2015年5月23日土曜日

ロバート・ジャクソン・ベネット/カンパニー・マン

アメリカの作家によるミステリー小説。
アメリカ探偵錯覚ら無精ペイパーバック賞とフィリップ・K・ディック章特別賞を受賞した作品。なんか面白い受賞の組み合わせだなという事で買ってみた。

1919年アメリカ合衆国ワシントン州のイヴスデンは世界の中心になっていた。隆盛の原因はイヴスデンを本拠地にするマクノートン社。とても現代のものとは思えない科学技術を駆使した商業製品を制作・販売することで文字通り世界経済を牛耳っている。そんな世界企業マクノートン社の警備保安部に勤めるシリル・ヘイズはある特殊能力をもっていた。人間の近くにいることで、その人の心が声となって聴こえるのだ。その力を使ってマクノートンの裏の仕事に関わる彼はしかし重度の阿片中毒者でもあった。あるときマクノートン社と対立する労働組合に所属していたと思わしき男の死体が川からあがった。その死にざまから殺された事は間違いない。ここのところ連続する組合員の殺人事件の解決をヘイズは上層部から依頼されるのだが…

こうやってあらすじを書くと所謂探偵小説然としていて、急激な発展を遂げた猥雑な町を舞台にヤク中の探偵が動き回るというハードボイルドな雰囲気をもったミステリーという感じ。実際にその流れで問題ないのだが、舞台が1919年というそう遠くはないものの現代とは確実に隔たりがある過去の時代である事と、そこに明らかに異常な科学技術の要素が入り込む事でスチームパンク的なSF要素が追加されている面白いつくり。いわばハイブリッド小説。
不自然に発達した町は富裕層の住まう夢の様な町並みと、労働者が文字通り詰め込まれたスラムという二極にわかれ、華やかなセレブが夜な夜なパーティを催す一方、曲がりくねったくらい路地には浮浪者やヤクザもの、薬物中毒者があふれている。雨が多い土地と海の近くという事もあって常に霧に覆われている様な町で巨大な工場は煙を吐き、地下には縦横に掘られたトンネルを地下鉄が疾駆する、地上には高い塔が建造され、そこには巨大な飛行艇が絶え間なく発着している。そんな奇妙な町が舞台。文字通り不思議な町に読者は迷い込む事になる訳だ。
ある殺人事件をきっかけにイヴスデンをそして世界を牛耳る企業マクノートンの発展の裏にある真実が徐々に明らかになっていくという話の構成。

いわゆる最近流行の巨大な仕掛けものに属する小説なのだろうが、上下2冊の物語の作りがとても丁寧で勢いだけの大どんでん返しみたいなのはない。物語の中心が派手ではったり感満載のネタではなくて、あくまでも登場人物たちの動きに焦点をあてていることで結果真摯な探偵小説になっていると思う。物語は長いのだけど帯にある登場人物紹介は少なめ。脇役も出てくるけどあくまでも主人公たちに寄り添った進め方で臨場感で引き締まっている。(ただちょっと上巻の事件が動き始めるまでが長いかなと思った。これは町とヘイズの普通じゃなさを説明するためにどうしてもある程度の紙面が必要なので仕方ないかもだが。)殺人事件をとおしてバラバラだったなぞが段々収束していく様なイメージ。だからだいたい結末もある程度読めてくるだろうが、前述の通り謎解きメインではないというか、ある意味もしこうなったらどうだろうか?という歴史改変的な、思考実験要素が強く、最後まで面白く読める。
面白いのは冒頭はとにかく霧や小雨や煙でけぶる灰色の町であまり感情を表に出さない主人公が3人(ヘイズ、ヘイズの助手のサマンサ、ヘイズの友人で相棒の刑事ガーヴィー)が登場するのだけど、物語が進むに連れて自体が混乱してくると、対岸の火事が自分の問題になってくる。それは文字通りの意味だけど、それぞれ事件とは直接関係のない過去の出来事や思い入れが事件に直面する事でにじみだしてくる。3人とも感情的になり、表情が豊かになってくる。それが面白い。みな結構困った人間でまったく理論的ではないのだが、だからこそ人間臭い。特にヘイズはラストあたりでの外見と中身のギャップが面白い。異常な事態にどうしても目を奪われてしまうが、普遍的な人間の感情を書く事が作者の狙いの一つであるように思えてならないし、私はそういう小説が好きだ。楽しく読めた。

という訳でまたこういうのか、と思わず是非ご一読をお勧めする。

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