2015年12月31日木曜日

2015ベスト音楽

The Armed/Untitled
やっけっぱちハードコア。怒の感情をストレートにバンドサウンドに乗っけた。簡単に見えて多分今年はこのバンドが一番ピュアに清々しく喧しくここを描ききっていた印象。2曲目のサビ?の歌詞は本当カッコいい。

Birushanah/魔境
大阪の和トライバルスラッジ。メンバーチェンジ後の初音源。歌とメロディに特化することで曲が儀式に昇華。喜怒哀楽すべて飲み込んだ壮大な唄で聴いたものを魔境に。

Cult Leader/Lightless Walk
プログレッシブクラスト待望のフル。徹底的な荒廃を描き出し、呆然と立ち尽くしていると妙に暖かい感情がわいてくる。個人的にはついにGazaの向こう側に到達。

Full of Hell&Merzbow
地獄が満杯で溢れ出しているのにノイズの悪魔と手を組んだ明らかに「なにもそこまで…」という演出過剰なノイズハードコアの一枚。4曲目は神懸かりの出来。

Kendrick Lammar/To Pimp a Butterfly
1曲目を聴いたとたんLammar劇場が。豪華絢爛ヒップホップで次から次にとにかく楽しませてくれる。ところがアートワークも含めて辛辣なメッセージ(1曲目とか本当にすごい)が込められていて緻密さにあぜんとするばかり。

Leviathan/Scar Sighted
一人ブラックメタラーの復帰2作目。どうしてこんなになるまでほっといたんだ!という色々悪化の一途をたどる悪趣味さ。とうに忘れられた病室でじっくり熟成されたような底意地の悪い黒さ。Viceの動画にも登場してこちらも大変おもしろかった。

OMSB/Think Good
日本は相模原のメガトンBボーイの2nd。とにかくポジティブかつあっつい一枚。徐々に盛り上がってくるタイトル曲はヒップホップ知らない私でも聴くたびに胸が熱くなる。2015年一番まっすぐかも。

Redsheer/Eternity
不惑を超えたのにどす黒い感情に突き動かされ続ける国産ハードコア。焦燥、後悔、不穏な感情を全部ごた混ぜにし、オルタナティブな楽曲に無理矢理詰め込んだ。危うげという言葉がぴったりでばっちりハマった。





次点で
Gore Tech/Futurphobia
クソダブステップという感じで(失礼)歪んだぶっといビートがモッシュコアの様な下品さを持った電子音楽。ノイジーなイントロで幕を開ける7曲目はアホほど聴いた。

Not on Tour/Bad Habits LP
イスラエルの女性ボーカルパンク/メロディックハードコア。1曲目が最高のキラーチューンで元気になりたい時は良く聴いた。あっという間に終わってしまってなんか春って感じ。





旧譜で良く聴いたのが、
Grief/Turbulent Times
解散済みのトーチャースラッジ。ノイズにまみれささくれだった不快な低音を聴いていると怒りにいきり立っていたはずの脳と感情が溶けてくるような感覚になる。特に5曲目は最高。

Mrtyu!/Wicthfucker
ハーシュノイズをここまで奇麗に聴きやすくできるものなのかと感動。タイトル曲は屈指の美しさで別に奇を衒っている訳でも何でもなく不思議に切なくなんだか浄化される気分。





見返してみると国産が多いかな?ネットで日本の音楽がつまらなくなったとか言っている人を見るけど一回も分かった事が無い。
国内外通じて今年も沢山の素晴らしい音楽に出会えました。作り手の皆様、レーベルの皆様、ディストロの皆様ありがとうございました。それからSNSなどでオススメを共有してくれる皆様にも感謝。もうほぼ人のオススメ聴いているだけになってしまった様な気もする。来年も引き続きだが、ライブにはもっと沢山行きたいと思っております。
今年もつたないブログにおつきあいいただきありがとうございます。
良いお年を。

JK FLESH/Nothing is Free

イギリスのミュージシャンJustin K Broadrickによる電子音楽プロジェクトのEP。
2015年にAvalanche Recordingsからリリースされた。
「タダより高い物はない」というタイトルでBandcampでNYPで公開されている。
なんだかおっかないので幾らか払って購入。(基本NYPは払っていくスタイル)EPながらも9曲も入っている。(ので感想かいてみる)
しかしJKでFLESHときたもんだ。フヒヒさすが先生分かってらっしゃる!というクソみたいなネタを挟みつつ(盗んだ制服に身を包みながら)、このプロジェクトはHydra HeadからリリースされたPurientとのスプリットしか持っていない。本当は一個前に「Posthuman」というアルバムをリリースしているがこちらは未聴。

インダストリアルなノイズにまみれた硬質なダブというのが第一印象。さすがにもう元Napalm Deathという形容詞も微妙だが、メタル/ハードコアの轟音からjesuの美シューゲイザーやら、The Blood of Herosのダブヒップホップ、Grey Machineのノイズメタルなど五月蝿いという共通項でもって多彩なジャンルで八面六臂の活躍を見せる先生。そのノイズ才能を活かしたのがこのJK FLESH。御馴染みの地鳴りの様なノイズもキッチリ収録されていてニヤリ。(2曲目の冒頭など)
容赦のないインダストリアルな音にうおおと我が身をのけぞらせる事請け合いなのだが、この音源第一印象より大分聴きやすいから驚き。というのもリズムの概念が楽曲にかなりキッチリ組み込まれているので大変聴きやすい。分かりやすいメロディがある訳ではないので一般に言うところの聴きやすい殻は大分隔たっているものの、このバンドに興味を持たれている方ならすんなりと受け入れられると思う。
ぶわんぶわん振動しているようなダブ特有のキックを軸にブレイクビート風の硬質なマシンビートを合わせて来たりとかなり手の込んだ事をやっている。一方うわものは非常にシンプルで不穏なインダストリアルノイズが不穏さを煽る。だいたいがミニマルな展開だが、間とたまに展開を見せることもあって、そこらへんも聴きやすさに一役買っている。そんな構成だから基本的には無骨なビートが主役のプロジェクトだと思う。同じくNapalm Death繋がりのMick HarrisのScornというプロジェクトに相通じるところがあると思った。ビート主体だが、寡黙で流行とは無縁なところは特にそうだ。ただしこちらの方がダンサブルというかもう少し開けている感じだろうか。(特に4曲目なんかはビートが饒舌だからかなりカッコいい。踊れるダブ。)

一見無骨ながらもバランスがとれた良質なダブ。気になっているなら聴いてしまうのが良しと思います。

2015年12月30日水曜日

総武線バイオレンス2015 @Sunrize 12/29

振り返るまでもなく今年はほとんどライブに行かなかった。元々そんなにいく方でもないけどやっぱりいくつか気になるのはある訳で、なかなか足を運ぶことが出来ず、最悪前売りチケットを買ったのに当日いけなくなったという事も何回かあった。ひとえに自分の準備不足の所為としかいいようがなく恥ずかしい限り。
そんなうっぷんを晴らすべく総武線バイオレンスという過激な名称のイベントに足を運んだ。BLOODBATH RECORDS、CAPTURED RECORDS、TILL YOUR DEATH RECORDSという日本の激音レーベルによる共同企画でそれぞれが推すバンドを招聘する、という企画で年末の恒例となっているようだ。参加するバンド数は多くて、今年は全部で10ものバンドが演奏するというまさにお祭り。私は初参戦。というのも音源がとにかく素晴らしいRedsheerをちゃんと見たいというのと、活動休止中だったブルデス/ゴアグラインドバンドAbort Masticationが復活・参戦するという事でこれは!と思った訳です。
舞台となるのはお相撲さんの町両国。Sunrizeというライブハウスは始めていくのだけど、HPに丁寧に道順を解説した(ギチさんという方のとても面白い)動画があがっており方向音痴な私でも難なく到着できた。これとてもありがたい。(比較的駅から近い方だけど私なら余裕で迷うからね)
バンド数も多いので開演は15時から。

すこし遅れて会場に着くと一番手THE幻覚NEONSが演奏を始めていた。フロアにはすでに結構人が入ってました。女性ボーカルのグラマラスな(男の人も御化粧していて派手な見た目でかっこ良かった。)ロックンロールという感じ。当たり前なんだけど生演奏自体夏ぶりくらいなのでおおこれは気持ちよいなと思って地味にテンションあがりましたね。ハスキーなボーカルがかっこ良くていかにもロックな感じだった。折角だから始めから見れば良かった。

2番手はAbort Mastication。
私はこのバンド大好きで未だに「Orgs」は良く聴いている。活動休止期間も大分長いが、メンバーはCohol、Butcher ABC、Ozigiriで活躍していて、満を持してという感じで活動再開で嬉しい限り。お目当ての一つでしたので気持ち的にもあがる。音の方はというと「Orgs」中心のセットで間に新曲を混ぜこんだもの。特に「Orgs」の楽曲は短い中にもこれでもかというほど複雑なリフを詰め込んだものという印象があるのだけど、これを精緻な正確性で持って再現していて驚いた。あとボーカルも高中低の声の使い分けがものすごい。音源通りというとあれなのだが、このバンドの場合はメタルの正確性が持ち味だと思うので、それを大音量でやられたら最高以外の何者でもないわ。Coholでも叩くきょうすけさんのドラムはCoholのそれより速い!この手のバンドの持ち味でもある抜けの良いスネアの乱打が本当気持ちよい。「スコココココ」ってやつね。もっと長いライブが見たいな。このライブで活動は終わらず春には音源をリリースするようで嬉しい限り。

3番手はweepray。
主にライブレポで頻繁にその名前を目にするから非常に楽しみでした。メンバー全員黒い衣装に照明は角度を付けた白色のもののみを使う(照明は終始当て方が同じ)という、ステージングにもこだわりを見せるバンド。音の方はというと分厚い轟音とアルペジオの単音を組み合わせた、これまたこだわりと美学があるもの。攻撃性と儚い美しさを両立させたもので、(恐らく)日本語歌詞と良く合う。ボーカルは絶叫頻度高めでたまにクリーン。ポスト感はあるのだけど、ひたすら美しい、難解であるというよりもっとこう焦燥めいた余裕の無い感じがあってそれが緊張感と危うさを生み出している。そういうところ、非常にすきです。堂々たるステージでしたが何とまだ正式な音源をリリースしていないそうだ。来年は!と言っていたので楽しみに待ちます。あとベースの人のベースの角度が地面に対して垂直に近づきがちだなと思いました。

4番手W.L.D.K.。
京都のはんなりスラッジ。Zenocideとのスプリット「Dirtbag Cartel」を持っているからまあろくな事にはならねえぞ、とワクワクしながら待っていたが果たして期待を裏切らないステージング。まずメンバー上背ある人多くて動きも粗野、やたらとBrujeriaのマーチ着ているし悪い予感しかしない。ドラムセットもなんだかシンバルとタムだかスネアがデカ過ぎ。始まってみれば執拗に反復するスラッジリフに低音でグワグワうめくボーカルとハーシュノイズをのせたもので、リフの徹底的なミニマルさとノイズの奔放さが良い対比になっていて凶悪としかいいようがない。ライブだとすべての音が何倍も増しにされていて酷い。客がステージ向いて一心に頭を振るという邪教の儀式状態に。楽しい。とにかく下品で分かりやすく(褒めてますよ)ライブだと最高でした。ドラムの人の叩き方が力一杯で超かっこ良かった。

5番手vimoksha。
名古屋のバンドなんだけどこちらは全く知らなかった。なんといっても全く知らないバンドを見れるのがこういうイベントの醍醐味ですよね。どうもDjentらしく、私は本当にこのジャンルが分からないので密かに楽しみにしていた。8弦ギター(ネックが超太い、良く弾けるものだなあと)2本に、大小和太鼓のセットを取り入れたバンド。その楽器の布陣もさることながら楽曲もプログレッシブかつクリーンボーカルを大胆に取り入れたもので、前のバンドからのあまりのギャップにビックリ。ギターの人はとにかく指板の上を指が動く動く、曲自体は複雑なのだけど非常にメロディアスなサビやフレーズを導入する事で滅茶苦茶聴きやすい。タッピングやギターソロなど普段耳にしないので新鮮だった。雰囲気が良いバンドで(「アットホームかよ!」と突っ込まれたりしてた。)、「バイオレンスという事で殺伐とした感じで」と言った後に「まあ次はしっとりとした曲なんですけども…」というくだりは非常に面白かった。癒し。音源は未リリースだそうだけどレーベルからでるコンピには入るよということでこちらも楽しみ。

6番手はRedsheer。
とにかく今年リリースした「Eternity」がヘビロテ中なのでこれはと思ったお目当てのもう一つ。一回本当5分くらいライブを見た事あるのでちゃんと見たかった。
で、これがとんでもなかった。どのバンドもすごかったけどRedsheerは頭二つくらい抜けていた印象。音だってW.L.D.K.に比べれば大人しいし、展開だってAbortやvimokshaに比べれば複雑でない。しかしステージングは神懸かり、私は棒立ちになりながら騒然となったものだ。曲が終わればオノザトさんの荒い息がマイクを通して聴こえてくるくらいの必死さ。3人ということで無駄を配したごまかしのきかない演奏は緊張感に満ちている。爆発寸前の危うさ。ボーカルと対比する様なギターの美しさ。音楽というのは波長であって、私はそこになにか自分のものを重ね合わせるように同調したと感じたのであった。それはなんというか切なさであった。孤独と焦燥といってもよいかも。それを強烈に感じた。音楽に対してエモーショナルであると称する事があるけど、Redsheerの音楽はまさにエモーショナルであった。金を払ってみてやるか、という気持ちなんか吹っ飛ぶというか(勿論自分ではそんな気持ちは無いと思っているんですけど。)、なんか抽象画を見ていて、見た事のある風景だなあと思っていたら自分の顔だったみたいな、そんなもう他人事でいられない感覚とでも例えるべきか。とにかく私はこのRedsheerに完全にやられてしまったのであった。ライブの面白さがちょっと分かった。オノザトさんは最後「老い先短いので死ぬ気でやります」とまさに鬼の形相で2016年の意気込みを語っていてこれはとんでもねえぞとなったが、やっぱり長生きしてくれーと思わずにはいられなかった。

という訳でバイオレンスすぎるイベントはまだまだ4バンドを残していてフリーザに相対したZ戦士の様な震えが駆け巡ったのだが、用事があってここで離脱。Zombie Ritualは見たかった…無念。約半分しか見れなかったけどそれでも寒さに凍える胸に灯がともる様なイベントでした。BLOODBATH RECORDS、CAPTURED RECORDS、TILL YOUR DEATH RECORDSの皆様、出演者の皆様ありがとうございました。
Sunrizeも世界のビールがあってすごく良い感じでした(私お酒あんまり飲めないんだけど)。転換中はMotorheadが流れていて涙。(マーチ着ている人も多かったです)
イベント言って思ったのはみんな楽しそうにおしゃべりしていて良いなと。私も来年はもう少しライブに行けるようにしようと思いました。


駅の構内に暴力は犯罪です!というポスターが貼ってあって面白かった。バイオレンス!

パオロ・バチガルピ/神の水

鳥山明さんの「ドラゴンボール」で世界中の猛者が腕比べをする天下一武道会にナムというキャラクターが出てくる。彼は強かったが亀仙人のオルターエゴであるジャッキー・チュンに敗退。故郷の水不足のためなんとしても賞金が欲しかった彼は涙を流すが、ここでは水はタダだよ、と亀仙人が諭してめでだしとなる。
「ドラゴンボール」はフィクションだ。日本では水は無料ではないが、例えば公園に行って蛇口をひねれば出てくる。自宅でもいっぱいいくらだ、とは頓着せずがぶがぶ飲む。節約しようとしているけど無駄にする事もしばしばだ。毎年四国の方では夏場の水不足があるが、なんて言ったって日本は水が豊富にあるし、何となく他人事である。しかしこの水が足りなくなったらどうだろう?始めは水の値段が上がるだろう。それでは追いつかなくなって取水制限がつく。水の取り合いが始まり、水のために人が死ぬようになる。馬鹿なと思うだろうが、よく考えてほしい。江戸以前の時代では旱魃で人が死んでいた。人は天に雨を降らせるように祈った。水が少なければ米が育たない。さらに水が減れば口を潤せず人は死ぬ。人間の体の6、7割は水である。勿論血液は水だ。現代と昔の違いは水の効率的な利用方法がある程度確立されたことだ。貯蓄できるように、再利用できるように、技術が発展した。(人間が賢くなった訳ではない。)今日日の日本では実感できないが人は水によっていかされているし、水は常にあるわけではない。この水が無くなったら?この小説はそんな世界を書いている。小説という体裁をとっているから特定の時空と人物に焦点を当てて描いている。今より少し先のおはなし、その未来は有り体に言って地獄に幾分近づいている。
舞台となるアメリカは既に崩壊寸前である。というのも各州が水を取り合って対立している。水利権だ。この聞き慣れない単語は面白い。川がある。そうすると水をほしがる人が殺到する訳だが、一体これは誰の水なのだ?基本は上流にいくほどその権利が高くなる。水源地が一番権利を持っている。というのも水が湧いて、それから流れているのだから。この水利権を取り合って正攻法、邪道でもって様々な人、団体が争いを続けている。弱い人ほど割を食う。水利権を失った州に住む人は難民となり、よその州に流れる。よその州は水の取り分を減らすわけにはいかないから、難民は容赦なく殺す。運良く越境できたものはシャワー一回のため体を売る。売るものが無い男は生きていけない。年を取った女もそうだ。クリア袋というものがある。恐らくビニールで出来た透明な袋だ(陽光を反射するそうだ)。これに排尿する。それから別の出口からそれを飲む。恐らく何らかの濾過機構が備わっている、ハズ…よほどの金持ちでない限り、みんなこうしている。水が無いと人は生きていけないから、金のために争っている贅沢な戦争はある程度根絶される。もっと地位の低い、卑しい原始的な争いが地表を覆い尽くしている。つまり生きるために奪い、殺す事だ。この小説は、世界がもう崩壊する、その直前を描いている。各自治体は機能している。ネットワークもある。世界では比較的ましな地域もある。水の利用効率を限界まで高めた集合住宅機構通称「アーコロジー」を代表とする良い技術の片鱗もある。いわばまだ余地がある世界を書いている。荒廃しきった世界を書けば悲惨だが、もう心構えをする必要がないからある種楽である。しかしバチガルピはあえて余地のある時代を描く事でその先の不幸を暗に書いている。性格は悪いが流石だと思う。これはディストピアだ。権力者が弱きものに圧政を敷くのは構図的に同じだが、洗脳するべき思想も見当たらないからずさんなものだ。醜い世界と言って良い。コップ一杯の水を皆で争っているのだから。
主人公のアンヘルは特権階級だ。ラスベガスを支配するやり手の女王の走狗である。そんな彼がアリゾナ州のフェニックスに密命を帯びて潜入するところから物語が始まる。フェニックスは砂漠に位置する町でまともな水利権は持っていない。アンヘルに言わせれば未来がない死に体の街だ。アンヘルを始め登場人物の目を通して、もうじき死ぬ町にいきる、いわば底辺の人間たちが描かれる。バチガルピが上手いのは舞台設定がしっかりしているのに、説明に終始する事無く、あくまでも個人レベルで作品を描く。見上げる様な視点で救いの無い未来を描く。それが読む人の胸を打つ。ラストにこの小説のすべてが凝集されていると思った。素晴らしい。バチガルピは後書きで述べている、曰く「この物語はフィクションだが、この未来は科学的知見に基づいている」。
科学小説でありながら、水そのものを作り出せない科学の弱点を書いているように思える。別に未来への警鐘であるぞ、と姿勢を正して読む事は無いと思うが、読んだ後には水の事に思いを馳せずにはいられないだろうとも。個人的にはほぼ最高の読書体験だった。

2015年12月28日月曜日

Shapednoise/Different Selves

イタリアはパレルモ出身、今はドイツのベルリンを中心に活動しているアーティストNino Pedoneによるノイズユニットの恐らく2ndアルバム。
2015年にType Recordsからリリースされた。
かのJustin K Broadrickが参加しているという事で興味を持ち買ってみた。アナログもあるらしいが私はデジタル形式で購入。

Ninoさんは若干20代ながらもレーベルを2つ立ち上げたり変名でリリースしたりと精力的に活動している人のようだ。2013年には来日経験もあるという。
ハーシュノイズを使ったハードな音楽を演奏しているが、テクノ的なアプローチによって聴きやすさを獲得しているというまさに私好みのスタイル。
その手法と言えばドラムとベースのリズムパターンを組み込む事でノイズがもたらすカオスに法則性を与える試みが一つと、さらにノイズ自体を切り刻むなどの処理を加えて制御しようという試み。さらにはともすると放っておくとどこまでも五月蝿くなろうとするノイズをうまくしぼる(音の数的にも、質的にも)ことで聴きやすさと面白さを、ノイズ自体の魅力を失う事無く獲得している。
例えば2曲目は歪みまくったキックを派手に導入することでダブ感のあるトラックを作り出し、そこに飛び交う妙に浮遊感のあるノイズを貼付ける事で、荒廃しきったSF的な音風景を現出させる事に成功している。妙に退廃的でロボットが人類を抹殺しきった後のような世紀末感がたまらん。
一方8分ある8曲目や続くラストを飾る9曲目なんかはリズムトラックは一切登場しないが、強力なハーシュノイズが刻一刻とその姿を変えていく。低音、中音、グリッチな高音を混ぜる事で多彩でありつつも、それぞれが非常に上手く音数がしぼられていてドローン的な側面が強い。ノイズの魅力の一つにはミニマルさとそれに相反するように形を変えていく不定形さがあると思うけど、そんなジャンルを非常に上手く深堀していると思う。
ノイズを軸にジャケットが表現する様な灰色の世界観を構築しているのだが、曲単位で結構バリエーションがあり聴いていて飽きない。
個人的にはノイズの使い方すごく上手くてかなり好きです。
まさに「整形されたノイズ」というユニット名にぴったりの音楽。変名も含めて他の音源が気になるところです。
インダストリアルなノイズにがつんとやられたい人は是非どうぞ。

2015年12月26日土曜日

Endzweck/Tender is the Night

日本は東京のハードコアバンドの8thアルバム。
2015年にメンバーが運営するCosmic Noteからリリースされた。
タイトルはフィッツジェラルドの同名の小説(邦題は「夜はやさし」)からとられた。
ハードコアというと私は激音を求めてカオティックハードコアを少し聴いたくらい。ピュアなハードコアといっても学生の時にかろうじてShai HuludやPoison the Wellをほんの少し聴いた程度。(これらのバンドがピュアなのかはわからないのだが。)その時にEndzweckというバンド名は知ったものの買うには至らなかった。
今回バンド8作目が6年ぶりにリリースされたタイミングで購入してみた。私が買ったのはCDフォーマット。

全10曲、まさに駆け抜ける20分38秒。
ほぼほぼ2分台の曲で中速以上の速度で突っ走る。非常にストレートな構成で、ざっくりしたイントロはメタリックさを感じさせるものの、ボーカルが入ればほぼほぼ弾き倒すように突き進んでいく。スラッジパートや変化球は一切なしの豪速球。ボーカルは叫びっぱなしで、クリーンパートは皆無。別に分かりやすいメロディがある訳でもないし、ポスト感のある尺の長いインストパートがある訳でもない。(タイトル曲はインストナンバーだが美しいが1分20秒で終わる。)ピアノやストリングスなど、バンドアンサンブル以外の楽器もなし。まさに徹頭徹尾ハードコアなのだが非常に抒情的である。
緊張感のある演奏(まるで真っ白い山肌が倒壊していく雪崩の様な)とテンションの高いボーカルがエモーショナルな空気を作り出しているのは間違いない。たまに入る(決してあざとくない)コーラスパートは胸が熱くなる。中音域で畳み掛けたり、コード感のある弾き方を披露するギターも一役買っているだろうけど、それらの要素を入れたからといってもすべてのバンドがこういう音楽を出せる訳ではないから面白い。
結成18年目だから青臭いというのは無いのだが、すれたベテランめいた達観したアイロニーだったりは皆無だ。常に外に向けて開けていく様なポジティブな音楽性という感じ。
全編英語の歌詞だが歌詞カードには読みやすいフォントですべて記載されている。やはりハードコアだなと思う。ハードコアというフォーマットで吐き出されたメッセージなのだ。

ちなみにオフィシャルサイトでかなり長めのインタビューが読めるのだが、これが大変面白い。結成18年という歴史のあるバンドで、各メンバーがどうやってバンドを続けているのかという事がかなり詳細に書いてあってとても面白かった。ボーカルの上杉さんはスタートアップでプログラマとして日に(きっと休日も働く事もあるのだろうと思う)最低12時間は働きながらもバンドを両立しているそうで、毎日会社と家を往復するだけでヒイヒイいっている私からすると大変な事である。
「働かされてるんじゃなくて、意思を持って働いている。それでも時間作りながらバンドやってるから、みんなもうちょっとバンドやったらいいのになって思う。」
すごいなと思った。本当働いていて思うのだが、精神論ではなくてやる意思のある人はどんな環境でもやるのだな〜。素直に尊敬してしまう。他にもお子さんが出来たメンバーのエピソードもあって地に足の着いたバンドだなと。いわば生活密着型のハードコアであって、だからこんなにも説得力があって沁みるのだなと。

勇気づけられる様な10曲でした。すごく好きです。五月蝿いのに優しい。超オススメ。

Med,Blu,Madlib/Bad Neighbor

アメリカのヒップホップグループによるアルバム。
2015年にBangYaHeadからリリースされた。
Med、Blu、Madlibという三者のコラボレーションアルバム。
Madlibは西海岸の長命なプロデューサーで私はこの人のみ名前だけ知っていた。MedはそんなMadlibの弟さんでMCとして活躍している。Bluはカリフォルニアのラッパーとの事。
正直全く知らなかった音源なのだが、Twitterでフォローさせていただいている人が褒めていたのでBandcampで購入。最近ハードコアだったり尖った音楽ばっかり利いていたから趣向が異なる音を聴きたかったのです。
3人のコラボレーションなのは間違いないのだが、3人以外にも多彩なゲストMC/シンガーが参加している模様。フィーチャリングがつかない曲は全15曲中3曲しか無い。残念ながら私はゲストも一人も分からなかったのだが。

音の方はというと所謂アンダーグラウンドヒップホップという事になると思う。
アンダーグラウンドというとその名の通り地下っぽい、つまり悪っぽくて煙ったいイメージを持ってしまうけど、ことホップホップに関してはそうではないようで。大学生の時にアングラヒップホップだよと紹介されたのが日本人トラックメイカーのnujabesだったのだが、多分オーバーグラウンドに対するアンダーグラウンドということで、私の耳にはジャズネタをサンプリングしたトラックはむしろ清々しいくらいに聴こえたものだ。
nujabesほどキラキラしている訳ではないけど、この音源も聴いてみればそんなルーツに敬意を払ったピュアなヒップホップに聴こえる。
例えばトラックのベースの部分、恐らくサンプリングしているんだろうけど特にドラムの音が格別で、バスドラのくぐもった感じや、とくにシンバルのクラッシュだったり、シャーーとなる叩き方だったりはもはや美学。
例えばRun the JewelsやDeath Gripsの隠そうともしないサイケな電子音楽をふんだんに使った新しいヒップホップなのだろうが、それらとは明らかに一線を画す。イントロやアウト路にSEだったりを効果的に使っているものの、他は驚くほどシンプルだ。アルバム単位で音の種類が豊富なので豪華に聴こえるのがさすが名うてのプロデューサー故だろう。
和食の一汁一菜を思わせるぶっといビートを構成するドラムとベース音にホーンやオールドスクールなシンセのリフを乗っけて、あとはボーカルがその腕を存分に振るうスタイルである。リリックに関しては残念ながら何を主張しているのかは分からないけど、全体的な雰囲気を通じて悪自慢なギャングスタな雰囲気はほぼほぼない。都会的な雰囲気というのか埃っぽい光の中に坐って眺める巨大な都市の様な趣がある。ただし完全に牙を抜かれたお洒落BGMかというとそんな事は無い。一見伸びやかな雰囲気のなかにもはっとするほどの緊張感が閉じ込められている。
個人的にはMF Doomが参加した7曲目が素晴らしい。ラップとトラックもさることながら終盤の贅沢にとられたピアノのソロが何とも余韻を残して純粋に曲として素晴らしい。メタルのようにぎゅっと詰まっている訳ではないが、音数が少ない分実は自由度が減っているというか、例えるならば五七五のルールで表現の限界に挑戦する俳句の様な美学を感じてしまう。

全くの門外漢ながらとても楽しめた。これはカッコいい。ヒップホップに詳しくない人も是非どうぞ。

2015年12月23日水曜日

アーシュラ・K・ル・グィン/風の十二方位

アメリカの女性作家による短編集。
ル・グィンといえば何と言っても「ゲド戦記」が有名かと思う。ジブリの手でもってアニメ映画化もされたし。私は中学生のとき長期休暇の課題図書になって読んだものです。その後大人になって第2作「こわれた腕輪」を読んだけどこれも面白かった。ゲド戦記シリーズは真の名前が絶対的な力を持つ世界「アースシー」を舞台にした硬派なファンタジーだけど、作者のル・グィンはSF作家でもあり、ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞も受賞している実力者。私は有名な「闇の左手」を読んだ。これは両性具有の人たちの星で男性の大使が運命に翻弄されるという、硬派なSFであった。
といっても三冊しか読んでないからこの「風の十二方位」というタイトルがかっこ良い短編集を手に取った訳だ。ちなみにこのタイトルはA・E・ハウスマンという人の詩からとったもので、原典の抜粋が冒頭に書かれている。やはりとてもかっこいいぜ。作者自身がまえがきで書いているのだが、作家デビューしてからの10年で発表した短編をほぼ時系列順に並べたのがこの短編集。

収録されている物語はSF/ファンタジーにはっきりよっているものもある。例えば時空を超える魔法もでてくれば、科学が生み出した先進的なクローン人間たちも出てくるし、舞台は未来、現代、中世(風)と様々。ただ結構両者が混ざり合っているものが多い印象でそこら辺がおもしろい。一見登場人物の語り口を見ると魔法っぽいのだが、栄華を極めた未来文明が崩壊後の残留物では?と思わせたり。
思うに作者には書きたいテーマがあって(これを読み手が、というか私が完全に理解できているか怪しいのが悲しいところだ)、それを書くために舞台装置となる未来的な技術だったり、魔法だったりをかき分けているように思えた。(ただ作者も書いているけど思索的であることを良い事だと考えているから科学技術に対する愛情の様なものがあるなとも感じた。)

概ね思索的で「闇の左手」を思わせる様な灰色い荒涼としたイメージの小説群が多い。人間の感情を書いているが、答えの無い暗黒に沈み込む様な内省的なベールを帯びていて、暗いといえば暗いのだが、表紙になっている(良い表紙だよね、調べたら前は違ったものだったようだ)「セリムの首飾り」「地底の星」のように暗闇で豊かに輝く色彩があってそれが目を引く。ただ輝きが降伏を象徴している訳ではないからどれもただ楽しいという小説は無い。
例えば「オメラスから歩み去る人々」はテーマははっきりしているけど、そこから読んだ人が何を読み取るのかというのは結構面白いのではと思った。因果関係を求めがちな人間の思考形態の一種病的な発露とも見れるなと思った。どれも読んで面白かったというよりは、その後からこっちで考える時間が始まる様な感じで、そういった意味では突き放した感もあれば、ヘヴィな小説群であった。ただ基本的に拡張、変容しているものの普遍的な感情を出発点に(もしくは中心に)書かれているから読みにくいという感じは全くなかった。
ル・グィンはフェミニズムの作家と言われる事も多いらしいけど、無知な私はそこら辺をあまり意識せずに読み物として楽しめた。奥付を見ると初版が1980年で私が持っているのは第16版だったから本邦でも長く人を引き続けている短編集なのだと思う。興味がある人はぜひどうぞ。私は作者の別の本も読んでみるつもり。

2015年12月20日日曜日

This Gift is a Curse/All Hail the Swinelord

スウェーデンはストックホルムのハードコアバンドの2ndアルバム。
2015年にSeason of MIstからリリースされた。
「この贈り物は呪いです」というバンド名が印象的なものの聴いて事無かったが、とあるブログでのレビューが気になりBandcampで購入した。
自らの音楽を「重たいタール」と称するが言い得て妙であり、重厚かつねっとりと悪意の粘性に富んでいる。「豚王万歳」というアルバムタイトルも皮肉が利いて薄ら笑いのシニカルさが感じ取れる。

その音楽性はハードコアを基調としたもの。昨今一部で隆盛を見せている所謂ブラッケンドな音楽性でもって分厚く金属質なギターが雪崩のように責め立ててくる。影響を受けたもの「聖書」を挙げてくるあたり(BandcampのタグにはDeathspell Omegaが入っている)、思想的にもブラックメタル感があり、また音の方にもその影響は色濃く感じる。一番は間断無いトレモロリフで音作りがやや生々しいのでコールド感はそこまで無いが、一見優しさ皆無の容赦ない曲の隠れたメロディメイカーだったりする。クワイアっぽいアウトロを曲によっては入れたりして、そこら辺もハードコアから一歩進んだブラッケンド感をアピール。
曲は中速以上のスピードだが、速度を下げたりフィードバックノイズも多めでスラッジの要素を大胆に取り入れている。バンドアンサンブルを基調としたストレートな音作りだが、弾きまくるリフと展開が大仰とは言わないにしても空間的には広がっていく様な音作り。曲によってはポストメタル風のインストを挟んだり模するので、密室っぽいカルトメタルというよりはストレートなハードコアを感じさせるもの。音の一つ一つも詰まっていて質量がある。トレモロリフも相まってとにかく曲の密度が異常に濃い。しかも霧のような茫洋なものというよりはもっと実体のあるもの。なるほど「タール」である。これは思わずにやりとした。
このバンドの魅力はそのぎゅっと詰まった演奏に加えて、なんといってもボーカルでハードコアっぽい男っぽい咆哮スタイルなんだが、ハードコアにしては邪悪すぎる。ブラックメタルのイーヴィルなものとも一線を画す。私的にはNeurosisのScott Kellyにちょっとだけ似ているように聴こえる。声量が迫力を生み出し、余裕の無い感じが言葉に真実みを与える。(彼らの歌詞が分からないのが悔しい。)
面白いのは演奏は結構緻密でずっしりしていて喧しい。もしボーカルが違う人だったらこのバンドの印象はもっと違ったものではないかなと思う。もっとポストメタルっぽくカッチリ聴こえたのではと思う。ボーカルはバンドの顔とは言うらしいが、確かにこの邪悪なバンドの悪さをボーカルが結構な割合でになっているのだなと。

悪意の暴風雨でその衝撃に身をのけぞってしまうのだが、それが不思議と楽しい。
タールの様な真っ黒い音楽に目がない人は是非どうぞ。非常にオススメ!

2015年12月19日土曜日

中村融・山岸真編/20世紀SF⑤1980年代 冬のマーケット

中村、山岸によるディケード毎に時代の潮流を意識して時代時代に影響を与えた、また象徴するSFを集めたアンソロジーの第5弾。とびとびなのは前の3弾の時にも書いたけどAmazonに在庫が無かったため。
80年代は一言で表現すると新しいSF(第3弾もニュー・ウェーブだったね、そういえば。SFが先進的なジャンルなのは未来を扱っている事に加えて定期的に現状を大きく打開する新機軸が生まれてくるからってのもひょっとしたらあるかもしれない。)である「サイバーパンク」ムーブメントが始まった事だそうな。この本はギブスンとスターリングの両名を押さえつつ、それでも単に80年代はサイバーパンクだけでしたーというのではなく、その範疇に入るものとはいらないものを選定し収録する事で、80年代という時代をなるべく公正な視点でもってまとめようと言う意図が見える。
解説で語られている通りサイエンスファンタジーの蔓延への反発としてロクデナシ達を主人公据えた、技術が世界だけでなく人間そのものをも変容させた新しい小説群が台頭して来た。個人的にはSFといっても技術そのものというよりはそれによって影響を受けた人の姿と感情に焦点を当てた物語が好きなので(というか極端な話感情を書くための舞台装置としてSFガジェットがあるのだろうと思っているふしもある)、いわばかたりの視点レベルが一般人に落とし込まれたこれらの小説群には親近感がまして、俺たちの物語的な感覚が強くなり、より感情移入できる気がするな。(全くの別世界を描いた様な作品も勿論好きです。)
そんな私の胸を打ったのがグレッグ・ベアの「姉妹たち」。デザインされた子供と、自然に生まれた子供が一緒に通う学校を舞台に描かれたこの話。私も劣等感にまみれた”イケてない”学生時代を過ごしたもんだから性別は違えど主人公の気持ちが想像できて読んでいるのが辛いほどだった。これは克服とそして友情の話だ。そしてまた差別に対して人間が対抗できる方法の一つ(ひょっとしたらこれが唯一無二の方法だと私は思う。)を描いている。私は学校に大して色々な感情を持っていたが牢獄だと思わなかったが、なんとなくこの本を読んでそんな要素もあるかもなと思った。(やっぱり最終的には牢獄とは思わないが)それは強制的であることがその理由の一つだろうが、それが良い時がある。そういった意味では主人公をこの年代の子供たちに据えた作者は流石のセンスだと思う。
先進的な科学技術で大きくその姿を変えた(この物語の場合は変えられた)国で、普通の生活を営む人を書いたのがラストを飾るジェフ・ライマンの「征たれざる国」。これは変わるものと変わらないものを書いている。この物語は普遍的な物語を書いている。いつでも起こっていてこれからも起こるだろう問題を扱っている。技術が陰影ととくにグロテスクさを増していることは確かにそうだが、燃え盛る太陽と流れる血はいつの時代も変わらないものである。だから科学技術が古き良きものを破壊する、という見方はちょっと違うだろうと思う。生き方を書いているので、文明サイドに属する私はこれを見て衝撃を受ける。どんな結論を下せば良いのか未だに分からないが、その衝撃がなにより私はすきなのだ。それに伴う混乱も。言葉にできないものは無い訳ではないし、あるものを言葉で正確に表す事は出来ないのかもしれない。

また私の様な素人には巻末の解説がとても面白かった。やはり残りの巻も読みたい。案外本屋に残っていたりするから注意深く見るようにします。
まだAmazonには在庫があるので手っ取り早く面白いSFを読みたい人は是非手に取っていただければと。とても良質なアンソロジーだと思いますよ。

ユッシ・エーズラ・オールスン/特捜部Q -吊るされた少女-

デンマーク作家によるデンマークを舞台にした警察小説。
過去の未解決事件を捜査する特捜部Qシリーズの第6弾。

デンマークのボーンホルム島で40年警察に勤め上げたクレスチャン・ハーバーザートは自分の退官式で拳銃で頭を打ち抜き自殺した。彼は17年前少女がひき逃げされ樹につり下げられ殺された事件を執拗に追っていた。死の直前にデンマーク署の地下室で未解決事件のみを扱う特捜部に電話したハーバーザートはすげ無い対応に絶望したという。否応無く事件に引きずり出された警部補カール・マークら特捜部の面々は一人の男が私生活を犠牲にしてまで解決できなかった難事件に挑む。

人気シリーズも遂に6冊目。馴れた事もありたしかに始めの2冊のインパクトは無いのだが今作を読んで改めてこのシリーズの面白さを再発見したと思う。
この特捜部Qシリーズの魅力は沢山あるけど、まずはひたすらやる気の無い主人公カールと謎のアラブ人アサド、奔放かつ辛辣なローセ(二人ともミステリアスな要素がある)との軽妙なやり口。これによって堅苦しい警察小説にない雰囲気を獲得していると思う。のどかといったらあれだが。ただ彼らが取り扱う事件というのがこの上なく凄惨である。この凄惨が何かな時になっていたのだが、今作を読んで思ったのは2つ。
始めは暴力の使い方で、例えばバラバラにされた、大量に殺された、サイコパスなどの派手な要素は意外に無い。今作でも切っ掛けになるのは一人の少女とその轢死である。ど派手に目を引く様な作風ではない。また警察小説だが発砲するような暴力性はほとんどない。このほとんどが重要で大抵終盤くらいにカールたちに暴力が襲いかかるのだが、これが本当油断したところにくるくらい唐突なのでとても効果的に見えてくる。暴力の使いどころを作者がきちんと分かっているなと思う。
もう一つは陰湿さだ。今作を読んだ人に思い出してほしいのだが、特にこの物語ではまともな人間が出てこないでしょう。読後感と主人公たちのキャラクターにいい感じに中和されてしまうのだけど、思い返してみると本に出てくる人物たちは悪意とはいわずともどこかしら上記を逸している。それもサイコパスというのではなくて、普通に暮らしている人たちのエゴとそこから一歩、もしくは数歩すすんだような、想像のできる嫌らしさである。これが相当だ。身勝手、愛憎、執着、読んでいる時にげんなりするくらい負の感情のオンパレードである。よくもまあこんな暗さを含んだ小説がベストセラーになるものだとなかばあきれてしまうくらいである。(勿論言うまでもなく面白いからだ。)この作者はなかなか意地の悪い人かもしれないよ。
面白いなと感じる物語は沢山あるし、上手いなと思わせる作家もいるが、物語の作り全体を通してここまで完成度が高いのはちょっと珍しいのではと思う。

相変わらずのクオリティで楽しめた。
あくまでもエンタメ小説の枠に入りながらも薄皮の裏側にある人間のダークサイドを描いた小説。気になる人は1作目から是非どうぞ。

2015年12月13日日曜日

The Rodeo Idiot Engine/Malaise

スランス(FBにはバスク州(スペイン?)と書いてあるね…)のハードコアバンドの3rdアルバム。
2015年に複数のレーベルから発売された。私が買ったのはデジタル版。
このバンドの事は全然知らなかったのだが、twitterでフォローさせていただいている方がお勧めしているのを切っ掛けに購入。タイトルの「Malaise」は不安とか沈滞とかそういった意味だそうな。
どうでも良いんだがロデオとつくと途端にミッシェルガンエレファントっぽくなりますよね。ロデオタンデムビートスペクター。

2009年に結成されたこのバンドは自らをブラッケンドスクリーモバイオレンスと称している。オフィシャルサイトのaboutを読むとカオティックハードコアとポストメタルかスクリーモの不快な部分の間の子と書かれている。なるほど確かにちょっと前ならカオティックハードコアと紹介されていた様な音像。FBの影響を受けたバンドにはConvergeやCult of Luna、それからGazaの名前が挙がっていてまさにそこら辺のバンドからの影響をヒシヒシと感じる。
曲は2分台から7分台で通常なら何曲かけそうなアイディアをそれぞれに詰め込んでいる印象。速いし展開も複雑でせわしない。かと思ったらアンサンブル以外の音色も取り入れている激スラッジっぽい曲もある。荒々しく混沌とした音楽性の中にも、例えば前述の音色の豊かさだったり、カオティックの一側面であるマスロックへの接近や、執拗な反復に曲の尺を贅沢に使ったり、劇的なギターのトレモロリフだったりでハードコアから一段階進んだ知性的な方向への指向性が感じられる。ともすると過度に知的な面に接近するあまり、まとまりと攻撃性の欠如に陥りがちなところを、内蔵吐き出しそうな劇的なボーカルと露悪的(ジャケットを見ていただけるとなんとなく彼らの態度というのが理解できそう)とも言える突き放した様な意識的な醜さがストップをかけている。曲の長さも程よくあくまでもハードコアの土俵で戦おうぜという気概が感じられる。8曲目は短く終始突っ走る中にも何とも吐かないメロディが隠れていてこういうところも良い。
4曲目はバイオリンも取り入れた静寂パートが吐き出す様なボーカルから一点、地獄のようなスラッジの展開をみせるもので、ある意味では王道なのだがやはり自分はこういうのに弱くてリピート必死。このスラッジパートもボーカル一本で持っているのではなく、ギターはうねる様なトレモロを奏でる一方で、ドラムとベースがタメのあるもったり感を演出していて結果音の数が多いのになんとも堂々とした異彩を放っている。前半の器用さを見事に台無しにするこの感性!とても好きです。

終始テンション高く、ともすればいかれている位の激音なのだが、そこかしこに知性を感じさせるバンドだなと思いました。音的には荒涼とした風景を感じさせるもので私的にはこういった世界観は非常にツボでした。4曲目ばっかり聴いている。


Corrections House/Know How to Carry a Whip

アメリカのスラッジ/インダストリアルスーパーグループの2ndアルバム。
2015年にNeurot Recordingsからリリースされた。
2012年にEyehategodのMike、NeurosisのScott、YakuzaのBruce、MinskのSanfordによって結成された。どう考えてもスラッジ臭が漂ってきそうな面子でその期待は裏切られないのだが、そこに強力なノイズを加えたのがこのバンド。既に十分重たく遅いのになにもそこまでという無慈悲さはバンド名(Correctionsは監獄の意味だからHouseをつけて獄舎だと思う。)やアートワークにも如実に表れているが、シンガーだけではなく詩人としても活躍するボーカルのMike IX Williamsの感性が働いているのだろうか。(「鞭を運ぶ方法を知れ」というタイトルには一体どういう意味が込められているのだろう。)

基本的には前作を踏襲する音楽性で間違いないと思う。
このバンドを聴いてつくづく面白いなと思うのは無機質と有機質の強引とも言える融合感。スラッジというと色んなバンドがいるがどれもその音楽性は生々しい。嫌悪憎悪ドラッグ嗜好性、おもに負の感情がハードコアなアティチュードでもって吐き出されるのがその心情かと思うが、そこにインダストリアルの要素を持ち込んだのがこのバンド。ここでいうインダストリアルは例えばMinistryだったりGodfleshだったりを彷彿とさせる、一撃一撃が不自然なまでに重々しいマシンビートを基調に、ギリギリギチギチした比較的分かりやすいノイズを投入している。要するに無機質で野蛮さを投入するための音使いという感じで、繊細な芸術性とは無縁である(結果芸術性を獲得しているのは無論だが。)。
徹頭徹尾無慈悲な音世界かというとここからがこのバンドの変わったところで、例えば放心した様なアンビエントな楽曲だったり、アコースティックギターを基調とした土臭いカントリーな楽曲だったり、Bruceのなんとも哀愁のあるサキソフォンだったり、そういった感情豊かなアウトプットをインダストリアルの土台にさらにどっかとのせてくるスタイル。いわばアクの強い面々が個性的すぎる要素を掛け合わせる実験室としてのこのバンドは、結果見事にその独自性を獲得している。奇形の実験音楽としてではなく、このバンドにしか出来ない唯一無二の音を完成させているその秘訣は、たぶん元々負の方向性に舵を取っているもののスラッジの心情が根底にあるからなのかもしれないな、と思った。多様な音楽性を取り入れつつもスラッジというぶっとい軸で一本通してやるとこんなにも上手くまとまるのである。だから地獄の様な音像であっても血が通っていて、それがマシンビートを通じてキチンとこちらの血を踊らせるので。そういった意味ではラディカルななかにもベテランたちの凄まじさを感じ取ってしまうのである。職人気質というかいぶし銀でぶれてないなあ〜という感じ。
唯一いうとしたら前作はタイトル曲がドローンにMikeのポエトリーリーディングがのるという形で、ぽつぽつ語られるアメリカの荒廃した風景に何故か日本でぬくぬく生きている私が泣きそうになるという珍妙な出来事が出来して、それ以来超ヘヴィロテなんだけど今作では全編攻めの姿勢でその種の曲は入っていないんだよね。でも今作はラストでScottの歌声もたっぷり楽しめるし(超良い曲なんだこれが!)、全然良いですね。

2曲目聴いた時にやっぱりスゲエなと放心してしまった。なんだろうな、始めの印象よりずっと感情豊かだなあと聴くたびに思ってしまう素晴らしい音源。意外にあったかいんだよ〜是非どうぞ。

2015年12月12日土曜日

Totem Skin/Weltschmerz

スウェーデンはボルレンゲ、Falun(ファラン?ファルン?)のクラストハードコアバンドの2ndアルバム。
2015年に複数のレーベルからリリースされた。私の買ったのはデジタル版。
タイトルになっている「Weltschmerz」とはドイツ語で世界苦、厭世を意味する言葉らしい。生と死を混ぜて白でまとめあげた印象的なアートワークはChris Panatierの手によるもの。2012年に3人体制で発足したバンドはメンバーチェンジを繰り返し今は5人体制でやっているようだ。(彼らのFBより)

ダークハードコアとも評されるその音楽性は苛烈なハードコアを基調に、哀切に満ちたメロディを大胆に取り入れたもの。本人たちも自らの音楽性を「Fast,Heavy,Atmospheric」と称している。矢継ぎ早に繰り出される全7曲はまるでブリザードのよう。ブラッケンドとも称されるのは掠れていい感じにイーヴィルな質感を持っているボーカルの片割れと、ひたすら弾きまくるギターリフ故か。ただブラックメタル的な冷たさはあまり感じられなく、ギターリフにしても例えば6曲目なんかは勇壮でこちらを鼓舞してくる様な異常な”熱気”に満ちている。ニヒリスティックでお前を殺して私も死ぬ的なブラック感というより、タイトル通り生きる故の苦しみを悩み抜いた末に熱い気持ちとともにこの世にまき散らした様な気概を感じる。
ざらついた質感のギターの音は確かに今風だが、コンパクトにまとめあげて来たファッション性は皆無で、持てる武器を最大限に有効活用し、過去にリスペクトを捧げつつ、あくまでも伝統に則りその枠を超えようとする温故知新のその音楽性には頭が下がるばかり。なんら奇抜な事はやっていないのだが、人間の表現力(の結果)というのは想像を軽く追い越していく。
メロディアスと言ってもボーカルが分かりやすいサビを歌い上げる訳ではなく、轟音の嵐の中にそのメロディがわずかに終えるもの、アコースティックギターの静謐なアルペジオ、男臭いコーラスワーク、それからバンドアンサンブルで竜巻の中心に突っ込んでいくように爆走するその轟音自体がメロディとなっているものと表現の仕方は様々。どれも飾りっけなし。例えば5曲目なんかは中盤から後半にかけてのクライマックス感は半端無く、暴風雨の中叫びまくる後ろで泣きまくるギターがささくれた旨に火をつける。あったかい。ひたすら五月蝿い音楽何故こんなに涙腺を責め立ててくるのか分からないながらも涙がちょちょギレル激アツな展開に思わず笑い泣きの1曲。リピートが止まらん。

何の気なしにかったらとんでもない音源だった!的な嬉しさ満点の1枚。熱い音楽を聞きてえなという心も体も12月の空気に冷えきった貴方を熱くさせる激オススメの音楽を是非どーぞ。

Vision of Disorder/Razed to the Ground

アメリカはニューヨーク州ロングアイランドのハードコアバンドの5thアルバム。
2015年にCandlelight Recordsからリリースされた。
1992年に結成されたバンドで3枚のアルバムをリリースした後、解散。その後2008年に再結成し2012年に4枚目の「The Cursed Remain Cursed」をリリース。その後3年を経てリリースされたのが今作。この手のバンドには珍しくずっと結成当時のメンバーで活動していたが、前作リリース後にギタリストが一人脱退してしまったそうな。
タイトルは「焼き払われた」という意味。前作の「呪われたヤツは呪われたまま」からより直接的なインパクト。
私は学生の頃に1stと2ndがセットになったCDを買ってこれがハードコアなのか!とビックリしたものだ。重量感のあるザクザクとした攻撃性が一点抒情的なメロディが乗っかるからハードコアなの?メタルなの?と戸惑ったが某巨大掲示板だかでNYハードコアですみたいに書かれているのを見て、なるほどNYハードコアか〜と納得する事にした。2ndのラスト「Jada Bloom」はキラキラしてさえいる哀愁のハードコアで大好き。すごいもう大ファンですという訳ではなかったが前作のリリースは嬉しかったし良く聴きました。

前作もそうだったが今作も彼らのスタイルを踏襲するスタイル。
メタリックなリフがざくざく切り開いていくスラッシーなハードコア。面白いのは曲の速度がだいたい中速くらいで決して速くない。ドコドコバスドラムを踏んでいくので気持ちよいのだが、はっと気づくと実際の速度は速いって訳ではないです。迫力満点だが飾りっけの無い力一杯のスクリームはハードコア由来のもので、これがこの速度に良く合っている。もしかしたらこの声に合わせているのかもしれない。矢継ぎ早に言葉を積み上げていくのではなく、一語一語血反吐とともに吐き出しましたよ、という歌唱法なのでどっしりとした店舗にはうってつけ。切り刻んだ様なリフはとにかく気持ちよくグルーヴィ。ボーカルが強いのでともすると陰惨になったり、速度でごまかさない分一本調子になりがちな曲をこのスラッシュ成分が彩り豊かにしていると思います。
そしてボーカル。サビって訳ではないのだがここぞって時にクリーンボーカルを繰り出してくる。決して上手いとかそういう訳ではないのだがなんとなく気怠げで掠れた声質で妙に癖になる。メロディアス加減も程よい感じ。今作は前作以上にクリーンボーカルの頻度が増えたと思うんだけど、そこが個人的には気に入りました。グルーヴィなブルータルな曲調は本当ハードコアという感じでアグレッションを耳が痛いくらい感じ取れるんだけど、そこに憂いの感情を追加しているのがこのメロディアスなボーカルなんだよね。開放感があるようで実は結構暗めの色彩という感じでそこが何となく個人的に合っている感じ。

個人的には前作以上に気に入いりました。気づくと結構繰り返し聞いている。うーんこれはかなりオススメ。

2015年11月30日月曜日

Dragged Into Sunlight/Gnaw Their Tongues/N.V.

イギリスはリバプールのブラッケンドデスメタルバンドDragged Into Sunlightとオランダはドラハテンのブラックメタル/ノイズプロジェクトGnaw Their Tonguesのコラボレーションアルバム。
2015年にProsthetic Recordsからリリースされた。私はBandcampでデジタル版を購入。
Dragged Into Sunlightはメンバー全員が目出し帽を被った強面バンドで(どうもスタジオミュージシャンが集って結成されたらしい。)、今までに三枚のアルバムをリリースしていて来日経験もある。何と言っても「陽光の元に引きずり出された」というバンド名がかっこ良くて気になっていたので、何枚か音源を持っているGnaw Their Tonguesとのコラボということで買ってみた。Gnaw Their Tonguesは結構日本でも知名度があると思うのだけど、ブラッケンドなノイズを垂れ流す(かと思ったら美麗な別プロジェクトをやったり)、アートワークも不愉快な(日本人の犯罪者を関した不謹慎な音源もリリースしていたりする)Moriesなる人によるプロジェクト。

どう考えてみてもろくな音源にはならないだろうということが予想される2組のコラボレーション。嫌な予感しかしなくてワクワクしてくる。
1曲目「Visceral Repulsion」、のっけからGnaw Their Tonguesお得意のがろがろした金属質なノイズに不穏なSEが乗るイントロからスタート。ドゥーミィなイントロは徹頭徹尾黒く重たいが、金属質なノイズが不思議と気持ちよい。高音で絶叫するボーカルがのたうち回るように唸りだす。ジリジリしたノイズとギターの湿り気のある音、そしてややこもった様な全体的な音質があってか、浸水した地下室めいた閉塞感と汚さがあり、不愉快である。ブラストからの曲スピードが文字通り加速度的に増していくのだが、相変わらず空気の読まないボーカルの呻吟が気持ち悪く、疾走感があるのに気持ち悪さが一切払拭されない嫌らしい職人芸。性格の悪さがじくじくにじみだす曲作りは流石の一言。Gnaw Their Tonguesで個人的に好きなのはぐちゃぐちゃして汚い(褒めてますよ)音楽やっているくせに、やけにオーケストラめいた大仰さを入れてくるところ。この音源にもその大仰さが伺えてそれが非常に良い。どう考えてもアングラ感があるのに、妙にこう開けている様な大仰さが演出されている。シンフォニックでは全然ないのだが、なんというかこう露悪的である。
全編に渡ってこの調子。真っ黒という感じで基本速度も鈍足。フィードバックノイズの音色が豊かな事と(自分で書いててうーん?という感じだ。人間色んなものが楽しめるもんだ)ドラムが結構遅くても速くても活動的に叩いてくれるので停滞パートでも十分楽しめる。疾走パートだと音質もあってか結構弦楽隊がなにをやっているのか分からんし(ぐにゃぐにゃ動き回るリフが特徴的な4曲目は音質もあってPortalっぽいなあと思いました。)、しゃがれたボーカルはベール越しに聴こえるようにくぐもっている。カタルシスがあるようでないようで、真綿で締められているような嫌らしさは相当なもの。

全5曲と短いが廃液を煮詰めたような音楽なので、このくらいが妥当だろうと思うのだが、最後まで聴くと物足りなくなってリピートしてしまう。うーん、もっと聴きたいかもしれない。好きな人にはたまらないのではなかろうか。どっちかのバンドが好きな人は勝手損は無いのでは。

日影丈吉/日影丈吉傑作館

明治生まれの日本人作家の小説を集めた本。
全く知らなかった作家だが、Amazonにお勧めされたかってみた。どうも幻想味のある探偵小説を書く人らしい。帯にはかの澁澤龍彦さん賞賛した作家と書いてある。
全部で13の小説が収録されている。折口信夫や江戸川乱歩が絶賛し、「宝石」という雑誌の賞も取ったという「かむなぎうた」、泉鏡花賞を取った「泥汽車」。なんとなくこの2つの物語でもってその作風を窺い知る事が出来る。
「かむなぎうた」をはじめミステリーの要素を持っている小説が多い。どういう事かというとつまりある謎が物語の中心や根底にあって、その周辺にいる人物がその謎を解き明かしていくという骨子があるのだ。にもかかわらずどの話も所謂本格ミステリーとは一線を画す、さらにいえば少し変わった小説が多いなあというのが素直な感想。こういうと何だが、人に読んでもらうためにミステリーの体裁をとっているものの作者が書こうとしているのはちょっとそこからぶれているのかも、と思った。これは別に小説として出来が曖昧というのではなくて、ミステリーと幻想に両足を突っ込んだまさに作者独特の世界観を作り出しているのである。
冒頭の「かむなぎうた」もどちらかというと都会から田舎に都落ちした少年の、母親を失ったという来歴の寂しさと、田舎の豊穣で粗野な郷愁が豊かな筆致でもって丁寧に書かれている。(この描写の豊かさはちょっとミステリーには無いのではなかろうか。)ある登場人物の死が謎になる訳なのだけど、証拠至上主義というよりは主人公の少年が真相(と思われる)に達するまでの思考の道筋が書かれているようで、それゆえ結末もなんとも茫洋なものになっている。面白いのはその茫洋さがこの作者の持ち味になっているところだ。つまり謎の解決を書きたい訳ではない事がここら辺からなんとなく伺える。
前述の「泥汽車」なんかはミステリー風味のほぼ入らない、こちらも内省的な少年の回想録の趣を持っている。「かむなぎうた」とちがって少年の原風景が近代化によって破壊されていくとこんどはそこに幻想の世界が入り込んでくる。これがまたたまらなく日本人の心に刺さる。私は現代人で本当の田舎の風景はきっと見た事がないはずなのに、なんとも鮮やかに失われた風景が頭と心に再現されるものだ。
一方で配線濃厚になって来た苛烈な太平洋戦争末期のとある部隊の生き残りを描いた「食人鬼」。これはタイトルが物語をほぼ説明している。南方では全く聞いたことが無い訳ではないともう食人ネタを扱った物語。これは完全にホラーで、鬼というのはつまり人で無くなった人の事。山中の祭りの美しさとそこに入り込む幻想味がたまらない「人形つかい」はラストにゾクゾクする事間違い無し。
全編を通じて失われつつあるものや、すでに消え失せたものへの哀悼とそして惜愛の念がひしひしと感じられる。だからどの物語もちょっと寂しい。面白かった。

2015年11月23日月曜日

中村融・山岸真編/20世紀SF③1960年代 砂の檻

河出書房新社からでているSFアンソロジーの第三弾。
このシリーズは(恐らく)読んで字のごとく20世紀に発表されたSFを世代(ディケイド=10年)ごとに分類、編集していくもので、1940年代からはじまり1990年代まで全部で6冊が刊行されている。この本は3冊目で1960年代。この時代というのはSF界では大変革の時代だったようで旧態然として死にかかったSFの復権を計るべく(もしくは古いオーソリティにとどめを刺すべく)「ニュー・ウェーブ」が展開されたそうな。この本にはそんな新しい波に属する刺激的な小説も含めて全部で14本の小説が収められている。
ちなみになぜ第3弾から買ったのかというと単純で1弾と2弾が絶版状態になっているからに他ならない。ちなみに4弾と6弾も同じ憂き目に遭っている訳で私は泣く泣くこの3弾と恐らくこの後紹介する5弾を注文したのだった。
作家陣に関してもとても豪華で、この間紹介したゼラズニイや学生時代に読んだ「結晶世界」から何冊か楽しんだバラード、それからトリックスターエリスン(「世界の中心で愛を叫んだ獣」はエヴァの元ネタでなにかと私世代では有名なのかな?)、復刊した「寄港地の無い船」が最高過ぎた(個人的に今年ベスト)オールディス、巨匠クラークと。個人的にはSFというとこの世代が思い浮かんでしまうかもしれない。私的にはこの上ないラインナップ。
さて「新しい波」とは何かというと旧体制に反動的な文字通り新しいSFという事になりそうだ。歴史的な背景があってカウンター・カルチャー的な側面がある。中村融さんも紹介しているがバラードは外宇宙では無く内宇宙に目を向けろ!と叫んだらしい。この本に収録されているこの本の題名にも採用されているバラードの「砂の檻」というのはまさにこの流れにある"SF" 小説である。廃墟と化した地球の海岸線に集った宇宙と関わりのあった、そして挫折した3人の男女が集まって死んだ宇宙飛行士が乗った人工衛星を眺める、というこの逆説的なSF小説はその情景の危ういくらいのやるせなさと退廃的な美しさ、華やかな成功と多いな失敗、そして天と地という対比を描きつつ、完全に人間の心理を中心に据えてその主題としているように思える。SF的なガジェットは舞台装置と言っても良いくらい。SFに文学的な価値を付加したというと明らかに言い過ぎだろうが、読み物(芸術)としてのSFに新しい可能性を見いだそうとしたのが、ニュー・ウェーブではなかろうか?と思った次第である。時に大仰すぎる舞台装置と夢物語、ちっぽけな(そして崇高な)人間の意識のさざ波を描くのに必要なのかもしれないのだ。

復讐の二つの側面を見事に描いている(どちらにも感情移入できるまさにアンビバレントな真理が楽しめる)アンソロジーの冒頭を飾るゼラズニイの「復讐の女神」。一見おどけているのにオーウェルの「1984年」めいたディストピアを描くエリスン「「悔い改めよ、ハーレクイン!」とチクタクマンはいった」。まさに人間の内宇宙を書き出した暗黒小説ディッシュ「リスの檻」は主人公の言葉はすべて虚無に放り出されて跳ね返る事無く消えていく恐ろしさを書いている。誰からも忘れられる事は死ぬ事より辛い。シルヴァーバーグの「太陽踊り」は巨大な舞台装置(文字通り!)で人間のトラウマを書いた作品で異形の愛くるしい生物がひしめく一つの「楽園」を舞台装置に、これも内宇宙を描いている。
そしてやはりオールディスだった。「讃美歌百番」は個人的に大好きな1週巡った世界を書いている。身勝手な人間が一人残らず<内旋碑>の向こう側に一体となって消えた世界を描いている。そこは静寂が支配する世界で、人間の作り出した優しい異形たちが穏やかに暮らしている。どこかしらクロウリーの「エンジン・サマー」に通じる世界観であってその情景を想像しただけで頭と胸の色んなところが締め付けられるようだ。遥か彼方見た事も無い(そして金輪際存在する事すら無いかもしれない)情景に何故人は郷愁を感じ得るのか、それがとても不思議だが、そんな面白みをもつのがSFと読み物の面白さだ。

というわけでSF好きのみならず物語フリークには是非お勧めしたいアンソロジー。おすすめすぎる一冊。
最後に働く貴方にハーレクインからの一言を引用しておきたい。
「どうして、いいなりになっているんだ?どうして勝手ほうだいにいわせておくんだ?アリやウジみたいに、いつまでもちょこちょこうろうろしてるだけでいいのか?時間をもっとかけろ!すこしは、ぶらぶら歩きもしろ!太陽を楽しんでみろ、そよ風を楽しんでみろ、自分のペースで人生をおくったらどうだ!時間の奴隷じゃないんだぞ、最低の死に方だぞ、一寸刻みに死んでいく……チクタクマンばんざいか?」
ハーラン・エリスン

Oneohtrix Point Never/Garden of Delete

アメリカはニューヨーク州ブルックリンで活動しているアーティストのアルバム。(6枚目か7枚目だと思うのだが。)
2015年にWarp Recordsからリリースされた。
私が買ったのはボーナストラックが1曲追加された日本盤。
だいたいいつも乗り遅れるのが私だから、日本のみならず話題になっているこのアーティストの音源を購入するのはこれが初めて。
日本盤リリース元の前作のページを見ると
スティーヴ・ライヒ、フィリップ・グラス、ギャヴィン・ブライアーズ、ブライアン・イーノ、ハロルド・バッド、クリスチャン・フェネス、エイフェックス・ツイン…
そして間もなくのそのバトンはこの男の手に渡るだろう。
と書いてある。まあリリースする側は煽る訳だけど中々の力の入れ様なのでその人気のほどが伺えるという訳だ。トレント・レズナーのラブコールを受けてnine inch nailsのツアーにも同行したというのだから、ようやく私も聴かないとと慌てだしたという訳です。

さてこの「Garden of Delete」略してGoDと意味深なアルバムはアーティスト本人によると新作をレコーディングしている時に出会った皮膚病を患うエイリアンの非行少年Ezraと出会った事にその端を発しているらしい。
確かにイントロを挟んで始まる2曲目のタイトルは「Ezra」だ。音がぶつ切りに鳴った印象的な冒頭はCDに傷が!?と不安になる。が静かにEzraが進行していくに連れてエイリアンとの少年との物語に引き込まれていく事になる。よくよく聴いてみるとこの曲というのはなるほどこのアルバムを象徴している。意図的に聞き手を煙に巻く様な底意地の悪さがある反面、曲が進んでいくとすぐに意外に優しいメロディに包まれている事に気づくのだ。そして曲の終盤のシンセサウンドはちょっと意図されたチープ感があって確かに(嘘くさい)エイリアンを思わせる。
謎めいたインタールードにまたもや混乱させられるのだが、すぐに(32秒後に)シングルカットされた「Sticky Drama」が開始される。調子の外れたような人口の声がぎこちなくメロディを歌い上げる始めると私は唸らざるを得なかった。これは確かに確かに人を惹き付ける電子音楽だった。
全編を通じて思った以上に(もっとドローン色が強いのだと思ってた、過去作はたしかにそうらしいのだが)、メロディアスである。この人の曲というのはとにかくひねた諧謔というか意地悪さがあって、曲のぶつ切りやあえて曲の真ん中で曲をぐちゃっとさせたりして、コラージュ感を出してくる。こちらがこれが未来?と思っていると「HAHAHA、悪い悪い」見たいに美麗なメロディをすっと出してくる。始めっから出せや!というと最早彼ではなくなってしまうのである。そしてコラージュがあるからこそ、メロディとそれ未満の透徹なフレーズが生きてくるのではと思っている。
音の使い方は巧みでドローンとした音、ぶつぶつとしたノイズ、グリッチノイズ、たしかに異質なものを集めてひとつの異質なものとして凝集させれうるでは確かなもので、コラージュ感は当然彼がいとしたものだ。美しいパートを聴けば、多彩な音が鳴っているのにまとまっているという台風の目の様な状況にはっと気がつくだろう。

というわけで流行っているのがどんなものかみてやるか…俺はひっかからねえぞとばかりに聴いてみたのだが、すごい!天才!とまんまと騙されている私がいるのだ。うーん。これは気持ちのよい体験です。
まだ聴いてない人は是非どうぞ。私は過去作が気になるのでどれか買ってみようと思います。

2015年11月22日日曜日

Extreme Noise Terror/Extreme Noise Terror

イギリスはイングランド、イプスウィッチのハードコアバンドの6thアルバム。
2015年にWillowtip Recordsからリリースされた。
不穏なコラージュで構成されたモノクロジャケットがカッコいい6作目にしてバンド名を冠してアルバム。
Extreme Noise Terrorといえば1985年結成からバンド名通りエクストリームな音楽界にその名を轟かすバンドなのだが、私はちゃんと聴くのはこのアルバムが初めて。同郷のこちらもいける伝説Napalm Deathと一時期ボーカリストを交換していた、というエピソードあったよね。(調べてみると1996年ごろのことのようだ。)

全13曲で26分だからやはり平均すると1曲2分くらいの”速い”バンドだなという事が分かる。クラストコアを土台にグラインドコアやデスメタル(Metallumには後期はデスメタルと書かれている!)を飲み込んだその音楽性は確かに速いのだけど、速さにだけ特化した音楽とは明確に一線を画す。まず聴いて驚いた事が二つあって一つ目はパンクっぽい!ドコドコスタスタ叩くドラムのビート。それからささくれ立ったギターの音質と、高くいななく様な高音リフ(勿論こちらが本家なんだろうけどWorld Burns to Deathを思い出した。)がとにかくオールドスクールなパンク感を演出する。渋い、まさにいぶし銀な、バックグラウンドを感じさせる動の入りっぷりに思わずうおおと熱くなる。
もう一つ驚いたのがボーカルで、ライオンの様な金髪のたてがみがアンチヒーローのようなDean Jonesの声はDischargeからの直系を感じさせる男臭い吐き捨て型なのだけど、これがデスメタルバンドをはったおす様な迫力!唸り上げるさまは獣じみていておっかない。デスメタルとは全然違うのだけど強面という形容詞がぴったりの声質。低音がなり、高音ギャーギャーが目立ちがちなんだけど、力を込めずに早口で巻くしたるところが個人的にはカッコいいと思う。
疾走感というのは単純な体感速度にすべて左右される訳ではないなと実感。例えば10曲目はスラッシーなリフから開始するのにあっという間にハードコアな展開に流れ込む。流れる様に弾き倒すリフがとっても気持ちよい。必殺という感じでの高音フレーズもサビ以上に饒舌。ラスト13曲目はスラッジーな展開で幕を開けつつやはりお得意のハードコアに引きずり込む。飽きさせない展開は流石だが、きっちりとぶれない軸が曲とバンドを軽薄なものにしていない。キッチリ自分たちのカラーがあるバンドなんだなあと実感。

どんな音楽だろうドキドキと聴いてみたけど、ストレートなハードコアパンクでビックリした。勿論メタルっぽさも感じられるのだけどトータルではハードコアパンク。バンドの歴史を感じさせるどうどうとした仕上がりにしびれた。オススメ。

Svffer/Empathist

ネオクラストバンドAlpinistのメンバーらが結成したドイツはミュンスター/ベルリンの女性ボーカルハードコア/エモバイオレンスバンドの2ndアルバム。
2015年にVendetta Recordsからリリースされた。
私はBandcampでデジタル版を購入。
2014年に発表された1st「Lies We Live」はその苛烈かつ人を惹き付ける音楽性でもって日本でも話題になったバンドなので、今作も2nd出てるぜ!とTwitterで話題になっておりました。タイトルの「Empathist」というのはどうも造語らしい。Empathyというのが感情移入という意味なので、感情移入者だろうか。なかなかこの類いのバンドには珍しいタイトルかもしれない。
今回は全部で8曲、16分と速かった前作よりさらに削ぎ落とし、切り詰めて来た超攻撃的な作品にし上がっている。

滅茶速い音楽性は確かにグラインドコア感もあるのだが、由来を感じさせるのは圧倒的なハードコア感。それでいてパワーバイオレンスとは一線を画すこの音楽性は改めて新作を聴くと中々面白いものがあると思う。
重たくざらつきまくったギターの音色はダークなクラストを感じさせる。ただクラストにくくるには速すぎる感じがある。勢い重視の曲展開、そしてその短い曲の中にアイディアが詰まっており、高速⇄低速を始めとして展開が目まぐるしく変化する。なんとなくカオティックハードコア感が感じ取れる。なんというか神経症患者がConvergeを早回しでプレイしている様な激烈さがある。カオティックハードコアというと凝りまくった展開という要素でもってともするとインテリジェンスかつアーティスティックに走ってしまう傾向もあるもんだけど、このバンドに関してはそこら辺の装飾性は皆無であくまでも曲の勢いを殺さないというか、むしろ色々やっているのにスピードは増している様な印象すらある。メタルの正確無比を突き詰めた結果の非感情的な残虐性とは無縁で、怒りを筆頭に日々の感情を2分そこそこの曲にむりやり詰め込んだ様な音楽性。例えばスピードアップして正気じゃない人間の日記を読んでいる様な訳の分からなさとそして無類のかっこよさ。エモバイオレンスというのはなるほどこういった音楽性なのか。確かにエモい。
この間紹介したYacopsaeのトリビュートにも参加していたLeonieのボーカリゼーションもいよいよ映えて良い。掠れまくったハスキーボイスで終始叫びまくっているのだが、これが重たく速く金属質な演奏の波にぐわーっと乗っているかのように聞き手に迫ってくる。Svfferの音楽は巨大な波が崩壊しつつこちらに迫ってくるような勢いと恐ろしさの予感がある。ラストが少し長めで(といっても3分台だけど)余韻を残して終わるのも非常に良い。何回でもリピートしてしまう。

という訳で短いスパンでいりリースされた今作も素晴らしいものでした。
気になっている人は是非どうぞのオススメ音楽。

2015年11月16日月曜日

高木敏雄/日本伝説集

高木敏雄が蒐集した日本全国の伝説をまとめた本。
大分前に購入したまま読んでいなかったが、この前ボルヘスの「伝奇集」を探している時に本棚から見つけて読んでみたらこれが面白かった。
作者の高木敏雄は作家ではなくて学者。日本の神話、伝説、民話の研究を行っていた人でこの本はタイトル通り日本全国から東京朝日新聞上で告知、民話を集めて、そのうちの250ちょっとの物語を区分に分けて、少々の筆を加えてまとめあげたもの。何と始めは高木の自費出版という形で大正二年に出版されたもの。100年の時を経て出版社を変えながらも世に出続けているというのはよくよく考える必要も無く偉大な事である。
私は本好きだが活字中毒ではない。手に取る本は9割型小説だからどちらかというと物語中毒である。(読んでいる数はそんなでもないが。)民話というのは難しくて明確な作者がいない場合がほとんどで、なるほど現代において読み返してみるとフィクションなのだろうが、それでも小説とは全く異なる類いの物語である。しかし短いその民話の中には物語の原型とも言うべき核があってそれが大いに楽しめた。
民話というのはその土地土地で語られているものをある個人が語っているものである。(神話や伝説となるともう少しオーソリティなもので原典などがあるイメージ。)当然ある個人が違えば微妙に語り口や内容も変化していく訳で、厳密に言って全く同一のおはなしが明確に存在している訳ではない。面白いのは全国津々浦々おはなしの細部(登場人物や土地)が違えど大筋が似ている話が多い事で、だから高木先生がやったように分類する事が出来る。例えば弘法大師が出てくる民話などは寓意に富んでいるが、全く層でない不思議なものも多くて、それが全国に共通して散見されるのは大変興味深い。
人間の発想力というのはとにかく自由なもので、暗闇に妖が潜んだ昔に語られる物語たちはまさに縦横無尽である。蛇がでてくる、山姥がでてくる、神様が出てくる。人間が妖怪となる。妖怪と人間が結婚をする。この物語の意味は何だろうと考える前にその内容の豊かさきらびやかさ、そして恐ろしさに目がくらんでしまう。間違いないく超常を扱っているのに、不思議な生々しさがあるのは具体的な土地の名と人々とその生活が描写されているからだろう。私は田舎の暮らしというのが分からないのだけど、それでも何となく農家の風景や漁師の生活、奥深い山の奥など不思議に頭に情景が浮かぶのはやはり日本人だからだろうか。子供の頃に読んだおとぎ話集や日本昔話の世界がまた脳裏に蘇ってくるようで楽しい。
学術的には恐ろしく価値のある書物に違いないが、いわゆる学術書的な要素は皆無で、まずは蒐集した民話だけほぼほぼ並べている形である。そこからの民族的な考察については奇麗に省かれているから、物語として楽しむ事が出来る。きっと若い人でも小さい頃に聴いたり読んだおとぎ話と良く似ている物語がこの本に含まれる250あまりの短編のうちいくつかに見つける事が出来る。確実に貴方のノスタルジーを刺激する、それでいて作り物感が無いとても素晴らしい本。私が買った切っ掛けは中身よりもこの美しい表紙だった。日本人の心に訴えかける良い写真が使われていて、中身もまさにその通りであった。読み進めるのがとても楽しかった。オススメの一冊。

2015年11月8日日曜日

Cult Leader/Lightless Wlak

アメリカはユタ州ソルトレイクシティのハードコアバンドの1stアルバム。
2015年にDeathwish Inc.からリリースされた。
個人的に今年最も楽しみにしていた2つのアルバムの1つ。(もう一つは本邦のBirushanahの新作でこちらも期待を上回る素晴らしさだった。)
故あって解散したメタルコア/スラッジコアバンドGazaのギター、ドラム、ベースのメンバーが2013年に結成したのがこのバンド。ベーシストがボーカルにシフトし、新しいベースプレイヤーを引き入れて4人組体制。ConvergeのJacobらが運営するDeathwishと契約し2014年に「Nothing for Us Here」、2015年に「Useless Animal」という2枚のEPをリリース。今回満を持してのフルアルバムを完成させた。自らの音楽性をしてProgressive Crustと称する苛烈な音楽性はGazaに比べるとより装飾性を排除し、ノイズとストレートさを増した荒々しいもの。

このアルバムがどんなアルバムかは本当に1曲目を再生した瞬間に分かる。1分23秒の曲にこのバンドのすべてが詰まっていると言っても過言ではない。ドラムの一撃、次いで鈍器の様にパーカッシブな弦楽隊による重たいリフが余韻を残す、ノイズを挟んでボーカルとともに疾走するパートが始まる。暗いリフが崩れた波頭のように襲ってくるが、混沌としていて何がなんだか分からない。かと思うとまたスラッジパートに突入している。あっけにとられていると曲はもう終わっている。私がこのバンドに求めていたものがほぼここに結実している訳で、この1曲目から前に進めなくなってしまうほどだ。
Cult Leaderはデビュー作から常軌を逸していた。しかしGazaの最終作が間違いなく自分史上特別なアルバムになるだろうと確信している私には、このメンバーの大半を引き継ぐ形で始まった新バンドはどうしてもGazaと比較してしまう。ほぼ文句の付け様の無い音楽性だが、強いて挙げるならボーカルの面ではどうしてもGazaに軍配が上がるかもしれない…と思っていた。それは優劣というよりは両者の個性と私の好みの問題かもしれないと感じていたが、その問題はこのフルアルバムで完全に払拭された。このボーカルの迫力はどうした事だろう。声質的にはそこまで低いものではないだろうが、感情を物理的な塊にして苦痛とともに吐き出す様な情念がこもったボーカリゼーションというのは中々無いのではなかろうか。獣めいた咆哮が売りだったGazaに比べてCult Leaderは半人半獣と言った趣で、その暴力性の中に人間特有の迷いや惑いといった憂いが詰まっているように思う。人間性を獲得するとそこには悩みが付きまとっていた、そんなアイロニーめいた後ろ暗さがある。
「Lightless Walk」暗闇の中を歩く。先が真っ黒いトンネルが描かれたアートワークが印象的なこのアルバムはまさにそんな自分の足すら見えない様な暗闇のなかに、自分の足で切り込んでいくアルバムであると言える。沢山のバンドが真の闇について歌い表現して来た。このバンドはそれそのものではなく、その闇への旅路を描いているという意味で大変興味深い。そこら辺にこのバンドの目指すところが何となく見える気がする。
Gazaでもそうだったが、このバンドも音楽性は荒廃しきっているが、不思議な郷愁がある。それは破壊的な郷愁を描いているのではなくて、徹底的に破壊された廃墟(の様な音楽)に私が郷愁を感じているだろうなとおもっていたし、このアルバムでもたしかにそうだ。しかし一方で3曲目「Sympathetic」(同情的な、思いやりのあるという意味)でのグルーミィで饒舌なフレーズや6曲目「A Good Life」やラスト「Lightless Walk」での放心した様な空虚さは徹底的な破壊と荒廃の”その後”を感情豊かに書き出し始めているのが新境地ではなかろうか。
音楽を聴いて感動するのが楽しみだ。何にも代え難い。このアルバムは私をほぼ物理的な衝撃を伴って打ちのめすようだ。素晴らしいアルバムだ。これがあるから音楽を聴くのをやめられないのだ。私が音楽と、それだけでない表現に求めているものの確実に大半がこの小さいCDに詰まっている。感謝である。少なくとも私は大好きなアルバムです。気になった方は是非聴いていただきたいと、そう思います。


Yacøpsæ/GÄSTEZIMMER

ドイツはハンブルグのパワーバイオレンスバンドのMCD。
2015年に同郷のPower It Up Recordsからリリースされた。
Yacøpsæは1990年に結成された3人組のバンドで、1stアルバムのタイトルが「パンク糞食らえ、これはパワースピードバイオレンスだ!!!」という素晴らしいバンド。その音楽性は徹底的に苛烈なのだが、The Cureのカバーをしたり、「Pop-Punk Alienation」というカバーアルバムではNirvanaやEverclearのほぼほぼ原曲に忠実なカバーを披露したりとなかなかマイペースというか、面白いバンドである。私は彼らの膨大な音源をたまーに買う程度だがとにかく元気が出るので大好きだ。とにかく曲が短くて一つの音源に沢山入っているので、シャッフルで聴いているとYacøpsæ率が非常に高いのが私のipodなのだ。
そんなバンドが結成25周年を記念したのがこの音源。全部32曲なのだが扱いとしてはMCDになっている。まあ16分しかないからね。だいたい1曲30秒ないです!最高だ。タイトルは日本語に訳すと「ゲストルーム」。(ちなみにジャケットはぼろぼろに壊れきった廃墟の建物でこれが俺たちのゲストルームだ!といわんばかりのユーモアセンスが良い。)どういう事かというと全32曲すべてゲストボーカルを迎えて歌ってもらっているのだ。その面子が豪華絢爛で最近新作がTwitterでも絶賛されているSvffer、この間来日した大御所Capitalist Casualties、イタリアのグラインドコアCripple Bastardsなどなどなどなどと本当にそうそうたるもの。ドイツだけでなくアメリカ、イタリア、インドネシアと色んな国のバンドマンたちがゲストで参加している。(ブックレットには丁寧に彼らの思いが綴られている。)この手のジャンル好きな人ならこの面子が集まって一つの音源が出来ている事に驚きを隠せないのではなかろうか。

でやる事と言ったら全く容赦ないショートカットチューンの32連続である。
ぎゃりぎゃりした低音を強調したギター。伸びやかで唸る様なこれも低音のベース。終始ブラストしまくるドラムといういつものYacøpsæがまさに嵐の様な演奏を披露。演奏面で言うと音質もあってかやっぱり結構メタリックに聴こえる。(ただアティチュードは完全にハードコアのもの。)素直に終始突っ走る曲、曲間にスラッジパートを取り入れた曲、終始ドゥーミィなノイズを聴かせる鈍足な曲などなど短い中にもまず様々な曲のバリエーションを見る事が出来る。バンド結成して25年が経っているというが日和ったところは一切なし。このバンドに限って言えば音源と技術が向上している分進化しかしていないんじゃないかなと思える。すげえ事だ。
そこに多彩なボーカルが乗る。まず男と女(女性ボーカルかなり多い。)があるからそれだけでも聴いていて楽しいし、デス声、ハードコア声、金切り声、シャウト、妙に伸びのある歌声と色々なものがまるでおもちゃ箱やーってくらいに矢継ぎ早に飛び出してくる訳でこれが楽しく無い訳が無い。
個人的にはYacøpsæは明るいバンドだと思っている。例えば超名曲「Frost」のように度を超した激しさの中に暗い憂いを持っている事曲も沢山あるし、一般の人が聴いても決して明るいとは思わないだろうが、ハードコア特有の気持ちの良さとい明快さがあってそれが無邪気でカッコいいのだ。怒りや悲しみだってそのストレートさに胸が空く様な気持ちになるわけでこっちが元気の無い時だってすっと入ってくるエクストリームな音楽。今回はその気持ちよさが友情とリスペクトとユーモアでもって倍加されている様な印象がある。初っ端から童謡からはじまるんだもの。彼らがふざけているとしたら全力でふざけているのであって、それが聞き手には楽しいのである。笑われてるのではなく、私たちを笑わせているのである。

Yacøpsæはとにかく音源の料が莫大なのでバリエーション豊富という意味で初めてYacøpsæを聴く人には意外に良いんじゃないかなと。(後はいくつか出ているベスト盤かな?)とにかくストレートに胸に突き刺さるハードコア。同じ様な取り組みでこの間紹介したTeenage Time Killersの音源があったんだけどあれを振り切ったのがこっちという印象。とにかく度を超しているのにそれがきちんと成立していて、しかも滅茶かっかいいのがすごい。オフィシャルサイトによると限定1000枚らしいので是非どうぞ。この手のジャンルが好きなら絶対勝手損はしないと思いますよ〜。短さもあってか私はすごく沢山聴いています。超オススメ。
視聴が見つからなかったので名曲Frostで。

ニコラス・ブレイク/野獣死すべし

イギリス(アイルランド)の作家による探偵小説。
原題は「The Beast Must Die」、1938年に発表された。
私が買ったのは表紙がリニューアルされた再発版。早川のオフィシャルサイトで表紙とタイトルに惹かれて購入。
ニコラス・ブレイクはペンネームで本名はセシル・デイ=ルイス。詩人として活躍していた。小説を書く時はニコラス・ブレイクの名前を使っていたのかな?
ちなみに「野獣死すべし」というと大藪春彦の小説とそれを元にした映像作品が有名らしいが、こちらの本が元ネタになっているようだ。私は大藪春彦の方は全然知らない。面白いのはこの「野獣死すべし」という印象的なタイトルはかの江戸川乱歩が考えたらしい。素晴らしいネーミングセンスだね。

推理小説家フィリクス・レインは愛する息子をひき逃げで殺された。妻は死んでいる。警察の捜査は遅々として進まず独自の捜査を開始したフィリクス。犯人の目星をつけ、彼を殺すべく、緻密な計画を進めていく。

特に予備知識無く買ったのだが、この本はナイジェル・ストレンジウェイズという探偵が活躍するシリーズの第4作目。いわば探偵小説なのだが、ハードボイルドというよりはミステリーっぽい雰囲気。ただ面白いのは前半が上記あらすじで登場したフィリクスが殺された息子の仇討ちを進める独白体の日記になっていて、後半から探偵ストレンジウェイズが出て来て事件に挑む。いわば犯罪者サイドと探偵サイド双方の視点から同一の事件を眺める事が出来る。前半は小説家のフィリクス、つまり一般人、それも力自慢でも裏の世界を周知している訳でもない文学青年が復讐、つまり殺人という途方も無い犯罪に手を染める過程が彼の心情を丁寧に描写しつつ下記進められる訳で、一歩一歩獲物に近づいていくこの犯罪が果たしてどういう結末を迎えるのかという緊張感はただならぬものがある。
一転して変わり者の探偵ストレンジウェイズに主人公が移動した後半は、いかにも天才肌な探偵は明晰な頭脳でもって真相に近づいていく面白さがある。ミステリーと言ってもいわゆる本格ものの証拠とパズルの様な緻密な謎解きに主眼が置かれたものとは大分趣が異なる。もっと知的というと語弊があるが、ある犯罪とその周囲にいる人物たち一人一人の個性とその心情に焦点が当てられている。人情小説というのではないが、ストレンジウェイズというのは誰がこれを出来たかというのはそのある人の考えを理解して改名しようと言うのであって、こういう書き方をするミステリーというのは私はあまり読んだ事が無いので面白かった。謎解きというよりは復讐といびつな家族を軸にした人間関係に踏み込んでいくものだから凄惨と嫌らしさ、そして何とも言えないやるせない暗さがあって、それは変人ストレンジウェイズとブラント警部のキャラクターで陰惨になりすぎないもののやはり何とも言えない味わいがある。それは結末においてある意味完成されている。
なんともいえない味わいが光る一冊。変わり種のミステリーが好きな人はどうぞ。

2015年11月3日火曜日

Dead Fader/Glass Underworld

イギリスはブライトン生まれで現在はドイツ・ベルリンにて活動するJohn Cohenによるインダストリアルテクノユニットのミニアルバム。
2015年にRobot Elephant Recordsからリリースされた。
タイトル通り焦土としかいいようがない無慈悲なインダストリアル世界を提示した2014年発表の「Scorched」は衝撃だった。ボーカルが無い電子音楽でここまで凶暴な音楽を帆湯減できるのかと打ちのめされたものだった。しかし同時に発売した「Blood Forest」では一転してドリーミーでアンビエントな世界観を模索するという思考の多様性を魅せていた。そんな彼が2015年になってからは同じくRobot Elephant Recordsから「HYP30」、「Sun Copter」というEPを立て続けにリリース。「Blood Forest」方面をさらに突き詰めるという音楽活動に今は熱中しているようだ。前述の2枚に続いてリリースされた本作もほぼ同じベクトル上にあり、さらにその音楽性を進めた内容になっている。

こちらにのしかかるような極端に歪められた重低音ノイズはいかにもDead Fader節なんだが、そこにのっかるうわものに関しては音数の少ない余韻はあるが澄んだ音であってこの前者と後者の対比が独特の音世界を作り上げている。
どの曲でも中心にあるのは微妙なメロディなんだがあまり饒舌ではなくて、かすかなフレーズがひたすら反復される。どれも残響が意識され、ある程度の広さのある空間に放り出された音が余韻を残して消えていく様な儚さがあって、ここが好きだ。
その脆弱なフレーズを囲うのがお得意のインダストリアル要素なんだが、こうなってくると彼の独壇場というか、元々ノイズが上手いので、ミニマルさの中でも微妙に変化し続ける変幻自在さ(というかちょっとの居心地の悪さと言うか不穏さというか)がどの曲でも非常に活きて来ている。たしかにドリーミーなんだか、微妙にしみ込んでくるノイズが曲の雰囲気を刻一刻と変容させている。
インダストリアルさとアンビエント性が混ざり合わずに一体化した、というと変な表現なんだがこの音の共生関係が大変面白い。周りを囲う音は音量抑えめにしてあるから自然に粗野な音に挟まれた、フレーズが生きてくるという構造でアンビエントというには正直なところ音の数は多めなのだが、ある程度数のあるからこそ沁みてくる寂しさもあるものだなと感心。
個人的には1曲目がその方向性を一番分かりやすく突き詰めたもので白眉の出来かなと。
Dead Fader好きなら是非どうぞ。
ちなみにほぼ同時にTouchin'BassというレーベルからはDosage EPというインダストリアル路線の音源を出していてこちらもすこぶるカッコいい。ハードな路線が好みの方はチェックしてみてください。

Panopticon/Autumn Eternal

アメリカはケンタッキー州ルイビルのA.Lunnによるブラックメタルバンドの6thアルバム。
2015年にBindrune Recordingsからリリースされた。
私はBandcampでデジタル形式で購入。
前作「Roads to the North」から1年という短いスパンでリリースされた。前作が露骨に「冬」だったのに対し、今作は「永遠の秋」ということでずばり秋がテーマ。四季では秋が一番かなという私歓喜のアルバム。
色彩豊かなジャケットはブラックメタルバンドらしからぬイメージだが、ご存知の通りこのPanopticonというバンド元々(といっても私が聴いているのは3rdの「Social Disservices」以降なんだけど)カスカディアンな鬱々とした長めのブラックメタルを演奏していたのだが、続く4thアルバム「Kentuckey」でバンジョーなどのブラックメタルらしからぬ楽器陣、そして曲調に関してもカントリーやフォークを大胆に取り入れるという方向転換を魅せて独自の音楽スタイルを築いている。

長めの尺はそのままにブラックメタルというフォーマットはあくまでも崩さずに、しかし喜怒哀楽の感情豊かに(通常エクストリームなメタルは怒りと悲しみに特化しますよね。)聞き手の頭の中に雄大な自然を思い浮かべさせる様な豊かなサウンドスケープを描いている。いわば一点集中型のパワーバトルから別次元にシフトした訳なんだけど、その変遷が自然に進化していることが聞き取れる訳だ。メロいトレモロに情念のこもったボーカルがのっかる疾走パートのかっこよさと、まったりとは言わないもののたき火を眺めている様な安心感のある静のパート、両者をつなぐ色彩豊かなパートこそこのバンドの本領が発揮されるのかもしれない。ジャッケと同様豊かな音のおりなす風景。楽器陣の豊富さ、そして多すぎずすぎなすぎずの音の数、雄弁に語ると言った感じのメロディ。相当器用な事をやっているのだが、決して技巧自慢にならないこと。逆に強引でパワーでねじ伏せる様な荒技のなさ。(特異な楽器の使い方一つとっても自然になじむ曲の土台があると思う。)基本的に外に向かっていく音楽でやはり自分の中には無い、雄大なものへの愛着そして憧憬がテーマになっているように感じる。Bandcamp記載の文によると「秋は眼前に横たわる道の希望に満ちている一方、変遷と喪失への哀悼がテーマ」ということ。なるほどどの曲も前向きで勇壮である反面、哀愁を誘うメロディがどこかで顔を出している。
最早メタルの枠を抜け出して孤高の高見を目指したWolves in the Throne Roomとカスカディアンというジャンルの中でも方向性とそのアプローチ、そしてたぶん作り手の見ている景色の違いでて面白いなと思う。(彼らは宇宙に行ったけど、こちらは地に足がついている。そしてもちろんそのどちらも素晴らしいのです。)
6曲目「Pale Ghosts」(青ざめた幽霊たち)はイントロからしてキラーチューンの雰囲気しかしない訳なんだけど、激しい前半、牧歌的なインストが心温まる中盤、そして幽玄な雄々しいボーカルが入る終盤、泣きのギターとむせび泣くボーカルで迎えるクライマックスと本当に集大成みたいな曲で涙がちょちょギレル。このギターの音とメロディの柔らかさ!!!あ〜〜。

同じくBandcamp記載の文によると「Kentucky」「Roads to the North」、そしてこの「Autumn Eternal」で三部作は完了という事だ。はやくも次の作品に期待せずにはいられない。一体次はどんな風景を描き出すのだろうか。
まるで一枚の絵画か写真を見ている様な、奥行きがあってそこに迷い込んでいる様なアルバム。うーん、本当に好きですね。非常にオススメ。

増田俊也/シャトゥーン ヒグマの森

日本の作家によるホラー小説。
会社の人のオススメってことで買ってみた。感謝。
ネットでは有名な話だが熊は恐い。熊というと可愛いイメージもあるんだけど、ヒグマはおっかない。北海道の三毛別で実際に発生した事件を元にした吉村昭さんの「羆嵐」はとても有名ですね。かくいう私もたしか学生の頃読んで熊の恐ろしさに震え上がった。
今作も北海道の北部手塩を舞台に羆が暴れまくるホラー小説。題名の「シャトゥーン」というのは冬ごもり(冬眠)しそこねた(危険な)熊という意味。「このミステリーがすごい!」第5回で大賞に輝いた作品。出版社は宝島社でよく考えるとあまり買った事の無い版元かも。

北海道のテレビ局に勤める土佐薫は娘の美々と同僚の瀬戸と手塩の研究林にむかって車を走らせていた。薫の双子の兄弟で北海道大学で鳥類を研究している弟の昭と研究林にある小屋で年越しをするためだ。道中人間の死体をよけるために横転してしまう一行。事故の原因と生った死体は無惨にも食い荒らされ持ち去られていた。この広大な森林に冬ごもりに失敗した凶暴なヒグマがいる。小屋に急ぐ薫たちだが…

八百万の死にざまというが、これだけは嫌だなというのを考えた事、ありませんか?私はあるんですが、(どれもまあ嫌なんだけど)これだけは〜というのに何か巨大なものにゆっくり押しつぶされる、海の真ん中で乾きに苛まれる、などなどに並んで野生の生き物に生きながら喰われる、というのがある。ようするに相当嫌なんだが、この本にはそんな嫌になる様なシーンがてんこもりである。
実際に北海道大学で学者を志したという作者だから書ける(柔道もやっていたということで格闘シーンや武器の説明なんかも非常に微にいり細に穿ちリアル!)北海道の自然の厳しさ、そして美しさ、極寒の地に生きる生命の力強さと、自然に相対する人間たちの無知蒙昧さ、短絡性、愚かさ。なんせ氷点下40度の世界だからゆるく都市部で生きている私からしたらまさに別次元なわけで、広大な森の深閑さ、読んでいるだけで荘厳な気持ちに生る。文体も平明で飾ったところが無いから非常に読みやすく、伝わってきやすい。
そこでおお暴れするのが巣ごもりに失敗したヒグマ=シャトゥーン。350キロ超の肉体を持つこのヒグマという生物の圧倒的な膂力、そして賢さについてまずは登場人物の口を借りて丁寧に読者に説明。はっきりって地球最強の生物で無かろうか。。50メートルは3秒で駆け抜け、なんなく木をのぼり、極寒の冬の河川も厚い毛皮でなんなく泳ぐ。爪は15センチの長さで各々がナイフのよう。火を恐れず、散弾銃程度ではほぼダメージは与えられず、心臓を撃たれても、頭を撃たれても(脳に損傷が無い限りは)うごきつづけるというからこれは最早化け物だ。(確か最強はシロクマだという話をどこかでよんだきもする。)現実に熊とライオン、ヒョウを戦わせても圧倒的に熊が勝つらしい。パンチ一つで首が取れるらしいよ。おっかない。さてそれだけで恐ろしいのだが、この本で書かれているのはヒグマの底意地の悪さである。賢さの裏返しでもあるのだが、とにかく獲物に執着する性質があるとのこと。たとえば登山者のバッグでもそうだし、死体に異常な執着を持ちそれを奪われると執拗に追ってくる。この設定が助けのこない森に閉じ込められた主人公たちにとって最大の恐怖になる。私は実家で猫を飼っているから分かるけど、人間の断りというのは本当に他の生き物には通じないものだ。可愛がっていた虎に食い殺された人だっているだろう。言葉が通じない恐怖、それはある意味厳しい自然の掟だが、ここにヒグマの狡猾さと言う悪意が加わってくるとそれ以上の恐怖が追加される。人間の弱さというのがこれでもかというくらい描写される。はっきりいって武器を持たない(持っていてもほぼ役に立たないんだけど)人間はまったくヒグマに歯が立たないので、ひたすら逃げるだけになるわけでそういう意味ではカタルシスの無い非常に暗澹とした小説。
前述の食べられる描写に富んでいて生きながら顔を食べられたり、腕も喰いちぎられたりと描写を挙げるときりがない。痛々し過ぎて無惨である。
吉村昭さんの「羆嵐」にくらべると肉薄する様な(ある意味では露悪的と言っても良いだろう)描写と映画的な構成でエンタメ感は勝っていると思う。スピーディーな展開の中にも人間の文明批判をくどくならない程度に混ぜてあるのも効果的。
あえていうと過酷な環境なのに無線や抗生物質などの医薬品が無いのと(勿論無線があったら面白くないので、あるんだけど壊れたのにすれば良いのにな、と思った。)、中盤何を脱した主人公がなぜ目的地をあきらめて小屋に帰ったのかはちょっと首を傾げたところもあったかな。
北海道に憧れがあったんだけど、美しいだけでなく危険をはらむのが自然だな…と考えさせられた一冊。痛いの大丈夫な人は是非どうぞ。

エドワード・ファーマン&バリー・マルツバーグ編/究極のSF 13の回答

由緒ある出版社を経営し編集も手がけるエドワード・ファーマンと自身作家として活躍するバリー・マルツバーグの手によるSFアンソロジー。
「究極の」と付けるとそれはもう完成してしまって後の発展がなさそうな気もするなあ、と思っていたのだがさすがにこの面子は読むしか無いなと思って購入。
原題は「Final Stage」だからちょっと邦題とはニュアンスが違いますね。1974年に出版されたこの本にはまさにSF界の巨匠がその名を連ねている。例えばアシモフ、オールディス、ディック、エリスン、ティプトリーJr.と。このジャンルを少しかじった私でもお〜とうなる様な歴々たる作家陣である。原題「ファイナルステージ」というのも意味があって、だいたいSFというジャンルは十分に成熟し、その想像力というのはだいたいジャンルの限界までいききりました、そういった意味で終着点。もちろんこれが終わりではなく、同じテーマでもどんどんこれからSFは発展していくよ。ただここで原点に立ち返って、つまりこれがSFだ!という要素を抜き出しそれをテーマに小説を集める、こういうアンソロジーを作ろう!というのが編集したお二人の意図なのであります。
このアンソロジーすごい事があって、それはそのSFを象徴する様なテーマを12個選び(なかでも「未来のセックス」というテーマは2人の作家が書いているので、12のテーマで13個の小説が入っているというわけ。)、そのテーマで持って作家に全く新しい物語を書いてもらっているのだ。普通のアンソロジーというと既存の小説群を作家やジャンル、国家時代などの特定の共通するテーマでもってまとめあげるのが多いのだろうが、この本は逆。テーマがあってそれを生み出す事から始めたのだ。贅沢。それでいてこの面子、この編集した二人というのがいかにSF業界で人望のある人かというのが想像できるね。
12のテーマというのは「ファースト・コンタクト」、「宇宙探検」、「不死」、「イナー・スペース」、「ロボット・アンドロイド」、「不思議な子供たち」、「未来のセックス」、「スペース・オペラ」、「もうひとつの宇宙」、「コントロールされない機械」、「ホロコーストの後」、「タイム・トラベル」。なるほどSFというジャンルの骨格をなす要素がぎゅっと濃縮して集められているのが分かる。

個人的には何と言っても楽しめたのはロバート・シルヴァーバーグの「旅」という作品。
これは多次元宇宙を自由に移動できる男の遍歴のおはなし。彼は逃避ではなく探求のために色々な世界をジャンプして旅行する。原題の地球と少し違っているだけの世界、枢軸国が勝利した世界、崩れた死体がさまよい歩く世界、地球自体がない無の世界、様々な世界を渡り歩いていく男。本人は否定するだろうが別れた奥さんに未練があって完璧な彼女(離婚する前の彼女か)を求める男、新世界につくと常に彼女を探してしまう。良くにた世界での彼女との邂逅そして拒絶、この物語は絶対的な孤独を表現している。広大無辺な宇宙空間をさまよう話も確かに孤独の極北に違いないが、知らない人しかいない、しかも自分が生まれたのではない世界というのはもう一つの究極の孤独では無かろうか。そこでは言葉が通じても彼らが言っている事は本質的に理解できないのだ。彼はどんな世界にもジャンプできるが、到着地点を選ぶ事は出来ない。宇宙は無限に存在する。永遠にエイリアン。前進。センチメンタルが入り込まない平明な文体が孤独を突き放したように書く。最高だ。
SFにでてくる様々なガジェットは隠喩だというが、巨大な舞台装置を使って作り上げた物語、効率悪いけどそれくらいしないと到達できない感情というのがあるのかもしれない。そういった意味ではSFはまさしくロケットだ。
タイトルがハードルを挙げている気がするが、中身は非常に真面目で真っ当なアンソロジー。SFが好きな人は是非どうぞ。

2015年10月25日日曜日

Bongzilla/Nuggets

アメリカはウィスコンシン州マディソンのストーナーロック/スラッジメタルバンドのコンピレーションアルバム。
2007年にBarbarian Recordsからリリースされた。
前々から気になっていたバンドだったのでCDが売っているタイミングで買ってみた。
バンドは1995年結成された。恐らくBongとGodzillaを組み合わせたバンド名で、Bongとは水キセルのことをさす。しばしばマリファナをすうのに用いられるようだ。というかこのジャケットを見れば分かるが要するにマリファナすいまくりバンドってことなんだ。同系とうだとElectric Wizardが思い浮かぶが、あちらはまだラブクラフトだったりメタル特有の悪趣味さにその悪癖をぼやかすたしなみを持っていたのに対し、Bongzillaというのはマリファナ大好き感を隠す事無くむしろひけらかしている。インナーからCDのプリントまで真緑一色で、メンバーがBongを加えている写真も印象的である。その下にはBongzillaはマリファナに感謝するぜ、と書いてある。酷い。

さてストーナーというとなんとなくQOTSTAを思い浮かべてしまう私は明らかにこのジャンルの初心者である。(QOTSTAのフロントマンであるジョシュは自分たちがストーナーと呼ばれる事を嫌うのは良く聞いた話。)でもなんとなくちょっと楽しい感じがするロックンロールかな?と思っていたのだが、これが全然違って驚いた。超絶スラッジなんだもの。FBにも自分たちはストーナーロック/メタルと書いているけど、これはたぶん、というか絶対ストーンしているという意味で使っているのであって、音楽的には凶悪なスラッジである。
Eyehategodをもっと煙たくした感じで、煙の向こうからとてつもない激音が迫ってくる様な感じ。フィードバックノイズが縦横無尽に駆け巡り、エフェクトのかかったボーカルは悪意の塊だ。劣悪な音質でサンプリングしたSEも挟み込まれ地獄感を増している。弦楽器陣は中音域から低音域に特化した激音で曲間の放心した様なアンビエントパートが印象に残る。
中々の強烈さなんだが、意外に聴きやすいことに気がつく。例えばGrief(Griefとはスプリット音源もあったようだ)なんかのようなじわじわこちららが殺される様なトーチャー感は無い。とてもフレンドリーとは言えないのだが、完成された音楽は気持ちのよいものだ。まず印象的なのはドラムの音。その抜けの良さ。例えばここをべっとりとした重いメタル調にしたらそれこそ救いが無いのだろうが、一撃が重い乾いた音の乱打は非常に小気味よい。バスとスネアは乾いているがタムがたぶん唯一湿った音なのでそれのロールが映えてくる。馬鹿テクではないにしても手数が多くてドラムだけ聴いていてもきっと気持ちよいと思う。(特に12曲めとかは疾走感あってすごいよい。)
もう一つはリフのグルーヴィさ。Eyehategodもそうだが、リフだけ分解すればカッコいいビンテージ感すら漂うロック調のもので、抉じるように後ろに伸びる(チョーキング?)リフだったり、ブリッジミュートを使わないリフだったり、跳ねる様なドラムのリズムと合わさるとどちらかというと体が自然に動くような気持ちの良さ。
なるほど本人たちがストーナーを自称するのもよくよく聴いていると頷けるのが面白い。ただ逆にいえば気持ちのよい音楽をよくもまあここまで苛烈なもに仕上げて来たな、とも思う。あえて露悪趣味に走る様ないたずら心が何となく垣間見えてくる。

というわけで激しくも楽しい音楽でフルアルバムも気になるところ。煙たい感じに圧倒されるが一度入門すると楽しい事請け合い。ちなみにしらふでも楽しめると思います。


2015年10月24日土曜日

マイクル・コーニイ/ハローサマー、グッドバイ

イギリス生まれカナダ国籍の作家によるSF小説。
評判が良いのとAmazonにお勧めされるので気になっていたものの恋愛小説らしいということで敬遠していたのだが、何となく買ってみた。
作者のマイクル・コーニイはホテルやパブを経営したり、森林局に勤めたりと面白い経歴を持った作家で、いわゆるアウトドア大好きな人だったらしくそこが小説の細部をとても瑞々しいものにしている。

地球とは異なる惑星。冬はとてつもなく厳しい寒さに襲われる。星には二つの大国が存在しているが今は戦争している。政府高官を父に持つドローヴは夏の休暇を過ごすために温暖な港町に家族で出かける。そこで前年心を通わせた思い出の少女ブラウンアイズと再会。心躍らせるドローヴの前には明るい未来が広がっているかのように見えたが、戦争が次第にその影を落としていく。

恋愛小説であると同時に青春小説でもある。なんせ異世界が舞台であるから主人公たちも人間ではない(人間の形して心の動きも似ているよと作者からの注釈が物語の一番最初にある)のではっきり言えないがまあ中学生くらい?かなという年頃だと思う。
Amazonなんかでも評判が高いし、新訳もされたということで人気の作品なのだろうが、なかなか最初の方は読み進めるのが大変だった。というのも主人公ドローヴにちっとも感情移入が出来ないもんで。こいつは反抗期なのか政府高官の父とそれに追従する母親にとにかく敵対心を持っている。勿論この性格は思春期の少年というキャラクターを形成するにあたって意識的に作者が付与したものだと言う事は分かるのだが、かといって中々こいつのかたりについていくのは私には難しかった。年端が行かない特権階級のボンボンのガキでそれが恋愛するってもんだから、自分が嫉妬しているのか?と思ったのだがそうでもない。反抗的な態度、鋭い洞察力なんかは別にどうでも良くてようするにどうも自信満々なその態度が気に入らなかったようだ。むむむ〜と思っているとしかし戦争が不穏な影を少年の輝かしい人生に影を投げかけてくる訳で、こうするとこの少年もようやっと成長しなければならない訳で、そこらへんからは(生れたってのもありそうだが)楽しく読む事が出来た。とはいえどちらかというと父親の方のか保ってしまいがちな私。だって(恐らく早田と思うのだが)世襲制でもないのに政府高官にまで上り詰め、なるほど高圧的で支配的ではあるものの、家族を愛している故の主人公への接し方である(それがあまりよろしくない形で発言しているのはわかる)ことは結構分かりやすいもんで、そこら辺は少年の方も歩み寄れば良いのになと思ってしまう。
少年と戦争という物語の大筋があって、最後まで主人公が子供扱いされるのは戦争の不条理さを書き表していてとても良い。常に傍観者である、というところか。知恵はたつし、行動力もある、結構上手くできるのに戦争という大局に影響を与えることはかなわないという無力感が、恋愛にも影響を与えまさに苦い感じである。また恋愛小説、青春小説であると同時に一流のSF小説である、というところは主人公云々をぬきにしても流石と唸らざるを得ない。面白い。そして良く出来ている。
同じ少年が主人公のSFというとパオロ・バチガルピのヤングアダルト小説「シップブレイカー」の主人公は素直に応援したくなったものなのだが。彼が苦労人のせいだろうか。なんとなく批判的になってしまったが、物語がシリアスになる中盤以降とそこに絡んでくるSF要素で持って結構楽しめたのでした。続編も出版されているので読んでみようかな。調べたら表紙がスゲーんだが
青春小説〜?と思っているSFファンは読んでみると良いと思います。

スーザン・ヒル/黒衣の女 ある亡霊の物語

イギリスの女性作家によるホラー小説。
原題は「The Woman in Black」で1983年に発表された。
私が買ったのは新装版で帯には日本での演劇のお知らせがついている。本国でも長く演劇が上映されたり、ダニエル・ラドクリフ主演で最近映画化されたりと中々色んな国で愛されている物語らしい。まさにイギリスらしい正統な派ホラーなんだが、言っても発表は1983年だから古典ってほどでもない。

もう孫にいる年齢にさしかかっている弁護士アーサー・キップスは優しい家族に囲まれていて幸福だった。しかし彼には愛する家族にも言えないある秘密を抱えていた。イギリスの田舎町でアーサー自身が遭遇したある館とそこにまつわる奇怪な体験はアーサーの心身に深い傷を残し、完全に過去の出来事になった今でもつきものが落ちた気はしない。アーサーは自身の体験を文章にする事にした。彼があったある女の幽霊についての…

イギリスと言えばホラー、それもしっとりとした幽霊譚。アメリカ式のスプラッターホラーやお化け屋敷的なビックリどんでん返しとは明らかに一線を画す、日本の幽霊譚にも通じる静謐でしっとりしていて、それでいてその根底には人の恨みつらみがこってりと閉じ込められている恐怖譚である。これはまさにその王道を行く様な物語。
若くて健康で科学の信奉者で自信にあふれた才気ある男性が、田舎町の曰く付きの館で優麗に遭遇するという筋。これでもかというくらいのこってりさだが、この本を読んで王道というのはやはり良いなと思う。そして恐ろしい。お約束かよ〜という人にこそ是非読んでいただきたい。はっきりいって超怖いのだ。
この物語は満潮時には人が通えないほど孤立した、ほとんど湿地帯で覆われた離れ小島にぽつんと立つ人っ子一人いない洋館が舞台なのだ。これがまず良い。周りには何も遮るものが無く、空はどこまでも抜けるように青い。主人公もそうだがその風光明媚な景色の描写には思わず心が躍る。それが一点夜になると、また昼までもにわかに空が曇り始め、霧が忍び込んでくる。そう、この物語には霧が出てくる。怪異は霧とともにやってくる。湿った霧が音も無く忍び寄ってくる。霧自体はもやっとした水蒸気にすぎないのに、払っても払いきれないそれはこの物語の恐怖を凝縮した様な存在だ。霧が立ちこめる、超常的な”現象”が主人公の眼前に現れる。開かずの部屋から漏れてくる怪しい物音。そとでは馬車が底なし沼に落ち込みポニーの嘶きと沼に引き込まれる子供の断末魔の絶叫が聴こえる。それも何回も繰り返し繰り返し。憔悴しきった主人公の前に満を持して”それ”が現れる。この恐ろしい事。まずは静謐さ、安定があってそこに不気味が入り込んで来て次第にその存在感を増していく。幽霊とはなるほどこちらを驚かす存在なのだ。しかしその知恵といった巧みな訳で、せいぜい幻覚を見させるとかその類いである。気を確かに持てば大の大人が惑わされるものでもないのかもしれない。しかし舞台装置と幽霊の悪意がまさに一流の知略でもって主人公と読者を追い込んでいく。これが恐ろしい。
またしっかりとしたミステリー要素も物語に織り込まれており、幽霊と対峙する主人公は次第に彼女の悪意の由来に近づいていく。ここら辺は大変面白い。長編と言ってもそこまで長くない物語だから、恐怖とそれに相対する主人公の戦いがぎゅっと詰まって、簡潔な言葉で書かれている。余計な出し惜しみは一切無くさっと読める。
極め付きの幽霊の恐ろしさは是非一読して味わっていただく事をお勧めする。原題の主人公が過去を回想する形式だが、ある程度予測は出来るのだけどかといってその恐ろしさが減じられる事は一切無い。むしろ約束された不幸と恐怖に落ち込んでいく物語の緊張感と言ったらないだろう。嘆息とともに本を閉じるだろう。それはやるせない重いとそしてもしかしたらほんの少しの安心感かもしれない。つまり訳された恐怖がついにここで結末を迎えた事に対しての。
という事でものすごーーーーく楽しく読めた。ホラー万歳である。一流の恐怖を味わいたいのなら是非どうぞ。とってもオススメ本です。

2015年10月19日月曜日

ジョン・クロウリー/古代の遺物

アメリカの作家による短編集。
ジョン・クロウリーは「エンジン・サマー」という長編しか読んだ事が無い。これは所謂一周した後の(既存の文明が一回滅びさった跡地から別の文明が発生しつつある)地球を舞台にしたSF小説である。ひとりの少年(彼が私たちと同じ人間なのかは定かではない)が微妙に過去の文明をにおわせるガジェットが散見される不思議な、私たちの見知らぬ地球を旅するという内容で、これがもう、本当にもう素晴らしいのである。この一冊が私の人生をいかに豊かにしたのかとても言葉にできないくらいである。この一冊だけで私はもうこの本を書いたジョン・クロウリーという人が好きになってしまったのである。ところがこの作家というのは日本にはほぼ紹介されていない様な人で、この本が出るまではもう世界幻想文学大賞を獲得した「リトル・ビッグ」という本と短編集が一冊翻訳・出版されているだけである。こちらは両方もう絶版状態(今見たら何と「エンジン・サマー」も絶版で私としては憤懣やるかたない気持ちでいっぱいである!!)。
というわけでこの本がでて大変嬉しいのです。(買ってから読むまでですごい時間がかかってしまったのだが)。後書きによるとこの本は日本オリジナルの短編集という事。(版元に感謝。)

ジョン・クロウリーという人は前述の「エンジン・サマー」でもそうだったが、SFと幻想文学の垣根無く物語を書く人であると思う。(「リトル・ビッグ」は幻想味が強いのかな?是非読みたいんだが。)SF的なガジェットは出てくるもののそれの説明は非常にあっさりしていて、本当に”不思議さ”を演出するためにそれらの小道具や時代(または世界)の設定にSFを用いているという印象。何かの寓意が込められているというよりは不思議や幻想、謎そのものを書く事を探求しているように私には思える。だからそのもの語りというのは独特の雰囲気と読後感があって、それがこの短編集でも遺憾なく発揮されている。
先鋭的なSFと違ってどの物語も常に登場人物を丁寧に描写し、その内面の感情の動きにフォーカスが当てられている。それらが豊かにしかし簡素で平明な言葉よって紡がれている。ようするに感情的だが、押し売りしている様な強引さは皆無である。このバランスは非常に難しい。いわば感情的だが感情的ではないのだ。(感情にしぼっているのに、感情過多ではないという意味で)思うに感情が最終的に登場人物の行動に表れているから、それが結実するのが文字でなくて、読み手の頭の中だからだと思う。ほんの書き方は様々だが私はこういう書き方が好きだ。(あくまでも個人の好みだと思うけど)

さてこの短編集全部で12の短編が収録されており、どれも素晴らしいものだったが個人的には「消えた」(原題「Gone」)があまりに素晴らしく、このわずか30ページたらずの短い物語だけでもこの本を買う価値が十二分にあったと思う。これは何かというと一人の女性、離婚していて子供がいる普通の女性がとある決心をする、というだけの話なのに何故こんなにも胸を打つのか分からない。この物語には世界支配を狙っていると人間が勝手に思っている異星人の作ったロボット(彼らは人間の言う事ならたいてい何でもやってくれるけど主に皿洗いとか芝刈りとか、人殺しとかは駄目。見た目もあってドラえもんが思い浮かぶ)が出てくる。彼らが謎の存在で、実際それが人類、そして主人公に与えた影響もあるような?という様な書かれ方なのだが、私は思うに彼らは何もしていないかもしれない。謎めいたメッセージを通して人間が何かに気づいたというだけの事かもしれない。(「幼年期の終わり」のオーバーロードをもっと柔らかくした感じ。)そういった意味ではもの凄く前向きな物語だ。
”それは大きくて神聖なものを、今か今かと待ち続けたあげく、自分たちが手にするのは、長い長い、ひょっとしたら一生よりも長い時間の待機と頭上のむなしい空だけ言う事に気づいたものたちの宗教だった。”
なんとなくConvergeの名盤「Petitioning the Empty Sky」を連想とさせる。
”ああ、なんてきれいなんだろう。なぜだか、わたしはここに属していないと決断する前よりも美しく見える。たぶんその頃は、ここに属そうとするのに忙しくて、それに気づかなかったんだろう。
以降、愛はすべて順調。でも、以降っていつからはじまるの?いつ?”
これは誰しも思っている事かもしれない。

素晴らしい短編でした。何とも言えない物悲しい感じ。謎が明らかにされないまま屋根裏部屋の日のあたる棚の中でほっておかれる様な感じ。他の本は古本で買うしかないかもしれない。

Dr.Breaker/Meede Cossaello

日本は出雲の国(島根)のハードコアパンクバンドの2ndアルバム。
2015年に広島のBlood Sucker Recordsからリリースされた。
たまたま動画でこのアルバム収録の楽曲を目にしたのが切っ掛けで購入してみた。9年前に1stアルバムがリリース。メンバーチェンジを経ての久方ぶりの音源との事。
変わったタイトルは帯によると「破壊と創世」という意味との事。
ハードコアパンクに和楽器と和音階を大胆に取り入れた神楽ハードコアと称される独特のスタイルを構築したバンド。バンドメンバーはギター、ベース、ドラムという通常のバンドスタイルに篠笛(日本由来の横笛)、締太鼓、破壊屋太鼓(カスタマイズした和太鼓だろうか)、チャッパ(金属製の打楽器)、チントン太鼓を加えたもの。
スラッジメタルにメタルパーカッションと和音階を取り入れた同じく日本は大阪のBirushanahが大好きな私としては俄然興味が出てくるバンドである。
前述の通り、太鼓を始めとする打楽器の布陣が分厚いため、音楽的にもハードコアを基調としながらももの凄くパーカッシブ、つまり直感的で肉感的な独特の音楽にし上がっている。

熱い心情を日本語歌詞に込めて吐き捨てるように歌うストレートなハードコアスピリット。反戦!と声高に歌い、常に現状以上の前身を鼓舞する様な歌詞はひたすら熱い。その熱く硬質さに篠笛が軽やかに、間断なく前向きなメロディをのせると、なんと不思議一気に祭り囃子感が出てくる。あれれ?と思うと和太鼓のリズムがどんどんどんどんと響いてくる。これは…楽しい!もはや卑怯じゃない?って位日本人ならたぎってくる。あの、子供の頃の近所の神社の夏祭りなんだもん。これは踊れる。ハードコアで男臭いコーラスワークも”熱さ”を倍加させていく。汗を振り飛ばしながらそれでも踊らずにはいられない祭り囃子ハードコア。
打楽器にしても、ドラムの洗練されたソリッドな音色に加え、和太鼓の熱く暖かみのあるおおらかな低音、チャッパとチントン太鼓の細かくキンキンした跳ね回る様な高音と音の種類が圧倒的に豊富である。様々な音が複雑にしかしお互いに邪魔する事無く、曲間にぎゅっと詰まっている。そこに伸びやかなベースが乗る。リズムに調子が出てくる。ギターの音は粒子が粗いパンクな音で厚みはあるものの、繊細で暖かみのある和楽器の音を殺さない程度にとどめられている。疾走感のあるフレーズから、こまくちぎった様なパーカッシブなリフまで引き分けがキッチリしている。そんな無骨な屋台骨(相当がっしりしている。まさに丁寧に組まれた櫓のように。)に、篠笛が乗ってくる。これが結構すごくてですね。まずお祭り感というのがすごい。この音を聞いただけでワクワクして来てしまう。かと思えば例えば6曲目のイントロなどは、独特の音の豊かさ(残響とはべつにふくよかさがある)、そしてすこし物悲しい様なソロが披露されている。楽しさ、そして物悲しさのなかにも強さとそして日本人の心を打つ郷愁というのがあってそれが、耳から入って胸に響いてくるようだ。歌から叫びの中間を行く様なボーカルも血が通っているし、熱いんだけど、それとは別枠でメロディを奏でるこの篠笛が常に攻撃的な曲にもう一つの次元を付与している。楽器の首里の豊富さを見れば通常プログレッシブになりそうなところ、直感的なところはそのままに豊かにしている実に点は見事としか。

踊れるハードコアというのは聴いた事無いフレーズではないけど、日本人が踊れるハードコアというと初めて聴いた。とにかく楽しい、そして熱い!日本人の胸を打つ祭り囃子ハードコア。こりゃーカッコいい。とってもオススメなので是非どうぞ!

2015年10月13日火曜日

Twolow/Glutamic Acid

日本は(恐らく)東京のヘヴィロックバンドの1stアルバムにして初音源。
2015年にDiskUnion配下のレーベルSecreta Tradesからリリースされた。
2014年に結成された3ピースのバンドでドラムはHellish Lifeなどで活躍する塚本さん、
ベースはポストハードコアバンドDetytusの亀井さん(偉そうに書いているが両方ともに聴いた事無いです。)、ギター/ボーカルはLongLegsLongArms Records(妖怪手長足長からとったのだと思う。お洒落。)というレーベルのオーナーの水谷さんというシーンでは名の知れた方々が結成したバンド。
不思議なバンド名Twolowは2+ロウ、つまり「二郎」。「ラーメン二郎」のことらしい。つくづく思うんだけどTwitterを見るとバンドマンとその周辺の人たちはラーメン好きな人が多くない?私も勿論ラーメン好きだけど、所謂二郎系のラーメンはたべたことない。ゆっくり食べているとすごい怒られるんだよね?私はとにかく食べるのが遅いので怖くてとても食べに行けない…話がそれたけどそんな中毒者が集って出来たのがこのバンドなんだな、タイトルを翻訳すると「グルタミン酸」でこれはいわゆる旨み調味料(にはいっている成分)のこと。二郎系ラーメンはこれをどばどばいれるそうだ。(調べたら二郎系ってすごい沢山あるんだな、全部がこうってわけじゃないんだろうけど。)

バンド名とタイトルにはそんな面白い由来があるんだけど音の方は待った無しの緊張感にあふれた殺気のある仕上がり。ジャケットのバンドロゴは実際に轍で出来たオブジェを撮影したものらしいが、結果的に良く中身を表現している。つまり無骨で重たく、シンプルで飾らない、まさにむき出しの荒々しい音楽。
ミドルテンポで歌が中心にある。かといって過剰にメロディアスな訳ではない。弦楽隊が出す音はほぼ低音に偏重しているので全体的に閉塞感のある暗めの雰囲気。ドラムは重々しくも回転していく様なリズムは破裂する様なタムのともあってシンプルなのに気持ちよい。ベースはガロンガロンした硬質な音でこれが転がるように良く動く。ギターはやや広がりのある重い音。リフはスラッシーっぽさもあるが、重々しくも間断なく弾いていくのはポストハードコア感もあり。曲間で荒廃した感のあるパートを挟んだりもして個人的に好印象。ただしあくまでもシンプルに。ボーカルは悪い雰囲気のあるやけっぱち感のある吐き捨てタイプ。
(冒頭のイントロはのぞいて)ノイズやバンド編成以外の音を入れる事、また曲をむやみに引き延ばす事(9分弱の曲が1曲あるが密度は濃い。)などの小細工は一切なし。三人で出す音を飾らずに表現している。どちらかというと内省的な雰囲気なのだが割と外に広がっていく様な間口の広さがあるので、閉塞感あって鬱々とした圧迫感はなし。もすこし前向きといったらアレだけど、進歩的な姿勢を感じる。ストイックさ。
ネットを見渡すと90年代のオルタナティブロック、グランジ、ノイズロック、モダンへヴィネスなどのジャンルが引き合いに出されている。バンド名になるとToday is the Day、TAD、Helmetなど(後半二つは音源持っていない、特にTADは初めて知った)。個人的にはなんとなくAlice in Chainsにもちょっとだけ似ているかな?と思った。面白いのは前述の様々な音楽的なバックグラウンドを感じさせつつも、それらを飲み込んで自分たちなりの新しさを追求しているところ。周りを見回してもなかなか現行のこれっぽいというのはない。ジャンル的にも何かでくくるのはちょっと難しい。(私の知識の問題もあると思うけど。)

ヘヴィロックというとニューメタルの日本なりの呼び方だったと思うけど、ちょっとそのさすところが変わるとなるほどこのバンドにはしっくり来る。90年代ドンピシャ!な方は絶対感じるところがあると思う。骨太なロックを聴きたい人は是非どうぞ。オススメ。

2015年10月12日月曜日

Teenage Time Killers/Greatest Hits Vol.1

アメリカはカリフォルニア州ロサンゼルスのグループの1stアルバム。
2015年にRise Recordsからリリースされた。
いわゆるスーパーグループでその筋で有名なミュージシャンたちが集まってできたプロジェクト。中心人物はMy RuinのギタリストMick MurphyとCorrosion of ConformityのドラマーReed Mullin(私はどちらのバンドも音源を持っていない、恥ずかしながら)。このプロジェクトでは曲によってボーカルを始め他のパートでも参加している人がバラバラ。だから人数も偉い事になる。Dave Grohl、SlipknotのCorey Taylor、EyehategodのMike Ⅸ Williams、Sun O)))のGreg Anderson、Dead KennedysのJello Biafra、他にもBlack FlagやProng、Blink-182だったりとひとりずつ挙げるときりがない位。FBのカバー写真を見ていただければその人数の多さと豪華さに驚くと思う。
Kill Timeで暇つぶしだが、Time Killerで「娯楽」という意味があるようで、とすると10代の娯楽というバンド名は何とも不思議だ。昔からの仲間と遊び心満載で作ったよ、という事かもしれない。しかし中身は大御所の娯楽というにはあまりに素晴らしい出来になっている。
なんせ参加しているメンバーもメタル、ハードコアのサブジャンルからと多岐にわたるので中々形容が難しいが、全体的にはごった煮感のある荒々しくほこりっぽいハードコアロックンロールともいうべき音楽でまとめられている。曲はほぼほぼ疾走感のある中速から高速で、だいたい2分台くらいでコンパクトにまとめられている。ざらっとしたラフな感じが持ち味で、攻撃性や毒気がパンキッシュな感じで表れている。ストーナーらしいほこりっぽさもあり。演奏はぶっとい轟音なので迫力がある。何も考えずに楽しめる音楽。ただ荒々しいものの乾いた陽気さがあって陰惨さや陰鬱さとは無縁なスタイルで耳に優しい。
最大の魅力は曲毎に変わるボーカルでやはりバンドの顔という訳で全20曲が矢継ぎ早で繰り出されるのは楽しい。Jello Biafraの跳ねる様なリズムの怪しさ、Mike Ⅸ Williamsの完全に向こう側の吐き出しスクリーム、Trenton Rogersのなぜだか癖になるしゃがれ声。
ボーカルが多彩な反面、ほぼほぼドラムを叩いているのがReed Mullinだからか意外にもとっ散らかっていないし、メンバーのメインバンドを考えるとエクストリームになりすぎていないから、好き勝手やっているようで実はきちんと芯が通っている。首謀者の2人は人望も厚く、流石の手腕で見事にプロジェクトの舵を取っているのだと思う。

このアルバムにも参加しているDave GrohlのプロジェクトProbotにコンセプトや音楽的な背景が似通っているところがある。くだくだしく説明するより聴いてもらった方が速いと思う。下手なコンピレーションを買うくらいならこのアルバムを買った方が良いかもしれない。豪華な面子という以上に曲が良いので。オススメ。早くも第二弾に期待。
個人的にはMike Ⅸ Williams参加のこの曲がひたすらカッコいい。ガロガロしたベースはNick Oliveri!


2015年10月11日日曜日

デニス・ルヘイン/ザ・ドロップ

アメリカはマサチューセッツ州ボストンの作家によるハードボイルド小説。
タイトルの「ザ・ドロップ」というのは汚い金の中継地という意味。

寡黙な男ボブはいとこのマーヴのバーでバーテンダーとして働いている。体躯は良いものの人と関わるのが苦手なボブは多くの人には優しいけど鈍くてぱっとしない男だと思われている。ボブ本人も自分の冴えない人生を憂鬱に思っているが、なにも手に入らないものだと思う事であきらめようとしている。そんなある日仕事の帰りにゴミ箱に捨てられた子犬を発見するボブ。要領の悪い彼は犬を捨てる事も出来ず、成り行きで飼う事に。犬の守護聖人からロッコと名付けた犬とそしてロッコを通してであったナディアにより、ボブの生活は少しずつ豊かになってくる。だがマーヴの店に強盗がはいり、またロッコの飼い主というチンピラが現れボブの生活に暗雲が立ちこめる…

翻訳した加賀山卓朗さんによる解説によると面白い由来のある物語で、始め簡単な短編があり、それをマッドマックスのトム・ハーディ主演で映画化。(日本では未公開のようだ。)その映画を元に(細部で異なる点もあるとの事)さらに長く書き直したのがこの小説。
探偵もののパトリックとアンジーシリーズ、ギャングものの「夜に生きる」、映画化もされた「ミスティック・リバー」などで”黒い”社会を書いてきたデニス・ルヘイン。今回は少し趣が異なる。というもの主人公ボブは場末(治安が悪い地帯、実際かつてマーヴのものだったバーはチェチェン人マフィアに乗っ取られている)のバーのバーテンで生計を立てている。恋人は勿論友達すらいない。真面目で優しい性格で頭は悪くないのに要領が悪くてみんなからは薄のろだと思われている。前半のボブと彼の生活の描写はとにかく灰色一色で、生きているのに全く楽しみのない生活が後ろにもそして前にもずっと横たわっていて、私(ボブのように真面目で優しくもないし頭も悪いのだが)の様な冴えない男にはもう読んでて切なくなってくる。犬を通して社会に再度馴染もうとするボブ。さすがはルヘインというべきかチンピラ、強盗、マフィアと不穏なアウトサイダーたちを生々しい描写で書き出し、物語を黒く塗りつぶしていく。「夜に生きる」などに比べれば規模の小さい話ではあるがその分悪意の嫌らしさが生々しい。教会に通い続けるボブを通して、罪というのは許されるのか否か、そして許されるとしたらそれは神によるのか、人によるのか、というのが一つのテーマになっているようだ。そんな中ボブが最後に下す決断というのは実際は切れ者のボブが次第に意図的に(読者の目からも)隠していたその本質を(別に騙している訳ではないから本性ではない)あらわにしていく様は、これまたカッコいいのである。

という訳で非常にオススメの一冊。とくに友達もいないよ…という冴えない男性諸氏は胸が締め付けられる事間違い無しなので是非どうぞ。
ルヘイン(レヘイン)の本で邦訳されているものはだいたい読んでいると思う。後「コーパスへの道」というのがあるんだけどこれは絶版になっている。どうにかして読みたいものだ。(電子はあるんだけど紙で読みたいんすよね。)

J.L.ボルヘス/伝奇集

アルゼンチンの作家ボルヘスの短編集。
購入したのは大分前だったのだが(調べたら6年前だった)、当時は最初の短編をほんの少し読み進めただけで???と訳分からなくなってしまってそのままそっと閉じて本棚の肥やしにしてしまったのです。(貧乏性な私には珍しい。)
この間もっかいチャレンジするかと別の本その名も「砂の本」を読んだらとても面白かったので、そろそろ良かろうという事で本棚の中から探し出して再読。今度は楽しく読めた。
どうもボルヘスというのは小説だと長編を一度も書かなかったらしい。この本もそんな彼の短編が収められている。処女短編集という事で1944年に発表されたもの。「八岐の園」(1941年発表)と「工匠集」(1944年発表)という二つの短編集をくっつけたものだと思う。

多分に言い訳じみているが何故(少なくとも私にとって)この本が取っ付きにくいのかという事を自分なりに考えてみるに、大抵の娯楽小説というのは事件があってそれに沿って書かれている。例えば密室で人が殺されて時系列純にそれを解決したり、異星人がせめて来るので時系列純にそれを撃退したり、ある親子が終わった世界をあてど無く旅をしているのを時系列純に描写したりと、まあ事件というと十分ではないのだけど、時間に沿ってある人物(たち)や場所(空間)にフォーカスを当てて描写していく。ところがボルヘスはこの短編集初っ端から架空の国(または世界)についての謎について書いていく。これも”私”がその謎に出会う所から始まっているので、上記の様な小説の流れをとっているものの、”私”を通して架空の国の概念(分かりやすく言うと図鑑の説明みたいな)に分け入っていく事になる。こうなると誰がどうしたか、という事ではなくてもっと観念論みたいになってくるから私の様な俗人には大きすぎる(もしくはもっと小さすぎる)という意味でとっても難しいのである。しかも大真面目な文体で進められるものだから、むむとなってしまう。前衛的だがシュールではなくてくそ真面目だ、つまり架空の図鑑を紡いでいくのがボルヘスであって、これは彼の図鑑である。だから小説をよむぜという6年前の私はおどろいたのだ。ちょっとテンションを変えて読めば普通に楽しめる。不思議というのは概念だから必ずしも筋を必要にしないのだという点では発見かもしれない。(事象賢い人たちの高尚な小説というのではないと思う。(その証拠に馬鹿な私でもとりあえず読む事は出来る。ボルヘスの真意を組めているかは謎だ。(開き直るようだがなにかの芸術に触れる時作者の意図なんて知った事かとも思う。)))
さてそんな感じでボルヘスの架空の概念を取り扱った図鑑が最後まで続くのかという塗装ではなく。特に後半ではちゃんと今風の物語の体を取った小説が姿を現してくる。なかにはある連続殺人に立ち向かう異色の警察官の物語も出てくる。(「死とコンパス」)これなんかは要するに完全なミステリーだ。「刀の形」、「隠れた奇跡」などはなんとも暗い味わいのある私たちのいる現実に立脚し、さらに空想のスパイスを(後者には幻想のスパイスも)隠し味に加えた何とも味わいのあるフィクションである。こっちを頭に持ってくれればな、と思うけどこれは日本オリジナルのアンソロジーという事でもないからそれは仕様がない。もし私にように買ったものの挫折している方がいたら前述のいくつかの短編を再度試される事をお勧めしたい。
広大な空間に無限に6画で区切られた図書室が無限に連続して存在する「バベルの図書館」。山尾悠子の短編でも言及されていて気になっていたけど、この果てのなさには実際頭がくらくらするようで大変面白い。想像力の極地だ。ボルヘスの物語は寓話っぽいのにそれの意図するところを読み取るのが大変難しく、そんな分かりやすい回答は無いのかもしれないと思った。つまり物語のための物語である。
大変面白かった。買って良かったな。読み終えるのに何と6年もかかってしまったが。