2014年2月23日日曜日

ウォルター・デ・ラ・メア/死者の誘い

イギリスの作家による恐怖小説。
原題は「The Return」で1910年に出版された。エドモン・ポリニャック賞という賞を受賞したとこのこと。本邦では東京創元社から1984年に翻訳の上出版されたが、長らく絶版になっていたのが昨年の復刊フェアの一環で久方ぶりに重版されたそうな。
私は何となく怪奇・恐怖小説のアンソロジーを読んでいてそれの解説や南下で名前は知っていたのだが、作品を読んだことはなかったのでこれは良い機会と思って買ったのだった。ちなみに本書の読みは「ししゃのいざない」である。

1900年頃、イングランドの郊外に住むアーサー・ローフォードは長らく患っていたインフルエンザからようやっと回復しかけたある日、散歩先で出くわしたとある曰く付きの墓の前で意識を失う。目を覚ました彼はなぜか力がわいたような心持ちで帰路につくが、自宅の鏡を見ると自分の相貌が以前のものと全く違っていることに気づき愕然とする。
彼の変身により家庭内では不和が起こり、孤独感を募らせるローフォードは件の墓の近くに住む不思議な男とその妹と出会う。彼らは墓に葬られたフランス人とローフォードの顔の相似を指摘して…

古典的なホラーといえば勿論イギリスなのである。この本には幽霊が出てくるし、主人公の中年男ローフォードは昔の放蕩的な人物が乗り移ったのでは?という話の筋だから幽霊話かと思ってしまうのだが、最後まで読んでみるとこれは一種典型的なゴーストストーリーとは大分趣を異にしている。
まず悪意を持った過去に死んでいる魂が生者に影響を及ぼそうとしていると、とらえることが出来るが、じゃあ十字架や祈祷や怪しい科学装置で除霊をしようということにはならないのである。この本はどちらかというと急に顔が変わってしまった(もしくはそう思っている)男について丁寧に描写するのである。彼の生活もいえるのだが。そう考えるとこれはかなりリアリティをもった作品ともいえる。何しろ外見が全く違ったものになってしまったら、いくら親しい人でもその人だろうと始めに認識するのは不可能だし、その後一応身の証を立てたとて、例えば詐欺師のような人物にたばかられているのではという疑念を打ち消すのはそれなりに難しいのではないだろうか。
主人公ローフォードは結婚していて娘もいるんだけど、やっぱりこの変身に伴って家族との間に軋轢が生じ、孤立感を強めていく。つまり彼は二重の不幸に襲われる訳である。
なんだかこの構図言わずと知れたカフカの名作「変身」を思わせるではないか。姿が変わったばかりに家族から疎まれ(家族は本人だということを認めて入るものの)、次第に孤立していて悲劇を迎えるのである。
本書はシュールさは無縁だが、なんだか霧の中を手探りで歩いているようなそんな頼りのなさ、不安定さに横溢している。
読み手としても当初は悪霊でもってひどい目にあったんだろうと思って読み進める訳であるが、段々とそれがわからなくなってくる。本当は主人公は知らずのうちに狂気に落ちっているのではないかと不安になってくる。いわば主人公の体験をリアルに再体験するような不安感に満ちた読書になってくる訳で、これはなかなか恐い体験である。どんなに恐い物語でも文字とそれの読み手では大変な隔たりがあって、ある意味安心して読めるのだが、この本はページからうっすら手が伸びてきて襟首をぐっとつかまれるような、そんな恐さがある。

地の文はあくまでも丁寧に書かれており、上品ともいえる文体だが特に会話の分ではかなり観念的・抽象的に繰り広げられるものだからなかなか読むのに骨を折った。
恐いのは間違いなく恐い。恐ろしいといっても過言ではない。ただし幽霊がバーン!主人公ドーン!十字架でバーン!という明快さは皆無なので、ご注意を。
マニアックなイギリスの怪談の心髄に触れたいという貴方には文句なしにオススメの一冊。

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