2014年6月21日土曜日

ジェイムズ・エルロイ/血まみれの月

元々警察小説が好きでよく読んでいたが、一口に警察小説と言っても色々あるもので、最近で言うとややハードボイルドテイストが強いものが多かったと思うのだが、そこら辺をあさっているうちに出会ったのがジェイムズ・エルロイだった。
ハードボイルドというよりはノワールという言葉でもって説明されることが多いようだ。
ノワールというのは確か「黒」という意味の単語で、調べてみると暴力や犯罪、悪意などについて表現した創作物がそう呼ばれるらしい。
この本の原題は「Bood on the Moon」で1984年に出版されている。日本での出版は1990年。

ロス市警部長刑事のロイド・ホプキンズは身長2メートル、がっしりとした体つきの男だが、周りには「ブレーン」というあだ名で呼ばれる頭脳派の刑事で、類いまれな鋭い洞察力と直感で数々の難事件を解決、実質的に署内で独自の捜査権を黙認されている。
そんなロイドはある時、一見自殺に見える方法で死んだ女性達、残酷な方法で殺された女性達の中に共通項を見いだし、これは同一の犯人による連続殺人だと確信。独自の捜査を開始するが、警察上層部の不興を買ってしまう。
一方連続殺人犯「詩人」は独自のロジックに基づき長年にわたり女性に対して殺人を繰り返していたが、本人の中にも変化が生じてくる。
重大なストレス下にある2人の対決はどんな結末を迎えるのか。

あらすじを読むと警察小説風である。また昨今はサイコキラーによる連続殺人鬼VS捜査陣という構図も珍しくない。でもこの本を読めばすぐ分かっていただけるだが、それらとは明確にテイストが違う。この違いを説明できたらと思うのだが、なぜならそれが本質的にノワール、つまり暗黒小説がどういったものであるか、と説明できるからだ。
まずこの物語は連続殺人鬼詩人とそれを追う刑事ロイドに異常にフォーカスされている。ほぼ2人に密着している視点で書かれていて、他のすべての人物は露骨に脇役である。一見事件に関係ない2人の私生活についても細かい描写がなされ、ほとんど日記のようですらある。しかしロイド犯人を追っている訳で当然終盤に差し掛かるにあたって、2人の毎日が接近して来て最終的には交差するのである。
詩人は明白におかしくなっているが、読み進めていくと追う者であるロイドの方も相当おかしなことになっている。彼は結婚して子供がいる。家族を愛しているが、不倫を繰り返し、娘に自分が関わっている犯罪の恐ろしさをかなり生々しく語る。また大きい音や音楽を極端に嫌う。終盤ロイドの少年期の出来事が彼の口から語られ、彼が娘に犯罪を詳細に語るのは世に確実に悪意は存在し、それを無視しようとするのは無意味どころか害悪であり、明白に存在するもしもに対して世人はすべからく悪意と暴力に備えるべしと考えているからだということがわかる。
いわばいかれた2人の対決とも言えるが、単に幼年期のトラウマが原因でおかしくなったという分かりやすい構図ではない。あくまでも原因の一つではあるのだろうが、この小説が書きたいのはいわばそのもう一つ上のレイヤーであるように思う。前に紹介した「八百万の死にざま」もそうだったのだが、(現代)社会の何ともいない暗い部分を書いていて明白には言及しないものの、詩人やロイドが社会の被害者というよりは社会から産み落とされた象徴的な存在のように書かれていると思う。だから事件が解決したね、殺人鬼は死んだ、やったね!という爽快感が無いのである。彼らはどこにでもいるんだ、毎日は続いていくんだ、という何とも言えないやるせなさに覆われているのだ。

序盤で詩人が女性を斧で惨殺するシーンがあるのだが、そこでぐっと掴まれ、最後まで読んでしまった。何であんなに心がざわざわするのか。多分私がもてないからだと思うが、(この話は連続殺人鬼詩人の恋愛物語でもある。)この描写というのはちょっとすごい。小説の醍醐味じゃないかと思う。

よんですっきりすることは無いだろうと断言できるくらい、暗いねっとりとした暴力、それを生むに至る悪意、そして悪意を生じさせる孤独やさらに別の悪意や暴力、うんざりするような厭世観に満ちている。そんな嫌〜な感じが大好きな人は是非手に取っていただきたい一冊。私は大変面白く最後まで読めました。

因に刑事ロイド・ホプキンズシリーズは三部作で本書はその一冊目である。後の二冊は絶版になっているようだ。ジェイムズ・エルロイの本自体が、結構絶版であるようだ。一体どうして私が好きな、読みたい本というのはこうも絶版になるのか。私はなるほどマイナー好きかもしれないが、本質的にはマイナーというそのものに価値を見いだす様な軽薄なミーハーである。そこまでマニアックという訳ではないと思うのだが、それほど本が売れてないのかと思うと悲しくなる。と、蛇足なのは明白だがご勘弁を。もし万一なんかの偶然で出版社の偉い人がこのブログを見ていたら是非重版をご検討いただきたい。少なくとも一冊は売れることは間違いないですよ。

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