2013年12月1日日曜日

デニス・ルヘイン/運命の日

アメリカの作家によるハードボイルド小説。
デニス・ルヘインというと一番有名なのはクリント・イーストウッドによって映画化された「ミスティック・リバー」だろうか。私も最近この映画を見直してそのシナリオの巧みさと作品を覆う独特の正義感と世のやるせなさを感じさせる雰囲気に圧倒されたものである。
そんなこともあってこの本を手に取ってみたのだった。

1910年代アメリカは荒れていた。
自由の国では無政府主義者、共産主義者たちが徒党を組み政府の転覆を企み、テロが繰り返された。
ボストン市警に勤めるダニーは警察一家に生まれ、親族の命令で警察内で労働組合を組織しようとする一派への潜入を命じられる。
一方オクラホマ州では黒人のルーサーはギャングと関わった故に殺人を犯し、追っ手を逃れるためにボストンに流れていく。
ダニーとルーサーは運命的に出会い、友情を育むが時代の激流に飲み込まれていく。

これは非常に短い期間を綿密に描写した長い小説であるが、その背景というか根底にはには舞台となるアメリカという一つの国が重要な意味を持っている。この本には実際のアメリカの偉人たちが何人か出てくる。(FBIを設立したフーバーとか。)だからちょっとした(重みは半端ないのだが)年代記と行っても良いかもしれない。
ので、1900年代のアメリカについてちょっと説明せねば。意外に日本人の私たちにとってはよくわからないのだと思う。私の場合はわからないということもわからないくらい意識してなかった。
まず非常に社会が荒れている。アメリカがテロに脅かされるようになったのは911に象徴されるようにてっきり昨今のことだと思っていたが、実際はそんなことはなかったようだ。
1900年代当時のアメリカは共産主義者たちが暴れまくり、爆弾テロも頻発していたようだ。そして重要なテーマなのだが、警察官は異常な薄給の中劣悪な環境で働かされ、労働組合などはなかった。今でいうとんでもない超ブラック企業だが、当時では警察官が労働組合を結成すること、もしくは参加することは正義の徒であり、市民の従僕としての警察官としてはとんでもないことだと考える人が少なからずいたということである。
そして黒人の差別は根強く、黒人は白人に使えてしかるべきで、バスでは黒人は専用席に座らなければ行けなかった。あまつさえ白人に面白半分やとんでもないへりくつ・難癖を付けられ最悪当然のように殺されたりもした。
アメリカというと銃社会といこともあると思うが、現在でも日本人からすると野蛮な感じがするのだが、この本ではもっと野蛮である。理不尽が横行し、暴力がものをいった。そんな時代でまっすぐ生きることがいかに困難であるか。

2人の主人公たちはこんな激動の時代に生を受けて、自分ではどうしようもない力の中でひたすら翻弄されていく。そこでは一時の判断が生死を分けて、行動の結果が思ってもいないような結果をもたらす。自分の力というとたかが知れているのに、2人はそれぞれの信念でもって非常に大きな力に立ち向かっていくことになる。それは大きな意義性を伴い、殺人という罪を犯して家族と離ればなれになったルーサー、大切だった家族と決別することになるダニー。ひょっとしたらこの本は「仕方ないさ」に果敢に立ち向かっていく若者を描いた青春小説であるのかもしれない。
そして往々にして思うのだが、悪役が本当に悪いやつの物語は抜群に面白い。ダニーとルーサーの前にどんな悪漢がその熱い思いを阻むべく立ちふさがるのか、ぜひ読んでいただきたい。貴方は心底むかつき、本をもつてが怒りで持って震えるだろう。

またこの本の主人公は実はアメリカという国かもしれない。作者ルヘインは狂言回しのベーブ・ルース(いうまでもなくあのアメリカの球界の永遠のスターである。)や主人公たちの目を通してこの国に時に批判的、時に肯定的につまり、紳士に(作者の感じる)正当な視点で描こうとしているように感じた。それは「ミスティック・リバー」でも存在した、善い悪いを超越した視点である。発生した事象を清濁あわせて精密に描写するまじめさがあって、それは往々にして私たちに重い衝撃を与え、時にはカタルシスがなく、途方に暮れさせてしまう。考えさせてしまう。

正直にいえば上巻の前半分は少々冗長に感じてしまい、ページをめくる手もなかなか進まなかったものであるが、事件が起き始めると一気に引き込まれ寝る間を惜しんで最後まで読んでしまった。
読み終えて本を閉じたときに思ったものだ。これはすごい本を読んでしまったぞと。
久しぶりにどーんと殴られるような重ーい小説であった。
貴方に凄まじい衝撃を与える本であることは間違いない。生半な気持ちでは読めないかもしれない。しかしその面白さは折り紙付きであることは私から保証させていただく。大変オススメです。

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