2016年7月16日土曜日

ニック・ホーンビィ/ア・ロング・ウェイ・ダウン

イギリスの作家による喜劇小説。
何となく表紙にみせられて購入。

寝た相手が15歳だったため逮捕・収監されて栄光をなくしたテレビ司会者のマーティン、自身では呼吸もままならない重度の障害がある息子を抱えるシングルマザーのモーリーン、生きがいだったバンドが解散し彼女にもふられた元バンドマン今はフリーターのJJ、彼氏にふられた大学生ジェスは大晦日にロンドンの自殺の名所トッパーズ・ハウスの屋上で邂逅する。成り行きで自殺を延期する事にした彼らは自殺しない道を模索しはじめる。

日本の自殺者は多い事が有名で2万から3万は年間自殺しているとか。私のように能天気に暮らしている人間が言うのも重みがないものだが、誰しも死ぬ事を考えた事はあるのではなかろうか。この小説はそんなふと思う「死んでみたらどうだろうか」を物語にしたもの。主人公の4人の中ではモーリーンが自殺の理由としては重く(つまり説得力がある)、若い2人(JJとジェス)はばからしいと言っても良いほどの理由。買うまで知らなかったのだが、どうもこの作者は著作が映画化された事もある(この本も映画化されるらしい)有名な人で、そんな人が書くから「自殺」という重いテーマでも全体を覆っているのは軽妙な雰囲気であるし、コメディと断言していいほどユーモアにあふれてる。それでは真剣に自殺を書いていないのでは?というと半分は正解だが、半分は違う。自殺というのは本人そして周囲の人に大きくダメージを与えるもの。この物語ではその部分はほんのさらっと、しかしさすがは有名作家だけあってほんのちょっとでも結構効果的に取り扱っているだけだ。これは「死にたいな」と思う人を書いているのであって、どちらかというと自殺に至るまでの道を書いている。繰り返しになってしまうが豊かな現代にあってもいっそ死にたいくらいの気持ちを抱いてしまうのが人だから、この物語は損なくらい気持ちに共感を示しつつ笑い飛ばしてしまおう、とこういった類いの小説なのだなと思った。どんなくだらない事であっても本人からしたらとても重要な事だ。「そんな事で死ぬなんてお前はバカか」と実際罵倒しつつ、七転八倒する四人は行動的なセラピーを行っているようにも見える。セラピスト自身も病んでいる訳だが。個人的な経験に基づくものだがたいてい一人で思い悩んでも思考が堂々巡りするだけで、良い結果が導かれないものだ。内にこもって懊悩してくると段々行動するのがおっくうになっていく事もしばしばだから、確かにこうやってバカみたいな事でも次々と体当たりでやっていくのは実際ちょっと疲れている人たちにとっては良いのかもしれない。
この本が面白いのは物語全体が登場人物の独白で構成されている。第三者の視点は皆無で、起きた出来事も4人のうち誰かが見たり聞いたりした知見という形で表現されている。登場人物の気持ちを行動によって表現するのは大変難しいから、自殺という「生きるべきか、死ぬべきか」という究極の”迷い”の状態にいる主人公たちをの心情を語るにはとても会っているのかもしれない。

ライトな内容でずしんとくる重さはないものの、すっと読める軽さとへこたれない明るさがある。たまにはこういうのも悪くないなと思った。

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