2013年8月3日土曜日

F・P・ウィルソン/マンハッタンの戦慄

アメリカの医師で作家のF・P・ウィルソンによる小説。

ニューヨークはマンハッタンで始末屋を営む男ジャック。
過去を消し、戸籍は既になく、いくつもの偽名を使い分け探偵より暴力的で多彩な難事を片付ける男。夏のある日ジャックに隻腕のインド外交官・クサムから奪われたネックレスを取り返してほしいという緊急の依頼がはいる。依頼人の態度が気に入らないジャックだが、結局は依頼を引き受ける。同時に分かれた恋人ジーアから失踪したらしい義理の伯母の行方を探す依頼が入る。本来ならば始末やの仕事ではないと断るべきところ、ジーアに未練のあるジャックはこれも引き受ける。一見関係のない2つの難事件の背後には実はおどくべき真相が…

実はこの本作者による一大シリーズナイトワールド・サイクルという大きな物語の中の一遍で始末屋ジャックの初登場作品とのこと。ちなみに私はこの作者の本はこれが初めて。
上巻(2冊に分かれてます。)あらすじを読むとまあ普通のハードボイルド作品に思える。かわっているのは始末屋という主人公の職業だが、やたらと武器を帯びるのを好む主人公の描写を読むとなるほど非合法の探偵家業といったところで、もうすこし剣呑な事案を暴力的にに解決するのだな、と見当はつく。
ただしそれだけではいかないのが、この小説である。
まず翻訳したのが大瀧啓祐さんである。このお名前をみただけでも分かる人は分かるのではないだろうか。何を隠そうラブクラフト全集を始めとする一連の神話体系の翻訳の第一人者とされる方である。
この小説はマンハッタンを舞台にしたハードボイルドであると同時に、ラブクラフトが創出し今も連綿と続くたコズミックホラー的な要素を持つホラー小説でもある。しかも2つの要素がともに一流であるから抜群に面白いのである。
この小説なんといっても面白さの秘訣の一つが、ベースはコンクリートでできた近代的な島マンハッタンを舞台にした探偵小説であると思う。クトゥルーものにありがちな裏寂れた怪しい山村や廃墟の地下室など、いかにも何か超常のものが飛び出てきそうな場所が(メインの)舞台ではない。クトゥルーファンなら一度では思ったことがないだろうか?あの恐ろしい邪心たちが果たして現代に蘇ったとして、その恐ろしさを小説の中と同じように保つことができるのだろうかと。
都心の真ん中で右往左往する偉大なクトゥルーというといささか滑稽だけども、異様であればあるほど現実とのギャップは広がっていってしまう。あの独特の世界観があっての愛すべき化け物たちなのではと、わたしはちょっと考えたことがある。
この小説はその「もしも」にとてもうまく回答していると思う。ラコシと呼ばれる異形の怪物はマンハッタンの中でもその異様さを遺憾なく発揮している。とても恐ろしい。ううむと唸るほどうまくかけていると思う。

クトゥルーものというと創始者のラブクラフトからして修辞の多い独特の文体とマニアックな雰囲気(勿論それが魅力の一つなのだが)があって、苦手な人もいるかもしれないが、この小説は比較的男らしい読みやすく分かりやすい描写で書かれているのでどんどん読めてしまうのもいい。
謎めいたジャックだが、裏家業にどっぷり浸かっている身でありながら、別れた恋人やちょっと問題のある父親との関係などを断ち切れずにいるのもの人情味を感じさせている。始めはちょっと気取った野郎にすら思えて鼻につくのだが、意外に熱血漢であって男からしても魅力がある。

クトゥルーファンは勿論。イプウかわった冒険小説を読みたい人にもお勧め。
とても面白かったので、ナイトワールド・サイクルの一作目から読んでみようと思ったら絶版になっているようで非常に残念…
ジャックシリーズは今でも買えるみたいなので、こっちを読んでみようかな。

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