2013年10月6日日曜日

コーマック・マッカーシー/血と暴力の国

アメリカのピュリッツァー賞もとった作家による暴力・犯罪小説。
真っ赤な夕暮れ、日がまさに沈もうとしているところに途方に暮れたように荒野をさまよう表紙が何とも恐ろしい。
ブコウスキーやシグマフォースシリーズをお勧めしてくれた知り合いにリコメンドしてもらい購入。感謝。
さて血と暴力の国とは恐ろしいタイトルだが、原題は「No Country for Old Men」で直訳すると「老人に国は無し」と大分印象が違う。
「ノーカントリー」だととうかな?はっとする人もいるかもしれない。
2007年にコーエン兄弟によって映画化されたあの作品の原作である。
このマッシュルームカットをした奇妙な殺し屋のことを覚えている人も多いかもしれない。
私もこの映画を見たことがあって、マッカーシーをお勧めされた時、これならばという訳で手に取ったのである。

ベトナム帰還兵で現在は溶接工として働くモスは、メキシコとの国境近くで狩りをしている最中麻薬取引中にもめた思わしき、多数の死体、麻薬、そして大金を発見する。モスは大金を持ち帰るが、ただ一人傷を負って生存していた男が気になり、夜中現場に戻る。そこでギャングに発見されたモスは逃亡を開始する。金を取り戻すべく組織の人間、そして独自に動く半ば伝説の殺し屋シュガーがモスの後を追う。
また現地の老保安官ベルも現場からモスの後を追跡するが…

こうやってあらすじを書くとノワール小説である。実際にノワール小説であることは間違いないのだが、この分野の他の作品と比べると結構異なる。
まずは全体を通じて観念的である。アクションもあるし、描写も手に汗握る。しかし全体として「金を持って逃げるぜ!悪者たちをバーンバーン!」という能天気な軽快さは皆無。舞台となるのが砂漠だが、荒涼として乾いている。想像してほしいのだが、灼熱の太陽の下カラカラに乾いた誇りっぽい砂漠の土の上を赤黒い血が流れていくのだ。格好いいとかじゃない。気持ち悪く、そして何より恐ろしくないだろうか。

また文体にも多くの特徴がある。
まず句点が極端に少なく、一つの文が長く連続している。読みやすいとはいえない。
また、会話のカギ括弧がなく、お互いの会話は改行によって区別される。また一連の会話の固まりに地の文があまり出てこない。
「暑いな〜」と太郎はいう。「うん」次郎がうなずく。

暑いな〜
うん
のようになる。やはり読みやすいとはいえない。
また、徹底的に人物の内面描写がない。一方で第三者的な描写「手を挙げた」とか「表情を曇らせた」の用な描写は豊富である。
これはちょっとすごいことである。辛いときでも辛いといわないで、辛いということを読者に分からせなければならないのだから。
しかしこの本はそういった描写は本当に神がかっている。このときは痛いだろうな、辛いだろうな、というのが手に取るように分かる。これは本当にすごい。

作品の主人公は金を持ち逃げしたモスである。彼は非常にタフだが、いわば普通の人である。誰だって大金を手にしたら自分の過去とこれからを危険性と天秤にかけるだろうと思う。(結果持ち逃げするかは大きな難しい問題だが。)
物語の中心にいるのは殺し屋シュガーである。私は当初こいつは死神のようなやつだと思った。ブラックホールみたいなやつで、兎に角人殺しに躊躇がなく、関わって生き延びる人の方がまれのようだ。所謂サイコパスなのだろうが、それにしたって異常である。
こいつはいわば他の登場人物とは違って、神のような視点で愚か者たちを無慈悲に殺していくのだと。この世はもう善人悪人に関わらず、罪人しかいないのではと。
しかしそう簡単にはいかなかった。シュガーは独自の理念を持っていて、殺人も含めてすべての行動はこの規範で持って決定されている。だからって殺される方は納得できる物ではないが、一応彼の中にはルールがある。また後半シュガーが直面する災難は作者が意図的にシュガーが人間であることを強調しているように思えた。
ちょっと話が移動して、原題は「老人に国は無し」というのは既に書いたが、この本での老人というのは保安官であるベルのことである。(映画ではトミー・リー・ジョーンズが演じた。)この本ではちょくちょく彼の独白が挿入されていて、そのエピソードというのは彼の祖父から連なるアメリカ人の歴史の一端である。ある1つのパターンと言い換えてもいいかも。彼は近年増加する犯罪に心底疲れている。犯罪者たちがおかしくなっているのではなく、国民全体がおかしくなっていて犯罪者はただその一つの象徴にすぎないような気がする。どちらにしてもモスの事件に直面した彼は悟る。自分はもはや時代遅れの保安官であって、このような犯罪には立ち向かえないと。ベルには兵士として戦った経験があり(彼の親戚も)アメリカに対して複雑な感情を持っている。ここで原題につながるのである。
そこで考えた。そうなるとサイコパスのシュガーは新しい人種(の犯罪者)なのだろうか。時代の変遷とともに人は変わる。年を取った人たちからするとこれらの変化は多分にグロテスクに感じられる。現時点から見た最も異形のシュガーという男が変化の最先端にたつ人間なのだろうか。
これも違うような気がする。それではちょっと簡単すぎる。
シュガーはなるほど人間的に書かれているが、他の登場人物とは違いすぎる。いわば特異点のような存在でこの物語で圧倒的な影響力を持っているにもかかわらず、私は彼が何者なのか最後まで分からなかった。(これは私の感想であって、実は作者の明確な意図が存在して単に私がそれに気づいていないということかもしれない。)

この本はおそろいしい小説である。
全くすっきりしない。ただ理不尽に(是非読んでくれ!)人の血が流されていく。爽快感が全くない。ただ抜群に面白いことは保証する。
作中シュガーとある商店の店主の会話がある。ここにシュガーの特異な原点が集約されていて、私はここが読んでいて一番恐ろしかった。もう本当にここだけでもいいから(よくないんだけど)読んでほしい。
映画を見た人は是非!読んでない人も是非!読んでほしい一冊です。

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