2016年1月24日日曜日

スティーブン・キング/悪霊の島

言わずと知れたアメリカモダンホラー界の巨匠によるホラー長編。
帯には「恐怖の帝王、堂々の帰還です。」と書かれている。このブログでも紹介した「1922」だったり「ビッグ・ドライバー」だったりとホラーそのものは書いていたのだろうけどこれだけのボリューム(「悪霊の島」は上下分冊でそれぞれ500前後ある)というのはきっと久しぶりなのだろうと思う。
キングの本は読んだ事が無い人でも「グリーン・マイル」や「ショーシャンクの空に」、「シャイニング」(キング本人は不満を持っている事は有名だけど)などで作品に触れた事のある人は多いはず。私もご多分に漏れず大好きな作家で、一時期読む本が無い時はキングを読んでおけば良いやと書店に通っていたものです。(勿論読む本なんてのは幾らでも見つかるからそれと結局べつにキングの本も買って帰ったんだ、いつも。)本当に色んな種類の物語をかける人だけど、やはり私だけじゃなく皆さんホラーがお好きなようで、それも超自然的な要素が出てくるような。キングのホラーは結構善と悪の二項対立形式をとっている事が多くて、いわば手あかのついた構図なのだろうがキングが書くとそれはもう面白く、形式なぞで物語の優劣は決定されない事がよくわかる。
この本の原題は「Duma Key」でこれは舞台となる小島の名称。「悪霊の島」というとその明快な物々しさがちょっと面白いくらいだが、読み進めればこのタイトルがばっちりハマっている事がよくわかる。

建設会社を経営するエドガー・フリーマントルはある日現場で乗っていた車ごとクレーン車に押しつぶされ、体と脳に大きな損害を受ける。結果右腕を失い、まともに歩けなくなり、そして記憶と発語、情緒面にも重篤な後遺症が残った。妻とも離婚したエドガーは治療のためフロリダの小島デュマ・キーに海に面するコテージを借り、そこでリハビリをかねて暮らす事に。かつての手遊びだった絵を書き始めると隠された才能が開花し、エドガーの絵は人々の耳目を集める事になる。心身の傷も回復の途上にあるエドガーだったが、その順風満帆の日常に暗い影が侵入してくる…

キングのホラーは長い。というのも登場人物一人一人に背景、つまり人生があってそれを丁寧に書き込んでいくからだ。一本道で始まった物語は進むに連れてその葉脈を広げていく。俯瞰してみれば巨大な一枚の葉っぱが出来上がっているという様だ。この丁寧さが物語を圧倒的に豊かにしている事が、キングの本を何冊か読んでいる人には分かっていると思う。個人的には長いけど苦痛だった事は一度も無い。人生といってもだらだらと書く訳でなく、その人を個性づけるエピソードを書く事で脇道とはいえ無いくらいの魅力を備えているからだ。
この「悪霊の島」はその構成が面白い。何かを失った男あるいは女がそれを埋め合わせようとする(まさに傷を負った人が再生するように)というのは物語の類型だとして、主人公エドガーは冒頭に体と精神に傷を負い、それから絵を描く事で回復していく。普通ならこれでもう一個の立派な物語だが、回復期に合わせてさらに”敵”と直面する訳だから、いわば物語の山場が二つあって、これは中々複雑である。心身の回復と敵は同一視されない訳だから。エドガーは恐らく身ひとつで成り上がった経営者のままでは敵とは戦えなかっただろう。おそらくその存在を鼻で笑ったはずだ。いわば傷を負う事で一回社長のエドガーは死に、大きなハンディを抱えた一人の中年として生まれ変わった訳だ。生まれ変わっても健康面では大きく減退し、過去のしがらみ(別れた妻との関係など)からは逃れられない、たとえ南の島に逃げても。残酷な言い方だが死ななければ分からない人生の一側面に気づいたエドガーは新しい人生を楽しみつつ、その世界に潜む悪夢に立ち向かう事になる。
この悪夢というのが非常に面白く上巻なんて本当にエドガーが再起する様を丁寧に描いていてこれだけで十分面白い。所々妙な箇所があるけど、それはまだ謎ってくらいで放置されても気にならない。ところがその謎のしみがちょっとずつ広がっていくのだ。純白の壁が華美に浸食されていくがごとく、南の島での楽園の様な生活はその姿を変えていく。これぞキング流のホラーの醍醐味の一つ。何の変哲も無い日常に異形が滑り込んでいく。次第に周囲を変えていく。「呪われた町」「ニードフル・シングス」なんかそうだった。「化け物を倒すのはいつだって人間だ」というのはアーカードの言だが、キングの主人公たちは特にそうだ。普通に暮らす人間たち。勿論エドガー含めて異能の才がある場合もあるのだけど敵を打ち倒すのは、いつだって勇気だった。キングのホラーが面白いのは勇気の物語だからだと思う。だから日常に暮らす私たちには共感できて、そのかっこよさにしびれるのだろう。

後半に入ってからは特に素晴らしくて久々に寝る間を惜しんで読んだ。260ページあたりの描写は本当もうゾクゾクしてしまった。やっぱりキングは面白い。長い物語だけど超オススメなので是非どうぞ。

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