2014年5月4日日曜日

ミネット・ウォルターズ/養鶏場の殺人・火口箱

英国犯罪小説界の女王ミネット・ウォルターズの中編を2つ収録した本。
2014年に東京創元社から発売されている。
以前読んだ彼女の「遮断地区」がとても面白かったので購入。
遮断地区はジェットコースターの様な作風で本当に短期間で矢継ぎ早に進行する緊急事態を長さを全く感じさせない筆致で書いたミステリーというよりは緊迫したスリラーのような作風だけど、今回は2編とももっとスピードを落とし、より本格ミステリー性を前面に打ち出した作品となっている。
面白いのは2つの中編とも普段本を読まない人に読書の楽しさを知ってもらう、というコンセプトによって書かれていることだ。養鶏場の殺人の方はあまり文学に馴染みのない大人を対象に分かりやすく平易な言葉で書かれている(クイック・リード計画というらしい。)し、火口箱の方は間口を広げる意味合いで無料で配布されたそうだ。従ってどちらの本も読みやすく分かりやすい文体で書かれている。昨今の翻訳物は訳者の方々も相当に気を使ってとても分かりやすく訳してくれるものだから、よっぽどでない限り翻訳物は読みにくいということは無いだろうと個人的には思っているが、そこら編が気になる人でもこの本だったいけるのではなかろうか。

養鶏場の殺人
1924年イギリス北ロンドンで第一次世界大戦の若い復員兵ノーマンはエルシーと出会う。エルシーは当時ノーマンの4つ上の22歳。気難しい性格で周囲から辟易される変わった女性で、いき遅れになることに焦りを感じる彼女はノーマンとつきあうことになる。
仕事を解雇されたノーマンは父親の援助で養鶏場を始めるが、経営は上手くいかず、極端に自己中心的な性格のエルシーに嫌気がさしてくる。ある日ノーマンのもとを訪れたエルシーが行方不明になり、ノーマンに嫌疑がかかるが…

実際にイギリスで発生した殺人事件をもとに、作者がかなり丁寧に物語として再構築した作品。当時のイギリスで相当物議を醸し出したらしく、あのコナン・ドイルも殺人犯と目された男性の判決に対して異議を唱えたということだ。
作者も自分の意見をはっきりと作品に反映している。つまり男性は無実だという立場である。無実の男性が絞首刑に処されたというのは悲劇で、確かにこの話自体は大きな悲劇であるといえる。登場する男女は2人ともそれぞれに非があるが、ご存知の通り日常生活でどちらが悪いからと決めつけて事態が収まるものではない。2人とも真実幸福になりたいはずなのに、一緒にいてどんどん不幸になり、終いには最悪の破局を迎えるという、この構成事態が悲劇的なものだと思う。


火口箱
世紀末のイギリスの田舎町で老婦人と住み込みの看護婦が殺された。老婦人の家に出入りしていたアイルランド系の前科者が老婦人の貴金属を隠し持っていたことから、容疑者として逮捕される。小さな田舎町では容疑者の家族に対して執拗な嫌がらせが始まり、同じアイルランド系の女性シヴォーンは容疑者の無実を進じ田舎町にはびこる偏見と闘うが…

イギリスの田舎町の嫌らしさをこれでもかとばかりに書いた作品で、読んでて憤ること間違いなしの優れた一品。とにかく登場人物がみんな腹に一物あり、年古りた狸や狐の化かし合いめいたおどろおどろしさがあって、読んでてイギリス行きたくねえ〜、と思うこと請け合いである。面白いのは中盤以降でここからある種ここまではひたすら煙に巻かれる正義感の強い主人公の女性が「よくわからなくなってまいりました」状態になって停滞しているところ、あっ!!というラストに向かって一気呵成に動いていく。これは遮断地区でもあったけど作者の醍醐味では無かろうか。

中編と侮る事なかれ、どちらの物語もむちゃくちゃ濃厚で、しかもどちらも何ともいえない負の感情がそこの方にどろりとたまっていて中々の不快指数である。
基本は真相はどこあるのか?というミステリーの形を取りつつ、実は人間関係を密に描くことで人間の持つどうしようもないダメさや陰険さをたっぷりと書き、こちらがメインで真相という餌で読者を誘いつつ、この嫌〜らしい過程を魅せることが作者の狙いじゃないのかな…と勘ぐりたくなる様な作風がすばらしいじゃないか。
というわけで風光明媚なイギリス小説が読みたいという夢みがちなあなたにお勧めの一冊。

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