2013年12月8日日曜日

アーナルデュル・インドリダソン/湿地

昨今日本でも流行を見せている北欧ミステリーの一冊。
この本ではアイスランドが舞台。
北欧の最も優れた推理小説に与えられる銀の鍵賞を受賞した作品。ちなみに同シリーズの自作でも受賞するという快挙を達成したとのこと。
日本ではミステリが読みたい!で1位をとった。
ミーハーな私は流行に乗っかり、ちょいちょい北欧ミステリーを読んでいたので、今作も前々から気になっていた。しかし文庫じゃないと(通勤の社内で読むにはちょっと不便だ)なーと何となく後回しになっていた。しかしまあいつまでも放っておく訳にもいかんだろうということで購入してみた。
ちなみに訳者はヘニング・マンケルのヴァランダーシリーズも訳している柳沢由実子さんで訳しっぷりも申し分なし。

2001年アイスランドは10月のレイキャビクの湿地で独り身の老人が殺された。灰皿で頭を殴られ、状況を見るに典型的な行き当たりばったりのアイスランド的殺人事件かと思われたが、現場に残された犯人の手によるものと思われる謎のメッセージにより捜査は混乱する。現場主義の古株捜査官エーレンデュルは地道な捜査を続けるうちに事件の背後にあるおぞましい事実に肉薄していく。

他の北欧ミステリーとはちょっと趣向が異なる作品である。一言で言うと地味というのだろうか。事件はとても残忍だが、かなり狭い範囲で発生した事柄であり、もちろん国外には波及しない。派手などんぱちもカーチェイスもない。主人公に妙にミステリアスな記憶の障害がある訳でもない。恐ろしい過去とそれにまつわるトラウマを持っている訳ではない。訳者や解説者が本の後ろでも書いているが、とにかく言葉が平明で必要充分な事柄しか書かない。こってりとした濃密な描写はない。(ただし作者も明言しているが、どんなひどいことでも全部ありのままに書かれている。その視点はきわめて冷静でそれゆえ犯罪の恐ろしさが読者にはストレートに伝わる。)だからこの手の小説にしたらページ数も少なめ。全部で300ページほど。ただし、抜群に面白い。

さて警察小説の主人公の刑事と言ったら(ブログで繰り返し書いているが)疲れたおっさんと相場が決まっている。今回の疲れたおっさんは年の頃50がらみで、昔気質の仕事人間。典型的な古いタイプの人間でデジタル捜査には全く理解がないし、わかろうともしない。気難しく頑固で部下との関係もたびたび険悪になる。離婚していて娘と息子がいるが、それぞれ問題を抱えていて家庭環境は崩壊している。さらに最近なんだか妙に胸が痛い。というゲンナリっぷりである。
この疲れたおっさんことエーレンデュルが足(車だけど)をたよりに動き回って、とんでもない事件の真相を少しずつ暴いていき、その真実の重みにさらにさらに疲れてくるというおっさん殺しスタイルで事件は進む。

先に書いたがこの本が扱う事件は、非常に狭い範囲で起きたもので、捜査も広がりを見せるというよりは深く深く掘り下げていくように進む。そこには派手な陰謀も悪いギャングもいない。私たちと同じ生活があって、そこに犯罪が入り込むのだ。こういう類いの小説ではどんな悪を描くか?ということが最も大きなテーマになってくる。そこで様々悪辣な犯罪、悪行がごたごた積み上がってきたような感じがある。しかし根源的な犯罪に潜む、陰湿さというのは犯罪のスケールに必ずしも比例しないのだということをこの本を読んだら感じるのではなかろうか。
悪意が人の生活にどんな影響を与えるのかということを、平明に言葉少なく作者は語る。
作中ではほとんど雨が降っている。雨が降っている中、主人公たちは既に半ば終わってしまった事柄を追いかけることになる。疲れた視線の先に待っているのは到底楽しいことではないことを半ば確信して。彼らが犯罪を通して何を見ているのか。読んだ人毎に答えがあるのだろうが、なんだかこう言外に語りかけてくるような、不思議な感じがあった。

徹頭徹尾「私とあなた」の関係性で描かれる小説。
犯罪の持つ悪さが一体本質的にはどんなものなのか、ということを突きつけられたようだった。最後までページをめくる手が止まらなかったすばらしい本。

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