2014年5月18日日曜日

デニス・レヘイン/穢れしものに祝福を

アメリカ人作家によるボストンを舞台にした探偵小説の第三弾。
スコッチに涙を託して」「闇よ、我が手を取りたまえ」と立て続けに読んでいます。楽しいったらありゃしない。
原題は「Sacred」で本国では前作の翌年に出版されている。

ボストンのとある教会の鐘楼で従業員2人だけの小さな探偵事務所を営むパトリックとアンジー。とある事件の後遺症により虚脱状態に陥った2人は事務所を閉じ無為な日々を過ごしていた。ある日自分たちが尾行されていることに気づいた2人は、攻勢に出たつもりが逆に誘拐されてしまう。目覚めるとそこはトレヴァー・ストーンの屋敷だった。大富豪トレヴァーは妻を亡くし、一人娘が失踪。余命幾ばくも無い彼は娘の捜索を依頼すべく、強引な方法で探偵を攫ったのだった。さらにパトリックの師匠であるジェイがトレヴァーから同じ依頼を引き受けた後謎の失踪を遂げていることが告げられる。誘拐されたことにいきり立つ2人だったが提示された破格の報酬と、師匠ジェイの行方、そして死を目の前にしたトレヴァーの態度に感化され依頼を引き受けることに。しかし大富豪の娘の失踪には想像を絶する真実が潜んでいた…

警察小説と探偵小説は似ている部分も多いけど、違うところは沢山ある。
探偵は巨大な公的機関に所属している訳ではないから好き勝手動ける。しかし組織的な後ろ盾が無いから巨大な敵に立ち向かうには手数が足りない。ほかにもいろいろあると思うけど、探偵の特権といったらそのひとつに失せものを探すことがあるのではなかろうか。警察では勿論ペットの失踪は捜査の対象外だし、人がいなくなっても事件性が無ければ大掛かりな捜査は望めない。しかし失踪した人の関係者に取っては大問題である。そこで登場するのが我らが探偵ということになる。探偵と行ったら人探しなのだ。

さて、今作は全2作と比べるとちょっと趣が違う。作者お得意の暴力描写は相変わらず目を背けたくなる様な陰惨さに満ちているし、皮肉を利かせた会話もふんだんに盛り込まれている。しかしいわゆるサイコスリラーやギャングの抗争といった派手なテーマから一歩引いているように思う。また今までの物語を読んだ人なら分かってくれると思うが、全2作では共通して主人公パトリックとその亡くなった父親との確執が大きなテーマの一つだった。暴力的な父親を憎むパトリックだが、自分の中にもある凶暴な衝動が暴力となって発露することに一種複雑な思いを抱えている。(そしてその気持ちを軽妙な会話と軽薄な態度に隠そうとする。)事件がそのまま自身の問題に直結し、ひどく内省的な雰囲気であったが、今作は自分のいる世界(ボストンの貧困と暴力がはびこる地区)とは全く異なった上層のレイヤーに所属する大金持ちの娘の捜索という、全く違う世界の依頼を引き受けることになる。相変わらず当初の想定が二転三転裏切られ、到底信じられない様な真実は明るみになっていくが、それでも物語は外部に向かって広がっていく。パトリックとアンジーは今回も本当死ぬ様な目に遭う訳だけど、どこかしら能天気といったらあれだけどあっけらかんとした感じがある。なんといっても敵役が心底魅力的な嫌な奴だと物語が俄然面白くなるというのが持論なのだが、今作は超悪い奴を懲らしめてやるぜ的な面白さもあってこれはこれで面白い。
また強力なお助けキャラであった幼なじみのブッバ・ロゴウスキーが収監されるという形で物語から一時退場したのも、物語に緊張感をもたらしている要因の一つかも。ヤバいことはブッバに任せれば良いや、ということではないけど、汚れ仕事も全部パトリックとアンジーの2人でやらなければ行けなくなった訳でこれは中々良いと思う。

正直なところ、前の2作にあったどうして人間がこんなことを出来るのだろう?と思わせる
やるせないほどの暴力性の原動力をかいま見る様などろどろとした暗さが希薄な分少し物足りない気持ちもあるけど、一冊の読み物としたらすばらしい出来だと思う。
一見軽薄だが実は真面目な探偵と謎めいた女というのはまさにハードボイルドの王道を行く作りなんじゃないかな。

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