2013年6月30日日曜日

ディヴィッド・ピース/Tokyo Year Zero

日本在住のイギリス人作家による警察小説。
かなり気持ちの悪い作品です。

終戦のまさに当日、玉音放送の直前、海軍衣糧廠女子寮で女の変死体が発見される。強姦されて殺されたのだ。警視庁の三波刑事は現場に向かうが、事件は憲兵の管轄となりその場で犯人が殺害される。玉音放送が流れるその中で。
1年後、修正後の混乱の中芝公園で女性の変死体が発見される。そして第2、第3の死体が…

終戦後の復興というといまいちピンとこない。まあ大変な時代だったのだろうと思うが、実はあまりよく知らない。ひょっとしたら私だけでなく多くの日本人がそうなのかもしれない。戦争の是非とはともかくとして、敗戦した日本にとっては屈辱の時代だったからそうなのだろうか。
イギリス人の著者はこの小説でその時代を見事に書き出した。勿論フィクションである小説だからそのまま現実世界に置き換えることは難しいにしても、私の想像していたのより悲惨な焼け野が原がそこに広がっていたのであった。
生命力に満ちているといえば聞こえがいいが、粗野で不潔で各人が生きるのに必死である。終戦のちょうど一年後であるから真夏なのだが、兎に角人の汗のにおい、タバコのにおい、安酒(バクダン)のにおい、ものが腐敗しているにおい、汚物のにおい、それらがギラギラとした太陽に燻り出されて渾然一体となって行間から立ち上るようである。戦争を生き残った人たちが、貧しく、そしてどん欲に生きようとしている。
GHQが支配し、勝者である米兵たちが我が物顔で町を歩き、復興の槌の音が鳴り止まず、人々は汚れたぼろをまとい、電車は人であふれ、闇市はマーケットと名をかえてヤクザものが支配し中国人やその他外国人と血で血を洗う抗争を続けている。
そんなカオス状態の東京を舞台にした警察小説である。主人公である三波刑事の一人称視点で物語が進むのだが、世相を反映してか、否読み進めるとこの主人公は外界よりさらに混乱していることが分かる。行間に主人公の混乱した独白が挿入されるのだが、とても刑事とは思えない。さながら精神病患者の様で、今と昔がごちゃごちゃに混ざっている。
やくざに頭を下げ、金と睡眠薬を恵んでもらう。警察手帳をたてに一般市民からタバコを巻き上げる。商売女を強姦する。頭は破裂寸前で吐いてばかりいる。眠れない体を抱え汗をかき幽霊のように東京を歩き回る。ハードボイルドどころではない。そして正義がない。この小説では正義という言葉一回も出てこないんじゃないだろうか。読んでいるだけで窒息しそうになってくる。閉塞感と暑さで。

この小説は対立構造になっている。
勝者であるアメリカ人と敗者である日本人、男と女、都市部と農村部、戦前戦中と戦後、正気と狂気、日本のやくざと外国のやくざ、夜と昼、誰かと私。そして主人公が独白するように両者の間には違いがないのかもしれない。いや、2者間の協会が曖昧になり溶け合っているのだ。接近すればするほど、注目すればするほど混ざり合っている、混乱する、訳が分からなくなる。だから正義がないのかもしれない。人が死んで、生きているのである。真夏の焼けるような太陽の下で。

この小説は実際の事件を元にしている。知っている人もいるかもしれないが、小平事件という一連の殺人事件である。ネタバレになる可能性があるので詳しくは書かないけど興味のある人は調べてみると面白いかもしれない。私は事件の概要しか知らなかったけど、なんとも嫌な事件である。ベタベタしていて人の欲望のにおいが漂ってきそうだ。まさにこの小説にはぴったりなのかもしれない。

オフィシャルサイトで作者ディヴィッドさんのインタビューが読めます。面白い!
可能ならば本を読んだ後に読むのがいいのかと。
http://www.bunshun.co.jp/tyz/author.html

さて物語とは関係ないのだけど、本編後に作者による参考文献の紹介がある。直接資料にしたもの、間接的に影響を受けたものが載っているのだけど、音楽の欄に人間椅子、Sigh、Church of Miseryと記載されていてちょっと驚いた。う〜ん、マニアック。

季節はちょうど夏であるから、読むには絶好の機会ではないだろうか。
ただし気持ちの悪い小説である。読む際には気をつけてください。
内容の面白さについては折り紙付きだと思います。

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