2014年1月11日土曜日

フランク・ティリエ/シンドロームE

ちょっと珍しいフランスの警察小説。
作者はフランク・ティリエはフランス人でフランス在住。

この本には男女2人の刑事が出てくるんだが、それぞれ作者の別の小説シリーズの主人公たちがこの本で出会って一緒に捜査するという面白い形になっている。
日本でも作者の本がすべて網羅されている訳ではないのだが、前述のそれぞれのシリーズは3冊ほど翻訳されて出版されている。私はAmazonさんのオススメでこの本を買ったため、この作者の本を読むのは今作が初めて。

フランス司法警察に勤めるシングルマザーの警部補・リューシーは休暇中にある日元恋人から電話をうける。彼はとある短編映画を見て失明したという。独自に捜査を始めるリューシー。一方司法警察中央局暴力犯罪対策本部に勤めるフランク・シャルコ警視は公害の工事現場で頭蓋骨が切開され眼球と脳抜き去られた5つの死体が発見された事件の捜査に乗り出す。一見無関係の2つの事件が交錯し、2人の刑事は50年代から続くとある真相に肉薄していく。

フランスという御国柄を反映しているのか否かはわからないが、いくつ過多の警察小説とは異なる点があって面白い。バディものやシングルマザーの刑事というのは今時珍しくないのだが、主人公の一人でシャルコという男性刑事がちょっと変わっている。疲れた中年男性で家庭が崩壊しているという設定は結構他の作品でもありふれているのだが、この男なんと統合失調症を患っている。とある陰惨な事件で(以前のシリーズで書かれているようだ。)精神を患ってしまったのだ。具体的にはなくした娘によく似た女の子(10歳くらい?)の幻覚が見える。困ったことにこの女の子はしょっちゅう現れてはシャルコに話しかけてくる。小さい女の子だからわがままで周りの目(周りの人には見えないんだが)なんておかまいなしに振る舞うものだからシャルコは彼女に応答する形でリアクションをとってしまい、周囲の人にはそんな彼の様子が奇異に映るのである。
もちろんシャルコだって彼女が実在しない妄想の産物であることは百も承知なのだが、統合失調症というのは気の迷いで何とかなるような生易しいものではない。彼には確かに彼女の姿が見え、声が聞こえるのである。哀れな中年刑事シャルコは彼女のご機嫌を取るため、彼女お気に入りのミントのカクテルソースとマロングラッセを常に持ち歩いている。
精神病だから葛藤がメタファー的に結実している訳ではなく、もちろん彼の内面を強く反映しているのだが、ある種悪魔のように勝手に動くようなところがあって、それが物語を面白くしている。こんな要素を入れたら、普通小説が分けわからなくなってしまうと思うのだが、作者は見事に警察小説にこの要素を取り入れて、結果物語を唯一無二野茂のにすることに成功していると思う。

作品のスタイルとしては見た人を失明させる映画と不可解な大量の死体というキャッチーな謎を用意して読者を引きつけつつ、犯人を追っかける内に捜査が広がっていき(シャルコは捜査の一環で遥かエジプトまで足を伸ばすことになる。2人の主人公が合流した後はカナダにも出張。)、事件が予想だにしなかった深みを見せることになる、というエンターテインメント性にとんだタイプ。
結構派手な作りで映画を見ているように引き込まれてしまうタイプ。兎に角キーとなる小道具の設定がイチイチ上手で、上記の映画や死体の損壊、果ては閉鎖的な精神病院や密かに行われていた人体実験や人間の内面に踏み込んでいくもんだから、これはどうしったって続きが気になってしまう。
目を引く陰惨さが強調されていて、ともすると下世話になりがちなのだが、主人公たちの捜査をスムーズなんだが、ある証拠から次の証拠へという過程の部分を丁寧に書いているので警察小説ものとしても面白い。犯人や被害者の人間関係や内面を丁寧に書き込む訳ではないのだが、2人の刑事をともに陰惨な事件に取り憑かれた人間として描いて、その特異性や警察商売がいかに人間らしさを刑事から奪っていくかということを(精神病も含めて)その生活の悲惨さをたっぷり挿入することで見事に補っている。

兎に角エンターテインメント性に富んだ読む人を楽しませようとする気概にあふれた小説。面白かった。唯一の欠点は(特に上巻の)表紙がちょっとダサいこと。
北欧の荒涼とした警察小説を期待すると肩すかしだろうが、わくわくする小説を読みたい人にはオススメ。

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