2015年7月25日土曜日

リチャード・モーガン/ブロークン・エンジェル

イギリスの作家によるSF小説。
以前紹介した「オルタード・カーボン」に続くタケシ・コヴァッチシリーズの第2弾。
言うまでもなく前作が大変面白かったので続くこの物語も購入した次第。
今作は文庫でなく専用のスリーブケースに入った2冊で一組の単行本形式。

27世紀、人類は今は姿を消した火星人の未だに全容が明らかではないの技術の一部の恩恵により、宇宙に進出。いまでは地球以外にも多数の星々をその版図としている。また人の意識は脳ではなくスタックと呼ばれる小さなメモリーに移され、それを換装可能な人工的人体スリーヴの首筋に埋め込むことで、ある種の不死性を獲得していた。
政府ではなく実質的に企業カルテルが支配する宇宙世界で、エンヴォイ・コーズと呼ばれる特殊部隊にかつて所属していた日系企業開発の星系出身のタケシ・コヴァッチ。今はサンクション星系第四惑星で政府側機甲部隊に所属し、同星の革命家ケンプ率いる反乱軍との苛烈な戦争の矢面に立っていた。ある日負傷したコヴァッチにシュナイダーというケンプ派の脱走兵がもうけ話をもってくる。曰く火星人のお宝を見つけたと。コヴァッチは怪しいもうけ話に乗る事にし、機甲部隊を逐電する。

前作「オルタード・カーボン」は地球を部隊にした派手なアクションシーン満載かつ哀愁のあるハードボイルドなSFだったが、今回は登場人物とハードボイルドさはそのままにやや趣を変え、失われた火星人の宇宙船を追うという冒険小説になっている。
つまり謎のお宝という、特に男子を魅了する目的がガッと一本物語を貫いている。未知の探求が主眼なんだが、面白いのはそこに至るまでの過程がかなり丁寧に書かれている事だ。冒険するといっても未開のジャングルを鉈で切り開いていく訳ではない。なにせ惑星レベルの戦争をしている星を部隊に、一兵卒が宝探しをする訳だからまずは装備を整えなければいけない訳で、コヴァッチ一行はまずもうけ話を企業に売り込みにいく訳だ。企業側だって半信半疑なわけだし、コストを抑えて丸儲けしたい訳だからコヴァッチ側を騙しにくる。緊迫感あふれる駆け引きを経て、今度は戦争状態にある発掘地帯を確保していく…と一歩ずつ火星人の宇宙船に文字通り近づいていく訳だ。
戦争状態というのは不思議なもので一応規定や決まり事にあふれている訳だが、実のところ緊急事態の戦時下ということで様々な倫理観は文字通り暴力で持って踏みにじられる事になる。兵士たちは邪魔者を吹き飛ばしていく事に躊躇は無いし、企業側は鐘を何より優先するというよりは常に利益の事しか考えない訳で、よりもうけが出るなら人命に何ら頓着しない。(悪役企業にありがちな価値観、つまり命に価値がないと考えている訳ではない。徹底的に利潤を追求しているにすぎない。)おまけに兵士も企業に牛耳られている訳でこれはもう最悪のコンビとしか言いようが無い。おまけに前述のスタックとスリーヴがあるおかげで兵士たちもどこか余裕がある。死んでもスタック(と金、だが軍に所属していれば基本再スリーヴの心配は無いようだ。)があれば再スリーヴ出来る。薬物と軍隊的な規律で精神をドーピングし、外科的技術の粋をこらした人口肉体(スリーヴ)に身を包んだ彼らはもはやあっさり人を超えた存在に見える。当然見た目を変えたけりゃスリーヴを着替えれば良い訳だし、金があればバックアップを取って永遠に生きられる。命の価値が今とは違う。そんな未来でも、星は沢山あるのに人は相も変わらず狭い地域に集まって、金のために殺し合いを続けているのだ。ディストピアというと閉じた社会というイメージがあるが、モーガンが描くのは開けたディストピアであり、だからこそ逃げ場が無いのだ。つまりどこまでだっていけるが、どこまでいっても金と暴力が支配するディストピアなのだ。ここから脱出するには文字通り世捨て人となって未開の惑星にでも引っ込むしか無いのかもしれない。もしくはスタックをつぶしてリアル・デスを選択するか。
特殊部隊故の技能があることと、感情面では色々”ない”ことが強みのコヴァッチはしかし非人間的というよりはそんな世界の最先端に上手く適応した人間に思える。基本的にコヴァッチの独白形式で進むが、ところどころエンヴォイとしての超人間的さが自覚しているほど浸透していない様がにじみ出ていてそこに人間性を見いだし、読者は共感と憧れを覚えるのかもしれない。
戦いに明け暮れる人間の愚かさから重力から逃れた後の世界でも逃れられないというのはある種の呪いの様なもので、激しいアクションやテクノロジーの背後にはそういった厭世的な無常さが垣間見えて、それがこの作品を結果一風変わったものにしていると思う。

趣が異なるものの前作同様楽しめた。次作も勿論読む予定。
ピンポイント的にはいかにも軍隊然とした悪口が面白かったので、そこら辺好きな人は是非どうぞ。ただし読むなら前作からの方が良いと思います。

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