciatoが組んだバンドThe Black QueenでこちらではEustisは正式メンバーである。他にもToolのMaynardのプロジェクトPusciferと仕事をしているようだ。
実はこの間来日するというのでDommuneに出演して格好良かったので名盤とされる1stを買ったわけ。ライブはSold Outだったので行けなかった。

丁寧な解説を読むとどうもApex Twinに代表されるようなIDM(踊れない、もしくは踊りにくい作り込まれた電子音楽)に影響を受けた二人が宅録環境で作ったのがこのアルバムらしい。面白いのは録音した音源をマスタリングする過程で二人が想定していた音から結構乖離してしまったらしい。そんな齟齬がありつつ、この音源は名盤とされている。
さてIDMとったら曖昧な言葉なわけだけど結構ハードな音の作りのイメージはある。生音に接近したSquarepusherなんかも初期はとってもハードだ。このアルバムは2000年頃に作られているから、メンバーの二人としてもハードな音として作ったようだが、出来上がった音は決してそうではない。前述の通りの事情がどれくらい影響しているのか知らないが、多分マスタリングを掛ける前の音もハードなIDMとは一線を画すものだったのではあるまいか。このアルバムかなりゆったりしているがビートは鋭く、それこそハードだ。フリーキーなビートといってもいいが、Aphexの繰り出すドリルンベースと称される、ブレイクコアめいた手数の多いそれとは全く異なる。音の隙間が強烈に意識されており、ゆったりしていると言ってもいい。ただし繰り返すがビート自体は鋭く、解説にも書かれているとおり、冥界で音の数が少ないという意味ではヒップホップのそれに似ている部分があると思う。
元々メンバーのふたりともバンドをやっていたようで生音を載せることいて以降はなかったのだろうと思うが、生音(もしくは生音っぽい機械音)例えばアコギやピアノなどを大胆に上モノに使っている。どれも明快にメロディを奏でるというのではないが、淡々としているが温かみのある音で独特の余韻や残響が効果的に使用されている。そのオーガニックさを彩るのが若干の”ノイズ”成分でハーシュノイズの連続するドローン性はほぼない、空電のようにランダムに飛び回るグリッチノイズを効果的に用い、アンビエントな世界観を壊さないように気を使っている。フレーズがミニマルに繰り返され、全体がゆっくり回転しながら遷移していくような気持ちよさがある。
結果的にハードなビートがありつつもゆったりとした、やや曖昧模糊(音の使い方とメロディの隠れ方)な音像になっており、なるほどこれは確かにエレクトロニカに通じるものがある。電子音楽を基調としながら生音などにも範囲を広げてポップか、もしくはなんかアートっぽいことをやっているのが私の勝手なエレクトロニカのイメージなのだが、このTelefon Tel Avivの音源は(あとから聞いているからというのも非常に大きいと思うが)、エレクトロニカっぽくありつつも、アートらしさより生々しさが打ち勝ち、明快なポップ性もあまりない。要するにおしゃれになりきれない、なんならちょっとナードっぽいエレクトロニカになっておりそこが面白い。

アクシデントもあり結果名盤になったという面白いアルバムでこれはこれでもちろん非常に格好いいのだが、そうなると他のアルバムが気になってくるわけで。仕事中にこっそり見たDommuneでもこのアルバムとはかなり毛色の違う音を出していたようだし、他の音源も聴いてみようと思う次第。久しぶりにエレクトロニカという感じの音を聞いたのも面白かった。10年から15年くらい前にエレクトロニカ聞いていたなと言う人は今このアルバムを買ってみると面白いかもしれない。