2015年9月5日土曜日

ガブリエル・ガルシア=マルケス/族長の秋

ノーベル文学賞も獲得したコロンビアの作家による小説。
1975年に発表された。
この間のボルヘス「砂の本」に続きラテンアメリカ文学。別に意識していた訳ではないのだが、Amazonで購入。著者の本は学生のとき「エレンディラ」、社会人になってから「予告された殺人の記録」を読んだ事がある。特に後者はとても面白かった。

恐らく南米の架空のある国。そこでは年齢200歳以上と言われる大統領が100年以上も絶大な権力を握り、気まぐれに悪政を敷いていた。ある日市民は大統領府で死んだ彼を発見し、その独裁時代に思いを馳せる。

「予告された殺人の記録」が念頭にあったものでまずこの本の文体に驚いた。登場人物の思考の流れをそのまま文字にした様な独特の分は、段落が皆無で、読点が少なく一文が非常に長い。ときに主語と述語が齟齬を期待してきちんとした文体を保ちきれていなかったりもする。場面が時空を超えてころころと展開する。語り手が入れ替わり、まるで沢山の人物がしゃべっている言葉をそのまま無理矢理つなぎ合わせた様な印象である。だから非常に読みにくい。戸惑う。いま何を言っているんだっけ?となるのだが、これが物語の根幹でもある。
さてそんな読みにくい文体をどうにか功にか読んでいて思ったのはこれは寓話なのかということだ。言うまでもなく独裁体制を書いた小説だが、辛辣な風刺小説(勿論ではあるのだろうが)というと大分趣が異なるように思う。ひとつはどうにも弛緩した雰囲気が全体を覆っている。じゃあぼんやりとしているのかというと全然そんな事はない。強烈な太陽と湿気で蒸された大地で血や肉がはぜる様な生命力と生々しさに満ち満ちている。そんな土地での大統領は残虐の限りを尽くしていく。例を挙げよう。国営の宝くじで多額の金を集める。当選は子供が袋の中から文字の入った玉を拾い上げる、という公正なもののはずが大統領は一計を案じ、いかさまをしてのける。いわば国民を騙してその金を巻き上げる。とすると秘密を知る子供たちが危険だというので、親から引き離して国中をたらい回しにした挙げ句、最後は処遇に困って二千人の子供を乗せた船を爆破し皆殺しにしてしまう。関わった将校を特進させた後、それを剥奪しこれも殺害させてしまう。もう一つ群衆に見知った顔があるとしてとらえる。顔を知っている様な気がするがはっきり誰と思い出せないので拷問するが、男は大統領にあった事が無いただの市民だった。しかしその後22年も投獄した上に最後は殺してしまう。鬼の所行であるが、この限りではなく大統領は残虐非道の限りを尽くす。大悪人であるが、頭が良い訳でもなにかの目的がある訳ではない。つねにのらりくらりとしていて真意が掴めない。そのうち真意なんか無くてただ気ままに行動しているだけだと読者はすぐに知るようになる。思いつきで人を不幸にする大統領の姿は無邪気でそれゆえグロテスクでもある。熱い太陽を持つ南米の土地はこういった生々しい血なまぐささは良く合っているのかもしれない。
そんな独特な雰囲気と異常に長生きする大統領、どこかしら現実感が無いおとぎ話感を持ってして、寓話っぽいなと思う訳である。思うにこの大統領は長生きというよりは不死だったのではあるまいか。きっと絶大な権力を持った瞬間に娼婦の母親を持つ貧しい父無し子から超越者になったのだろう。きっと彼は永遠に生きられるはずだった。寛大な南米の土地は彼の残虐さも受け入れたのだろうが、それも遂に命運つきてしまった。かつての彼は民衆の一人一人の名前を空で回答できたらしいが、今は誰を見てもその違いが分からなくなってしまった。悪政は彼を次第に孤独にし、騙していた国民に欺かれるようになる。彼は老いて弱ったのではなく、孤独が彼を老いさせたように感じた。誰からも顧みられず、途中までは殺したくらい憎まれていたのに最早忘れ去られつつある中で権力とともに不思議な力が失われていき、最後は遂に死神に捕われた。人から忘れられるのは死ぬより辛いのかもしれない。権力の厚い膜は彼を人から強烈に隔てた。広すぎる世界で否応無しに増えていく人の中で、孤独はその強さをいや増した。例えば山中に一人なら孤独は気にならないのかもしれぬ。何なら山を下れば良い。だが彼にはそれが出来なかった。変な話悪人をやめる事も出来たはずなのに、遂に権力という宝玉を手放す事が出来なかった。自分が騙されている事を最早確信していたのにだ。この本を読んで彼のようになりたいという思う人はいるだろうか。

決して読みやすい本ではないので簡単にオススメは出来ないのだが、圧倒的な孤独感を味わいたい人はどうぞ。

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