2013年3月31日日曜日

朝松健/邪神帝国

以前紹介した妖神グルメに続く、創土社のThe Cthulhu Mythos Files第3弾。
題名の帝国は第三帝国、つまりナチスのことです。ナチスの一部幹部がオカルトに傾倒していたというのは有名な話らしいですが、そこの部分にクトゥルーをがっちり融合させ、妖しさ2倍!という短編集。
著者は朝松健さん。「パンの大神」で有名な英国の怪奇作家アーサー・マッケンさんをもじったペンネームの怪奇作家です。(そういえば荒俣宏さんもダンセイニ卿をもじった団精二というペンネームつかってましたよね。)以前読んだ朝松さんの本のあとがきに書いてあったと思うのですが、朝松さんはご病気を患って奇跡的な回復をされた後、これからは自分の好きな怪奇小説しか書かないぞ!とご宣言されたそうで、怪奇小説好きの端くれとしてはうれしい限りです。朝松さんの小説は「崑央(クン・ヤン)の女王」、「肝盗村鬼譚」を読みましたが、いずれもクトゥルー小説の真髄を日本を舞台に見事に描いた作品で楽しく読んだものです。(絶版だったから中古で買いました、本当は新品で買いたかった。)
今回の邪神帝国は以前に早川文庫からでていたものを加筆した再販版です。これはうれしい!とにかくクトゥルー系の本は絶版になっているのが多くて、後追いの私としてはつらい限り。くどいけど個人的には本は新品で買いたいと思っています。(中古ってちょっと苦手だし、新品なら作家の方に印税が入りるので。)
表紙と中のイラストは槻城 ゆう子さんという方が書かれていて、これがスタイリッシュでかっこいいです。
内容については前述のとおりナチスとクトゥルーを融合した短編集で、ナチスの行った数々の残虐な行為に背後に旧支配者たちの影が見えるというもの。冒頭「”伍長”の肖像」は現代ですが、残りはすべてナチスの時代(とちょっと前のも)が舞台です。クトゥルーに限らずいろいろなオカルト要素が盛り込まれていてとにかく濃厚。
狂気山脈を舞台にした話もあって、迫りくるショゴスに胸が熱くなるんですけど、読んでいてすげえなと思ったのは、クトゥルーと別の要素の組み合わせ方。全編ナチスはもちろんなのですが、それに加えて各短編もう一つくらい追加のファクターがあって、それが切り裂きジャック、古典的な吸血鬼とホラーファンなら泣いて喜ぶような素材が、まったく違和感なく物語に溶け込み、それを芳醇なものにしております。また最後の「怒りの日」はちょっと趣が変わって、ヒトラー暗殺のワルキューレ作戦をもとにしており、これが非常に手に汗握ります。クトゥルー要素も出し方が非常に巧みで、ばばーん出ましたークトゥルー、これでお前ら喜ぶんだろ、というクトゥルーというものの全く怖くないお話とは大違いです。個人的にはクトゥルー小説というのは、単に邪神が出てくるからそれではなくて、もっと根源的なある種の恐怖(これをきちんと言葉にできたらなあ!と思います。)を描いた作品であるべきと思っているので、朝松健さんの物語は邪神が(時には)派手に登場しつつも、僕のすきなクトゥルーの持つ根源的な恐怖を損なうことなく書いていてとても面白いです。

とにかく日本という枠とか関係なしに素晴らしいクトゥルー小説です。もちろんホラー小説としても超一級なので、もう全人類におすすめ!

ここで朝松健さんのインタビューが見れます!!
http://www.youtube.com/watch?v=8PbcQd6dd3U

絶版になっている「秘神界」超読みたい。もはや中古で買うしかないかな…

ジェフリー・ディーヴァー/ウォッチメイカー

アメリカの元弁護士の作家ジェフリー・ディーヴァーによるクライムサスペンス、リンカーンライムシリーズ第7弾。
リンカーンライムシリーズといったら第1作目「ボーンコレクター」がデンゼル・ワシントンとアンジェリーナ・ジョリー主演で映画がされているから結構知っている人がいるんじゃなかろうか。かくいう私も見た覚えがある。
警察の優勝な鑑識官であったリンカーンは事故によって首から下の感覚がなくなり、動かなくなる四肢麻痺になってしまう。 警察もやめて離婚したリンカーンは自暴自棄になっていたが、ある事件で捜査に召集され、その明晰な頭脳を披露することになる。手足が動かないので実際の捜査には女性警察官アメリアにリンカーンの指示通りに動いてもらう、という感じ。
恥ずかしながら私、リンカーンライムシリーズはボーンコレクターを映画で見ただけで、活字で読んだことはない。しかしこの第7弾はよほど出来が良いらしく、思わず買ってしまった次第です。

3・11からいまだ立ち直っていないニューヨークで2つの殺人事件が起こる。
一つはハドソン川に臨む桟橋に大量の血痕が。犯人は被害者の手首を切って桟橋の突端につかまらせたらしい。もう一つはとある路地で男性の遺体が発見された。口にはダクトテープが張られ、40キロ近い重さのダンベルが落ちていた。犯人は被害者につりさげられたダンベルを支えさせたらしい。力尽きた被害者の喉に支えを失ったダンベルが落ちてきたきたらしい。
両方の現場には置時計が置いてあった。古式ばったスタイルで月齢の表示がついているものだ。犯人はウォッチメイカーを名乗り現場に不可解な詩を残していた。警察から依頼を受けたリンカーンは自宅の車椅子の上から科学捜査を開始する。
リンカーンの手足であるアメリアはある公認会計士の男性の自殺が実は殺人事件であることを確信。捜査の先にはどうやら警察官の汚職がかかわっているようだ。2つの事件を抱えるアメリアは自分の跡をつける者たちの存在に気付く。
 一方ジェラルドとヴィンセントの2人組は3人目の被害者のもとに迫ろうとしていた。2人こそがウォッチメイカーだった。

というあらすじ。
この本の魅力は何と言っても二転三転する展開であろう。
節目節目に丁寧に捜査状況が読者に提示されるけれども、真相を読者が突き止めるミステリーというよりはどちらかというジェットコースターサスペンスの趣。
じつは上巻を読み終えて下巻のある程度まで「あれ~」という感じであまり面白くなかったのだが、ある地点で急転直下である。下巻の途中からは最後まで一気に読んでしまった。これはスゲー。
というのもこの本、操作する側とリンカーンと犯罪者側のウォッチメイカー、両方の視点で書かれている。コロンボスタイルとでもいうのか。これだと犯人もその足取りもわかっているので、基本的には捜査側が犯人を追いつめていく、という形になるのだが、この配置にも罠がある。どうにもこうにも構造上つっこんだことを欠いてしまうと面白さが半減してしまうので、ここにかけないのが歯がゆくてならないが、個人的には「偶然」、しかも都合の良いもののそれの書き方には思わずうならされたものである。書き方がとにかく巧みで基本的に丁寧に描写していくのだけど、途中で意図的に時間をすっぽぬかしたようにに書いたりするので、読んでるほうとしては手に汗握りまくりである。もちろん飛ばした過程もきっちり後で説明するのですっきり。とにかく巧みな文章構成です。
 
キャラクター造詣も魅力的で、気難しいというよりは細かいリンカーンはもちろん厳しいのだけれど、もっと日常からずれた人格破綻気味の鑑識オタクかと思っていたら、結構前向きで茶目っ気のある人だなという印象。ただ第7弾ということで彼の性格に大きな影響を与えているであろう自身の四肢麻痺との付き合い方も変わってきているだろうから、ここはやはり1作目から読んだほうがよさそう。個人的にはフレッド・デルレイという人がちょっとしか出てこないのにすごい印象的だった。人の顔をハリウッド俳優にたとえたり、服装を丁寧に描写したりと世界観にちゃんと読者が入り込めるように細かいところにも気を使っているように思いました。
とにかく騙されたい!(泣きたい!という変な人たちがたくさんいるらしいから、騙されたい人だってたくさんいるだろう) という人におすすめ!!

2013年3月30日土曜日

The Teknoist/...Like A Hurricane Made Of Zombies

The TeknoistことイギリスのMike Haywardさんによる1stアルバム。
2008年発表。
ジャンルとしてはハードコアテクノ/ブレイクコア。
タイトルを訳すと「ゾンビでできたハリケーンのよう」 でしょうか。その名の通り、かなり過激なブレイクコアです。
アートワークもチープかつグロテスクでグッド。
実は結構前気に入ってにレコードを2、3枚ほど買ったことがありました。2006年くらいかなあ?何年かぶりにアルバムが出ていると知り買った次第です。

一個前の変わり種Igorrrやこのジャンルだと著名なVenetian Snaresなんかに比べると、至極まっとうなブレイクコアをやっている印象です。
だいたいどの曲でも核となる太いスネアのキックが根っこにあって、そこに速度の速いブレイクビーツが乗ってきます。飛び道具的な変態性や奇をてらったところがなく、非常にかっちりとした印象で、メロディもそこまで派手じゃないですね。ドリルンベースみたいなのではないんですけど、とにかくめまぐるしいドラムビーツでぐいぐい来るタイプの音楽性です。まさに無慈悲なハリケーン、もしくはいかれた殺人ロボットの暴走のようで、聴いていて大変気持ちいい。テクノなんでもちろんミニマルなんですけど、曲の構成が凝っていて、下手したら単調になりがちなジャンルなんですけど、独特のため見たいのもあってかなり聴かせるなという印象。うるさいところは非常にうるっさいわけですが、結構独特の間みたいのを持っていて、単に暴力的だといえないところが、随所に感じられます。ちょっと矛盾するようなんですけど、極力感情を配したような音楽性にかかわらず、結構抒情性に富んでいて、曲によっては派手ではないメロディに何とも言えないもの悲しさみたいなのが感じられて、やっぱりかっこいい。

確かレコードでも持っていたんだけど アルバムの中でも「Richie's Breakcore Love Song」というのが、高速ブレイクビーツにほんのりメロディが乗って、何とも言えない音風景を作り出しています。
かっこいいテクノがお好きな方に是非是非おすすめ。

Igorrr/Hallelujah


フランスの一筋縄ではいかないブレイクコアアーティストの2ndアルバム。
音楽性もさることながら、気持ちの悪いアルバムアートワークで気になっていたので、このタイミングで購入してみた。このアルバムもアートワークが何とも気持ち悪い。
フランスのGautier Serre(28歳!思ってたのより若い)という男性によるソロユニット。
なんとあのMayhemのギタリストTelochがゲスト参加していたりします。

一筋縄でいかないというのはその音楽性であり、基本はテクノミュージック、その中でもブレイクコアということになるのだろうけれども、このGautieさんはどうも元々生粋のメタラーであるらしく(デスメタルとブラックメタルが好きで、このプロジェクトと別にWhourkrというエレクトロアバンギャルドデスメタル/グラインドコアユニットもやっとるそうです。)、もろにデスメタル然とした重いギターリフ、さらに幼少時はクラッシックやバロック音楽に触れていたとのことで、妙に古典的かつ荘厳なクラシカルパートが突然挿入されていたり、ぎゅわんぎゅわん歪められたデスボイスやら女の絶叫やら、クラシカル歌唱がこらまた突然喚きだしたりするのです。
さてこのGautieさんのすごいところはいろいろかつ過激な音楽の要素をかなりグロテスクに組み合わせて、アートワークのように妙に歪んだ作品として結晶化させているのですが、それを一つの曲として聴いたときに、見事に、そん色なくまとめ上げているところだと思いました。一つ一つの要素はかなり、かなり個性的なのですけれども、いろいろな風景をぶった切りにしてコラージュしたような不自然さはないのです。いびつながら絶妙なバランスで立っている奇怪な、そして動く(かなり奇妙な踊りを踊るに違いない)彫像のようです。
もひとつ面白いというか、好きになるりゆうがあって、それは憎めない音楽性であること。繰り返しになってしまうのですが、かなり奇怪かつグロテスクな音楽であることに間違いはないのですが、根底にあるのはユーモアではないでしょうか。例えば過激なメタルの持つ殺気というか、どうしようもない暗さというのはあまりないんですよね。じゃあ真剣じゃあないのかというと、まったくそんなことはない。一番しっくりくるのは人を食ったような悪ふざけでしょうか。悪戯心とでもいいましょうか、そういったものが原動力になっているような気がしました。このプロジェクトに限ればまぎれもなくブレイクコアといいきってしまっていいかなと思うのですが、つまりこのプロジェクト天邪鬼ながら聴いている人を楽しくさせたい!というポジティブな力で動いているように感じます。もちろん暗~いテクノもたくさんありますが、ブレイクコアの持つ過激なばかばかしさ、思わず踊りたくなっちゃうような楽しさがこのアルバムには満ち溢れていると思います。
一風変わった音楽が好きな方、またうっかりこの記事を見てしまった普通の音楽が好きな方にもお勧めのアルバムです。


Murder Channelさんのところで日本語のインタビューが読めます。
彼のルーツやバンドネームの由来などが読めて、とても面白いです。
http://mxcxhxcx.cocolog-nifty.com/mxcxhxcx/2012/12/mxcx-interview.html

2013年3月23日土曜日

Crisopa/Biodance

CrisopaことスペインはマドリードのSanti Lizónさんの1stアルバム。
リリースはn5MDより。
元々ネットレーベルからフリー配信という形で活動を続けていた方らしく、どうやら満を持してという形での1stアルバム。
ジャンルというとアンビエントなテクノになるのだろうか、Discogsによると加えてIDMとある。確かにわかりやすいビートとミニマルな展開の楽曲でとにかく踊れるというよりは、曲自体の構成が凝っていてクオリティが高い印象。
とはいえ必要以上にアバンギャルド・アグレッシブだったり、妙に奇をてらった変則性をことさらアピールするような作風でもない。
細かいビートに霞がかかったようなドローンめいた広がりのあるのびやかなシンセ、エフェクトのかかったシューゲイズなギター、エフェクトがかかったささやき声。全体的に程よくキラキラしたとてもドリーミーなアンビエントに仕上がっている。
曲によっては穏やかかつミニマルに始まった曲が、後半になって音の数が増えてきて盛り上がってくるような展開もあってグッドです。
普段あまり聞かないジャンルなのでなんとなく買ってみるか、とぼんやり買ったのですが、これがとてもかっこよかった。

上質なアンビエントが聞きたいぜ~、という方におすすめ。


2013年3月17日日曜日

菊地秀行/妖神グルメ

日本のクトゥルーものを語るうえで必ず出てくるのがこの小説。
もともと1984年に出版され、その後さらに再販された。今回は3度目の復活ということで創土社からリリース。
クトゥルー好きの端くれとして前から気になっていたので購入した次第。
作者の菊地秀行さんといえば「吸血鬼ハンターD」シリーズなどで超有名な作家だが、実際読んだのはこの本が初めて。
さて、有名なこの本だけど、いわゆる正統派怖いクトゥルーものではないらしいということは知っていた。なんでもかなりユーモア性が強いとか。どんな物語にもユーモアはあるものだけど、コメディ色の強いクトゥルーとは?

巨大で邪悪な旧支配者クトゥルーは海底に沈んだ都ルルイエで死にながら生き続け、今もまどろみながらもう一度目覚める時を待っている。主の復活に心血をささげるクトゥルー教団の隆盛は世界中で混乱を巻き起こし、復活はもう眼の先にある。クトゥルー復活の最後の鍵に選ばれたのは、日本の高校生・内原 不貞夫(ないばら ふてお)だった。
普段は異常に力の抜けた男子高校生である内原はしかし、幼くしてイカモノ(要するにゲテ物)料理を極めた(ある種の)天才料理人で、ひとたび料理となると人格が変わったように大胆かつ、不遜、何事にも物怖じしない自身に満ち溢れた姿に変貌する。
クトゥルー復活のため内原を狙う教団、それを阻止線とする人類側勢力、いまいち立ち位置のはっきりしない内原、人類の命運をかけた三つ巴の戦いの火ぶたが今切って落とされた。

ないばらふておときたら、もう好きな人には一目瞭然であると思う。(あらゆる宇宙と時空を闊歩するあの顔のない神性のことです。)ほかにもアルハズレッドやマーシュ家、ウェイトリーにアーミティッジ博士とまあどこかで見たことのある字面の面々がぽこぽこ出てきて、彼らによって内原はクトゥルーゆかりの地を、それこそインスマウスだったり、アーカムだったりと世界中旅してまわるわけです。行く先々で深き者どもだったりダゴンだったりが、しっかりと登場してはひっちゃかめっちゃかにかき回すので、クトゥルー好きにしたら面白くないわけがない。かなり酸鼻を極める場面であっても、登場人物にどこかしらぬけているところがあって、独特の可笑しさがある。恐らくここら辺がコメディ色の強いクトゥルーもの、といわれるゆえんだと思う。ではパロディかといわれると、確かにパロディなのだけど、決してクトゥルー神話から名前だけ借りた二番煎じにはなっていないのがすごいところ。各キャラクターは原作の特性を活かした造詣がきちんとされていて、可笑しさの背後にはきちんと呵責のない恐ろしさ、渦巻く陰謀や権謀術数が表現されていて、世界は間違いなく破滅に向かっています。

また面白いなと思ったのはいわゆる邪神たちに対して、 人類は現代兵器でもって立ち向かうところ。どうやら作者の菊地さんはミリタリー分野に詳しいらしく、拳銃から空母まで豊富な知識によってかなり詳細に描写されていて、古い神に現代の兵隊たちががっぷり立ち向かっていったらどうなるか、というクトゥルー好きなら一度は頭の中でするシミュレーションがこれでもかと描写されております。双方なかなかの戦いっぷりです。

また、主人公内原のトリックスターぶりも面白く、普段はぼけーっとしているがいざという時は別人のように苦難に立ち向かうヒーローというのは、昨今のライトノベルかアニメにありそうな人物造形だけど、その無敵さが発揮されるのものイカモノ料理の分野だけという、あまりに限定された能力が、ある種荒唐無稽なお話に不思議になじんでいる。かなりふざけた人物なのだけれど、ルルイエでの最後の決着のつけ方はどうみても、巨大な邪悪に立ち向かうヒーローそのものであった。真面目に全力でふざけた物語が、気づけば全力疾走でシリアスなラストに突き抜けたような感じで、思わず拍手したくなるようでした。
クトゥルー好きにも、そうでない人にもお勧めです。

ドン・ウィンズロウ/紳士の黙約

ドン・ウィンズロウによるサーフノワール第2弾。
相変わらずの、軽口、友情、ノワール、どんでん返しがギュッと一冊に収められており、破綻なく最後ですべてを丸く収める力量はさすがの一言。

カリフォルニア州サンディエゴ市パシフィックビーチ在住のブーン・ダニエルズはサーファーであると同時に探偵。波乗りに支障が出ない範囲で仕事するのがモットーで、頼もしい仲間「ドーン・パトロール」とのサーフィンが彼の人生のすべて。
ある日、ブーンは紳士の時間(仕事を引退した熟練サーファーや成功した人物など時間に余裕がある人たちが波に乗る朝早い時間)のサーファー仲間から彼の妻の浮気の調査を依頼される。この類の調査が決して良い結果をもたらさらないことを知るブーン、さらに仲間の夫婦間の問題となればなおさらと引き受けることをためらうが、結局は仲間のよしみで引き受けることに。
 その足で事務所に向かうと、ある事件をきっかけに知り合った友達以上恋人未満の美人弁護士から仕事の依頼が。
高名なサーファー、通称K2が若者に殴り殺された。彼女はこの若者の弁護をするので、地元に顔の利くブーンに手伝ってほしいという。K2は地元で成人のように敬愛されている。ブーン自身も尊敬し、その死に悲しみ、犯人の若者を憎んでいる。パシフィックビーチのものならばみんなそう考えているだろう。取りつく島もなく拒絶するブーンだが結局依頼を引き受けることに。ただしそれはブーンが考えている以上に過酷な未来を彼にもたらすことになる。

前作に引き続き、だらしなく見えるが実はイケメンで、無知で粗野に見えるが実は博学、明るくふるまっているが暗い過去があり、サーフィンがべらぼうにうまく、腕っぷしが強い、仲間に恵まれていて地元では顔役、という男の理想像をこれでもかと体現したブーンさんが活躍しまくる。(今回は前作以上にちょいちょい女性にもてる描写が多かった気がする。)
ただし今回は前作のようにスマートのようにいかない、なんせ周りはK2大好きなのだから、それを殺した男の弁護をするとなれば、地元に波乱が起きないことはありえない。結束の固い「ドーンパトロール」にも亀裂が走り、調査はうまくいかない。ブーンは次第に追い込まれていく。サーファーやめちゃおうかな、などとも考えちゃう。

思うに 「ドーンパトロール」の中でブーンだけが中途半端なのだ。ほかのメンバーはみんなちゃんとした仕事を持っている。サニーはそうでなかったが、長年の夢がかなってプロのサーファー(お金をもらってサーフィンする人)になった。ブーンもプロになれる力量を持っているのだが、自分には向かないのでいつまでたってもダラダラしてて、この生活がずっと続けばいいと思っている。ただブーンもいい大人になってきて、いよいよお前このままだとどうするんだ、と今回はのっぴきならない状況に追い込まれるわけだ。
追い込まれているのに軽口をやめないブーン、前述のとおりヒーローを体現したかのようなその人格はともすれば嫌味になって読み手に嫌悪感をもたらすこともあるだろうが、 ドン・ウィンズロウの語り口は今作でも冴えわたり、もはや俺だけがお前を分かっているぞとばかりに応援したくなる。
孤立無援のブーンはそれでも真実に近づいていく。陽光燦々たる楽園のようなサンディエゴ、前作ではそこが内包する闇が暴かれたが、今作でももっとねっとりとした闇の部分がさらされていく。
そのラストは是非読んで確かめてみてください。

2013年3月16日土曜日

Portal/Vexovoid

オーストラリアの変態デスメタルバンド。
2013年発表の4thアルバム。一風変わったメタルバンドの名門Profound Loreより。
変態と言い切るのは他のメタルバンドとは一線を画しており、それは音楽性ももちろんそうだが、見た目もこんなの。
ボーカルのThe Curatorはとにかく奇抜な恰好で、でかい魔術師が被るような帽子を被ったり、レトロなラジオ(のようなもの)を被ったり、聖職者のような恰好したり。
ほかのメンバーは基本真っ黒なスーツに、昔の処刑人が被るような黒マスクをかぶり、時には首吊り用の結んだロープを首にかけてたりする。
wikiをみると1920年代のファッションを参考にしているらしい。
コンセプトにかなりこだわりがあって、バンドの世界観を音楽だけでなく見た目も含めて演出しているようです。

さて奇抜な見た目で目を引くバンドであることは間違いないけれど、その音楽性もかなりアグレッシブだ。
なんといってもギターリフが奇妙。ここひとつ「名状しがたい」と形容したい。曲自体の速さは中速メインだが、リフが速い、かなり密度が濃くて、何をやっているのかもわからないほど。変幻自在で、次の一手の予想がつかなく、不気味な触手がうごめいているようだ。
ライブの動画見るととにかく運指が凄まじい。激テクニカル。私は楽器は弾けないので、よくわからないのだが、よくあんなに複雑なリフを、バンドアンサンブルの中で破たんせずに、弾けるものだと思う。

正攻法にいかつい、というのではない。何やら邪教の儀式めいたおどろおどろしさ、不穏さが充満している。まるで黒い霧のようなそれを裂いて、これまた真っ黒なボーカルが乗ってくる。基本的にどすの利いた、かつシャープでないデス声で、恐らくエフェクトをかけているのか、妙にこもって聴こえる。衣装を見ればわかるがThe Curatorは司祭であり、アジテーターだ。名状しがたい演奏を伴って聴き手を恐怖と狂気の世界に誘い込む。そこではおよそこの世のものとも思えない、奇妙な角度によって形作られた巨大な石造りの神殿がぽっかりと口をあけ、その深奥では生きながらに死んでいる巨大な神が復活の時を夢を見つつ待っているのだ。

さて、このバンドもう一つ大きな特徴があって、わかる人にはわかるかもしれないが、H.P.Lovecraftによるクトゥルー神話体系に大きな影響を受けていて、音楽性(歌詞もそうらしい) 、見た目のコンセプト、アートワークなどのコンセプトにかなり大胆に引用されている。The Curatorの衣装の指が蛸や烏賊を思わせる吸盤のついた触手だったりして、クトゥルー好きとしてはうれしい限り。

個人的には前作よりも気に入りました。
変わったメタルが好きな人、クトゥルー大好きなあなたにおすすめたる。

2013年3月10日日曜日

澁澤龍彦訳/幻想怪奇短編集


マルキ・ド・サドなどの翻訳家、また自身も小説家であった澁澤龍彦さんが訳した、フランスの幻想小説・怪奇小説のアンソロジー。解説は怪奇小説界隈随一のアンソロジストである東雅夫さん。オリジナル編集なので、収録作品も東さんが選んだのかもしれません。
澁澤龍彦さんというとサド裁判で有名な仏文学者でエッセイストとしても高名。私も「異端の肖像」や「黒魔術の手帖」など大変面白く読みました。なんて博学な人なんだろうと思ったものです。また私は澁澤さんが書いた小説が好き。特に「高丘親王航海記」という物語は素晴らしい幻想譚で、出会えたこと自体がとてもうれしく、またたくさんの人に読んでもらいたいと個人的に思っております。

さてこの本はそんな澁澤さんが訳した小説の中から、フランス製という大枠の中から特に怪奇の色の強い作品を集めたものです。
クラシックな怪奇小説というとやっぱりイギリスということになっているのだと思いますし、私もふと思い返してみるとフランスのホラー小説というと、アンソロジーに収録されている短編くらいしか読んだことがないように思います。
この本には8編がおさめられていますが、その中の1編「共同墓地 ふらんす怪談」はさらに細かく7編に分かれております。
マルキ・ド・サドの「呪縛の塔」をはじめどれも珠玉の短編ですが、共通しているのはどのお話も独特のユーモア(諧謔というのでしょうか)があって、ただ怖がらせるような正統派の恐怖小説とは一線を画しています。笑い話にしてしまうのでは断じてなく、怖い話、おどろおどろしい話の中にも一種の可笑しさが同時に存在しているのです。怖い話なのでもちろん怖さを強調するのですが、どんどん誇張していくと現実から離れてしまって、ちょっと白けてしまうこともあると思います。そこにユーモアを入れると怖い話がより一層生々しくなって、怖さも一層引き立つのかもしれないと思いました。

妙に色っぽい幽霊や、怖がりな幽霊、純愛ゆえに常軌を逸した解剖学者、妄想に取りつかれた男、数奇な運命に取りつかれた男、放蕩の限りを尽くした暴虐な統治者、いろいろな個性的な面々が出てきますが、彼らの人生には以外にも笑いや涙があって、ちょっと身近に感じられます。それこそフランスの暗い路地に今でもひょっと立ってこっちを見ているような、怖さといとおしさを同時に覚えてしまうような、そんな不思議なお話です。
変わった話を読みたい人は是非。

ドン・ウィンズロウ/夜明けのパトロール


映画「野蛮な奴ら」が日本でも公開開始された売れっ子ドン・ウィンズロウさんの新シリーズ第1作目。
今度はなんとサーフ・ノワールだという。ノワールというといわゆる暗黒小説。ギャングやマフィアなどが跋扈する社会の暗部を暴力満点で描写するジャンルだと思うんだけど、それの頭につくのがサーフだ。サーフはボードで波に乗るあのサーフィンのことです。 舞台はカリフォルニアとくれば暗黒どころではない。陽光燦々たる一大天国である。しかしどんなに明るい天国にも真っ黒い闇を抱えているもの。ここの恐るべきく対比を見事に描き切ったドン・ウィンズロウさんはさすがと言わざるを得ない。

カリフォルニア州はサンディエゴ、元警察官のブーン・ダニエルズは今は探偵業、というよりサーファー。お金が無くなったら探偵業を請け負っているけれども、生活の中心はやっぱりサーフィン。ブーンにとっては海こそすべて。
気の合う仲間5人と毎日ドーン(夜明け)パトロールと呼ばれる早朝サーフィンに繰り出す。水難救助員、殺人課刑事、公共事業現場監督、サーフショップ店員、プロを目指すサーファー、商業は違えどかけがえのない仲間(ブーンを入れた6人で「ドーンパトロール」というチーム。)に囲まれていて、自身もサーフィンの腕で地元では一目置かれているブーン。
そんなある日ブーンのもとに美人な弁護士からストリッパーを探す依頼が舞い込む。ところが探すはずのストリッパーは死亡。ブーンはただのストリッパーの失踪からサンディエゴが抱える闇の部分に迫っていくことになる。

あらすじを見るとサーフノワール問ジャンルについて少し見当がついたのではないかと。そのままサーファーが探偵をするんです。だから「犬の力」なんかとは違って物語はカリフォルニア州の太陽のもと軽快に進みます。会話どころか地の分もすべての文章が軽口調でその読みさすさ、軽妙さといったらない。かなり頻繁に土地の歴史の講釈が入るのだけれども、並みの小説では退屈なここの部分すら読んでいてとても面白い。とにかく徹底的に読み手のことを考えて書かれた文章だなという印象。
もちろんウィンズロウさんのことなのでしっかりノワールをやるのだが、陰惨な描写ですらテンポがよく、その対比によって残酷さの引き立つことったらない。やっぱりこの作者は文章力がずば抜けていると思う。原文で読んだらさぞかしすごいんじゃなかろうか。

さて読みやすさもさることながら、小説の中身も素晴らしいです。
個性的なキャラクターはまるで漫画のようにキャラクターが立っているが、小手先のキャラ立ちなどは一切なし。それぞれがそれぞれの人生にピタリとはまっている感じ。
作者の持ち味、2点3点するストーリーはこの作品でも健在で、終盤まで物語が最後までどこに着陸するのか全く予想がつかない。ただ面白いなと思ったのは、この作品主人公ブーンが感じる違和感を読者も一緒に体感でいるところ。基本はブーン(たまに敵役)の視点で捜査が進んでいくのだけど、よく考えるとつじつまが合わなかったりするところが、結構わかりやすく提示されている。だから物語が進んでいくにつれて「何か変だぞ」となった疑問が、ある地点で回答が提示されてぴったりはまった時の気持ち良さったらないわけです。

ノワールの部分も文句なし!この作品の場合ジェットコースターでも気づいたらあたりの景色が一変して地獄についてました、というのとは違う。周りの景色はあくまでも楽園のようなサンディエゴなのだけど、そこに同時に存在する邪悪が、物語が進むにつれて、まさに白日の下にさらけ出されるわけです。ここの部分は是非!読んでみてください。文句なしにおすすめ。



2013年3月9日土曜日

Kongh/Shadows Of The Shapeless


スウェーデンの3人組スラッジ/ドゥームメタルバンド。
2009年発表の2ndアルバム。

幕間ともいえるインスト曲を除き、どの曲も9分から15分という比較的長い尺がそろっています。
演奏は基本ミドルテンポで、壁のように分厚いギター・ベースと重重しいドラム。ボーカルはデス声ではなくて、まがまがしい感じの叫び声で、たまーにクリーンとは全く言えないけど苦しげなノーマル声がボーカルを取ります。
音は激重ですが、とにかくただでかい音をひたすらゆ~~っくり演奏してます!という拷問スタイルのバンドではなくて、キチンと楽曲が練られていて、聴かせるバンドです。
アンビエントなパートからスラッジパートになだれ込むのですが、アンビエントパートが嵐の前の静けさというか、巨大な破綻を予兆させるような予感をはらみつつ淡々と進むあたりがグッド。またスラッジパートも結構工夫が凝らされていて、ポストロックとは言わないですけれども凝っている割に時にとてもメロディアスで意外にも聴きやすかったりします。
飛び道具的な外連味はないし、地味であることは否めないですけれども、たまにキラッと技巧が見え隠れするようなCDです。
おすすめ。

2013年3月3日日曜日

ジャック・カーリイ/百番目の男

広告業界で20年働いた経験を持つジャック・カーリイさんの作家デビュー小説。
2004年発表で2006年このミステリーがすごいの海外編で6位につけてる。

アラバマ州はモビール、メキシコ湾に臨む風光明媚な街で異常な死体が発見される。
首が切り落とされ行方不明、体には意味不明の文字列が丁寧に書き込まれている。
警察の精神病理・社会病理捜査班に所属するカーソン・ライダーは、相棒のハリー・ノーチラスと2人で事件の捜査にあたるが、出世欲が強く口だけで世渡りする上司に疎まれている2人は、足を引っ張られ、思うように進まない。
そうこうしているうちに2人目の被害者がで、一向に捜査に進展のない状態で、カーソンはある決意をする。過去に大量殺人を犯し、今は精神病院に収監されている実の兄。彼に犯人のプロファイルをお願いすることを。兄の殺人はまた、カーソンの過去に深く結びついており、彼はいやおうなくそれに向き合うことになる、

サイコサスペンスです。
異常な殺人事件の捜査に異常者を引っ張り込むというのは、羊たちの沈黙でもありましたが、この本だと実の兄なので、カーソンは怪物に向き合う時に同時にもう一つの不安材料を抱え込むことになります。冷静に立ち向かえないのですね、血がつながっていて、また過去の事情もあるから。
また、登場人物が魅力的で一癖もふた癖もある曲者揃いなのですが、主人公カーソンをはじめとして過去や現状に様々な問題を抱えて、この首なし死体事件を通してそれらが少しずつ暴かれていきます。
こうやって書くとなかなか陰惨な感じですが、この本のすごいところは扱っている題材は暗いのですが、全体的にとても明るく仕上がっているところです。
一番は会話で、特にカーソンと相棒ハリーの掛け合いが面白い。アメリカの映画をそのまま文字にしたみたいな会話でアメリカンジョークを交えつつ軽妙に進みます。カーソンがぼやいて、ハリーが突っ込みを入れつつおさめてやる、といったパターンがあって物語が暗くなりすぎないよう一役買っています。
また、いろいろ事情を抱えた人物が基本的にはみんな前向きです。つらい状況を克服しようとしても、うまくいかなかったり、今まで知らなかった新しい問題に直面して呆然とすることはあっても、そいったもろもろの事情にみんなが敢然と立ち向かっていきます。ここの部分がとても真摯に書かれているので応援したくなるような感じ。ここのところ多分作者の人が意識して丁寧に描写しているんだろうな思いました。
帯でミステリとして優れているというような書き方がされていて、実際によくできていると思うのですが、それ以外のお話の部分が粗削りながら結構丁寧に作られている印象です。
いい意味で軽く読めるお話ですね。
おすすめ。

トム・ロブ・スミス/チャイルド44


イギリスの作家トム・ロブ・スミスのデビュー作。
2008年発表。和訳版は2009年版このミステリーがすごい海外編の堂々第一位。

1950年代、ロシア連邦になる前のソビエト連邦、最高指導者はヨシフ・スターリン。
主人公レオ・デミドフはKGBの前身である組織・国家保安省に務め、国家に奉仕する捜査官。
容姿端麗の屈強とした元軍人で、上司の覚えめでたく、家に帰れば美人の妻が待っているという、体制にくみする勝ち組モテ国家公務員。
共産主義による完全な国家に思うところがないわけではないが、国家と職務に対する親愛篤く、現状に不満があるべくもない。
ある日部下の子供が不審な死を遂げるが、レオは悲しむ彼とその親族に対して完全な国家には殺人犯という異端者は存在しないはずなので、殺人というは決して起こらないのだと説得する。
その後脱走したスパイ犯を極寒の凍った川に飛び込み辛くもとらえるレオ。這う這うの体でモスクワに帰投する。しかし取調べの中でスパイ犯が無実であることを知ってしまう。レオはショックと体調不良もあり、倒れてしまう。
回復したレオを待つのはしかし妻にかけられたスパイ容疑だった。
自ら妻の潔白を証明しようとしたレオは国家保安省を追われ、当時は無能者の掃き溜めである片田舎の民警に追放される。任地で子供の死体を発見するレオ。その死にざまはかつての部下の子供のそれと寸分たがわないものだった。
すべてを失ったレオは独自に捜査を開始する。

以上があらすじです。かなり丁寧に書きました。ほぼ上巻のすべてですね。なぜ書いた、といわれるかもしれませんが、この物語、サスペンスとしても超一級ですが、根底にあるのは罪とその贖罪がテーマだからだと私は感じたからです。そこについて私は書きたい。
主人公レオは今まで国家に奉仕してきて自分の境遇に疑問を持たなかった。たくさんの人を国家反逆者として死に追いやったが、彼は殺人狂ではない。それをできたのはひとえに彼らが異端者だからでした。レオは国家とそこに属する人民とそして妻のために戦っていたのでした。レオはそういった意味では盲信者ではありませんでした。良くも悪くも純粋で自分と職務と国家を自分なりに信奉していたのでした。しかしとらえたスパイ犯が無実であることを知ったレオは、その単純な性格ゆえに、正しいと思っていたのに実は異常だった状況に自分を順応させることができませんでした。そうしてすべてを失ってしまったのです。
レオはこの時点で大量殺人者になってしまった。落ちぶれた先で完璧なはずの国家のほころびと民衆のひどい暮らしを目の当たりにした彼は、以前歯牙にかけるどころか、その存在すら否定した子供たちへの大量殺人に立ち向かうことになります。これが彼の、彼なりの贖罪なのでした。 しかし彼の罪はほとんどが殺人でした。本当に償うべき相手はもうこの世にはいないのです。報われない贖罪を、彼は周りすべてが敵である状況で、絶望的に進めていくのです。
読み進めるのを躊躇したくなるくらいレオは、これでもかと痛めつけられます。報われないこの戦いの末には何も残らないのではないのか?と暗い気持ちになります。
それでもこれは人が生まれ変わる話です。罪は消えないけど、人は生き続けなければならない。否定するのではなく、罪を犯した自分を自分で許さなければいけない。ここに関しては書きすぎてもこの本を通して作者が言いたいことを、私が伝えきることはできないと思います。ぜひ読んでください。
重い話ばかり書いてきましたが、この本、重すぎるテーマを内包しつつ超一流のエンターテインメントです。孤軍奮闘し追われるレオ、包囲網が知事まりながらも犯人を追いつめるサスペンス。手に汗握ります。
また個人的にはスターリンによる独裁体制下のソ連についてほとんど無知だったので、その凄まじい状況を知れたのも楽しみの一つでした。意外に知らないんですよね、ソ連。

というわけでおすすめです。読んでみてね。

2013年3月2日土曜日

The Bronx/The Bronx IV

アメリカはロサンジェルスのパンクバンドの4thアルバム。2013年発表。
ちなみにかの有名なブロンクス区があるのはニューヨークです。

まあ明るく楽しいパンクなんだけど、こういったジャンルはテクノ以上に詳しくない。かろうじてクラスととかハードコアは何枚か音源を持っているのだが~。
なぜ買ったの、という感じなんだけどネットでぼんやりyoutubeみてたら見つけたんだよね。おっ、と気になるけど、その時は動画を閉じちゃって。で、2,3日したらまた動画をみたりして。で、買っちゃうわけだ。インターネットっていいよな~って思うよね、こういう経験すると。
さて前置きが長くなってしまったけど、このバンド複雑でない曲構成、一緒に歌いたくなるようなキャッチーなメロディ、といわゆるパンク版であることに間違いはないのだけど、
演奏のハードさというか重厚さ(そこまでハードじゃあないですよ)と独特の歌いまわしは、どことなくハードロック(ここも詳しくないのではっきり説明できないのだけど、音がじゃっかりしたちょっと古いスタイルのロックです。)のにおいがして、それが明るい曲にちょっとした味わい深いえぐみのようなものを加えていて、これがまたなかなかどうしてかっこいいのだ。
そして声がいいな。やんちゃな声というのだろうか、お調子者なのだがどうにも憎めないやつで、楽しく歌っているときはもちろん楽しいし、ちょっとシリアスになっても「おまえ~」となるのは最初だけで、良く聴くとこっちに訴えかけてくる真面目さがある。 一言でいうといい声で、何よりバックの演奏とバンドのスタイルにばっちりあっている。
個人的には楽しい曲も好きで、たまに無性に聞きたくなる(そうして自分が楽しい曲をほとんど持っていないことにびっくりする)けど、アルバムを通して聴くと、なにやら不安になってきてしまう(それでバランスを取るため重苦し~いデスメタルとか聴くわけだ) のだけど、このバンドはアルバム通して楽しく聴けてしまう。歌詞カードがついていないので(私は歌詞カード読むのが好き、だからやっぱりデータよりCDとかレコードが好きなんだよね)わからないけど、結構シリアスなことも歌っているのじゃあないかなと思う。少なくとも楽しむだけじゃなくて、真面目に音楽に向き合っているように、私は感じたよ。
というわけでとってもいいアルバム。普段デスメタルとかばっかり聴いてる人にもお勧めだよ。

楽しいPV。


Paroxsihzem/Paroxsihzem

カナダのブラッケンドデスメタル、2012年発表1stアルバム。
2007年結成だから、結構ながいこと活動してからやっとこアルバムを出したのだね。
デスメタルとか結構こういうのあるよね。

さて、音はというと真っ黒メタルです。ブラッケンドデスメタルってこともあるんだけど、もっと言葉の通り真っ黒。黒い絵の具でデスメタルというキャンバスに絵を描いてみたよ、という感じ。眺めてみると、あれ真っ黒で一見したところ何書いてあるのかすらわからない。まあさらに例えるときっと抽象画だからはっきりとした主題があるわけじゃないんだけど。
音のほうはというとスローなパートを織り交ぜつつも基本は結構速めのメタルで、音の密度も高め。
音像は結構はっきりとしているのだけど、全体的に執拗に低音でまとめあげられているので、もはや真っ黒い音の塊。ボーカルはとにかく低く、這うような低音グロウルスタイルですごみ十分。
ちょっと全体的に前の投稿した「Antediluvian」に似ているけどこちらのほうが乱暴で直接的な印象です。いい意味でアートっぽいところが希薄で、ストレートに殴りに来るタイプですね。

ジャケットからして黒い。まさに黒一色メタル。聴けば聴くほど味が出るようなタイプでおすすめ~。

Ital Tek/NEBULA DANCE

イギリスのAlan Mysonさんのプロジェクト。
2012年にPlanet Muからリリースされた3rdアルバム。
昔はダブステップやっていたらしいが、このアルバムを聴く限りあまりダブステップ感はないですね。
discogsでジャンルを見ると、「Ghetto, Glitch, IDM」と書いてあります。このジャンルに明るくないのでGhetto?Glitch?なんのことやらわかりませんが、IDMというと昔Aphex twinとかその周辺を聴いていたことがあるのでしっくりきます。IDMは個人的な認識しかないですけど、踊りやすさよりも曲としての完成度が重視されているような作風で(もちろん中で聴けば一番気持ちいいのだろうけど)クラブの外でも気持ち良く聴けるテクノです。
ドリルンベースとかではもちろんないのですけど、比較的動きの激しいビートに冷たいメロディが乗ってきます。もちろん歌ものほどメロディが強調されておらず、多分にミニマルです。
全体的に派手な印象はないのですけど、私のテクノに求めるかっこよさがふんだんに含まれています。私テクノはあまり聴かないのですけど、 テクノの好きなところは基本無機質な音のみを使って構成されているのに、曲全体としてとらえると感情的になるところです。単にじゃあ抒情的なメロディが乗ればいいんじゃねーか、ということにもなるんですけど、そっちが主張しすぎるとゲームのBGMみたくなっちゃって、それはもう別ジャンルというか、変な話ちゃんととっつきにくさを残しておいてくれよと。金属的な冷たさ、機械の唸りとか、突発的な動作に伴う電子音、極端に言えばいっぱい機械を置いておいたら、それらの発する音で偶然曲ができました、みたいな。要するにバランスの問題かもしれませんが、このアルバムはそういった意味で素晴らしいバランスの上に成り立った良質なテクノミュージックであることにもはや疑いはありません。