2016年7月24日日曜日

チャールズ・ブコウスキー/パルプ

アメリカの無頼作家による探偵小説。

ニック・ビレーンは探偵だ。ハリウッドに事務所を構えている。ビレーンは中年で太っている。事務所の家賃は滞納が続き手織り大家には追い出されそうになっている。競馬が大好きでノミ屋には借金がある。酒が大好きでバーで事務所で、自宅でたいてい酔いどれている。そんな彼の元に金髪の美女が依頼を持ち込んでくる。あのフランスの作家セリーヌが実はまだ生きており、そんな彼を捕まえてほしいという。女は死の貴婦人と名乗っている。どうやら死神らしい。ビレーンは依頼を引き受ける。

ブコウスキーは前に会社の人のすすめで一冊短編集を読んだ事がある。面白かったのでもう一冊と思っているうちに時間が経ってしまった。この「パルプ」というのはブコウスキーが死ぬ前に上梓した最後の一冊で、その内容もあって結構伝説的な本だったらしい。奔放では長らく絶版の憂き目にあっていたが、このたび目出たく復刊という事でちょうど良いとばかりに購入してみた。
町の探偵がミステリアスな依頼人と接触した事から思いも寄らない事件に巻き込まれていく、というまさに探偵小説の王道を行く探偵小説なのだが、ある意味一番探偵小説ではない探偵小説がこの本であろう。
私立探偵といえばぐうたらで結構、酒に溺れるのも結構、良い女にめっぽう弱いのも結構だが、彼らの場合尻を叩かれれば重い腰を上げて事件に立ち向かうから良かった。
ところがこの物語の主人公ニック・ビレーンは事件を解決しようと全くしないわけで、金が入ると競馬場に行って全部すってしまうし、のこりは酒を飲んで終りである。そして明日には良いアイディアがわくだろうと思って寝てしまう。やっと「うむむ…」とかいって張り込みに出かけたとしてもなんせ決定的に頭が悪いので検討はずれの事をやって、結果混乱が増すだけである。困った事にこの男には反省というのがないので何回失敗してもまた同じ失敗を繰り返してしまう。事件は進展しないので読者としては困ったものだが、そうすると都合良く宇宙人などが登場して勝手に事件を解決してくれるのである。ビレーンとして締めたものでそうなったら大手を振って酒を飲めるというものだ。ビレーンを始め登場人物は皆口が悪く、とにかく下品にののしりあっている。会話は軽妙と行って言いだろう。
完全にコメディであり笑える。実際最初から最後まで楽しく読めたのだが、これは全くその実恐ろしい小説である。たとえば最近感想を書いたニック・ホーンビィの小説のコメディとこれとは全く異なる。あちらは面白い事が普通の状態だったが、こちらは面白い事が異常な状態なのだ。つまり意図された笑いであり、もっというと強要された笑いである。笑わないととてもやっていけないのだ。酒を飲んで、ばくちをする事くらいしか出来る事がない。気づけば年を取った中年探偵ビレーンは本当に友達が、誰一人も、いないのである。彼はその軽口で盛大にオブラートに包んでいるが、人間たちには、そしてその人間たちがうじゃうじゃするこの世界には心底飽き飽きしているのだ。本当はこんなところ一秒だっていたくはないのである。彼は一体どういう訳か自殺が出来ないから、自分が臆病な性で出来ないのだ、全く俺というヤツは駄目なヤツだと無理矢理笑い飛ばそうとしているのがこの本なのである。ビレーンは事件に奔走する事も、まああると言えばあるけど本当はもう事件も赤い雀もどうでも良い。だから死神が出てこようが、セリーヌが出てこようが、宇宙人が出てこようがあまり気にしない。ビレーンは冗談でチャックをおろしたり、美人にどぎまぎしたりするが、実際直接的な描写はこの本には出てこない。これは意外な事に思えるけどビレーンにはもう本当はそういった欲求はないのかもしれない。ただそのように振る舞っているだけで。

繰り返しになるがとても楽しく読めた小説だが、単に勘違いかもしれないが私はその面白さの背後に何とも言いがたい絶望を読み取ったのであった。なんとも楽しく、そして悲しく恐ろしい小説だと思った。皆もっとこういう本を読んだら良いと思うのに。そしてその感想を私に聞かせてくれよ、とそう思う。

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