2016年4月8日金曜日

東雅夫編/文豪山怪奇譚 山の怪談名作選

題名通り山の怪談を集めたアンソロジー。
ホラー界隈では著名なアンソロジストの東雅夫さんが編集ということで買わないという手は無いなと思い購入。印象的な表紙は鉛筆で書かれたもの。珍しく単行本を買いました。

版元は山と渓谷社というところで多分買うのは初めてではなかろうか。ホームページを見るとかなりガッチリした山とかアウトドア関係の出版社らしい。ところが黒い本というシリーズで山にまつわる怪談を収録した本を何冊か出していて、この本もそんなシリーズの一環ということのようだ。
そんな山専門の出版社なので東雅夫さんも気合いばっちりの本気なラインナップになっている。作家陣の一部を抜粋すると岡本綺堂、宮沢賢治、太宰治、泉鏡花、平山蘆江、柳田國男、そして個人的には夭折の作家としても有名な村山槐多が入っているのも素晴らしい。ホラーというジャンルにくくられない、というかむしろいずれも文壇で活躍し、現在も読まれている様な超一流の作家ばかり。彼らのホラー、しかも題材が山にまつわる、というくくりだからこれだけで相当贅沢な一冊である事がわかる。タイトルの「文豪」というのも納得のラインナップ!
私は恐がりのくせに怖い話し好きでネット上で匿名で書かれる怪談サイトも良くのぞいたり、最近は動画サイトでそんな怪談の朗読を聴いたりして楽しんでいるのだが、山の怪談というのは結構な人気コンテンツでそれらをまとめたサイトなんかもあったりして、もう会談の中では立派な一ジャンルのようだ。海の怪談というのも勿論恐ろしいのだが、山はやはり怪談に向いている。というのも山は以前人間にとって異界だからだ。私も昔山に登った事があるのだが(見事に高山病にかかり非常に苦しんだ)、幽玄なという形容詞がくるくらいに平地とはかけ離れている。登り始めは傾斜のついた斜面くらいの気持ちだが、まず人がいないし(当たり前なのだがやはり都会に暮らしている人からすると結構な驚きがあるものだよ)、そのくせに生き物の気配が目に見えないのにするのである。標高が上がれば天気はすぐに変わるし、植物の数も減って殺伐としてくる。ゴロゴロ岩が転がる風景は何とも渺茫としていて寂しいけれど、高山植物の咲かす花が何とも美しい。要するに静寂であるのに生が横溢していて、心休まるのに同時になんとも殺伐とした一面のある不思議な空間(と時間)なのだ。幽霊というのは超常的なものだから都会の真ん中に怪異を現出させるのは結構難しいと思う。要するに舞台装置が必要になってくる訳で、それが夜だったり、廃屋だったり、はたまたピラミッドだったりする訳だ。そうなると一つの巨大な謎の空間である山中というのはやはり怪異が現出するのにこの上なく適している。
村内界に幽霊、妖怪、そして人間たちが暮らしているのがこの本。
村山槐多は熱情に浮かされたラブクラフトのようなくどい文体がやはりたまならい。この人はやっぱりどこかで変態っぽい。熱に浮かされているようでとにかく常に全力という感じ。未完で終わっているのが残念にならない。
泉鏡花はやはり凄まじい。この文体の美しさは何だろう。何度も分を読み返してしまうからちっとも進まないのである。この上なく幸せだ。山、花、美女と着てのラストがこの上なく美しく切ない。ちょっとだけ坂口安吾の「桜の花の満開の下」に似ているところがある。舞台装置と登場人物(といっても要するに男女2人だけなんだけど)、そして圧倒的な視覚的豊かさ(美しさ)そして胸を打つ優しい切なさ。
切なさという意味では太宰治の短篇も素晴らしい。まずはこの擬音語の豊かさ、そしてその楽しさよ!山奥に暮らす親子2人がもはやおとぎ話である。ちっちゃい女の子スワ、彼女に対して私は一体どういう気持ちを抱けばよいのか読み終わった今でも分からない。そして底が素晴らしい。
暗黒版夢十夜といった趣の中勘助の一連の散文もまさに別世界へのチケットであった。

という訳で非常に楽しめた。ホラー、しかも怪談には目が無いという人には勿論文句無しに読んでいただきたいし、このラインナップにピンとくる文学好きな人も是非!なオススメの一冊。

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