2014年4月19日土曜日

パオロ・バチガルピ/シップブレイカー

アメリカの気鋭のSF作家パオロ・バチガルピによるSF小説。
この間紹介した同じ作家による短編集「第六ポンプ」があんまり面白かったもんですぐにこの本を買った次第。「ねじまき少女」も読んでいるので一応本として出版されたのはこの本で全部読んだことになると思う。しかしまだ本になっていない和訳された中編があるそうだが。
この本はヤングアダルトという小説のカテゴリで発表されたもので、ローカス賞のヤングアダルト長編部門賞を獲得したそうだ。
ヤングアダルトというとジャンルではなく、カテゴリで調べてみると12歳から19歳までつまりティーンエイジャーを読者層として想定して書かれた小説のことを言うらしい。日本ではジュブナイルといったりする。私はあまりこのカテゴリの本を読んだことがないと思う。小学生の頃青い装丁の文庫本をよく図書館で読んでいたがあれはきっとヤングアダルトではないと思う。(「宇宙戦士レンズマン」とか。調べたら青い鳥文庫という児童書でした…)まあ要するに過激な(暴力・残虐・性的)表現がないような小説カテゴリかと。
パオロ・バチガルピといえば結構過激で苛烈なサバイバルが展開されるディストピアを描くのが得意だからヤングアダルトというと何となく大丈夫なのか?という気持ちはあった。

石油によって栄えた文明がその枯渇によって終焉を迎えた未来。
エネルギー事情は大きく後退し、環境を大きく破壊された世界では人々の貧富の差が大きく拡大していた。アメリカの沿岸部に暮らすネイラーは自分の年齢も文字も分からないが、前時代の巨大船を解体し、その材料を集めるシップブレイカーという職業を生業にしていた。小さい体躯を活かし配線のダクトに潜り込み、金属を集めるのだ。仕事は死と隣り合わせ、おまけにネイラーの父親は近辺では評判の暴力的なゴロツキだった。
それでもクリッパー船と呼ばれる高速船にいつか乗ることを夢み、仲間達と仕事に励んでいる。ある日巨大なハリケーンが襲った浜辺で座礁したクリッパー船の中から金持ちの少女を発見し、ネイラーの運命は大きく動き始める。

ヤングアダルトということで主人公はティーンの男子。そしてボーイミーツガールよろしくお金持ちの美少女と出会っちゃう訳だ。うはー若いね、青いね、となる訳だが、そこはパオロ・バチガルピのことだから一筋縄ではいかない。
まず世界観がほぼ「ねじまき少女」と同じで石油を大量に消費した拡張時代(本書では別の言い方がされていたが問題の言葉が見つけられなかった…)が終わりを迎え、世界はまた人間に取って広い場所になってしまっている。環境は徹底的に破壊され、海面は上昇し沿岸部の都市は海に沈んでいる。人口の多くは前近代的な生活に身を置き、今日の飯のために生き抜かなければならない。それらがはっきりと語られている訳ではないが、かなり
厳しい世界観である。主人公のネイラーもアメリカ人(はっきりとした出自は明記されていないが。)なのだが、(アジアが舞台になる話が得意な作者だけにアメリカが舞台の物語というのは新鮮。)文字も読めないし自分の年も分からない。サディスティックな父親と掘建て小屋とも呼べないボロ屋に住んでいる。幼いながらも生きるためにいつ配線のダクトに潜り込むという危険な仕事に身をやつし、その仕事すら体が大きくなったら他のものに奪われてしまう。上司はクソ野郎で搾取される毎日。
作者の他の小説同様生きることの困難さがこれでもかと描写される。しかしヤングアダルトなりの描写や表現もそうだが、それ以上にめげない主人公ネイラーのカラリとした性格でぱっと見そこまで悲惨さがないのが読みやすくて良い。
全体を通して暴力的で支配的な父親との対決というのが一つのテーマになってきて、謎の美少女ニタと出会ったことでネイラーは新しい世界に飛び出していくのだが、過去からは逃げ切れないぜとばかりに父親が迫ってくる。その執念たるや凄まじく最早親子喧嘩所の騒ぎでない。殺し合いである。ヤングアダルトながらもバチガルピは野蛮な世界での生存の困難さに関して御馴染みの流儀ではっきりと書き出している。語り口は柔らかいものの、人間の本質に迫る真摯な書き方である。現代の豊かな生活がすべて上っ面だけのまやかしではないが、人間と自然の本質というのを忘れてはいけないよ、という年長者からの暖かいメッセージがビンタのような厳しい叱咤となって問いかける様な感じがある。(私はもう良い年だから実際のヤングアダルト達がこの本を読んでどう感じるのかはわからないが。是非知りたいところでもある。)「ねじまき少女」のような仏教的無常観が漂う作品とは異なり、自分の意志で未来を切り開いていくネイラーの姿はなるほど確かにジュブナイルであり、青春小説だ。ただ大人は誰でも一度はティーンエイジャーなのだから、大人が読んでも勿論面白い。
個人的には人と犬と虎とジャッカルの遺伝子を混ぜて作られた恐ろしくおぞましい半人、中でも主人に忠誠を近い主人が死ぬと自分も死ぬといわれている彼らとは違い、半人ながらも自由に振る舞うトゥールというキャラクターが良かった。この物語は同じ世界観で続編が書かれており、そこにはなんとトゥールも出てくるというので、早くも楽しみである。
という訳でヤングアダルトながらも作者の軸がぶれていない小説。パオロ・バチガルピのファンなら買っても損はしないかと。
また、もしヤングでアダルトな貴方がこの記事を読んだなら是非読んでいただきたいところ。

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