2015年6月28日日曜日

椎名誠/国境越え

日本の作家・椎名誠による写真連作小説集。
以前このブログでも紹介した椎名誠さんの「笑う風 ねむいくも」がとても良かった。この本は旅好きの作者が訪れた土地の風景や人物を撮った写真を配置してそれにまつわる紀行文を書くというスタイル。作者特有のユルさ、そして観察眼の鋭さが気に入って2冊目も読みたいなと手に取ったのがこの本。引き続き旅先で撮った写真が鍵になっているが、この本はエッセイではなくて小説になっている。つまりフィクションに転換している訳で少し趣が異なる。といっても基本的には作者本人の経験に大きく基づいているのだろうし(何と言ってもネタ元の写真を撮ったのが本人であるのだから)、SF形式ではなく、あくまでも架空の一般人が経験した”ありそうな話”という体裁を取っている。
この本には6つの物語が収められているが、やはり「笑う風 ねむいくも」とは少し趣が異なる。エッセイという形式上どうしても「こんなことがあったんだよ」と説明する文体になってくる。まあそこまで丁寧ではないにしても椎名さんの少し丁寧に書かれた日記を読んでいるような感覚だろうか。一方この本は小説の程を取っているから、常に主人公たちは旅のまっただ中で大抵日本の状況とはかけ離れた現場で厄介な問題に直面する事になっている。だから辛いし、楽しいし、苦しかったりする。変な話フィクションであるのに、何とも生々しさがあるのである。ここは作者の腕にもよるのだろうが、実地に自分の手足で行くというスタイルを地でいく作者はこの部分が圧倒的であると思う。

何と言っても表題作の「国境越え」が素晴らしく、これは撮影クルー(下請けの下請けの様なといっても日本人3人+現地のガイドの4人体制)が国境を越えたアンデス山脈を手配していた車がこなかったためまさに命がけでさまよう話。一歩間違えば命すら危うい危機的状況と作者特有のどこか抜けたユーモアに満ちた会話が同居したまさに危ない旅行小説。携帯電話も無いし、なんと地図も無い。食べ物も水も無い。コンビニどころか商店も無いから、判断を誤れば死ぬ。地平線いっぱい何も無い塩の浮いた道を延々と歩いていくのである。不思議なもので約束を反古にした男に対する怒りはくすぶっているものの、結構転換速く目的地に到達すべくてくてく歩き出す4人の男たち。歩いているだけでも人は色々考える訳だ。ご飯を調達する、ご飯を作るにしても面白さがある。(本人たちからしたら面白いどころではなかろうが…)
人の姿すらほとんどないアンデス山脈でもたまに出会う人々がいる。本当にただすれ違うだけ位の出会いが、非常に生々しい。キャラが経っているとかは別次元で、彼らは自分たちの膨大な時間を日常として活きている訳で、たまたま主人公たちとすれ違った故に主人公たちの(読み手が読む)物語日本の一瞬浮かび上がって来ただけなのだが、その背後にある膨大な時間が不思議と彼らの表情や仕草に刻まれているのだろう、読み手には何となく彼らの人間性が感じられるのだ。この一期一会感、たまらない。全然湿っぽくないのになんかこうたまらない趣がある。

今作も抜群に面白かった。言った事の無い世界中の辺境の景色がなんとなく思い浮かんでくるようで思わず「アンデス山脈」を検索してしまうくらい。
こんなところに言ったなんてすごいなあと思うが、ほんとは誰だっていけるのだ。そんな事を実感させてくれる小説。出不精の人こそどうぞ。

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