2017年5月28日日曜日

Woe/Hope Attrition

アメリカ合衆国はニューヨーク州ブルックリンを拠点に活動するブラックメタルバンドの4thアルバム。
2017年にVendetta Recordsからリリースされた。
Woeは2007年にChris Griggのソロプロジェクトとしてスタート。その後バンド編成になり3枚のアルバムをリリース。前作「Withdrawal」が2013年発表なので4年ぶりの新作となる。Griggは中心人物なので不動だが、メンバーの変遷がまたあったようだ。
なんのきっかけが忘れたが私は前作のみ持っていてなかなか好きだったもので今作も買ってみた次第。

黎明期のドラスティックな出来事の多さで持って音楽性以上に”神秘性”(物語性)を獲得してきたのがブラックメタルなのかもしれないが、やはり一つのジャンルにはすぎないわけでプリミティブなそれから多様な変化を遂げてきた。カスカディアンの台頭やシューゲイザーとの交配を経て、「ブラッケンド」ブランドはよそのジャンルに結合し始めた。そんな中でWoeは割とプリミティブなブラックメタルの音楽性を受け継ぎつつ自分たちなりの音楽を模索しているバンドだなと思っていたが、今作を聞いてもやはりその印象。
基本的には前作からの延長線上にある内容で、デスメタル然としたボーカルの登場頻度が増えているので初めは驚くが、バックトラックは明らかにブラックメタルである。つまり基本トレモロが間断なく空間を埋めていくあのスタイル。歌にメロディアス性はほぼないが(たまにクリーンで歌い上げたりはする)、代わりにギターのリフがメロディアスであり、そのメロディというのもコールドで何か身悶えするような退廃的な陰鬱さがある。ギターの音の作り方も輪郭がざらついて毛羽立ったヒリヒリしたもので、重量感に変更していない。さすがにプリミティブブラックに比べると圧倒的に音質はクリアだが、基本はやはり始祖に習っている。曲の長さはだいたい5分から8分なので、少し長めな程度。そこにドラマ性を程よい長さで投入している。真性プリミティブだとミニマルの要素が色濃いが、このバンドはそこまで反復的ではない。緩急をつけた展開がある楽曲を披露するのだが、美学を追求する劇的なカスカディアン勢とは一線を画すスタイル。カスカディアンが冗長というのではないが、このバンドは余計なパートに時間を割かず、またポスト感漂う芸術性もほぼなし。あくまでもブラックメタルの武器を自分たちなりの解釈で曲に打ち込んでいる感じ。何と言ってもこのバンドの売りは惜しみないトレモロの嵐。そして突出したそのメロディセンスなのではなかろうか。本人たちもその自覚はあると思うんだけど、どの曲でもトレモロが楽しめる。速度を落とすパートではざらついたトレモロや怪しいクリーンボーカルを入れたり、雰囲気抜群。モノクロの色彩でなんとも寂寥とした風景画を描いていく。タイトルは「希望の減少」という意味らしく、非常に後ろ向きで正しいブラックメタルな世界観だと思う。

ブラックメタルの良いところが詰まっていていや〜ブラックメタルだな〜という音楽。プリミティブでありながらきちんとモダンでもあってこういう流れがあるということは嬉しい。メロくて陰鬱なトレモロがブラックメタルでしょ、という人は是非どうぞ。おすすめ。

Protester/Hide From Reality

アメリカ合衆国の首都ワシントンD.C.のストレートエッジ・ハードコアバンドの2nd(多分)アルバム。
2017年にTrash King Productionsからリリースされた。
Protesterは2013年にPure Disgust、Red Deathなどのメンバーにより結成された5人組のバンド。活動期間は長いわけではないけどすでに編集版をリリースするなど結構アクティブに活動しているようだ。なんとなく話題に上りがちなバンドっぽくて流行に乗る軽薄なスタイルで購入。

どうもこのバンド、80年代〜90年代のリバイバルな音を鳴らしているらしい。ハードコアに限らず温故知新なバンドはたくさんいるわけで、そんな中でも特に「リバイバル」と称されるからには相当なリバイバル感が必要になってくる。私は昨今ハードコア名盤をポツポツ中古で買ってお勉強をしたりしているので、なんとなく少なくとも表層の音のことはちょっとだけわかるくらいなんだけど、なるほど今風の音とは一線を画すわけで、似てるバンドを挙げるとしたら現行のハードコアバンドというよりも、Agnostic FrontだったりPoison Ideaだったりを例に出した方が音的には近くて説明しやすい。ストレートエッジなのでユース・クルーっぽいかな?と思ったらもっとロウで荒々しい音像。
メタリックに武装したり、プラスオンする凶暴さや多様性をノイズやジャズに求めたりする今風のバンドとは明らかに一線を画す。極端に攻撃的なパワーバイオレンスとも異なる。全体的に抜けの良い明快な音で生々しく、荒々しい。1曲に含まれる、というよりは曲を構成するパターンは非常にシンプルで、テーマを2回3回繰り返して間奏を挟んでまた戻ってくる、このサイクルを勢いで持って突っ走る。派手なテンポチェンジも暴れるモッシュパートもなし。(乗れない音楽ではもちろんないわけで、こうなると暴れるパートはわかりやすく暴れさせているパートと捉えることもできる。どっちが悪いわけではないけど。)ハードコアパンクの初期衝動を改めてそのまま形にして録音したようなイメージだ。ややしゃがれて吐き捨てるボーカルはいかにもハードコアだが、そこはかなとないメロディセンスがあって「Never For Me」なんかはメロディアスと言っても良いかも。ラスト加速するところがめちゃかっこいい。このくらいのバランスがとても好きかも。
今風の音から引き算して作ったんではなくて、これで全部の数が揃った状態なのだ。スタート地点というか視点が今の流行のバンドとは異なる。もちろんそれなら昔のバンドを聞けばいいじゃないってことになるわけだけど、個人的には完全なリバイバル(そんなもん昔のバンドが今の時点で昔の曲を演奏する他ないと思うけど)であったとしても現行のバンドがそれをやることは価値があることだと思う。(自分も含めてなんだかんだたくさんの人は現行のバンドの方をメインに聞くと思うので。)それは流行に対する疑問符だったり、自分たちが好きなもの対する敬愛の念かもしれない。

どうもリバイバルが流行しているような話もあるので突然変異的なバンドではないのかもしれないが、ハードコアの初期衝動が好きな人は是非どうぞ。無骨でシンプルなのがハードコアでしょ、という人なら気にいるはず。

Drawing Last Breath/Final Sacrfice

アメリカはフロリダ州のストレート・エッジハードコアバンドの1stアルバム。
2017年にCarry the Weight Recordsからリリースされた。
バンド名は「息をひきとる」という熟語から。
あまり情報がないバンドだが専任ボーカルにギター二本の5人組のバンドで2015年にデモを、1stEPを2016年にリリースしている。

だいたいどのジャンルでも雰囲気というか全体的な印象というのがあって、例えば音源のアートワークを見ると何かしらのジャンルかな?と想像がつくものなのだけど、この「Final Sacrfice」に関してはハードコアっぽくないな、というのが初めの印象。それで視聴して見ると音の方はもっと変わっていて驚いた。え〜と思ったけど気になって何回か聞いている自分に気がついたので買って見ることにした。
こってりしたジャケットは「メタル的だな〜」と思う人もいるだろうが、音の方もメタル的である。今時ハードコアにメタルの要素を持ち込むのは珍しくもないだろう。例えば重たい音の作り方は昨今のハードコアバンドでも当たり前のように導入されている。Integrityという歴史のあるバンドなんかはかなり大胆にメタルの要素をハードコアに持ち込んで結構びっくりしたものだ。このバンドはそう言った意味ではやり方としては(出来上がった音はあまり似てない)Integrityに似ている。メタル、それもメロディック・デスメタルの要素を大胆にハードコアに持ち込んでいる。普通は別ジャンルの音をいくらか溶かしてある程度時のジャンルの型に再整形するのが王道だろうが、このバンドに関してはメロデス要素をほぼピュアにハードコアのフォーマットに載せている。具体的にはギターで、とにかくクラシカルでメロディアス。いわゆる”クサい”と言われるような荘厳な高音を用いた単音フレーズを大胆に持ち込んでいる。ピロピロしたギターソロもある。ハードコアといえばタフさが売りなのでそう言ったメタルの要素とは水と油じゃないのかな?と思っていた自分にとってはこのバンド相当面白い。思うに変にハードコアにしなかったのが良いのでは。本当に切って貼り付けたみたい。こういうと借り物めいた表現の仕方だが、このバンドはその形式で出音はめちゃかっこいい。結果的に濃ゆいメタル要素を自家薬籠中にしてハードコアと両立させている。メロデス成分を除いて聴いて見るとびっくりするほど地の部分はハードコアである。いわゆるニュースクールなメタリックな音を、ぶっきらぼうな音節に区切って中速でザクザク刻んでいく。音的にはシンプルなのでここにメロデスのフォーマットがすっと載っちゃうのだ。すごい。吐き捨て型のボーカルももちろんハードコアで、知らずに形成された先入観には違和感なのだが、この違和感がクセになる。
調べて見るとDrawing Last Breath以前にもこう言ったスタイルはハードコアの世界でもちゃんとあったらしく、その系譜にあるのがこのバンドみたい。私はこのスタイルにこの音源で出会ったから初体験の面白さがあったわけだ。初めに会えたのがこのバンドでよかったなと思う。非常にカッコ良いから。

ガッチリしたハードコアの屋台骨にメロデスの荘厳さがどっしり構えてさながら堅牢な砦のよう。ハードであるというハードコアの楽しさは少しも減じてない。メロデス好きだけどハードコアはあまり聴いたことがないぞ、という人はこの音源ハマったりするのでは。どうだろ。逆の経路でも大丈夫だと思うんだけど、個人的には。色物なんてとんでもないかっこいいハードコアなんで是非どうぞ。

2017年5月25日木曜日

中村融編/夜の夢見の川 12の奇妙な物語

アンソロジストである中村融さんの編集したアンソロジー。
以前読んだ「街角の書店 18の奇妙な物語」に続く一冊。と言ってもアンソロジーなので直接的なつながりはなくて、同じコンセプトの第二弾。「街角の書店」が面白かったのと、中村融さんのアンソロジーは何冊か読んでいて全て楽しめていたのと、シオドア・スタージョンの作品が選ばれているので買ってみた次第。
収録作品は以下の通り。(版元様のHPよりコピペ)

  • クリストファー・ファウラー「麻酔」
  • ハーヴィー・ジェイコブズ「バラと手袋」
  • キット・リード「お待ち」
  • フィリス・アイゼンシュタイン「終わりの始まり」
  • エドワード・ブライアント「ハイウェイ漂泊」
  • ケイト・ウィルヘルム「銀の猟犬」
  • シオドア・スタージョン「心臓」
  • フィリップ・ホセ・ファーマー「アケロンの大騒動」
  • ロバート・エイクマン「剣」
  • G・K・チェスタトン「怒りの歩道──悪夢」
  • ヒラリー・ベイリー「イズリントンの犬」
  • カール・エドワード・ワグナー「夜の夢見の川」


「奇妙な味」というのは江戸川乱歩の造語で当初英米のミステリーの何編かの物語を評して使った言葉だという。その後微妙にその意味を拡張しつつ文学界で今でもひっそりと使われているようだ。この本ではそんな「奇妙な味」を持つという視点で色々の中短編が集められている。あとがきに書いてあるのだが、この「奇妙な味」というのはここではジャンルを指す言葉ではないので、いろんなジャンルにまたがってお話が集められている。ミステリーもあれば、スプラッター調の物語もあり、良い意味で趣向がバラバラでそこが魅力。ただ読んでいて思ったのは本格的なファンタジーやSFにカテゴライズされる話は一つもない。あんまり現実から離れた世界を舞台にしたり、荒唐無稽な生物やガジェットが出てくるとそれ自体が”異常”になってしまってなかなか微妙なさじ加減である「奇妙さ」が演出しにくいのだと思う。きっともっと大きいツッコミどころができてしまうのだ。そっちに目がいってしまうから、奇妙な味を演出する場合ほとんど日常を描くことになるのではないかと思う。あたかも明るい歩道に仕掛けられた陥穽にふとしたはずみではまり込んでしまうような、気づくと知らない路地に迷い込んでしまったような、街の喧騒がまだ聞こえるけどちょっと雰囲気がおかしい、そんな雰囲気だ。本格ミステリーとは違ってここでの謎は解決策が提示されるわけではないので、謎がそのまま奇妙な形の影になって読者の内側に張り付いていくことになる。謎が面白いのはそれが解けるからだというのはあるが、解けるまでの過程が面白いということもあって人によってはそちらに重きをおく人もいるのかもしれない。なぜなら未解決の謎がもしもとなって自分の中で新しい物語が始まりだすからだ。そういった意味では無味乾燥な人生を彩るちょっとした味付けとして「奇妙な味」があるというのはなかなか良い。

個人的には動物は喋れないから可愛いと思っているので「イズリントンの犬」はよかった。犬つながりで「銀の猟犬」も良い(この本で一番好きだ)。これは解明されない謎がプレッシャーになりそれを打破する。なんとも後味の悪い決断の果てには一抹以上の物悲しさ、そして損なわれた正気(つまり批難)が提示されるのだが、恐れを超越した動きがあるので実は爽快であると思う。この場合は心の状態と動きを描くのが小説の目的であるので、そのための奇妙な道具たちにその素性の胡乱さを問うのはあまり意味がない。この道具のハマり具合というのが個人的にはすっと整頓されているように思えてそこが非常によかった。

「街角の書店」に比べると短編の数が減ってそのぶん一つあたりのページ数が増えている。より濃厚という意味で良い2冊目。気になっている人はやはり1冊目から手に取るのが良いのかもしれない。

2017年5月22日月曜日

Rolling Stoned#8 VVORLD『Highway Shits』Release Party@新代田Fever

日本は東京吉祥寺のハードコアバンドVVORLDが2017年に2ndアルバム「Highway Shits」をリリース。リリースパーティをやるよ、というので行って来た。というのもVVORLD自体がかっこいいのに加えて出演陣がとても豪華なもので。全部で15のバンドが出演。ほとんどがハードコアという大きなジャンルで括られるバンドばかりだけど、中には大阪のスラッジBirushanahや同じく大阪のストーナー・ロックバンドSleepcityなどハードコア以外のバンドも名を連ねていてとても面白いメンツなのだ。
なるべく全部のバンドを見たい派なので私は開演前に行くことにした。会場はFeverでこの日は14時会場だったのだけど、ちょうど一番雨がひどかった時間帯かも。傘をさすけどなぜかいつもびしょ濡れになる男である私はこの日もびしょ濡れで会場に到着。フロアに入るとフロアの左にセットが設けられている。つまりこの日はステージとフロアの2ステージ制で交互にバンドが演奏する。こうすると転換の時間を節約してたくさんのバンドを消化できるというわけ。Feverは広くて綺麗なので物販もバンドぶん対応できていてよかった。
以下感想なんですけどバンドの出演順番間違っている気がしています…。記憶力がなさすぎて違ったら申し訳ないです。

①Self Deconstruction@ステージ
見るのは2回目かな?美少女ボーカル、美人ゴスロリギタリスト、細マッチョドラムとキャッチーかつ情報量が多い見た目と裏腹にステージングと音楽はハード。曲がかなり独特で耳と頭がおかしいので間違っているかもしれないが、あまり反復の要素がない。普通のバンドは激烈でも反復性があるから円を描いて走るんだけどこのバンドの場合は直線で走り抜ける。だから常に今がすごいスピードで過ぎ去って行く。通過している新幹線を呆然と眺めているみたい。グラインドコア/パワーバイオレンスと名乗っているだけあって、たまにくる低速パートがかっこよかった。

②Super Structure@フロア
こちらも2回目。元ネタのFall Silentも聞いたんだけどあまり共通項が見出せない。パワーバイオレンスバンドなのだが、ステージングが凶悪。ただ激しいというか怖い。「パワー”バイオレンス”なんだよ、ふざけんな」という覚悟が滲み出る凶暴性。目出し帽かぶったボーカルもさることながら他のメンバーの動きも切れている。ギター振り回して当たったら危ない、とハラハラするんだけどびっくりするくらいかっこいい。ただただ低速パートのみにフォーカスするようなバンドではなくきっちり速いパートもかっこいいという清く正しい(つまり濁っていて悪い)パワーバイオレンスバンド。

③Enslave@ステージ
見るのは初めて。男女混成ツインボーカルのハードコア/クラストコアバンド。ギタリストも二人なのでメンバーが多い。激しいハードコアを基調に叙情性を取り入れていて、またメッセージ性も強い。日本のハードコアバンドの系譜を感じさせる。男性ボーカルも強いのだが、どちらかというと女性ボーカルの方が鋭く、逆に男性ボーカルは激しい中にも丸みがあってそれが良い対比になっているなと思う。演奏は非常にかっちりしてまっすぐ。見え隠れするメロディラインが高揚感あってかっこよかった。

④Sleepcity@フロア
大阪のストーナーバンド。見るのも聞くのも初めてでドラマーはBirsuhanahでもドラムを担当している。立ち居振る舞いからハードコアとは一線を画す感じでワクワクする。音を出して見ると果たしてかっこいいオルタナティブ・ロックだった。もっと煙たくて怪しげなものかと思っていたのだけど、かなりかっちりしたロック。ファズなのかはわからないけどグシャとした中にもざらついた温かみのある中域が分厚いギターに歌が乗る。歌も歌うと叫ぶの中間で全体的にはかなりエネルギッシュで激しいのだが、どこか気だるい(音楽がとい意味ではないですよ)雰囲気があって、あの頃のオルタナティブを感じさせる。初めて聞いたのになんか胸を締め付けるようなノスタルジーを感じてしまう。モダンなアップデートでオリジナリティのある、単なるリバイバルにならないオルタナティブをプレイするという意味ではSunday Bloody Sundayに通じるものがあると思う。音源が欲しかったけどなかったみたい。

⑤Band of Accuse@ステージ
見るのも聞くのも初めて。福島の4人組のバンドでメッセージ性の強い音楽をやっているとのこと。音楽的にはハードコア/クラストコアという感じ。スラッシーナリフで組み立てられたシンプルながらも力強いコーラスがよく映える男らしい音楽をプレイ。飾らないシンプルなハードコアなんだけど演奏は非常にカッチしていてよかった。やはりソロも入れてくるギターがハードな曲にキャッチーさを付与していると思う。個人的にはドラマーの人がすごくてちょっと独自の癖があるのかわからないけど妙に耳に残る。ヅタヅタ刻むD-ビートも力強くかっこよかった。

⑥System Fucker@フロア
続いてはSystem Fuckerなんだけど個人的にはこのバンドが結構楽しみで。というのもいでたちがすごい。正しいクラストコア(パンク)という感じでボーカルの人は細くそして高いモヒカン頭である。他の人もなんともクラストないでたち。パンクというと一般的なイメージはこうなのかな?この日は異彩を放っていた。メタリックに武装したあくまでもクラストコアという音楽性で、D-ビートに生き急ぐような前のめりの演奏が乗っかる。思っていた通り華のあるボーカリストで、Dis系の男臭いがなり声とはちょっと違うんだけど、無愛想ながなりがかっこいい。この人がフロアを動き回る。上背があり、蹴り上げる踵の高さ!イメージとしてはサメみたい。突進したり、突き飛ばしたりと暴力的なんだけど陽性のエネルギーがあって、(怖いのは怖いけど)なんだか楽しい。フロアにいる人もきっとそう思っていたはず。とても盛り上がっていた。

⑦Fight it Out@ステージ
このバンドも見るのは2回目。今年リリースされた新作がとても良かったのでライブをまた見たかった。ストップ&ゴーを繰り返すショートな楽曲を繰り出すパワーバイオレンスバンドだが、HIp-Hopアーティストをアルバムのゲストに迎えたりと生々しいストリート感を演出した独特の楽曲をプレイする。この日おそらく一番フロアが湧いたバンドだったのではなかろうか。ボーカルの方がフロアに降りてきてからは特に危ないダンスフロアになっていた。ライブで聴く楽曲は改めて肉体的で速度を落とすタイミングが絶妙でみんなが暴れるわけだと思う。鬱屈しているというよりは、断然鬱憤を晴らすかのような爽快感がある。

⑧LAST@フロア
続いては岡山県から車で8時間かけてやってきたLAST。1時間ないステージのために16時間とさらに色々な準備の時間使うのだから本当にすごい。本当ならこっちから行かないと見れないんだもの。ありがたい。専任ボーカルにギター二人の5人組のバンド。日本の伝統を感じさせるメタリックなハードコアをやっている。コーラスワークを大胆に取り入れているという意味ではBand of Accuseに通じるところもあるのだけど、こちらのバンドはもっと曲を凝ったものにしている。装飾性はないのだけど、速度の変更や展開などがあって面白い。最終的にあくまでも肉体的なハードコアであり続けているところにかっこよさがある。ボーカルの人は暑くて前のめりなMCもそうだし、フロアを所狭しと動き回る。ジャンプ力がすごかった。ハードコアの持っている激しくもポジティブな部分が前面に出ていて強いなと思った。(ポジティブでいる方が難しいと思っているので。)

⑨Birushanah@ステージ
続いては大阪の和製トライバル・サイケデリック・スラッジ。Birushanahは大好きなのでこのイベントに名を連ねているのにびっくりしつつも嬉しい。音的には明らかにこの日一番異質でメタルの、それも相当独特なメタルを鳴らしている。この日も特に迎合することなく最新作を中心に毘盧遮那世界を展開していた。メタルパーカッションはさらに楽器が増えて要塞のようになっていた。このバンドは打楽器が二人にギター一人という一見するとアンバランスさなのだけど、ギターが鉄塊のような低音を担当する反面、様々な工業的な廃材で組み上げられたメタルパーカッションがキンキン響く高音でメロディというかその名残のようなフレーズを担当。おまけに最近はボーカルの歌の度合いが強いので見た目よりとっても聴きやすい。やはり最後にプレイした「鏡」にBirushanahの魅力が詰まっていると思う。現実に立脚するのがハードコアならメタルは異世界に連れて行く。この日も短い中でもトリップ感満載だった。
そしてすごいどうでもいいけどボーカル/ギターのIsoさんはとてもお痩せになったのではと思います。

⑩ELMO@フロア
続いて東京のハードコアバンドELMO。もうずっと前になぜか1枚だけCD「Still Remains...」を買って持っている。この日多分一番尖っていたのがこのバンド。低音に特化した極悪なハードコアを鳴らしている。テンポチェンジも多用しているが、基本的には速度は遅め。ボーカルの方はシュッとした人で高い声で絞り出すように叫ぶのが基本だが、たまに這いずり回るような低音も出してくる。この人はひょっとしたらラッパーもやっているのかも。ハードコアでは客に暴れろと煽るバンドは多いのでは。このバンドも煽るのだが、それが変わっていて普通は演者と客の間に共通の連帯感がある場合が多いのだけどこのバンドは観客すら敵くらいのヘイトをぶちまけてくる。非常にヒリついた空気で緊張感が半端ない。ほんのちょこっと見ただけなのでなんとも言えないのだが、そもそもライブってなんでしたっけ?という問題提起にも思えた。

⑪Saigan Terror@ステージ
続いては東京の高円寺のハードコア。見るのは2回目。年季を感じさせるいぶし銀のメタリックなオールドスクール・ハードコアをやっているのだが、とにかく怖い。ボーカルの方の見た目もあるだろうけど音の方も超いかつい。そういった意味では日本のハードコアらしい叙情性というのはそこまでなくて、代わりに攻撃性と速さと重さがある感じ。コーラスワークもシンプルで恐ろしげ。スラッシーなギターはかなり動きの激しいギターソロにも反映されているが、やはり刻みまくるリフがかっこいい。良い感じに音が抜けているのでメタルの重苦しさがほとんどない。どちらかというとロックンロール的だ。このバンドはそのままだと相当怖いのだけど、ギタリストの方のMCでバランスが取れている。よくもあんなに言葉がポンポン飛び出してきて、どれもが面白いものだな〜と思う。

⑫Shut Your Mouth@フロア
続いては昨年1stアルバムをリリースしたShut Your Mouth。こちらも見るのは2回目。こちらも現行型のハードコアを鳴らすバンドで、一気に速度を落とすパートを取り入れた楽曲はハードコア的な踊れるものなのだろうが、それだけではない深みのある独自のセンスがあると思う。叙情的というのは何も装飾的であることでも、わかりやすいメロディがあるわけでもない。このバンドはニュースクールっぽいなと思う。ニュースクールというと激しいハードコアにプラスオンで情報を追加するイメージなんだけど、そこを通過してきているイメージ。2本のギターがリフに加えて奥行きのある要素を曲に持ち込んでいるし、ちょっとFall Silentっぽくもある若さのあるボーカルはとてもエモーショナル。ラストの「Grey World」はかっこよかった!この日一番良かったかも。

⑬SLIGHT SLAPPERS@ステージ
続いてTokyo PowerViolenceスラスラ。今日ボーカリストの方はメガネではなくきらきらひかる眼帯をつけていた。(あとで外してお客さんに優しく(?)かけてあげていた。)前回見たときと同じく妙にポップな前半から後半一気に加速する曲でスタート。このバンドは今風の低速パートをほとんどやらない。音的にもギターは中域を分厚くしたハードコア〜パンクを感じさせるあえて肉抜きした生々しいもの。ショートカットな超特急で突き抜ける。そういった意味ではある種乗りやすいわけではないのだけど、そこをコーラスワークだったり、フリーキーなポップセンスだったりで速いだけでなく曲にフックをつけることで魅力的でステージで映えるもにしている。またボーカリストの人の動きやその他のメンバーのステージング(みんな楽しそう)で明るくて、楽しいものにしている。

⑭Friendship@フロア
フロアのトリはこの夏1stアルバムのリリースがアナウンスされているFriendship。期待値の高さと自分たちの大量の機材を使うことからとりなのだと思う。縦横に2✖️2に積まれたOrangeアンプからとんでもない轟音を鳴らすバンド。(豊富な物販でもSunn O)))のモチーフを拝借したりしている。)超高速と超低速を行き来する楽曲は現行のパワーバイオレンスに括られるバンドだと思う。ひたすら低音に特化した様はELMOに似ているが、あちらはざらついた低音だったのに対してこちらはもっと密度の濃い壁のような低音。また積極的に煽るELMOに対して、こちらはMCなしの楽曲没入型。(要するにもっと無愛想とも言える。)ひたすらブルータルな楽曲を繰り出していく。あえて楽曲に隙間を開けない、また開けても全開でフィードバックノイズを鳴らすやり方で客に拍手や歓声をあげる暇すら与えない無慈悲なストイックさ。ある意味客を置いてけぼりにするようなイメージで、客の方もただ圧倒されて首だけ降っているみたいな状況になっていた。個人的にはやっぱりこのバンドはドラムがすごい。シンプルなセットででかいドラムのパートをでかい音で”一定”のペースで鳴らし続けるのは結構異常事態ではと思う。そういったところも含めて潜行というか窒息感があってすごくかっこいい。

⑮VVORLD@ステージ
イベントのラストはもちろんVVORLD。ライブを見るのは初めて。今年新作された「Highway Shits」のリリースパーティな訳だけどその新作のかっこいいこと。期待度も非常に高かった。改めて生で楽曲を聴くとだいぶ独自の音を鳴らしている。根っこがハードコアだとしても、出ている音はメタルを通過したブルータルなもの。強くデス声めいたボーカルもそうだが、動きの激しいギターもそう。煙たく充満するフィードバックノイズもそうだし、高い音も使ったりしていて相当不穏である。ソリッドというよりはざらついた質感でハードコアのフォーマットでかなり先鋭的で独特な音を鳴らしている。メッセージ性もいわゆるストレートなハードコアのそれとは微妙に異なり毒気のある個性がある。ラストを飾る「Living Hemp」は長丁場のイベントの大団円ということで感動的ですらあった。

全15バンドというとでちょっとしたお祭り状態。ハードコアを基本にしながらも幅広いアーティストを全国津々浦々から一堂に集めるというのは贅沢で非常に楽しかった。こんな機会はそうそうない。まだ知らないかっこいい音楽に出会えたという意味でも非常に良い場所だった。
VVORLDのパーカーとFRIENSHIPのT-シャツを購入。もっと色々欲しかったな〜といつも帰宅してから思う不思議。ライブハウスの外に出てたら豪雨はとっくにやんでいた。雨上がりの濡れた道を気持ちよく帰った。

2017年5月20日土曜日

グレゴリイ・ベンフォード/時空と大河のほとり

アメリカの物理学者兼作家の短編小説集。
こちらも漫画家の弐瓶勉さんが好きな短編集としてあげたもの。わが国では1990年に出版されたのだが、こちらもすでに絶版状態なので古本を購入した。

もう一冊のグレッグ・ベアの「タンジェント」はSFとファンタジーの混ざり合った物語だったのに対してこちらはハードSF。ハードSFというと難解というか専門用語も多くて決して読みやすくはないという印象。この本でいうハードというのはフィクションであるものの科学的な根拠の度合いが強いというもの。実際にはない技術や事象を描いているのはそうなのだが、それが頭の中の想像やひらめきで生まれたものではなくて現状の科学技術とそれを利用した観察から生まれた考察でもって書かれている。何と言っても著者ベンフォードは現役の物理学者なのだ。科学的な知識と考察に関しては他の作家に比較して抜きん出ているだろう。(もちろん科学者が一番面白いSFを書けるわけではない。しかし他の作家には出せない説得力とリアリズム(総合的に見れば虚構であるが)を物語に添えることができる。)
実際の科学が抱える問題や課題を元に物語が始まっているから、そういった意味では物語の組み立て方が違って面白い。どの物語も中心に科学が腰を据えている。確かにハードな内容になっているが決して頭でっかちの小説になっていないのがこの作家のすごいところ。自身をモチーフにしたような科学者だけでなく、自堕落で向こう見ずな若者、恋に悩む女など魅力的なキャラクターを生き生きと描いている。根っからの学者であるとともに根っからの小説家でもあるのだと思う。どれも心の機微を心情をそのまま書き込むのではなく、その些細な身体の動きに託しているような気がして、そういった意味ではアメリカの作家ぽいし、私はそういった書き方が好きなのでハードさも意外にすっと受け入れることができた。思うに科学技術は人間が使うものなので、それ自体を書けば必ず周辺の人間を描くことになる。問題を扱えば人を描くことになる、という小説の基本を実は当たり前のように抑えているなと思う。
描く物語には作者本人によるあとがきが収録されている。どうも読んでみるとなかなか自信たっぷりな人だな!と思ったのだが、そうではない。自分の仕事に誇りがあって、それでいて強烈な負けん気があるのだ。特にアメリカ合衆国における南部人の実態とはかけ離れたイメージに静かな怒りを燃やすあとがきを読むとその情熱家っぷりがよくわかって途端になんとなく好感を持ってしまった。

人間がとんでもない姿になっている未来を各短編もあれば、現代の実はSFじゃなかった!な短編もありバリエーションに富んでいる。とっつきにくさも小説自体の完成度の高さで気にならないはず。SF好きな人は是非どうぞ。弐瓶勉さんオススメなので、「BLAME!」好きな人も気にいると思います。

HEXIS/Tando Ashanti

デンマークはコペンハーゲンのブラッケンド・ハードコアバンドの2ndアルバム。
2017年にHalo of Fliesなどからリリースされた。
2010年に結成されたバンドで日本を含む様々な国でライブをやっている。どうも最近ボーカルのFilip以外のメンバーが全て脱退してしまったようだ。

Celeste系のトレモロギターを壁のように聳え立たせるいわゆるブラッケンド・ハードコアなのだろう。トレモロといっても低音も使う、そして使っている音自体が分厚いということで絶妙なメロディアスさ、退廃的な耽美さ、コールドな儚さといったプリミティブなブラックメタルからの影響は色濃いといっても結構音自体は別物になっているなという印象。異形のハイブリッドといった黎明期は既に過ぎ、なんという名称が正しいのかはわからないがだいたいジャンルとしては確立した感はある。この間来日も果たしたスウェーデンのThis Gift is a Curseともかぶるところはある音なのだけど、結構印象が違う。向こうはあくまでもハードコアを基調としていて同じような音を使っても曲は結構派手で動きがある。テンポチェンジやリフの多様さといった要因が働いているのだと思う。一方このHEXISというのは音は似ているもののそういったハードコア的なカタルシスが意図的に削除されている曲をやっている。一つはテンポが遅い。ギターとベースの音の数は多いので、これでドラムが早いビートを刻めば爽快感が出そうなものなのだが、あいにくとそういった優しは持ち合わせてないらしく遅々としたとまではいかないものの淡々としたリズムでビートを刻んでいく。こうなるとトレモロギターは露骨に重い、重すぎる。速度が遅いという意味ではスラッジ/ドゥームなのだが、ドゥームなら粘りのあるリフを曲の中心に据えたり、スラッジでも鈍足リフの間に息継ぎする暇があるもの。しかしHEXISは神経症的に隙間を丁寧に埋めていくので結果的に非常に息苦しい音の密室が出来上がっている。曲によってはアンビエントパートを入れているが、美麗なアルペジオが出てくるわけでもなく、ひたすら殺伐として不穏。神経症的な音の密度からの解放という意味では不思議に癒される仕組みになっている。
Celesteなんかと違ってギターの音がクリアではなく、輪郭が曖昧に汚されてブワブワしているのでこの密室の壁がどうも伸縮していて狭まっているような感じがする。音で壁は作れないからこれは妄想なのだが、不安は感染するみたいな感じで非常に面白い。音楽的にはDownfall of GaiaやRorcalと似ているのだが、こちらはそれらのバンドにある長い尺を活かしたドラマ性を減退させてより肉体的な印象。こうなるとジャケットの黒と白、ナイフを握りしめた俺とお前の関係性、というアートワークが非常にしっくりくる。

ブラッケンドは音の種類の形容詞に過ぎないが、やっている音楽も呪い属性のようないやらしさがあってそういった意味でも大変に黒い。この手のバンドが好きは人は是非どうぞ。

M.G.T./M to tha G-13

日本は東京のハードコアバンドの2ndアルバム。
2017年にDEATH BLOW MUSICからリリースされた。
印象的なアートワークはイラストレーターのUsugrow氏の手によるもの。
トリプルボーカルが特徴的なバンドで、マイナーリーグ、元YKZ、ジェロニモのメンバーが名を連ねている。1998年に結成し、メンバーチェンジもありながらマイペースに活動。
私はマイナーリーグが好きなのでこのバンドに興味を持った次第。
2004年にリリースされた1stアルバム「9 Songs Terror」とアメリカの二人組ハードコアバンドBattletornとのスプリット音源を持っている。サイドプロジェクト的なバンドなのかなと思っていたが、今回新作が出たのは嬉しい限り。

レイジング・スラッシュ・ハードコア・パンクと称されるようだが、なるほど「レイジング」という形容詞がぴったり来るストレートなハードコア。13曲で23分ないくらい。
ベースの主張が激しくて、重くはないのが印象的な音でガロンガロン弾きまくる。恐らく複数の弦をギターのようにコードで音をだすような弾き方もしている。
レイジングと言ってもいわゆるバーニングスピリッツ的な日本のハードコアとは一線を画す内容で、胸を突くような哀愁のメロディ、高揚させるコーラスワークと言ったものは少なめ。荒々しいオールドスクールなハードコアを日本語で再現したような音楽性。ボーカルが3人在籍しているのが一番特徴的だが、同じ曲の中で掛け合いをするのは意外にもあまりやらなくて、この曲はだれ、あの曲はだれという感じで基本的には住み分けができている。この形式は結構珍しいと思うのだけどアルバムを通して聴くとかなり起伏があって面白い。とっつきの印象は結構ボーカリストによって変わるのだけど、もちろんバックの演奏は共通した世界観なのでコンピレーションを聴いている感覚とも異なる。
攻撃性に満ちているが、徹底的にダウンチューニングを施した今風の壁のようなハードコアとは一線を画した、ざらついたギターの音も生々しい耳元で叫ばれているような、ハードコア。攻撃性はその直接的に中指立てる歌詞にも表れている。曲の方も荒々しいのだが、実は結構フックが効いていて、例えば元YKZのTatsuzoneさんがラップを通過したまくし立てるボーカルを披露しているときはその魅力が伝わるように抑え気味、テンポチェンジも多用しているし、意外にメロディアス(曲というよりはボーカルのメロディラインが映えるパターンが多い。)だったりと結構工夫や配慮が感じられるいぶし銀の作り。
私はなんとなく不穏な感じにトーンダウンしたラストを飾る「Never No More」が良い。この曲は3人のボーカリストが多分そろい踏みでラストっぽい劇的な感じ。

マイナーリーグが好きな人はもちろん、YKZとかジェロニモというバンドに引っ掛かりがある人は是非どうぞ。怒れるハードコア好きな人もぴったりはまるんじゃないかと。

Nekrofilth/Devil's Breath

アメリカ合衆国コロラド州デンバーのデスメタル/パンクバンドの2ndアルバム。
2013年にHells Headbangers Recordsからリリースされた。
Nekrofilthは2008年に結成されたバンドで現在はドラム、ベース、ギターの三人組。
ギター/ボーカルのZack Roseはデスメタル(本人たちは「Devil Metal」を自称している)バンドNunslaughterのメンバー。
Nunslaughterも聞いたことがないのだが、来日するというきっかけで音源を買ってみた。
聴いてみると慌てて来日公演に足を運んだくらいかっこよかった。

ジャケットやマーチャンダイズのアートワークはいかにもデスメタル的だ。
それもオールドスクールなやつ。死体、骸骨、ゾンビ、蛆虫のおどろおどろしさ。
オールドスクールにはそういった”汚さ”(これは決して演奏とはイコールではない)があると思うが、この汚さをハードコアパンクのRawなラフさに結びつけたのがこのバンド。
初っ端はその勢いに圧倒されてパンクだぜ…!になってしまうのだが、何回か聴いてみるとリフの構造的には結構メタルというか、スラッシーであることに気がつく。ミュートを多用しているので流れるように引き倒すパンクとはちょっと異なる。ただしキャッチーであることと、反復性があること。曲の展開がシンプルかつ速度が早くで短い尺でストレートに進行することで”パンキッシュ”になっているのだと思う。スラッシーなパンクである。つたつた刻むドラム(ライブ見たらすごかった。リズムには結構バリエーションがある。)も硬質で前にガツガツ出てくるベースも非常にかっこいい。リフがかっこよいのでメタル的な楽しさに横溢している。そういう意味ではいわゆるMotorhead的なロックンロール要素が強いと思う。やけっぱちなロックンロールはなにかに追われているように前のめりで性急なギターソロにあらわれている。ダミ声というかいい感じにしゃがれた声のボーカルは汚い単語が聞き取れる感じで明らかにデスメタルの歌唱法とは異なる。酔っぱらいのガナリ声という感じで非常に味がある。「まくし立てる」という表現がぴったりで、グラインドコアのマシーン的な正確さとは対極にあるような”生々しさ”がなんといっても魅力。ビールが燃料で、オールドスクールなゾンビ映画について延々と安酒場でまくし立てる、困ったやつだけど一緒にいるとこの上なく楽しい男、そんなイメージ。非常によくキャラクターが立っている。VHSで見るゾンビ映画的な楽しさに満ちている。

Petar Pan SpeedrockとかZekeとか好きな人は意外にハマるかもしれないドライブ感。もちろんオールドスクールなデスメタルが好きな人はその腐臭をやさぐれたハードコア間の中に嗅ぎ取れるだろう。非常にかっこよかった。既に来日公演は終了してしまったが、気になっている人は音源で是非どうぞ。

2017年5月15日月曜日

グレッグ・ベア/グレッグ・ベア傑作選 タンジェント

アメリカの作家による日本オリジナルの短編集。
グレッグ・ベアといえば「ブラッド・ミュージック」が有名なのでは。かくいう私も読んだのはその一冊のみ。なぜこの短編集を手に取ったかというと漫画家の弐瓶勉さんがtwitterで自分が好きなSFの短編集をあげており、そのうちの一冊がこの本だったため。
1993年に出版された本でもうおきまりのコースだが現時点では絶版状態のため古本で購入。

ナノマシンが人体に及ぼす(強烈な)影響を書いた「ブラッド・ミュージック」を読んでいたのでベアというとSF!というイメージでいたのだが、実際にはファンタジーもよく描く人らしい。この短編集には8つの短編が収録されているが、短編によってはなるほどどう考えてもファンタジーだなというものが入っている。科学そのものを描いてその影響を思考実験のように観察、考察して物語を構築するというタイプの作家というよりは、未来的なガジェットというよりは、非現実的な要素を道具(メタファーとよく言われる)のように使って人間の心理状態とそれによって導き出される行動、つまり(規模はあれど)日常や世界を描こうというタイプの作家のようだ。短編「姉妹たち」はSFのアンソロジーで1回読んだことがあったのだが、改めて読むとベアの人類愛に触れることができる。学校を舞台にした青春小説だが、誰もが一度は思春期を過ごすもの。この青さに未だ未完成な人間の気持ちがぎゅっと濃縮されていて胸を締め付けられる。この物語では舞台は未来で遺伝的に設定された子供達が登場人物だが、その科学的な設定の向こう側に普遍的な人類の問題が提示されているわけだ。新奇な設定で人目を引き、それから日常の背後にある問題にハッと気づかせるような、そんな視点がどの物語にも巧妙に仕掛けられている。特にどの物語のも個々人の孤独、というか周囲との断絶が表現されているように思う。これはベアの子供自体が反映されているのかもしれない。その孤独を埋めようとする試みが物語を生んでいる。一度も恋人ができたことのない50歳の女性(これ男性だとちょっと物語の持つ意味が違ってくるというか、相当うまく描かないと違う方向に行ってしまうのだと思う。)が辞書から理想の男性を作り出す「ウェブスター」は現代人の都会の孤独をよく表現している。ラストがなんとも悲しくも美しい。
一方「飛散」はこの本の中で一番SFらしい。謎の異星人の攻撃(?)を受けてバラバラにされた挙句別の宇宙で別の宇宙の人類含む生物と一緒の構造体(いずれかの宇宙の宇宙線などがデタラメにくっついているようだ)に再構成される話だが、これは広大な宇宙と時空で迷子になってしまった人たちが、何千年もかけて自分の宇宙を見つける物語である。喋る熊が出てきたり、ごちゃまぜのカオスが出てきたりとこの話が非常に弐瓶勉さんっぽいし「フニペーロ」(弐瓶勉さんのバイオメガという作品に同名のキャラクターが出てくる)という登場人物が出てくる。

どんな結果が生じようとも試みが肯定的に描かれている(これを描かないと物語が始動しないというのもあると思うけど)ような気がしていてそう意味ではSF的/ファンタジー的であっても優しい物語(群)だと思う。非常に面白かった。弐瓶勉さんが好きな人はきっと気にいるはず。

2017年5月14日日曜日

Yokohama Extreme6 Nekrofilth Japan Tour@横浜El Puente

最近は来日をきっかけに海外のアーティストを聴き始めることが多い。そんな流れでアメリカ合衆国コロラド州デンヴァーのNekrofilthを聴いて見たらこれが非常にかっこいい。デスメタルバンドのNunslaughterのメンバーがやっている別バンドで、デスメタルの要素色濃いのだが、それがハードコアパンクとくっついたクロスオーバーな音楽をやっている。5月12日からツアーがスタートするということなんだけど、ラッキーなことに仕事に都合がついたので横浜まで足を運ぶことに。ライブハウスは西横浜にあるEl Puente。メタル、ハードコアに限らずアンダーグラウンドな音楽御用達のライブハウスなんだけど行ったことがなかったから、これも非常に楽しみだった。
El Puenteは西横浜駅をおりて割とすぐ。お店のそばに行くともういや〜な感じの音が漏れている。(暗いからよくわからなかったけど周りにあまり建物がない。)今まで行ったライブハウス(一応ミュージックバーということらしい)で一番小さいと思う。入場するとすぐ横でバンドがでかい音で演奏しているし(これは本当楽しい)、バンドの正面ちょい横あたりは2列くらいかな、入るのは。距離の近さという意味ではこれ以上はないんじゃないかくらい。
私がつくとすでに1バンド目Filthy Hateのライブは終わっており、続くAnatomiaがプレイしていた。

Anatomia
2002年から活動している日本は東京のデスメタルバンド。ギター、ベース、ドラムの3人組でドラムの人がメインボーカルを取る。びっくりしたのがエフェクターがマルチエフェクターだった。それでもきちんとなっている音はどう聴いてもデスメタル!なんとなくイメージを覆されて痛快だった。デスメタルというのは重たい⇄軽い(重いバンドが多いけど)、遅い⇄速い、などなどその構成要素を取ってもいろいろあるし、構成要素でも表現方法は多様なのだが、個人的にはデスメタルには”邪悪”の要素があってほしい。逆にここを抑えていれば私としては非常に入りやすい。Anatomiaはまさに”邪悪”を音楽にして発信するバンド。とてもスリーピースとは思えない音の壁で、速いパートもあるが基本はドゥーミィな遅いパートが主体。圧殺、窒息系の重苦しい音。例えば同じオールドスクール・デスメタルでもCoffinsはズンズン響くリズムを強調したりと容赦のなさの中にも華(と行っても真っ黒い)があるのに対して、Anatomiaは華がないというよりはそういうとっつきやすさがない。ひたすら地下室。うめきあげるようなボーカルはひたすら低く憎悪に満ちている。リフは黒く鈍く光るデスメタルの結晶のようだ。重苦しいのがたまらないやつ。それでも曲によっては空間系のエフェクトをかけたり、遅すぎて崩壊したアルペジオやその裏でのベースのコードっぽい弾き方など、曲をデスメタルたらしめるための技巧もいろいろと感じた。荒廃した墓場と言った様相のライブ。かっこよかった。
ちなみにギタリストの方は長髪なのだけど激しいプレイでネックに髪の毛が絡まっていた。終演後ベーシストの方が「今までで一番絡まっている」と心配していたくらい。ちゃんとほどけたのかきになる。

Nekrofilth
続いてはNekrofilth。このバンドもギター、ベース、ドラムの3人組。全員上背があり、リズム隊はがっちり巨漢という感じで迫力がある。ギター/ボーカルの人のギターなんだが金属質なピックガードが茶色っぽい赤黒にまだらに染まっている。昔あのギターで誰かを殺してゴミのように埋めてきた、のようなバンド名にちなんだデスメタルストーリーがあるのかもしれない。ギタリストの人はアンプヘッドのつまみを適当にザーッと全部マックスにしていたみたい。大丈夫なの?と思ったけど大丈夫でした!始まってみるとめちゃかっこいい。ギターの音は低音を強調するデスメタルのそれというよりももっと生々しいディストーションがかかった音。エフェクターも少なめ。声質もしゃがれて結構高音が効いている。それで故Lemmyのように高く上げたマイクにしたからかじりつくようにがなりあげる。単語単語(FuckとかFuckingとかよろしくないのばかり)によってたまに聞き取れるくらい。つまりデス声とかそういった歌唱法とは違うわけで、楽器の音と同じでここも生々しい。曲は長くて2分くらいであっという間に駆け抜ける。何かに追われているように性急なギターソロが入ることもある。速いんだけどグラインドコアと違ってもっと軽くてつんのめるようなリズム、そして良い感じに密度が空いているので風通しが良い。リフがかっこよくてメタルのように詰め込むテクニカルのようなものではなく、キャッチーで反復的。ここら辺がハードコア、パンクと称される所以。パンクも然りなのだけどどっちかというとMotorheadのロックンロール〜Rawなグラインドコアよりのハードコアという印象。とにかく痛快。男の子のかっこよさ。もちろんスッキリ通り過ぎるという感じではなく、デスメタルのフレーバーが効いているのでその歌は下品かつ血みどろな雰囲気がする。むせるような暑い風に当てられているみたい。Filthと名乗っているわけだけどデスメタルの汚さがハードコアパンクのRawさにうまくハマって、両者ががっちり握手している。あっという間に終わってしまった。聴いている間ずっと笑顔だったかもしれない、私。

Nekrofilthの物販を除くとそこにはデスメタルの香りがするアイテムがいっぱい。やっぱり出自というかアティチュードはデスメタルなんだな〜と思わせる。かっこよかったので裁縫できないのにバックパッチを買って帰る。
外に出るNekrofilthのドラマーの方が涼んでいらっしゃって、「アリガト〜」と声をかけてくださった。私も「ベリークール、こちらこそサンキュー」とか馬鹿みたいな英語で返答。こういうの非常に嬉しい。アンダーグラウンド音楽のライブの醍醐味の一つだと思います。横浜はさすがに遠くて仕事帰りに行くのは大変だけど行ってよかった。とても楽しかった。半端にしかライブが見れなくて残念。本気で来たいバンドの方々と本気で日本の人たちに聞かせたい主催の方々たちがいてこういう機会があることは非常にありがたいことです。ありがとうございました。

2017年5月7日日曜日

死んだ方がまし/Mensch, achte den Menschen

日本は東京のパンクバンドの1stアルバム。
2017年に自主リリースされた。
発売されるや否やtwitter上で話題を呼んでいたので視聴したところ「えー!」となって買わない。そのあともう何回か聴いてみたところやはり「えー!」となるので買ってみた。自分の中で良いか悪いかわかんなくても何回か視聴している音源があるならそれは買ってみた方が良い。ちなみにうっかりデジタル版を購入して早くも後悔している。歌詞やアートワークがきになるからだ。
死んだ方がましは2012年に結成された5人組のバンドで「Tokyo Blue Days Punk」を自称している。まず多くの人が言っているようにバンド名が良い。「死んだ方がまし」というのは嫌な気持ちになるが、実は臆病で矛盾している。というのも本当に死んだ方がましだと考えているならその人はすでに死んでいるからだ。つまり死んだ方がましだとうそぶいているか、そう思っていても死に切れない状態にいるということになる。もちろん臆病だし決してかっこよくないが、そんな人は沢山いるのでは?デスメタルだって生きている人が演奏している。そんな複雑な気持を孕んでいる短くて良い言葉だ。ちなみに自主企画の名前は「なしくずしの死」だって!サイコーじゃん。(フランスの作家セリーヌの小説のタイトル。私は序盤のとあるフレーズを定期的に読み返しまくるくらい好き。)

ドイツ語のタイトルは「人、8人の人」となるみたい。調べてみるとどうもホロコーストに関わる言葉のようで過去をいたみ、忘れないための碑に刻まれた文字のようだ。
パンク、ハードコアという単語を聞いた時多くの人は速くて激しい音楽を思い浮かべるだろう。思うにハードコアやパンクに関しては強さを志向する音楽だ。だから音がでかいし、低音が強調されている。往往にして演奏している人たちも怖そうだ。ところがこのバンドはそうではない。バンド名もそうだが、あえてその逆を行く。まず聞いてみんな驚くと思うけど声が高い。異常に高い。グロウル、ガテラルなど低音に行きがちなアングラ音楽にNO!を突きつける。鍛錬されたファルセットというよりは裏声を常に出しているみたいな不安定さ。あまりよろしくない例えかもしれないがDangerousというよりSickなヤバいやつ感がある。ちょうど春だし。歌詞も同じフレーズを繰り返しがちで悪夢というか白昼夢感が増す。物理攻撃というよりは呪い的な、いやらしくヒットポイントを削ってくるタイプ。
演奏の方も重たくはなくてギターは生音を割と活かした音で完全に歪んで潰れた音にない繊細さを持っている。コードやフレーズはキャッチーなのだが、2本のギターのうち一本は痙攣的というかせん妄的に単音をなぞっていき、コードもマイナー感というかなんともいやあな感じである。90年代のヴィジュアル系も引き合いに出されているがなんとなく頷ける。日本的な閉塞感とヘヴィネスに頼らないキャッチーさがあってしっとりとしているのだが、何もその艶っぽさをこっちに使わなくても…という不安定さ。(一方ベースだけは変に無関心で冷徹なのが、嫌な運命的な緊張感と予兆を孕んでいてなんとも好感触である。)
何回か聞いてくると「うお〜」という混乱から抜け出せないものの「硬くなって動かない〜」とか思わず口ずさんでしまう、アクが強いのに妙に脳に引っかかる。初めは特徴的な声がクセになるのかなと思ったけど、実は曲がかっこ良い。日本人的な歌謡感というか、聴きやすさに満ちているのではと思ってきた。短くまとめられた曲は例えば「病気X」は爪弾かれるアルペジオから疾走するイントロだけでもうそのかっこよさに引き込まれるくらい、実はソリッドに練られている。

曲を聞き込んでもやっぱりバンド名が素晴らしいと思う。これは死ねなかった人が死ねなかった人たちに歌っている音楽なのだ。だからかっこよさのオーソリティのレールにはないのだけど(もしくはないからこそ)聴く人の胸を打つ。「やり方がうまいよね」なんて軽薄な言葉とても吐くことができなほどの曲と世界の完成度、そして必死さ。なんとかごまかしごまかし日々を生きている私の胸に急に掴みかかってくるヤバいやつ的な必死さ。かっこいい。こっそりエールを送りたい。

SWARRRM・killie/耐え忍び、霞を喰らう

日本で活動するハードコア2バンドのスプリット音源。
2017年にLongLegsLongArms Recordsからリリースされる。私はリリース記念ライブで一足早くにゲットした。12インチ45回転、筆の後も荒々しい白黒のジャケットに透明緑の盤が入っている。音を提供しているのは神戸のSWARRRM、そして東京のkillieである。

誰か、もしくは誰かたちを知りたい場合、その人が何をしているかに注目するのと同じくらい、何をしていないかということも重要ではないかと思う。SWARRRMはSNSに関してあまり注力していなかったり、MCらしいMCがないライブだったりとあまりユーザーフレンドリーとはいえないバンドだと思う。killieに関してはさらにその度合いが強く、音源の枚数をライブ会場のみの販売にほぼ限定しているのは象徴的だと思う。音楽をやっているのに音源を広めたくないというのは矛盾しているようにも思える。ここで何をしているか、何をしていないかという視点で見るとkillieというバンドはどうもライブハウスで演奏するという場所と空間を非常に大切にしている。ひょっとしたらそこで行われることのみがkillieというバンドの音楽なのかもしれない。

SWARRRMは2曲「愛のうた」「あなたにだかれこわれはじめる」。タイトルのらしくなさにも驚くが、歌詞がすごい。「愛のうた」は誰かの日記を読んでいるかのような生々しいものだ。今までにSWARRRMにこんな詩あっただろうか。音源を全部網羅しているわけではないから断言できないが、少なくとも直近ではここまでストレートに心情を吐露している歌詞はないのではと思う。ここで綴られているのは後悔と未練である。先日のライブを見て思ったのだが、SWARRRMは渇望するバンドだ。感情とかをたくさん持っていてそれを見る人に与えるバンドではなく、自分が(持って)ない故に取りに行くバンドで、いわば虚無的な真空が中心にある。そして空気がそこに殺到するように(地球上で真空は非常に存在しにくいのだ!)周辺にいる人(つまり音楽を見て聴いている人)を惹きつける。この感想はこの音源を聞く前になんとなくライブを思ったのだけど、「愛のうた」を聴いてうおおとなってしまった。私の勝手な思い込みではあろうが、なんとなく個人的にはしっくりきたのだった。
音楽的にはやはり目下の最新アルバム「FLOWER」を踏襲する、あえてのヘヴィさからの脱却で、代わりに削ぎ落としたギターで圧倒的な感情を充填している。特にメロディが強調された「愛のうた」は音楽的にも衝撃である。私は「FLOWER」 収録の「幸あれ」がとにかく好きなので、もうすでに何回「愛のうた」をリピートしているかわからない。「あなたにだかれこわれはじめる」の後半「もう二度と 答えを見つける必要のない あの場所へ」からの感情の本流と音的なドラマティックなクライマックス感に感情が揺さぶられる。あえて見せるこの心の内は弱さなのか。それは人を感動させる。劇的な音に別の地平線を見ているバンドだと思う。

killieは1曲「お前は労力」を収録。11分を超える大曲。不穏な人の声のサンプリングからスタートするその暗さに驚くが、演奏は激しいがやはりギターの音はソリッドでそこまで重低音に偏向しているわけではない。生々しい音だと思う。まくし立てるボーカルは怒りに満ちいているが、時たま見せる地声には柔らかさが残る。あくまでもとある個人(達、バンドなので)の意思表明、つまり声であるということだろうか。コラージュ(もしくは連想の飛躍)のような手法でエンコードされているものの歌詞は直接的である。現状への不満、もっというなら社会に対する圧倒的な不信感でほぼ構成されている。個人的な感情の登場する隙はほぼないのだが、前述のように現状を詩に翻訳することで個人的なものにしていると思う。いわば広義の社会を自分の問題として捉える真面目さがあって、真面目すぎてどうかしてしまったというバンドは真っ先に日本のisolateが思い浮かぶが、あちらは個人的な問題(ヒビノコト)を抱えており、こちらはいわば日々そのものに対する違和感、不信感がありそれを咀嚼できない苛立ちと悩みが曲に表れている。どちらのバンドも最終的に自分というフィルターを介しているものの、killieの方が反体制という意味でパンクであるかもしれない。しかし次第に言葉少なくなっていく代わりにうねり出す後半の音楽的なかっこよさは半端ない。個人的にはConvergeの名作「Jane Doe」の「Jane Doe」に通じるところがあるのではと思っている。
どう考えても格好良いのだが、バンドのスタンス的にはあくまでも音源は名詞みたいなものかもしれない。立場が印刷されているが、実態(本人)を全部表現しきってはいない。名刺を見てきになるなら現場に来てくれ、そういった意味だろうか。ああでももっと音源も聞きたい。もっと別の曲も聴きたい!

歌詞が掲載されたインナーが面白くて白と黒でのみ構成されたジャケットに対して、二つ折りのインナーの中身は極彩色といっていいほどの豊かな色彩に溢れている。アンダーグラウンド音楽にありがちな灰色や死をイメージさせるモチーフとは明らかに一線を画す表現技法で、表面的には暗い音楽を演奏しつつも決して暗さのみ志向しているバンドではない、ということの証明だろうか。
「耐え忍び、霞を喰らう」というのがこのスプリットのタイトル。霞というのは霧やもやのこと。霞を食べるのは人間ではない、仙人だ。しかしこのタイトルは「俺たちは超越者だ」ということではないだろう。SWARRRMを聴いて、見て思うのは孤高のバンドだということだ。無愛想なやり方もそうだが、特に昨今の彼らの音楽を聴けばその特殊性がわかると思う。ハードコアの枠組みの中で誰もいない境地に辿り着いている、もしくはたどり着こうとしているように思える。奇をてらった飛び道具ではなくバンドが重ねてきた20年という年月の重みがそのサウンドの変遷を支えているのだろう。一方killieも伝説的なバンドなのだが完全にアンダーグラウンドというよりは徹底的な現場志向であえて聞き手を絞るやり方を続けてきた。いわば大衆に迎合しない姿勢で長いこと活動していたバンドの美学がタイトルの「耐え忍び、霞を喰らう」に表れているのだと思った。孤高の二つバンドのスプリット、つまり邂逅点としても事件であるし、圧倒的に手に入りにくいkillieの音を聞けるという意味でも価値があると思う。尖っている音が好きな人は今すぐ予約で大丈夫です。

2017年5月5日金曜日

犯罪者と同姓同名@新大久保Earthdom

犯罪者と同姓同名、嫌な企画名である。全然関係ないところから来る二次的な被害という感じだし、ともすると本当は本人だけど同姓同名だよ、と嘘ついているみたいに思える。サイコパス。怖い。企画したのは日本のハードコアバンドkillieである。killieはとても有名なバンドで名前を知っている人は多いと思う。私もそれこそ何年か前から気になっているがこのライブまで直接でも音源でも聞いたことがなかった。というのもこのバンドのリリースした音源は全て今や非常に希少なものとなっている。まず枚数が少ないし、ほとんどライブ会場でしか売らない。リリースのやり方も凝っていて非常に凝ったDIYなアートワークを施し、聞いた話だがコンクリートでラッッピングした音源もあるとか。聞くためにはコンクリートを破砕しないといけないのだ。(壊すと果たして音源は無事なのだろうか?)最近はライブの数も多くないみたいで、そう言った意味でも伝説的なバンドなのだ。そんな孤高のバンドがなんとSWARRRMとスプリット、「耐え忍び、霞を喰らう」をリリースして、おまけにリリースパーティもやるというのでこれを逃す手はないとばかりにのそのそアースダムに向かったのである。

Nepenthes
一番手はNepenthes。日本のドゥームメタルバンドで、元Church of Miseryの根岸さんがボーカルをつとめるバンド。このバンドも見るのは初めてだった。全員上背があり、ボーカルとギターの二人はタイトなシャツにベルボドムのパンツをぴっちり来ていてかっこいい。多くの方がNepenthesはロックだ!と賞賛の声をあげるのがこの日分かったと思う。非常にオールドスクールなタイプのビンテージ感溢れるドゥームロックを現代的な轟音でアップデートしているもの。1曲目は隙間の空いたいかにもドゥームなリフをほとんど同じリズムで程よい遅さで延々繰り出していくもの。程よい隙間があるので重たいものの閉塞感がなく気持ちが良い。ロック感溢れるギターソロも非常にきらびやかでここら辺がロックだと言われる由縁の一端か。一発めで持っていかれる。根岸さんはにこやかでユーモアもあるが、ちょっと鬼気迫る感じがしてなんなら怖い。ロックスター的な佇まいを持った人だと思う。2曲目は打って変わってバンドの持つロックンロールのサイドを全開にした曲。ここで気づくのだが、演奏が非常にかっちりしている。1曲めは特に隙間がある分アンサンブルがずれだしたら目も当てられないがそんなことは全然なく終始タイトだった。そして思った、ギターのリフがめちゃかっこいい。確かにロックだというのもわかるが、このリフへのこだわりは(ヘヴィー)メタルかもしれないぞ!とワクワクした。(メタルはリフが凝ったものだと思っている節があるので。)ただメタル特有のこだわりの強すぎる感じはあまりしないので、メタルの技術でロックの鷹揚さの話術で饒舌に語っているのかもしれない。一番手にはもってこいのバンドだと思った。

Wrench
続いてはWrench。前にマイナーリーグとのツーマンを見たから多分2回めだと思う。結成25年を迎えるバンドで調べたらなんとToday is the Dayとスプリットを出したこともあるみたい!中高生くらいの時から知っていてその時はモダンヘヴィネスなバンドかなと思っていたのだが(実際初めはミクスチャーっぽいハードコアだったとのこと)、この間見たらすごい印象の違う音を出していた。今日はじっくり見て見ようという気持ち。まずはメンバー4人どれも機材の量が多い。ギタリスト、ベーシストはどれ踏むのか覚えていられるのか?というくらいのエフェクター類。ドラムの人はThink Tankのメンバーとヒップホップユニットを組んでBlack Smokerからリリースしているくらい幅のある人でやはり通常のドラムセットに電子ドラム?を追加でどんと置いている。ボーカルはシンセサイザー、ボコーダー、(見えないので間違っているかも)サンプラーなどを目の前にセット。声を楽器のように使うという表現は珍しくないが、このバンドは本当にそのように声を使っている。空間的な処理をかけた短い発声をさらにエフェクトかけてダブのように反響させていく。この日聞いて思ったのはテクノ的だ!ということ。基本的にどの楽器陣もミニマルにフレーズを繰り返し、神の手がそれぞれを操作するようにON/OFFを切り替えていく。フレーズの重なりが曲を作り、層が増えたり、減ったりしていく。反復の美学と気持ちよさ。もちろんロックのフォーマットでやるから音の数と曲の展開はテクノ寄りあって面白い。非常にタイト。ドラムの手数が多く、シンプルだがずれないリズムを力強く叩いていくスティックの軌道がとにかく美しかった。

SWARRRM
続いては20年以上の歳月をChaos&Grindを掲げ独自の道を模索し続けるこの日もう一つの孤高のバンドでスプリット音源リリースパーティの主役の一人。
ほぼ最低限の4人、機材も少なくアンプも壁際に据えているため急にステージが広く見える。照明もつけっぱなしの飾りっ気のなさ。上半身を脱いだボーカリスト司さんの恐ろしさ。混沌とグラインド、この二つの要素を使うバンドのほとんどが重さと速さの泥沼にはまり込んでいく(もちろんこういった音楽も大好きです)。そんな麻薬的な、つまり強すぎる要素をこのバンドは全く異なるように使っている。目下の最新作Flowerや昨今の各種バンドとのスプリット音源(充実した活動ありがたい)では、叙情的なハードコアというある意味陳腐なフレーズを全く別のアプローチから実現している。その感情の豊かさ、そしてエクストリームな音楽に求められる”凶暴さ”がちっとも損なわれていない凄みを見せつけ、もう全く全く違う場所にバンドが脇目も振らず到達しつつあることを証明しているバンド。ただその音楽だけで20年の重みを見せつけるまさしく孤高のバンド。
重さで塗りつぶさない6本の弦の振動が分離して聞こえるような生々しいギターの音がコード感に溢れるフレーズを奏でる。ドラムはタイトで曲に必ずブラストビートを導入、という厳格なルールを黙々とこなしていく。ベースは本当に驚くのだが、音の数の多さ。それもトレモロ的な秩序立った連符ではなく、空間を時に伸びやかに使って縦横無尽。司さんのボーカルは恐ろしい。前のめりに客席に乗り出して絶叫し、曲によってはそれはただ絶叫にしか聞こえない。言葉がない。感情の塊を吐き出していく。手に巻いたマイクのコードの束が古の剣闘士のように見える。激烈な感情の中心にはでっかい空虚があるような気がする。それが強烈な感情を放射している。感情豊かに見えるのはたくさん持っているのではなく、それが無いから渇望し希求しているからでは、と思った。だから聞いていると感情が高まり、しかし体は透明になってくる気がする。轟音が軽くなった体を突き抜けて揺らしているように思える。この日SWARRRMはアンコールに応え、そういうのは初めて見た。「幸あれ」は本当に阿呆ほど聞いた曲だけど演奏してくれて泣きそうになった。(誇張ではない。)ちなみにフロアの盛り上がりも相当半端なく、アンコールではお祭り状態でした。

killie
いやもうSWARRRMだな、と思っているところにラストkillie。専任ボーカルにギターが二人、ベース、ドラムの5人編成。メンバーはそれぞれラフな格好をしていて自然体。ステージに強烈な光を放つ蛍光灯を5つ壁に沿って設置し、演奏中は他の照明は一切使わない。
意外にも(そういうことは一切しないバンドかと勝手に思っていた)MCから始まり、演奏スタート。出音で持っていくバンドは少ないが、このバンドはそう。ぐえええ、と思わず口走る。ところが何をやっているのかよくわからない。ギュウギュウのおしくらまんじゅうの中で思ったのは「暗い」。この圧倒的な暗さはなんだ。
おそらく曲はなるほど激情と呼ばれる音楽の範疇に入ることはわかる。曲の尺が長く、その中で複雑に展開が変わる(もしかしたら別の曲になっているのかもだが)。ボーカルの頻度はそんな演奏の中で高いわけではなく、高音を利かした絶叫を主体に、ポエトリーリーディングのような歌唱法も取り入れてる。ギターは低音に偏向するのではなく、生音をそれなりに活かしたソリッドな音でそこに空間的なエフェクトを追加している。ソリッドだが後を引くので、そう言った意味ではブラッケンド・ハードコア的な何をしているのかちょっとわかりにくい音像ではあるかもしれない。それでもメタル的なやりすぎ感はなくあくまでもハードコアのフォーマットでやっている。
そしてこのバンドの場合、そのフォーマットで全く明るさや美しさがない。日本の激情お家芸のポストロック的な美麗なアルペジオのアンサンブルや、アンビエントなパートもない。このバンドの静のパートはボーカルがボソボソ喋り続ける中に、楽器陣が思い出したように鉄の塊のような音の塊をゴンゴンぶっこんでくる時間のことだった。いわば(激情的な)華が全くない!その空隙を勢いで埋めてくる。勢いというと言葉は悪いが演奏は非常にソリッドかつタイト。片方のギタリストの人はどうかしている動きをしているのだが、めちゃくちゃミニマルにリフを繰り返して弾きまくっていて怖かった。だるいパートがないので常に何かに急かされているような異常な緊張感、ひりつくような焦燥感がある。呪いで突き動かされているような音楽。照明の照り返しのない真っ暗なフロアも異常な盛り上がりできっと呪いが感染したのだろう(もしくは自らの呪いを認識したのかもしれない)。
MCでは簡潔にしかし力強く自分たちのスタンスを述べた。この地下の密室に何かあると信じている人がいて、その言(これは主に大半が音楽という形でその場にいる人々に流布される)は全く信憑性のあるものだと思った。フラフラで「耐え忍び、霞を喰らう」を買う。killieに関しては特にもう一度以上はライブを見ないといけない気がしている。

この日特に思ったのは音楽はやはり抽象的でそれゆえ感情を表現することに長けている。そしてそれを言語化するのは難しい。この困難はこうやってブログに感想を書くということだけではなく、その場のフロアで突っ立っている時からそう思っていた。特に主役の二つのバンドは色々はみ出しているバンド(孤高と称されることもある)なので特にその傾向は強く、そしてそれゆえ非常に面白かった。4つのバンドで出している音は全部違って、どれも一筋縄ではいかない。とっても楽しかった。

2017年5月4日木曜日

ケン・リュウ/ケン・リュウ短編傑作集1 紙の動物園

中国出身アメリカ在住のプログラマー兼弁護士兼作家の短編小説集。
日本オリジナルの短編集で単行本として2015年に発表されるや否や結構な話題を読んだ本。芸人で最近は作家としても活躍する又吉直樹さんが紹介したことで有名になったみたい。(私は又吉さんがNHKでやっているオイコノミアという番組をたまにみる。)Amazonがオススメしてくるので気になっていたけど、最近文庫本になったのでこのタイミングで買った。どうも文庫本を二つに分割しているようだ。
作者ケン・リュウは中国からアメリカへの移民でハーヴァード大学を卒業したのちマイクロソフトに入社、プログラマーとして独立した後弁護士になったりと、知性とそれを活かす行動力を持った人のようだ。今は作家がメインだと思うがアプリを作ったりもしているみたい。

表題作の「紙の動物園」はヒューゴー賞とネビュラ賞、それから世界幻想文学大賞というアメリカの優れた文学作品に送られる賞を三つ獲得したという。これはなんとそれらの賞が始まって以来の快挙だとか。
あとがきによるとこの分冊本に関してはファンタジー寄りの作品を選んで集めているというからなんとも言えないが、この本を読む限りSFらしい”もしも”の世界での至極個人的な出来事を物語にする作風であって、登場人物があえて限られていること。彼らの行動や心中の動きが物語の主題というか原動力になっていることなどが結果作品の間口を広げ読みやすさを生んでいると思う。なるほど日本でも重版になるのが理解できる。その近しい世界でしかし、絵画に例えると遠景に書き込まれている景色が異様なのである。異様というほど異様ではないのだが(これは作者の柔らかいタッチの文体が大きく影響していそうだ)、やはりちょっとSF好きの心をくすぐる設定が垣間見える。日本とアメリカを結ぶトンネルだったり、緻密なプログラミングがAIを思考するとそこに生まれるのは知性なのか?という問題、あるいはもっとわかりやすく宇宙漂流者と原住民のふれあいだったりと。これらの書き方がSF作家にありがちな大仰なもの(これは個人的には好きなんだけど)ではなく、あるものないものにもかかわらず技術の説明は読者がわかる程度であくまでも簡潔に留められている。
自身の出自を生かした中国、もう少し広げてアジア的な観点をたい程度の物語にも入れており、アメリカン人からすると異国情緒というのが感じられるのかもしれない。私からすると日本の描写もあまり違和感がないし、日本以外のアジアの国の描写も新鮮であった。要するにケン・リュウは異なる二つの事柄(文化というのが大きいが、「愛のアルゴリズム」は文系と理系、父性と母性だったり、「心智五行」は文化にプラスして未来人と原人を対比させていたり)を一つの短い物語の中でぶっつけてそこに生じる衝撃や波紋を描いている。しょっぱなに置かれた「紙の動物園」でうお〜となったが、その他の短編は非常によくできているけど、ちょっとよく出来すぎかなと思ってしまった。私はたとえ間違っていても、多少読みにくくても作者の思い入れが詰まっている作品が好きなので、ケン・リュウの巧みだがあまりに綺麗にまとまりすぎている感のある小説群は、もちろん楽しめるし嫌いというのではないけどそこまでかな…と思っていた。ところが最後にくる「文字占い師」では今までの綺麗な作風を維持しつつもかなり苛烈な領域に子供の目を通して踏み込んでいく。しかも史実(そんな昔ではない)がその底にあるという。ケン・リュウの激しい怒りのようなものを垣間見れて非常に面白かった。SFというと私はとにかくアメリカ、欧州の作家の手によるものを読むのがほとんどだ。ケン・リュウは巧すぎて少し物足りないかなと思ったのは、ひょっとしてアメリカ、ヨーロッパにはないアジア的な慎みの文化がその作品にも滲み出ているのかもしれないと思った。

というわけで中盤合わないかと思ったがラストで引き込まれた。分冊ということもあるしもう一冊の方も読んでみようと思う。巧みなSF、ファンタジーが読みたい人は手に取ってみると良いと思う。非常に読みやすい。

Stimulant/Stimulant

アメリカはニューヨーク州ニューヨークのグラインドコア/パワーバイオレンスバンドの1stアルバム。
2017年にNerve Altarからリリースされた。
あまり情報がないバンドだが、それぞれボーカルも兼務するギタリストとドラマーの二人組のバンド。メンバーの名前で検索するとどうやら二人ともタトゥーアーティストの人みたい。(ひょっとして同姓同名の別人だったら申し訳ないです。)
全然知らなかったのだけれどtwitterでオススメされていたのを聞いたらかっこよかったので購入した次第。

「刺激」というバンド名、不穏と悪ふざけの中間のなんとも言えないジャケットアート。なんともつかみどころのないバンドだが、鳴らしている音自体はパワーバイオレンスということになると思う。全部で21曲で29分ほど。ブラストビートを使った早い楽曲はグラインドコアと言っても遜色ないと思うが、楽器の音の作り方がメタル的ではなく軽さを意識していること、それからマッチョなボーカルスタイルは伝統的なハードコア要素が強い。ギャーギャー喚くタイプと野太いクラストタイプ、混合するボーカルの掛け合いなんかもSpazzからの流れを感じさせるし、ストップアンドゴーを短い尺の中で繰り返していくのも昨今隆盛を見せる(?)パワーバイオレンス的なアプローチが感じられる。
面白いのはノイズを使ったアプローチで、Full of HellだったりCode Orangeがハードコアの激しさの一歩先をいくためにノイズを足がかりに使っているのが記憶に新しいけどこのバンドもそれを取り入れている。使い方的にはCode Orange的というか不穏さを不可するためにこっそりノイズを底流に忍ばせる使い方がメインで、よくよく聞いてみるとSpazz的なパワーバイオレンスの背後でキュルキュルノイズが這い回っているのは面白い。ノイズの不穏さを前面に出したインタールードも挟んでくるし結構使い方に思い入れを感じる。ハードコア成分強めなので頭というよりは肉体に聞いてくるような気持ちのよい流れかと思いきや、後半終盤に向けてスラッジ成分を強めに出してくるあたりも個人的には好きだ。このスラッジパートに関してもあくまでもハードコアの音で表現しているのがよいみたい。メタリックなスラッジとは明らかに一線を画す。ラストの手前の曲ではスラッジ成分とともに貼っていた蛇が鎌首をもたげたように存在感をあらわにするノイズ成分が合間って途方にくれるような荒廃が展開されている。

そこまでメタリックではないけど、ノイズを取り入れた今風のパワーバイオレンス。絶妙な温故知新感で結構リピートしている。伝統的なパワーバイオレンスの潮流感じられるので伝統的なマニアの人もどうぞ。

2017年4月30日日曜日

The Bug VS Earth/Concrete Desert

イギリスのテクノプロデューサーとアメリカのギタードローンバンドのコラボレーションアルバム。
2017年にNinja Tuneから発売された。
Earthは1989年に結成され、中座もありつつも今尚活動するバンド。Sunn O)))などからもリスペクトされる決して一般の知名度がたいわけではないだろうが、与えた影響は大きいバンド。私は昨今のアルバムは聴いていないのだが、活動を停止する前のアルバムは何枚かレコードで持っている。
一方The BugはイギリスのKevin Martinのユニット。彼自身はいわゆる電子音楽の範疇に入る音楽を様々なユニットでプレイし続けているが、その活動範囲は広く、またアンダーグラウンドなメタル界隈にも触手を伸ばしており、Justin K BroardrickやAlec Empireなどのミュージシャンたちともバンドを組んだり共演していたりする。確かHydra HeadのAaron Tunerもプレイリストの中にThe Bugの楽曲をセレクトしていた。

そんな結構なベテランミュージシャンがタッグを組んだのが今作。
音楽性の編成はあれど一貫してギターを使っているEarth(というかその首魁であるDylan Carlson)といろいろな顔持ちつつも電子音楽をやってきたThe Bugということなるジャンルのミュージシャンががっぷり四つで組むわけだからその出来上がる音がどんなものになるかというのは気になるのが人情というもの。
最近のEarthは追えていないのでわからないが、このアルバムでのDylanはかつてのダウンチューニング著しいギターで分厚い低音を出す演奏方法はほぼ封印。その代わりに乾いたギターの音に空間的な効果を施し、ジャラーン、もしくはキャラーンと言った風情で引く。一つのアタックを効果的にひき伸ばしていく。弾き方自体は変わらないけれど、使っている音の種類というか、音の重量が圧倒的に軽くなっている。つまり空間と時間に対する音の密度と圧力減っている。緊張感というか張り詰めたテンション(文字通り弦による)は減じているどころか増しているが、窒息するような圧迫感は減っている。持ったりとした煙(実はスローモーションされているような)の奥に垣間見えるような、幽玄と言っても差し支えないような豊かで、しかし空虚な音が上物に使われている電子音楽というのがこの音源の方向性だろうか。The Bugが作る音は徹底的にロウだ。重量感があり、また低音が強調されている。リズムがないトラックと、持ったりとしたビートが刻まれるトラックが半々くらいだろうか。こちらもEarthと同様に余韻を強く意識したダブ的な音作りと曲作りになっているので、異なる個性が違った楽器を持ち同じ方向に向かっているという意味でそれぞれの音楽家が非常に尖った個性を活かしつつ、非常に統一感のある楽曲を作り出している。
明るいか暗いかと言われればもちろん暗い音楽だろうが、陰惨さを追求しているわけではない。(が、JK Fleshをゲストに迎えている曲も収録してくるあたりなかなか一筋縄ではいかない。)「コンクリートの砂漠」というタイトル通り、荒廃、つまり陰惨のその後を追求した音世界だ。尖った凶音というわけではなく、音は語弊があるかもしれないがオーカニックであって全体的に丸みを帯びた滑らかさを持っていて、例えるなら偶然世界の破滅を生き残って古いアメリカの車(決して大きくないやつ)で郊外のジャケットにあるような巨大なコンクリートの構造物の下を走っているような、茫漠とした夢の中のような聴き心地。個人的には優しく落ち込んでいく「Other Side of the World」が特に好き。

The Bug、Earthどちらの単語にも引っ掛かりを感じる人は是非どうぞ。また空虚な音楽フリークはマストでどうぞ。ninの一連のアンビエント作品が好きな人はハマると思います。

2017年4月27日木曜日

ロバート・ブロック/アーカム計画

アメリカの作家によるホラー小説。
「アーカム計画」というタイトルで好きな人はわかると思うけどクトゥルーもの。
ロバート・ブロックはアルフレッド・ヒッチコックの手で映画化された「サイコ」が一番有名だと思う。それ以外にも映像化された作品がいくつかあって、ハリウッドの近いところにいた作家なのかもしれない。「鬼警部アイアンサイド」にも別名義で関係していて(原作担当)、「俺の中の殺し屋」で有名なジム・トンプスン(オリジナルノベライズを担当した)もちょっと関わりがあるのが面白いすね。
クトゥルー神話の創始者であるハワード・フィリップス・ラブクラフトとは年が27歳も離れているにも関わらず愛弟子という感じで非常に彼に可愛がられたとか。(直接会うというよりも文通が主だったのだと思う。)ブロックが考えたアイテムを師匠がその神話体系の中に組み込んだりと、なかなかの仲良しっぷり。

親族の遺産で悠々自適の生活を送るキースは美術工芸品の収集が趣味。ある日骨董屋で見かけた絵画はグールが人間を食っているという不快なものだったが、なぜか心惹かれてこれを購入。すると偶然その絵を目にした友人が言う「この絵はピックマンのモデルでは?」。どうもラブクラフトという作家が書いた小説にこの絵に関するエピソードがあるようだ。俄然興味を持つ友人に対して、眉に唾をつけるような気持ちだったキースだが、骨董品屋を再訪すると主人が殺されていることがわかりキースの運命は急展開を迎える。

この作品、現代は「Strange Eons」(直訳すると「見知らぬ永遠」とでもなるのだろうか)で、書かれたのは1978年。師匠であるラブクラフトは既に鬼籍に入っている(ラブクラフトは1937年没)から、この作品はブロックの彼の敬愛する師匠とその作品たちに敬意を払った作品になっている。ピックマンの書いた絵画を皮切りに様々な要素が直接的にラブクラフトの作品から取られ、またそのことが作品内でも言及されている。オマージュでなく直接的にラブクラフトを取り入れ紹介している。奇矯なアングラ作家ラブクラフト、実は彼は真実を書いていた、という体である。
面白いのは一連の神話体系に登場する人外どもを中盤まで極力直接的に書かないことで、中盤までは一般的なホラー作品と言っても差し支えのない作りになっている。これはあえてクトゥルー神話の固有名詞を多用しないことで無用にハードルを上げずに、クトゥルーを知らない人でも入ってこれるようにしているように感じられた。さらにうがった見方をすれば未だに(1978年の時点で)カルト的な作家である師匠ラブクラフトの地位向上のためにこういう体裁をとっているような気がする。マニア御用達の作家じゃないんだぜ。もっと面白いんだぜ、そんな配慮がなんとなく感じられるかな。とはいえブロックも根っからのワイアード・テイルズ作家ということで物語は中盤以降どっぷりクトゥルーに使っていくので好きない人にも安心。あとがきで翻訳者の大瀧啓裕さんも触れているが、ブロックはどちらかというとクトゥルー原理主義者とでもいうべき姿勢、つまり師匠であるラブクラフトの世界観に影響を受け、ピュアな形でそれを受け継いでいる。同門のダーレスは曖昧模糊とした神話に方程式を持ち込んで体系化し良くも悪くも明確化したが、ブロックはもっと混沌としており、恐ろしく、救いがない。あくまでも旧支配者に対して人間は無力である。それから旧支配者たちが恐ろしいのはその巨大な肉体的な強さでは断じてない。醜い巨体はむしろかりそめのもに過ぎず、真に邪悪なのはその精神である。そこから滲み出した毒素が人間を狂わせ、その手足となる。そんな要素をラブクラフトは憑依や精神的な人間の乗っ取りという形でしばしば表現していたが、ブロックもその要素をこの小説の中で存分に発揮している。多様化した神話体系の中で優劣はもちろんないと思うが、私はやはりこのような無力な人間が邪悪になすがままに翻弄される、または怪異の周辺にいて異世界を垣間見る、という物語の形式が醍醐味だと思っているので、そう言った意味でもこの「アーカム計画」は抜群に面白いクトゥルーものとして読めた。

ラブクラフトの愛弟子、そしてブロック自身も師匠に対する敬愛の度の半端ない高さをひしひしと感じる物語であった。すでに絶版状態だが、ラブクラフトの描く物語こそがクトゥルーだ!という困ったクトゥルー・ファンダメンタリストの方々は是非どうぞ。

2017年4月26日水曜日

ジョー・R・ランズデール/ババ・ホ・テップ

アメリカの作家による短編小説。
ジョー・R・ランズデールといえば結構好きな作家だが、いかんせん現状では多くの本がわが国では絶版状態である。代表作は手に入りやすいという意味でも長編「ボトムズ」であろうか。アメリカ南部の闇を、手に取れそうなくらい濃厚に書いている重厚なミステリーだ。と言っても重苦しい作品を書く作家では決してなく、冴えない白人と肉体に恵まれたゲイの黒人が活躍するハップとレナードシリーズに代表されるようにどんな物語でも作家本人特有の(特にどぎつい)ユーモアセンスあふれるジョークを事欠くことがない。
そんな彼の日本オリジナルの短編集がこちら。比較的最近(2009年)発売されたもののすでに絶版状態。古本が苦手な私は読まずにいたが、最近はそんな気持ちより読みたい気持ちが勝りつつあるのでこの本も中古で購入した次第。
タイトルにもなっている「ババ・ホ・テップ」とは作中では「ゴミ捨て場の王」と訳されているがおそらく作者の造語ではないだろうか。「ババ」というのはスラングで「ホ・テップ」というのはエジプトの王に対する呼び名だと思う(が違っていたら申し訳ない)。ちなみにこちらの作品は「プレスリーVSミイラ男」という(邦)題で映画化されている。この映画タイトルが全てを表していると言っても過言ではない短篇である。

この短編集でもランズデール流のユーモアセンスに横溢している。時にそれはどぎつく、バカっぽい若者たちが女を買いに行ってヘマをする話などはひとまず落ちたところまではおバカな青春ものとして味わいがあるのに、そこから地獄のピタゴラスイッチのような展開である。笑えるものの結構ひどい。平凡で気の弱い男がひどい災難にあう「草刈機を持つ男」なんかは結構酷くて私は主人公の情けない男に同情してしまい途中から笑えなくなってしまった。あとがきではモダンホラーの帝王キングに比類する作家として書かれているけど、個人的にはちょっとタイプが違う。こちらの方がきつい。なるほど時には万人に受け入れられないということがあるのではと思う。つまり読後の感じがよろしくない場合がある。それはどぎついユーモアもそうなのだが、実は微妙にそれだけではこの作家の特性というか持ち味が十分に説明しきれないと思う。「ボトムズ」、それからハップとレナードの物語でもそうだったが、ランズデールはとにかく差別に対する筆致が容赦ない。ひたすら醜く書く。誇張というかデフォルメもあると思うが、その背後に潜むのは、私が思うに差別に対する作者の嫌悪である。平然と行われる”肌の色の違い”に対する罵詈雑言、そして暴力、それらを動かす思い上がった精神性。ランズデールの筆はそれらを逃さない。陰惨な暴力の爪痕の描写を見て、私のような愚かな人間は差別は良くないということにやっと気がつくのではないか。この本の中では異質の最後に据えられた母に対する愛情に満ちたエッセイ。この中で描かれる、ランズデールが尊敬し敬愛する母親は反差別的な人間である。
なるほど時に不愉快と言っていいほどの読書体験だが、ランズデールの彼物語はそれゆえ強烈な力を持っている。ランズデール自身は道場を開くほどの格闘技のスペシャリストである。力というものがなんなのかおそらくよーく知っているのであろうと思う。彼の各物語は強烈なパンチだが、それは私たちを傷つけようとするものではない。痛打であるが頭に効く。それがランズデールの作風だと改めて思った。
ねっとりとしたアメリカの暗部を垣間見たい人は是非どうぞ。

2017年4月16日日曜日

CRZKNY/MERIDIAN

日本は広島のジュークプロデューサーによる3rdアルバム。
2017年にGOODWEATHERからリリースされた。
3枚組の重厚なアルバムでジャケット(沖縄のアーティストの手によるものだそうな)に惹かれて視聴すると格好良かったので本当になんとなく買ってみた。
みんなジュークって知っているかな?クラブで超流行っている音楽なんだけど…。ちなみに私は全然わかんない。このアルバムの説明で知ったもんね。ちなみにクラブで流行っているというのは適当だからね。本当は知らないです。ジュークというのはシカゴハウス(ってそもそもわかんないんだけど)から生まれたジャンルで重低音を効かせたビートでBPMが同じ曲中に急にそして大きく変わる。ダンサーがそのビートに合わせて足技に比重を置いたダンスを披露するらしい。だからジューク/フットワークというセットで呼ばれることも多いとか。音楽的には既存の曲のサンプリングを大胆に行い、ビートの調整をプロデューサーが行うみたい。

3枚組なので1枚目から聴くのは当然である。ノイズにまみれた中人の声が何かを喋る(裸絵札の人に似ている声でちょっとびっくりした)1曲目から、ブツブツしたグリッチノイズが入る2曲目。3曲目。4曲目。あれれ?CDがおかしいか?と思うくらいグリッチノイズである。一応曲が進むと背後に不穏なベースライン、ドローンめいた不協和音などの他の音が追加されていくが基本的にはずっとノイズ。グリッチをリズムと捉えることもできなくはないが、これを楽しめるのは相当な上級者かもしれない。ノイズにしても音が少ないので。青い顔で2枚目を再生するとビートが登場するので一安心。なんせ帯には「踊るか、叩き割るか、燃やせ」という煽りが入っているくらいだ。しかしやはりわかりやすい音とは言えない。ビートは明確でわかりやすく、音の数が少ない分一撃が重くなるように重低音が強調されている。それがミニマルに続いていく。あまりBPMの大胆な調整に関しては意識しなくて良いと思う。そこに明らかに存在感のあるノイズが上物として乗っていく。クラブミュージックにしては陰鬱すぎると思う。つまり音楽としてはめちゃかっこいい。流行りのジャンルにしてもこの人はちょっと立ち位置特殊なのではなかろうか。この不穏さはどうだ。ヒット曲を大胆にサンプリングすることもあるらしいジャンルなのだが、CRZKNYの場合はそのようなことはなく単体だとノイズにしか聞こえない音をうまく切りはりしてクラブミュージックを作っている。
ちょっと調べるとこの人はもともとMerzbowの影響でノイズをやっていたこともあるらしい。数年は作ったというからおそらくというか絶対その時の経験が生きているのだろう。なるほどしっとりとしたクラブミュージックとして見事に成立しているのだろうと思う。ビートが明確でとにかくかっこいいからオタクでも思わず体が動き出してくる。しかしただおしゃれなわけでなく、むしろオシャレとしては絶対成立しないようなノイズを曲に大胆に取り組んでいるところがすごい。時には音数の少ないインダストリアルミュージックにすら聞こえる。音の数を少なくすることで聴きやすさと踊りやすさを獲得していると思う。反響を効かせた空間的な音づかいは音数が少ないところで異常な魅力を放つ。それは空洞の音である。正確には空洞で起こる何かの運動の私はこの手の音には目がない。
個人的にはやはり2枚目のかっこよさが非常に良い。情報量の多いメタル/ハードコアで疲れた脳の隙間にリズムが麻薬のように入り込んでいくようで非常に快である。

ノイズやインダストリアルに興味がある、耐性がある人は結構ロック界隈に多いと思うが、そんな人なら結構バッチリはまるのではなかろうか。クラブで流行というとうーむ、となってしまう人でもまずは視聴してみると良いかもしれない。おすすめです。

Integrity/Suicide Black Snake

アメリカ/ベルギーのハードコアバンドのおそらく10枚目のアルバム。
2013年にA389 Recordsからリリースされた。
1988年にアメリカ合衆国オハイオ州クリーヴランドで結成されたバンドで、今はベルギーに活動の拠点を移しているらしい。メンバーチェンジは激しいようだが、ボーカリストのDwid Hellionだけは不動。いわゆる生けるレジェンド的なバンドなのだろう。私もバンド名だけ知っていたものの聞かずにいたが、来日が決まったということで慌ててデジタル版を購入した。

およそ30年近く切れ目なく活動しているバンドということでその音楽性も変化しているのではないだろうか。このアルバムで初めて聴くからわからないが、思っていたハードコアとはだいぶ違ったスタイルの音楽をやっていて驚いた。
色々なスタイルはあれど基本スタイルというよりいわゆるプリミティブなものとしては、早い、重たい、そして無駄があまりないというところがあると思うけど、このアルバムに関してはそのスタイルの範疇には止まらない。メタルっぽいなというのが1周した時の印象。メタルというのはメタルコア(メタリックなハードコアという意味での)というのもそうだが、クラシカルなギターソロが結構多め。ロックンロールの影響を感じさせる短くてやたらと高音の聞いたやけっぱちなソロを決めてくるバンドは多いけど(同じレーベルのPulling TeethとかDeathwishのRise and Fallとか思い浮かんだ)、このバンドのそれはもっとハードロック〜メタルっぽい音がクリアで綺麗、そしてそれなりに尺(といっても長いということはないんだけど)をとっていることが面白い。じゃあメタルかと言われると全然そんなことはなく、曲によってはスラッシーに刻みまくってくるハードコアを演奏している。ただこれもオールドスクールのリバイバルというよりは、それを30年間やってたら変化するのが自然な流れだよね、という圧倒的な経験と進化を感じさせる独自なもの。ミクスチャーというとあまりよろしくない言葉かもしれないが、こういうった具合にハードコア(を基調としながら)とメタルを混合させるバンドというのはちょっと珍しいのでは。Dwid(読み方はデヴィッドなのかな)のボーカルは唸りあげるようなストロングスタイルで完全にハードコア。ボーカルには一切メロディを持ち込まないいさぎの良さ。単にメロディアスさを追求したいわけではない。ただ表現の仕方としてハードコアの外に可能性を求めたのだろうか。

全力で特攻するような前半と早弾きソロの後半が一つの完成系ではと思わせる「+Orrchida」、アコギとボソボソウィスパーからやはりギターソロで感情豊かさを表現する(後半はボーカルの登場頻度がさらに落ちる)「There's Ain't No Living In Life」なんかはこのバンドではなくてはできない曲だなと思って面白い。リユニオンでかつての曲をやるバンドと違って、最前線でずっと活動していたのがこのサウンドに現れているのだと思う。
来日するのは今年の10月初旬。こうなると俄然初期の曲もきになるところ。

THIS GIFT IS A CURSE ×SeeK Split CD Release Japan Tour 2017 孔鴉@新大久保アースダム

スウェーデンのストックホルムにTHIS GIFT IS A CURSEというバンドがいる。2015年にリリースされた2ndアルバム「All Hail the Swinelord」を聞いた初めての印象は”うるさい”。そんな彼らが来日するらしい。日本は大阪のSeeKというバンドとスプリット音源をリリースするらしいのだ。そんな日本ツアーの1日目に言ってきた。孔鴉は大阪のSeeKとStubborn Fatherの企画である。この日のメンツは日本の特定の種類のハードコアバンドを一堂に集めたイヴェントということもあって個人的にはとても楽しみだった。なんせ8バンドが出演するのだから。孔には穴という他に隠れ家という意味があるらしい、孔鴉とは鴉穴、鴉の隠れ家と言った意味だろうか。この日はさながら鴉のテリトリーで鴉の大集会が行われたわけである。なんとも不吉じゃないか。
場所は新大久保アースダム。このライブハウスには独特の匂いがするが、この日さらにここに新しい匂いが追加されることになる。

Stubborn Father
一発目は企画主のバンドの片方。大阪のStubborn Father。自前のライトを持ち込みそれのみ使うなど音だけでなく見せ方にもこだわりがある。見るのは2回目だと思う。基本的には日本の激情といったスタイルでアルペジオに代表される感情豊かなパートと低音を効かせた轟音パートを織り交ぜたハードコアを演奏する。展開がすげーなと思って観ていたが、わかりやすいのがドラムで1曲の中でのアイディアというか叩き方のバリエーションがものすごく豊富。変拍子なのかどうかわからないのか、ドラムの叩き方のセット(リフみたいな)がコロコロ変わる。多分2つか3つでもあれば十分なんだろうが、惜しみなくアイディアをぶち込んでくる。ギターとベースもそれに合わせて表情を変えてくる。そうすると曲もいよいよ双極性的な不安定さを帯びてくる。逆光気味のライトの中ぴったりとした衣装で長い手足を動かす専任ボーカルの動きは不吉でかっこいい。イヴェントの挨拶がわりにはもってこいの演奏だった。

REDSHEER
続いては東京のREDSHEER。やはり激情らしい音を鳴らすが、Stubbornに比べれば音の方は非常にソリッドにきっちりまとめている。鈍器というよりは研ぎ澄まされた刃なのだろうが、経験豊かなメンバーによって作り出される音は初期衝動を超越したどっしりした迫力のあるもの。いぶし銀といえばそうなのだが、こちらのバンドはまともになるどころか思春期でずれ出したマインドがそのままずれまくってとんでもないところまできてしまった感じがある。あえていうなら雑味がある音で曲の中に色々な葛藤や感情が溶け込んでいる。渦巻く感情を一度るつぼに放り込んでドロドロに溶かし、異常な集中力で一つの形に再整形したかのような趣があって、ところどころに生々しい感情の由来を感じ取ることができる。MCは肩の力が抜けたリラックスしたものだが、演奏の方は凄まじい。ベースボーカルの小野里さんの荒い息もそうだが、raoさんのドラムがすごいなと思った。一発入魂みたいなテンションを曲の間ずっと保っている。涼しい顔で叩くベテランとは明らかに一線を画す。ぶっ倒れるんじゃないか、っていう雰囲気である。ドラムの手数の多さ、そして曲に込められた陰鬱な感情という意味ではやっぱりToday is the Dayに通じるところがあるなと思った。かっこいい。今度ツーマンをやるとのこと。

kallaqri
続いては青森のバンドkallaqri。メンバーはみんな若く見える。ベースが二人いるのが特徴で片方の方はいわゆる普通のベースらしい仕事をするのだが、もう片方は結構変態的なことをやっていた。タッピングを始めギターのような奏法をしたり、ベースとは思えないような音を出したりと。結構テクニカルなわけなんだけど音の方はというとやはり日本の激情方面を彷彿とさせる。モダンなテクニックでアップデートしているものの出している音は完全に激情スタイルで温故知新という感じ。きらびやかなギターとベースの轟音の間に日本歌詞を叫ぶボーカルは日本の絵もバイオレンスの延長線上に乗ったもので、VA「Till Your Death」収録の曲を最後に演奏したのだが、スポークンワード、アルペジオが導く静のパートが印象的で、このジャンルのこれからを担うバンドなのではと思った。

Trikorona
続いては日本のハードコアバンドTrikorona。最近出したBroilerとのスプリットが話題になっていたりするバンドだけど音を聞くのも、見るのもこの日が初めて。ドラム、ベース、ギター、ボーカルの4人組なんだけど弦楽の二人はエフェクターの数が多め。(この日のバンドはみんなエフェクター多めだったが。)さらにテルミンもセットしているから一体どんな音を出すのかワクワクしていたが、いざ音が出て見るとびっくりした。まず激情じゃないな。短くめまぐるしい。個人的には音の迫力もあってグラインドコアっぽいと思った。調べて見るとパワーバイオレンスもしくはエモバイオレンスということらしいのだが、なるほど、頷ける部分とその範疇に入らない部分があると思う。めまぐるしい演奏にボーカルが何個かの音節を吐き出すように叫ぶ姿はパワーバイオレンスっぽいがスラッジパートがない。(スラッジパートがないパワーバイオレンスもあるのでこれだけでパワーバイオレンスっぽくないとは言えないが)代わりにノイズ成分を多めに曲に打ち込んでいる。ギターの人がノイズ担当なのだが、ギターのエフェクト過剰とノイズが同一曲線状に繋がっていていつの間にかノイジーなギターがハーシュノイズに溶解している。テルミンもバンドの持つ変態性をゆんゆん増している。そしてボーカルが常軌を逸していて、見た目はちょっとゆるい感じのお兄さんなのだが、全身を使って叫ぶ。それも無表情で。大抵こういうバンドでは叫ぶということもあって表情が豊かになるもんだが(笑顔の人も結構多い)、この人は常に無表情。睨むのではないが目が座っていて、そして無表情。笑っている人が怖いとはよく聞くけど、無表情でシャウトする人の方がこええかも!と思った。

weepray
続いては東京のハードコアweepray。見るのは2回目かな。6ヶ月ぶりのライブということでした。このバンドも自前の光源を持ち込んでいるのが、Stubbornと違ってこちらは白熱灯で温かみがある。基本的にはアルペジオを多用する激情系の音だよね〜と思っていたのだが、あれれ前見たときと印象が結構違う。もっと速度が遅くなっている。ダークでグルーミー。そしてアルペジオの響きももっと陰鬱になっている。前見た時より演奏がかっちりしていると思った。低音でドン!とぶちかますようなモダンなハードコア色も取り入れて暴力性も増している。フロアの方も相当盛り上がっていた。結果モダンハードコアに魂を売り渡したのか、とはならずによくよく聴いて見ると激情を自分たちなりの新解釈でやっているのだった。だからかなり感情的で(といっても明確に暗い方に舵をきっている)退廃的な陰鬱さは遅さにあっているし、見た目にも気を使うし化粧していることもあって昔のヴィジュアル系のような耽美さの匂いをかすかに感じ取れた。かっこいいぜ、これは。遅くてかっこいのが好きなのでもっと見たいし、いよいよ作るという音源にも期待が高まる。

isolate
続いては東京のハードコアバンドisolate。ブラッケンドなハードコアをやっている。歌詞は日本語でやはり激情スタイルの影響が色濃いのだが結果的にだいぶ先鋭的なことをやっている。音だけ聞くと絶望感しかないような、ブラッケンドなトレモロリフで全てを塗りつぶしたような救いのないような音なのだが、その轟音で張り上げるボーカルが良い。ある意味演奏と喧嘩しているようにぶつかっているんだけど、そこに葛藤があってこのバンドの持ち味になっていると思う。ボーカルの安藤さんはMCではまっすぐだが、歌っている姿は結構おっかない。アルバム名が「ヒビノコト」となっているようにこのバンドはいろんな感情をあえて削ぎ落とさずに全部ぶち込んでいる。REDSHEERもそうだが、私はそういったバンドが大好きなんでこの日も鳴り響く轟音の中でそんな彼らを見上げていた。私のだけでない、突き上げられる拳が爽快だった。weeprayとのツーマンが企画されているとのこと。

Seek
続いては企画の主催のもう一方。大阪のSeeK。見るのも聞くのも初めてでした。このバンドもベースが二人いる変わった編成。最近やっとこギターが加入する前は長いことベース二人で活動していたようだ。そういうこともあって同じくダブルベースのkallaqriとはベースの使い方が結構異なる。こちらも一方のベースがいわゆる単音引きの普通のベースの役割をするのは同じ。ただフレットレスベースを使い、裏方を支えるという以上に表情豊かに動いていた。もう一方のベーシストは(おそらく)6弦のベースを用いていて、それをギターのようにコードで引くというスタイル。それもほぼほぼ引き倒すようなトレモロスタイル。考えれば弦の太さが違うだけなんで基本的にはギターの働きもできるんだな、と思うようにした、私は。ギターの人はえらく強面だが、かなり空間的な音を出していて攻撃性はもちろんだが、もっと奥行きのある音を組み立てるのに一役買っていた印象。(ちなみにこの方TGICのギターの音を直してあげたり、物販ではすごく丁寧だったりととても良い人でした。)音的には余計なものを削ぎ落としている印象でひたすらソリッド。展開や技巧(相当難しいことをやっているのだと思うのですが)という激情の要素はあまり感じられず、ひたすらトレモロで突き進むスタイル。ただ低音が強調された音の壁で持って圧殺するので美麗や耽美さはなく結構荒廃している音風景で、そこに美意識を見出すタイプ。息のあった低速パートがライブで見ていると気持ちが良い。

THIS GIFT IS A CURSE
続いては本日の主役ストックホルムからの刺客。4人組だったのがギターが一人加入したようだ。ドラムの人が丸刈りの坊主頭で、後のメンバーはクラスティーナ長髪。またドラム以外のメンバーはメンバーのロゴが入ったお揃いの上着を着ている。客電が落ちるとフィードバックノイズの中でボーカルがステージに座り込んで何かやっている。どうも何かの液体を体になすりつけているみたい。なんとも言えない匂い(正露丸みたいな、と言われていた。)がアースダムに充満、それとともにみんな「あ、これやばいやつ」と思ったのではなかろうか。これから儀式が始まるんだなと。
音の方はというと激烈でギターがずっと引き倒している。そういった意味ではブラックメタルなのだろうが、とにかく音の方は重く、またトレモロリフのメロディ性が強調されないのでそういった意味ではハードコアだ。結果的にはうるせー音楽になる。CDでも五月蝿かったが、生で聴くと輪にかけてうるさい。(私は耳栓してなかったので尚更)物理的に耳が痛い最高だ。壁のような音を作り出す様式はそれこそSeeKやisolateに通じるところもあるが、こっちの方が辛い。なぜかというと前述の二つのバンド、それから日本のバンドはどうしても別の要素を取り込んで楽曲を構成するが(その別の要素が激情を激情たらしめる音的な特徴なのだろうか)、このバンドは基本的にそういったものをほぼ入れない。一つのスタイルで持って最初っから最後まで突き通すようなピュアさがある。ジャンルは違うがkhanateめいたトーチャー感。臆面のない異常さ。禍々しさ。葛藤云々ももちろんあるのだろうが、振り切った、あるいはそれらを振り捨てた攻撃性が魅力。ボーカルも終始叫びっぱなしで逃げ場がない。音的には低速パートなんかを入れてそこらへんはCult Leaderにも通じるクラスト臭があり、一種の清涼剤的な?非常に良かった。あとはドラムが明快で割とそこにも爽快感がある。あとは暗黒。瘴気(もはや物理的な臭気)に当てられてふらふらになりながらなんとか物販でT-シャツを買う。お釣りの100円玉がないぞ、とあたふたするギター氏が唯一の癒しポイントでした。

ということでMCでもあったがこの手のバンドが一堂に会したという意味で非常に濃厚なイヴェントでした。ある意味この間ENDONが「エヴァンゲリオンごっこ」と煽ったDisに対する回答がこの日だったのではなかろうか。ごっこのつけ入る隙なんてなかったですね。この日がツアー初日で都内もまだライブがありますんで迷っている人は是非どうぞ。
しかし8バンドは流石に書くのが大変!!!!!

2017年4月13日木曜日

East West Fast Blast Festival#14@新代田Fever

NFESTが来日するらしい。INFESTはアメリカ合衆国カリフォルニア州ヴァレンシアのハードコアバンドだ。1986年に結成され、いくつかの音源をリリースしたのち1991年に解散。パワーバイオレンスというジャンルに多大な影響を与えたバンドらしく、にわか丸出しの私だってその名前を知っているくらい。奇跡の再結成、そこからの奇跡の来日!ということだったのだが、正直「感涙!」とか言ったら嘘になってしまう。最近興味があるジャンルなので、というくらいの気持ちで行くことにした。(割と早いうちにチケットはソールドアウトになり、何だか申し訳ない気持ちもありました。)
ところがこのバンド、音源のほとんどが入手困難。disk union行った時に探してたりしたんだけどそもそも売ってない。youtubeですわーっと聞いただけの状態でライブに臨んだ。
East West Fast Blast FestivalはSLIGHT SLAPPERSの企画。新代田Feverは綺麗なライブハウスなのでパワーバイオレンス!というのはちょっと面白い。ライブハウス前が人だかりだし、入場は整理券順というあまりこんな音楽界隈ではちょっとないような光景でそれまた面白かった。最初っから客の入りは上々(前述の通りこの日はソールドアウト)。

SLIGHT SLAPPERS
一番手は1994年から活動している東京のパワーバイオレンスバンド。私は「Tomorrow Will The Sun Shine Again?」から入って何枚か最近の音源を持っている。
メロディックハードコア調の爽やかな曲の入りから一気に加速、というか爆発したように突っ走る様はパワーバイオレンス。低速パートを取り入れるパワーバイオレンスバンドが多い中、このバンドはほとんど高速で突っ切るファストコアスタイル。スラッシーというわけでもなく、曲の中に印象的なフレーズや、低速というよりは一時停止めいたストップをかけてくる変態性があり、曲の表情は超高速が勿体無く感じられるくらい豊かである。ボーカルのKUBOTAさんは眼鏡をしていて、動きが痙攣的に妙だ。カクカク動いたり、ビールをやたら吹き出したり(あごひげに泡がついてチャーミングでした)、感謝の気持ちを喋ろうとしたらカミカミになったりしていた。眼鏡が危ないぞ、と思っていたら満を辞してという形で中盤にはズレ出して最終的にはどこかに飛んで行ってしまった。(投げたのかも。)”バイオレンス”であっても笑顔が絶えないステージングで「うお〜」と思って見ていた(あとでこれに関しては気づきもあり)。音的にはうるさいはずなのだが、音の厚みのバランスが良くてそう言った意味で非常に聞きやすかったのだ、と気づいたのはだいぶあと。楽しかった。すでにご満悦。

Crucial Section
続いて同じく東京は三多摩のハードコアバンドCrucial Section。短髪、ハーパン、頭にはバンダナ、という出で立ちで何となく音が想像できる。厳ついやつである。スラッシーなハードコアでスケートスタイルというやつであろうか。何となく最近聞いたAgnostic Frontに似ているな(ハードコアの語彙(知識)が少ないせいもあると思うが)と思った。ただしオールドスクールなハードコアのがなりたてるパートをもっと早く、そしてリフをスラッシュで武装している。やはり見た目通りのいかつさ。そして男らしいシンガロング(というほどの長さはないのだが)が入る。ここら辺が絶妙でビートダウンほど速度が落ちるわけではないが、初めて見る人でも一緒に拳を振り上げることができる。前の方では完全に歌詞を歌う人もいて盛り上がっていた。
「危機感がある。」というMCは音楽からすると思ったより柔和であったが、しかし聞いているとなぜか背筋を伸ばしてしまうようなストイックさがあった。前のSLIGHT SLAPPERSと雰囲気が全く異なり、同じ盛り上がりでも空気というのはバンドがガラリと変えてしまえる。イベントの醍醐味ではないだろうか。

VIVISICK
続いてやはり日本は東京のVIVISICK。世界規模で活動するバンドで私は目下の最新アルバム「Nuked Identity」だけ持っている。
前の二つのバンドとは違う。もっと速度は遅いというか、遅くはないし早いのだけどもっとドタバタしている。コミカルというのではなくて、特に速さを追求して行くと削ぎ落として行くことが一つの美学になることも多いのだと思うのだけれど、このバンドはそこらへん全部落とさずそれで走っているような感じ。だから高い声で絶叫するボーカルから一転、サビとも取れるような長くてメロディアスなシンガロングが入ったりする。そしてこれが猛烈に楽しい。殺伐としたモッシュというのも良いのだろうけど、このバンドが演奏しているときは大抵フロアにいる人が笑顔でモッシュしていたのではなかろうか。ポップであることはともすると嫌われる土壌があるアンダーグラウンドのシーンでここまで温かく受け入れられるのは、一つは曲のクオリティが高いこと、そしてさらに感情的なことではあるまいか。「こいつ嘘くさいぞ」と思われたらしらける現場であそこまで盛り上がるのはそういうことなのではと思った。また見たい。

INFEST
続いてはアメリカからパワーバイオレンスINFEST。概ねフロアはパンパンだったがさすがに密度がすごい。メンバーがステージに現れるとガタイの良さにビビる。みんなでかい。なんせ86年に結成したのだから年は立つわけで、ドラムのメンバーはスタッフに手伝ってもらいながらセッティングする様を見て失礼千万にもお父さんがドラムを趣味で始めたみたいだなあと思ったりしてしまった。(ちなみにドラムも超すごかった。正確。)ボーカルのJoe Denunzioは何だかやばそうな雰囲気たっぷりだったが。
そんなJoeがバーカウンターでメンバーのお酒を購入してライブがスタート。パワーバイオレンスに爆発力があるなら、このバンドが音を出した瞬間にそれが100%の力でもって惹起した。フロアの盛り上がりがハンパない。モッシュするもの、拳を振り上げるもの。とっくに廃盤の音源なのにみんな聞き込んでいるのだろう。私はほぼ初めてINFESTの音を聞いたようなものだが、強烈なストップアンドゴーの形を成しながらも、ただ早いだけでなく曲は練られていて高速でばちばち唸るベース、そしてギターリフの表情豊かさ。twitterでINFESTはハードコアだ、という方が結構いらしたが、なるほど確かにハードコアの感情の豊かさがある。おそらくだがパワーバイオレンス黎明期、まだ形を成す前のそれは純粋にハードコアの延長線上にあって、それがが激化した一つの表現方式の原型だったのではないだろうか。中盤Joeはほぼフロアに降り、客ともみくちゃになり、客にマイクを持たせ、客の胸ぐらを掴み(おっかないのだけど剣呑な雰囲気ではない)、客の上をサーフし、客と抱き合い、とまさに縦横無尽に動き回っていた。彼の動きでフロアのそれが支配されていたと言っても過言ではないかも。ただ支配といってもフロアの雰囲気は常にポジティブだった。曲の凄まじさに圧倒された序盤と、そして私も汗まみれになった中盤以降は会場の雰囲気にと感動していた。あっという間にINFESTのライブは終わってしまった。

ハードコア、特に音楽的にはその極北というくらい激しいパワーバイオレンス、そのライブは何となくひたすら恐ろしいのではと思っていたが、この日”伝説”という形容詞がついてもおかしくないバンドのライブを見ると、その印象が違って、というか逆にみんなが楽しそうにしているのを見てとても衝撃的で、そして自分も楽しかった。思い返して見ると音はでかかったけど、別に耳も変にならなかった、そういえば。不思議。日本に来てもらうのはきっと大変だっただろうと思います。企画・主催の皆様ありがとうございました。

ジェイムズ・エルロイ/自殺の丘

アメリカの作家による警察小説。
アメリカ文学界の狂犬ことジェイムズ・エルロイによる刑事ロイド・ホプキンズシリーズ第三弾にして最終作。だいぶ前に読んだ一冊め「血まみれの月」、そしてこの間読んだ2冊目「ホプキンズの夜」ときたらやはり最後まで行かないといけない。すでに絶版状態の本のため古本で購入。1990年の初版本で前の2冊は重版後だったので表紙のデザインが異なる。上の画像は新しい方で私が持っている本とは異なる。(古い方の画像がなかった)

車泥棒のライスは密告を受けて刑務所に収監されていた。模範囚となり、出所を目前にした彼は偶然強盗の手口を耳にする。それは不倫をしている銀行の支店長の愛人を人質にとり、金を奪うというものだった。ライスは売春婦の彼女をロックスターにする夢がある。そのためには金が必要だ。まともになる気なんて毛頭ない。彼は出所後その計画を実行することにした。LAPDの部長刑事ロイド・ホプキンズはハヴィランドの事件の後始末でヘマをやらかし停職中だったが、ライスの起こした強盗事件の捜査のためFBIとの共同戦線に引っ張り出される。上層部は彼を警察から追い出すことにし、それまでの間に事件をあてがわれたのだった。窮地に陥ったホプキンズはこれが自分の最後の事件と腹をくくり捜査に乗り出す。

ざっとしたあらすじだけでも前の2冊とは明らかに一線を画すことがわかる。今度の事件にはサイコパス、もしくは殺人に執着する精神異常者は出てこない。ライスは彼女をロックスターに仕立てたいのだ。そのために金が必要で、手っ取り早く強盗稼業で稼ごうとする、一応一般人にも理解できるロジックで動く男。ただしやはり情緒面に問題を抱えて降り、怒りがある地点を超えると理性を失ってしまう。(視界に赤い色が滲んでくる、という描写で表現される。)彼と相対する主人公ホプキンズもトラウマから(もしかしたら生まれ持っての)同じく精神構造に問題を持ち、それが行動となって現れることで生きにくさを抱えている。両者ともにロマンティックな面が強調されていて、ホプキンズは別居中の妻と子供(末っ子だけは彼の味方)と気持ちが通じ合わない。ライスも自分の思いは強いのに、彼女には全然届いていない。ロマンティックというよりは自分の生きがいを恋人に求めているような一方通行感が目立つ。それだけ彼らの孤独な魂が浮き彫りになる寸法で、ロマンチシズムを感じさせるのは何も恋愛感情だけでなく、そう言ったある種の男の美学的な表現にも当てはまる。あとがきにも書いてあるようにエルロイの描く男たちというのはみんな屈強な体に凶暴な意思を持ち、その手には銃が握られている。時には簡単に一線を越える”強い”存在であると同時に心の奥には強い恐怖を感じている。それは孤独や、生きがいの喪失(今回ホプキンズは生きがいである警察官という職を失うことを極度に恐れている)、またはホモフォビアだったりする。硬い殻とナイーブな魂を持った彼らはトラウマという単語に収まらないほど病的で危険な存在である。異常な執着心すらも飾りのように死に向かって飛び込んでいくような姿は狂気を通り越して、非常に虚無的に見える。熱い情熱があるのに、その中身は空っぽなのだ。魂に欠落があるから外見を武装しているようにも見える。その間違った情熱こそがエルロイの魅力なんだと思う。文体が流麗なわけでもないし、むしろたまにわかりにくい。余計な物がついている。情報量が多い。(登場人物の行動に)無駄が多い。しかしそれらが良い。その混沌とした行き当たりばったりな矛盾。執着とどうでも良いという諦めが同時に存在して、ぶつかり合って火花を立てている。冷たい炎に焼かれるように破滅していく。そんな姿はやはりロマンティックで、私としては羨望の眼差しで彼らを見てしまう。
彼らの魂に祝福を、と思わせるラストも驚いたが良かった。面白かった。

すっと読める本じゃない、濃い本が読みたいならエルロイの描く物語は最適だと思う。近作よりはどうかしている度合いは低くてわかりやすいので初めて読む人もいいと思う。まずは「血まみれの月」を読むのがもちろん良い。冒頭で大体合うか合わないかわかると思う。

2017年4月9日日曜日

Gatecreeper/Sonoran Depravation

アメリカ合衆国はアリゾナ州フェニックス/ツーソンのデスメタルバンドの1stアルバム。
2016年にRelapse Recordsからリリースされた。
Gatecreeperは2013年に結成されたバンドで、2014年のEPを皮切りに行くつかのスプリット音源をリリース。待望のという形でのデビュー作がこちら。
アルバム名は日本語に訳すと「ソノラの堕落」という感じ。ソノラというのはアリゾナ州に隣接する州の名前なので要するに地元をレペゼンしたタイトルということなのだろうと思う。
Relapseからのお知らせなどでアルバムリリース時にMVを見たが「フーム」という感じで買わなかった。ところが最近youtubeでライブ映像を見たらえらいカッコよかったので慌てて音源を購入した次第。

オールドスクール・デスメタルでいわゆるスウェディッシュな一派に影響を受けた感じの音で、潰れたようにぐしゃっとしたギターの音が特徴的。重苦しい圧殺系のねっとりとしたアトモスフィアはいかにもメタル的だが、よくよく聞いてみると結構面白い音を演奏しているなと思う。
全部で9曲で31分たらずで終わるからこの手のメタルにしてはあっさりめ。1曲もだいたい平均すると3分台。ボーカルは専任ということもあると思うのだけど、冗長なパートに時間を一切使わないスタイル。テクニカルではあれど技巧自慢はほとんどなく、ギターソロも非常に短め。ただしたまに必殺の不穏なメロディアスなフレーズが飛び出してくるから侮りがたし。初めっから最後までクライマックス系の音で、グルーヴィさよりも神経症的に隙間を埋めてくる情報量の多さはメタリックなリフにその基本的な姿勢が見て取れる。演奏もかっちりしているのでお手本のようなデスメタルかと思ったんだけど、どうももっとこう遊びというか荒々しいところがある。個人的には結構ハードコア的だなと思った。というのも曲の核となるドラムの叩き方がタシタシそれっぽいのと、主に中速〜低速あたりのテンポチェンジが結構多いこと。曲の短さ(シンプルではないのだけれど)もあって、暴力性という共通項でハードコアと結びついている気がする。シンプルなリフでモッシーに踊れる音楽性では全くないのだが。
どの曲も高速というほどの速さはないわけで、リフのきらびやかさが目立つ。ためのアルミュートリフと蠢くようなギュラギュラしたリフの対比が楽しい。徹頭徹尾メロディアスさが皆無なので一見とっつきにくいけど、よくよく聞いてみると魅力に溢れている。(ちなみに別に音楽的な知識がなくても大丈夫なのでご安心ください。)

かっちりしているし、アイディアも豊富なんだけどそれに溺れずにシンプルかつ削ぎ落とした曲作りをしているから結果魅力満載でかっこいいんだと思う。

2017年4月2日日曜日

Granule/AURORA

日本は東京のドゥーム/スラッジメタルバンドの1stアルバム。
2017年にBandcampでフリーダウンロード形式(NYPではなくフリー)でリリースされた。
2016年に解散したバンドBOMBORIのメンバーによって結成されたバンド。
Granuleというのは「顆粒」という意味らしい。聴いたことはないがBOMBORIの音源に同名の曲がある。

BOMBORI最終作となった3rd「we are cured, fuck you」の延長線上にある「今これをやるのかよ?」というくらいのオールドスクール・スラッジを展開している。ただ同じバンドではないわけで音の方にも結構変化が見られる。
ベースはGriefの系譜にあるようなひたすら低音に特化した、聴いているのが苦しいと言った趣のトーチャー・スラッジ。遅い。重たい。不穏なサンプリング。フィードバックノイズにまみれた一音をこれでもかというくらいに伸ばす、伸ばす。そこに金切り声のボーカルが乗る。それをだいたい10分越えでやるわけなので非常にとっつきにくいマニア向けの音楽になりそうなのだが、そのフォーマットの中でもある種のききやすさ、というより聴きどころか、絶壁におけるかすかな足がかりのようなものが設定されていて、オリジナリティに溢れたエクストリーム・ミュージックを展開している。
「we are cured, fuck you」ではEyehategodを思わせる疾走パートがあったが、今作でもはほぼその要素は生かされていない。明確にBOMBORIにけりをつけて新しいバンドを始める、という意思が感じられる。代わりに長い尺の中盤以降にワウを噛ませたサイケデリックなギターパートが大胆に導入されている。もともと地の音の数が多くないので、この組み合わせはかなり映える。殺伐とした漆黒の世界に異形の命の芽吹きが注ぎ込まれているようで、まさしくミュータントな生命力が付加されている。Griefなら「Dismal」の廃墟のアートワークなどが象徴するように概ね死と破壊に向かいがちなスラッジコア界隈では、Granuleのこのような蠢く生命の(暗い)躍動、というか蠢動を感じさせる楽曲はベクトルが逆というか、異質で非常に面白いのでは!と思う。そう言った感覚というのは他にも表れていて、長い尺の曲の他にイントロ、インタールード的な「Esoterica」、そしてアルバムのラストを飾る6分足らずの「Whale Song」。これらの曲に関してはヘヴィネスが抑制されており、かわりに空間系のエフェクトがかけられた模糊として奥行きのある風景である。女性ボーカルが導く「Whale Song」はソリッドなアコースティックギターと裏で響くアンビエントなドローンがあいまって絶滅した地球で生き残ったクジラが深海を一人でどこかに泳いでいくような、寂寞とした感じ。残響が想像力を掻き立てる音でそう言った意味で非常にクリエイティブだ。

Grief大好きなスラッジ・フリークなら迷わずだし、単に音の表現形式ではなくて感覚的にポスト系が好きな人も激音の向こう側にそんな精神を垣間見ることができるかもしれない。ぜひどうぞ。

DIEAUDE/渦巻く絶望の世界

日本は愛知県岡崎市のハードコアパンクバンドの1stアルバム。
2014年日本四国のDan-Doh(男道)Recordsからリリースされた。バンド名は「ダイオード」と読む。
AcuteのSivaaaaaさんによるコッテリ過ぎなアートワークが印象的。
2016年には姫路のネオクラストバンドsekienのメンバーらによる新バンドKuguridoとスプリットをリリース。東京は新宿のAntiknockでリリースライブを開催。私はそこでこのバンドのライブを目の当たりにして大変かっこよかったので物販でこの音源を購入。このアルバムをリリースした当時は5人編成だが、今はギターが一人抜けて4人編成のようだ。

いかにも不器用な感じのMCも含めて決して器用なバンドではないのだろうが、ライブは楽しかった。一緒に出ていた東京のNoLAはわかりやすく派手なステージングだった。一方のDIEAUDEはなるほど動きこそ控えめだったが、(特にボーカルの人の不敵な面構えもあってか)凄みのあるものだった。リリースパーティということもあって「主役は俺らでしょ」という自負と自身で持ってフロアもそれまでにない盛り上がりを見せていた。それは音楽的にもそうで、多様なバンドが様々な音を鳴らしている中ストレートなハードコアを鳴らしているのは異様に目立っていた。私の目にはその異質さが「ヤンキー感」に見えてしまったのだった。マイナーな音楽にしても流行や時代の潮流があって、それに迎合しにくい土壌があったとしても(フラフラ流行を追いかければコマーシャル、中身がないと批判されがち)、多かれ少なかれ影響はされるものだと思う。(”ブラッケンド”なんてのはまさにそうではと思う。新しい可能性の伝播なのでそれ自体は良し悪しではないかなと思います。)ところがこのDIEAUDEというバンドはあまりそう言った感じがしない。一緒に見たKUGURIDOはTragedy型のクラストを自分たちなりに解釈、構築するバンドだったというのもあって、このバンドのブレなさは逆に異質に見えたのだと思う。
日本の伝統的なハードコアスタイルに則った音楽を演奏している。ここら辺は私PaintoboxとThink Againくらいしか聴いてないのだけど、この二つのバンドに比べるともっと勢いがあってその代わりメロディアスさは減退している。ほぼシャウトで構成されたボーカルはなかなか歌詞が聞き取りにくい。コーラスは多めだが例えばライブで初見で乗れるようなキャッチーさはない。言葉で説明するととっつきにくい音楽性だけど、実際に見てみるとこれがひたすらかっこ良い。一つは(どうも独特のコード進行らしいのだが)構成と進行が明快でわかりやすい。ひたすらストレート。ドカドカ蹴り込むドラムにギロギロに硬質なベースが勢いを出してくて、ギターもそれに乗っかる形だがここがかなり凝っていて勢いに程よく感情の色を乗せている。つんざくようなソロ、中音域の分厚いトレモロ、実はかなり感情的だ。そこに乗っかるボーカルに再度注目してみると勢いの中にも。耳に馴染むメロディがある。演歌とまではいかないが哀愁のある儚いメロディ。それゆえに尖った強いメッセージ性も胸に突き刺さってくるのだなと思う。
KUGURIDOとのスプリットではさらにアルペジオを取り入れたりと時にグルーミィな叙情性を激しい曲に溶け込ませていくわけなんだが、なるほどその萌芽をこの音源でも聞き取ることができると思う。

既存の曲の完全なコピーをやっているのでなければ新しい要素の入る余地がないわけがない。温故知新に見えてこのバンドにしても必ず独自の要素が入っている。東京を一つの地方とすれば、それとは別系統の音を鳴らしているのがDIEAUDEを含む地方のバンドであって、それを体験する時に単にオールドスクールだというのはちょっと変だ。(まるで東京はその地点を通り過ぎて最先端だといわんばかりの傲慢さがある。)独自の進化系統にる、もう一つの可能性じゃんと思ってしまう。少なくともこのバンドにはそう思わせるかっこよさがある。ヤンキーが強いのはそう言った別の可能性の楽しさがあるなと思った。

ジェイムズ・エルロイ/ホプキンズの夜

アメリカの作家による警察小説。
原題は「Because the Night」で1984年に発表された。
刑事ロイド・ホプキンズシリーズ「血まみれの月」に続く第二弾。

ロサンジェルスの酒場である夜人が殺された。酒場の店主、そして客が二人。一列に並ばされ、そして頭を大口径の銃で撃たれていた。
LAPDの一匹狼の刑事ロイド・ホプキンズは事件の捜査に当たる。しかし証拠は極めて希薄で捜査は前途多難の相を呈している。そんな中変装の名人で「錬金術師」の異名を持つ警察官が実はしばらく前からその姿を消していることが発覚。事件の匂いを嗅ぎつけたホプキンズはそちらの捜査にも乗り出すが…。

アメリカ文学会の狂犬と称され、自身もドラマティックな出自を持つ作家ジェイムズ・エルロイの小説。「血まみれの月」を読んだのはだいぶ前だが作中の宿敵の歪んだ精神は強烈だった。濃厚な小説だった。非常に残念かつ不可解だが、そのホプキンズシリースは今では絶版状態である。(当時「血まみれの月」だけは買えたのだが、今ではそれも絶版のようだ。)しようがないから中古で買った。(可能なら新品が良いんだよね。)
熱心なエルロイファンとはとても言えないが、いくつかの作品を読んでそして非常に楽しめた。エルロイの書く小説はその凄惨さにまず心と目を奪われてしまうが、実は非常にロマンティックだ。いわゆる「ハードボイルド」とカテゴライズされるジャンルの中でのアメリカの一つの理想である”強い男”の物語であって、それがなんらかのプレッシャーで著しく歪んでしまい(それが非常に激しく損壊された死体に現れる)、それでも崩壊一歩手前で虚勢を張っている、そんな趣だ。そう言った意味でロマンティックで自己本位だし、それが異常に濃厚である。だがそれが面白い。異常な輝きを放っている。
今回はそのエルロイのロマンティックさが色濃く、そしてわかりやすく現れている。凄惨な過去があり苦悩とトラウマ(トローマ)を抱えているホプキンズは、体躯に恵まれ、頭も異常に切れる(IQが人並外れて高い、という客観的な説明が付与されている)、非常にアンバランスで作中では明言されないが、常識を超越した理論で動いているシリアルキラーたちとどこかで同調している。乱暴さと知性、正義と悪という矛盾を内包してはち切れんばかりになっている危ない男。まさに男の子の考える理想なヒーロー像なわけだ。キャラクターの個性を他のキャラクターに喋らせるなど、結構ストレートな表現がされている作品だなと思う。この本はエルロイの5冊目の本らしいから、まだまだ円熟の域に達していない頃なのだろう。
ホプキンズ自身は女漁りがひどい(ただしこの作品ではその要素は皆無)し、家族とは離れて暮らしている、そして独断専行で動くだけでそこまで問題がない。また警察内部の混乱もほぼ皆無。例えば「ホワイト・ジャズ」のようなもはや悪人としか呼べないような悪徳警官たちの権謀術数入り乱れる作品とは明らかに一線を画す。単純な反面非常に読みやすい。物語が直線的なのでただページをめくるだけで良い。
ただどろっとした熱い激情(血と汗と精液となってほとばしる)によって突き動かされる登場人物たちはすでに健在で、そこでは理詰めではない偶然と思いつきと、忍耐と暴力が支配している。理路整然とはしていないわけで、読者はわからない方程式で動いている彼らは異常である。はっきり言って狂気の沙汰なんだけどそれが面白い。思うに説明不可能な情熱を燃やされる方がいい。その情熱の正体はもちろんわからないのだけど、そう言ったこだわりがあることはもちろんじゃん。それが体温であって、それが伝わってくる創作物は私からしたら最高なのである。

濃い物語が好きな人は是非どうぞ。エルロイ好きの人も中古でいいなら是非読んでみてほしい。殺人鬼の異常さに関しては前作「血まみれの月」に軍配があがるが、登場人物が全員非常にめんどくさいトラウマ地獄の様相を呈する今作も非常に読み応えがあると思う。

2017年3月26日日曜日

Break The Records presents War for Peace Vol.5@新宿Antiknock

日本は姫路のネオクラストバンドsekien(赤煙)が解散後、メンバーが新たに立ち上げたバンドがKUGURIDO。デモリリースでも話題を呼んでいたが、2017年満を辞してBreak The Recordsから、愛知は岡崎のハードコアバンドDIEAUDE(ダイオード)とのスプリット「叫鬥(「きょうとう」と読む)」をリリース。リリースを記念したライブが東京で行われることになった。KUGURIDOはこのライブが初ライブになる。つまり初ライブが地元の外。スプリットはそこまで聴き込めてなかったけど、sekienのライブはすごかったので新宿のAntiknockに見に行ってきた。
Coffinsのあたけさんが言っていたがなんとも形容しがたい取り合わせのライブだった。

NoLA
一番手は東京のNoLA。ライブを観るのは2回目かな。Redsheerとのスプリットリリース以来。改めて見るとその勢いに圧倒される。出している音としてはハードコアなのだろうけど、どうしてもドゥーム/スラッジの泥濘感があるような気がする。バンド名(Nolaはニューオーリンズ・ルイジアナの特定の音楽を指す言葉でもあるので)からの先入観もあるだろうが。しかしフレーズの語尾をだるい感じに引き延ばす感じ、そして何より速度のコントロール、というよりは低速パートはハードコアのそれというよりはスラッジのそれを彷彿とさせる。ただ早いだけではなくてハンマー投げの射出する前の状態のよう。つまり遠心力。思い何かをぐるぐるぶん回す。その楽しさがあるなと思った。ボーカルの人の動きも激しく一番手としてはうってつけのアクトだった。

No Excuse
続いて同じく東京を活動拠点にするハードコアバンドNo Excuse。Break The Recordsから音源をリリースしているらしい。この度初めて聞くし、見る。4人組のバンドでメンバーの立ち居振る舞い、衣装でハードコアパンクバンドだとわかる。調べてみるとジャパニーズ・ハードコアの系譜に連なる音楽を演奏するバンドで、とにかくストレートに攻めてくる。ドラムは勢いのあるD-Beat、ベースの音は尖り、ギターは分厚い中域が強調された温かみのある音であまりミュートを使わないハードコアらしい演奏。ジャパニーズ・ハードコアはとにかく恐ろしい伝統の世界、というような先入観があるのだけどこのバンドを見るととても親しみやすくて曲を知らなくても楽しめた。非常にキャッチー。ボーカルはひたすら叫んでいるのだけど、一つはメロディラインというかコード進行がそれとわかるような軽快なメロディアスさを持っていること。それから熱くそしてシンプルなシンガロングパートがある曲が多いこと。これは盛り上がる。性急な感じのギターソロも多めでかっこよかった。この間音源を聴いたThink Againに似ているけど、こちらの方がシンガロング多めでその代わりボーカルはよりハードコア。だけどむしろNo Excuseの方がキャッチーかも。

Terror Squad
続いては1992年に東京で結成されたスラッシュメタル/ハードコアバンド。私はこの間リリースされた兵庫のSwarrrmとのスプリットを持っているので聞いたことはある。ライブに行くにあたり他の音源も聴いてみようかなと思い、youtubeで調べたらヒップホップユニットのMVばっかりひっかかる。やって見て。
転換の時は明らかにベテランの佇まいだな〜と思っていたけど始まってみたら、めちゃくちゃ熱い。ボーカルの人はNoLAのボーカルと同じくらいアクティブだった。とにかく細かく早く刻むギターがスラッシー。スラッシュメタルだと思ったんだけど、よく聞くとそうじゃない、というかそれだけじゃない。まずボーカル、スラッシュならこんなに顔真っ赤にして叫ばない。そしてベース(ベースの人はMelvinsのバズみたい、もしくはガンズのスラッシュ。)はよくよく聞くとめっちゃグルーヴィ。かっちりしているけど根底にはMotorheadから連綿と続くロックンロールのグルーブがある。この縦横のノリを維持したまま速度を上げると、確かにハードコアっぽくも聞こえるから不思議。初めはギターの音量が小さいかな?と思ったけど次第に良い感じの仕上がりに。拳を振り上げるのが楽しかった。ボーカルの人の笑顔が素敵でした。

Coffins
次いで東京のオールドスクール・デスメタル、Coffins。結構見ている。つなりいろんなイベントに呼ばれているってことなんだろう。この日は割とハードコア色の強いイベントだったけど、このバンドはきちんと自分たちの役割をわかっている。いつも通り徹頭徹尾暗くて重たいデスメタルをプレイ。ただ比較的コンパクトな楽曲をプレイしていたと思う。這い回るような、引きずるようなドゥーミィなリフは間違いなくオールドスクール。重たく吐き捨てるボーカルに全くメロディがないので、剛腕リフをぶん回してそこにグルーブを生み出すバンド。一見全く優しくないのに棒立ちで聞くバンドではないのはひたすらすごい。この日はいつもより高音〜中音域のソロが映えていたように思う。特に中音でうごめくように弾くフレーズは個人的にはツボ。ドラムの人は軽く叩いているように見えるのになんで音があんなにでかくて、そして正確なのだろうか。Coffinsはライブのたびにドラムがすごいな、ドラム…ってなる。

DIEAUDE
さていよいよスプリットの片方、愛知は岡崎のダイオード!4人組のバンドでドラム、ベース、ギターに加えてボーカル。佇まいもそうだが鳴らす音もNo Excuseに似ている。つまりジャパニーズスタイルのハードコア。突進する演奏陣に野太く、男臭いボーカルが怒号を乗せる。No Excuseと違ってキャッチーさはない。シンガロングはあるんだけど頻度が少ないし、初見で乗るのはちょっと難しい。ロックの香りがするギターソロもない。その代わりミュートを多用したり、音の数が多かったり技巧的な「テクニカル」さではないが独特の音づかいをしていた。フロアは盛り上がっている。拳が振り立てられ、体の動きが激しい。私が感じたのは語弊があるかもしれないが「ヤンキー感」である。これは決して悪い意味ではない。そしてダサいという意味でもない。ただ東京で幅を利かせているお洒落と行かないまでも洗練された様式とは明確に異なる。粗野な勢いがある。頭で考えるけど、フィジカルにも重きを置いているようなアティテュードが感じられるような。その勢いというのがこのアウェイの地でも今までの経験に裏打ちされた自信ゆえだろうか、確固たるものとして私の目には何かしらの異質なものとして見えた。ライブを見て面白いのは「なんだか説明できないけどすごいものを見ている」という感動で半笑いになってステージを見上げる時なんだけど、この日はこのDIEAUDEはまさにそうだった。音自体はあくまでもハードコアで奇を衒うことは全然ないんだけど、何か別のものを感じてしまった。

KUGURIDO
続いては播州播磨、つまり兵庫の姫路のKUGURIDO。メンバーがこのバンド結成する前にやっていたsekienはすごかった。khmerの来日で見た時は両者の違いにネオクラストというのは考え方やアプローチであるのかなと思ったものだ。この日のバンドで唯一ボーカルが専任ではなく(ベーシストが歌う)、また唯一バンドのフラッグをステージに飾った。「HIMEJI CITY HARD CORE」と書かれたそのフラッグは東京の地で非常に誇り高く見えた。ドラム、ベース兼ボーカル、ギターの3人体制。この日が初ライブ。
実はこの日一番難しいバンドだったのでは。sekienに比較するとボーカルの登場頻度がやや減ったように思う。代わりにギターの変幻自在さが否応でも目立つ。とにかく1曲の中に多様なリフとフレーズが詰まっている。ただテクニカルかというとそんなことはない。ミュートをあまり多用しないリフはハードコア的だし、ボーカルがぶっきらぼうな分、ボーカルの後ろで、それからボーカルがないパートではそのメロディアスさを存分に発揮している。力強さと叙情性を併せ持つギターと酷薄といってもいいくらい前に進むボーカルの対比、ここはこの日SEとして繰り返しなっていたTragedyに似ている。ただネオクラストに対する回答がsekienだったように、やはりTragedy的であっても決してTragedyのコピーではないということだろうか。異形の新しさが”これから”の期待を煽る、そんなライブだった。

今回スプリットを出した主役の二つのバンドはともに東京から離れた土地で活動するバンドで、やはりどうしても東京のシーンとは違いがあるように思った。そしてその異質さこそが面白さなのでは。逆説的に東京がダサくて地方がクールだ、無論そんなことはない。存在しないユートピアとしての他所ではなく多様性の問題であって、この差異は例えば地方ごとに築かれたシーンの伝統(3la水谷さんより)にその要因を求めることができるだろう。「インターネットで均質化さ」れるとはよく聞くフレーズだが、均質化されているのはあくまでも受取手に過ぎないのではないかなと思った。多様性こそがきっとシーンを活性化させる。それは音楽だけではなく。そんなことを考えて楽しくなった。DIEAUDEのCDとKUGURIDOのT-シャツ(デザインがカッコ良いのよ〜)を買って帰宅。

2017年3月25日土曜日

Fall Silent/Drunken Violence

アメリカはネヴァダ州リノのハードコアバンドの3rdアルバム。
2002年にRevelation Recordsからリリースされた。
1994年に結成されたバンドで3枚のオリジナルアルバム、その他の音源をリリース。2003年ごろに解散したのだが、どうも最近再結成したようで7インチを15年ぶりの2017年にリリース。それが話題になりバンドを知った私がなんとなく買ったのがこのアルバム。新作のEPは聴いていないです。

酒ビンを呷る兵士が運転する戦車(馬で動くやつ)が天使をひいているものや、同じく酔っ払いが酔いつぶれているのかと思いきや自分の頭をでっかい銃で打ち抜いているものなど、なんともファニーかつ不穏なアートワークが大胆に使用されている。タイトルは「酔っ払った暴力」、なんとも嫌な結果しか引き起こさなそうな言葉だ。
中身の方はというとハードコアなんだけどかなりメタリック。90年代〜00年代の音だからもちろんハードコアといえど明確に音楽としてのメタルから影響を受けているのは珍しくないのだけど、このバンドはかなりメタリック。どこかというとギターの音が。艶のあるソリッドな音に仕上げられていて、ハードコア特有のざらついた荒々しさがあまりない。それがとにかく刻みまくる。当時の特有の音の質感もあってスラッシュメタルみたいにグイグイ刻んでくる。グルーヴというかひたすら高速に刻んでくる。勢いがあるのが醍醐味だったスラッシュメタルにしても色々な多様性を技巧でアピールしてきたんだろうから、ここまで極端なのは個人的にはジャンルに関係なく新鮮に聞こえた。どっちかというと速さと重さを追求したオールドスクールなデスメタルっぽさも感じられるかもしれない。そういった身ではメタルの音をハードコアのテクスチャに貼り付けた(コピペって意味ではないです)のかな?って気もする。というのも、まとめて聞くと(デス)メタルっぽくは聞こえないのだ。これはハードコアだなとわかる。ギターがメタリックなのだけど、軽く抜けの良いドラムと、ゴロゴロ尖ったベースはハードコアの香りがするし、何より甲高いボーカルはメタルにはあまりないのでは。メタルのとにかくハイトーンなそれとは違う。声がクリアなので時に非常に幼く聞こえる。順序が逆だけど現行の日本のハードコアバンドShut Your Mouthのボーカルに似ている。メタル要素を「貼り付け」たというのはギター以外もあいまってハードコアでまとめられているから。ミクスチャー感、ごった煮感はあまりない感じ。跳ねるような縦ノリ。速度の頻繁な変更(例えばパワーバイオレンスなど現行の激しい音楽と比べるとその以降は非常にスムーズ)など、ハードコアの醍醐味がこれでもかというくらい曲の中に詰め込まれている。
ここら辺の多ジャンルの要素を取り込みつつ、どこまで行ってもハードコアというのはやっぱりニュースクール・ハードコアという感じがする。
ちなみにアルバムの中でも異色なHeartというバンドのカバー曲「Barracuda」ではバンドのメタリック成分をややユーモアを交えて誇張して表現しているようでそこら辺も面白い。(ただ結構原曲に忠実。)

ちなみにブックレットのノーサンクスリストには「テレビゲーム」とか「Puff Duddy」とかあって面白かった。「アル中」ともあるから結構厳格なハードコアなのではと思う。かなりかっこいい。新作も聞いてみるつもり。

マイクル・コナリー/転落の街

アメリカの作家によるハードボイルド/警察小説。
この作者の作品は初めて読む。面白そうなあらすじと良い評判で購入。

LAPD(ロサンゼルス市警)強盗殺人課未解決事件班で働くハリー・ボッシュ。彼は60歳の定年を迎えたあとも定年延長選択制度により警察で働き続けていた。ある日1989年に発生した19歳の女性の暴行殺人現場に残された血液が前科のある人物のそれと一致することが判明。ところがその人物は当時わずか8歳であった。ハリーと相棒のチューは一筋縄では行かなそうな雰囲気を感じつつ事件に取り組む。しかし時を同じくして警察に対して大きな権力を持つ市議の息子がホテルから転落死を遂げ、市議は因縁のあるハリーに捜査の指揮をとれと直々に指名してくる。政治の絡む事件は複雑だ、頭を抱えつつハリーは二つの難事件に挑む。

ハリー・ボッシュを主人公とした一連のシリーズのなんと15作目!ということだ。前述の通り作者の他の作品は読んだことがない。
とにかく読みやすく、また物語も謎に次ぐ新たな謎といった展開でのめり込ませる求心力は相当。ストーリーが練られていて破綻なくきちんと収まるところに収まる、という警察小説の見本みたいな小説。上下に分かれているが結構あっという間に読むことができた。
じゃあ面白かったかというと実はそんなことはなかった。上巻を読み終えるところまでは楽しいな〜という感じだったのだが下巻を読み進めるうちに頭に疑問符が浮かんでしまった。よくできているがゆえに綺麗に収まりすぎている印象。円熟しきってしまっているような。全ての物語は作為的であるから、だいたい筋があってそれに沿って事件や出来事登場人物が並べられるのだけど、それでも一つ一つはいかにも偶然によって噛み合いつつ、現実と同じようにラストに向かって落ち込んでいくわけなのだけど、この小説はどれもスムーズにいきすぎていてどうにも感動が薄い。明らかに都合が良すぎ。女にモテるボッシュ(なんかめんどくさい女に振り回されて困るそぶりを見せるけどあくまでも女の方がめんどくさいという男臭い書き方)、片親だけど娘と良好な関係を保っているボッシュ、押しが強く仲間思いだが手柄は独り占めにしたいボッシュ(それならそうといえば好感持てるのに)、自分の能力に衰えを感じるけど崇高な正義のためには結局働き続きたい強いボッシュ(やる気がないのが悪に直面して奮い立つならいいけど、能力不足だけどやっぱやるわってどうなんだろう)とにかく主人公ボッシュが強すぎ。別にジャズが好きな家に帰らない父親に対して理解のある高校生の娘がいたって、女にモテても、若い部下が使えなくても、喧嘩に強くても全然良いんだけどそれらが全部のせ!ってなると読んでいるこっちは冷めてしまう。ちょっと前から北欧の警察小説が盛り上がっているけど、ヘニング・マンケルの刑事ヴァランダーシリーズをあげるまでもなく、凄惨な事件とそれを追う刑事の個人的な問題を一緒の直線上に乗っける手法が今では結構メインなのかもしれない。どれもそんな作りだった。この小説だと老年を迎えるハリーにもそんな色々な悩みがあるんだけどどれも本当っぽくない。全部がそうすることで小説が盛り上がるんでしょ?って計算で配置されている感じ。(前述の通りそれ自体は悪くないんだけど書き方がおざなりすぎて本当っぽさがないんだ。)
個人的には警察小説の面白さというのは、善悪という概念に対して絶対的正義の側にある警察官が矛盾を感じつつも、現実的な事件を落着に落とし込まなければならない、というその葛藤にあるわけで、この小説はそれがあんまりない。さすがに一番最後で組織の正義と、個人の正義の対比を持ってきてそこはさすがに抑えてきたか、という感じだったけどそれも技巧的にしか感じられなかった。初めっから正義を盲信しているみたいでなんだかな…という感じ。主人公は色々悩んでいる、迷っている、と書いているのだけど本当の失敗は実はしていない。本当に恥ずかしい思いはしていない。”かっこよさ”の殻に守られていていたい目には合わないようにできている。だから読者の私はそんな彼に共感できないというか、逆に「うげー」となってしまったのである。ひょっとして私は異常に嫉妬心が強くてひたすらイケメンが活躍する話にジェラシーを燃やしているだけなのだろうか?と地頭してしまった。それとももっと凄惨な話でないとぐっとこないのだろうか?

読みやすいからといって面白い小説は限らないんだなあと思った。これが世間一般にひどい小説だとは言わない(個人的にはそう思っているけど)けど、小説というかフィクション、というかノンフィクションでもいいんだけど物語に何を求めるのか、ということで私には合わなかったようだ。ただ非常によくできたうまい小説だと思う(ドラマ化されたり人気はすごいあるみたい)ので、ひたすらおじさんが活躍する物語を読みたいんだ!という人にはうってつけではなかろうか。私はもうこの人の小説はこれだけで良いかな。

V.A./KEEP AND WALK 10th Anniversary Compilation

全国に展開するレコードショップdisk union傘下のレーベルKEEP AND WALK Recordsのコンピレーションアルバム。
2017年に自身のレーベルからリリースされた。
タイトル通りレーベルの創立10周年を記念してリリースされたもの。アートワークはyuvikiri-zukeiことkamomekamomeのボーカリスト向さんの手によるもの。二つ折りになった紙のジャケットとソフトケースに包まれた簡素なスタイルだが、これはおそらく値段を下げてなるべく手に取ってもらおうという意図だと思う。
全部で16バンドが1曲ずつ提供しており、全てが新録音された新曲(未発表曲)ということらしい。非常に贅沢なアルバムで、収録バンドの中には現在活動停止中のものもあるとか。

一つのレーベルが関係のあるバンドの既存曲から選択して行けばそれはレベールのこの植えない名刺になるだろう。このアルバムは全て新曲で構成されてるので過去に加えて現在進行形の現状と未来を提示している意味で面白い。収録バンドは全て国内のバンドというのも明確なレーベルの姿勢が見て取れる。
全部で16曲、バリエーションはあるが軸になっているのはハードコアだと思う。そのぶっとい背骨が一本アルバムを貫いている。面白いのはかなり日本的なハードコアに特化しているなと思う。後半Blindsideから後ろはかなりピュアで攻撃性の高いハードコアが展開されるのだが、それ以外は結構フックのあるバンドが多い。カオティックというとちょっと違って、クリーンボーカルの頻度と重低音に偏向していない音作り、クリーンボーカルの登場頻度、そしてメロディアスさを鑑みると激情ハードコアっぽい。ここでいう激情は例えばOrchidやYaphet Kottoのような始祖的なバンドではなくて、それらを父母に持ちながらも独自の進化を遂げたenvy以降の激情のこと。(私はこっちから入ったもんで激情というとどうしてもenvy...!となってしまうのだ。)歌詞は日本語で乾いた音のハードコアを基調としつつ一旦その曲構成をバラバラに解体して、そこに叙情感をニューススクール・ハードコアとは別の観点から注入して再構成したもの。激しいパートに加えて、アルペジオに象徴されるゆったりとしたアンビエントなパートを対比させる曲構成。ドラマチックかつ空間的でじわっと広がっていくようなドラマティックさ。
と言ってもこのコンピレーションの場合は”哲学”(というよりは衒学と言ったら怒られるかもだけど)的な崇高さを希求するというよりはもっと聴きやすい、聴き手にもストレートに届く、ポピュラーなロックの要素を曲に持ち込んだバンドがおおい。だから非常に直感的に聞こえて、楽しめる。いわば実際的であって「歩き続ける」という前向きなレーベル名、そしてその特色をよく表していると思う。そんな中でも妖しい歌謡曲的な雰囲気をプンプンに放出するマシリトだったり、やっぱり圧倒的に黒いisolate、鋭くシリアスなNervous Light of Sundayなどそんな中にも振れ幅の極端なバンドが同時に違和感なく収録されているのが、コンピレーションの醍醐味という感じ。
時に青臭いほどに真っ直ぐな歌詞がこのジャンルでは大きな特徴だと思う。おそらくコストの関係でオミットされた歌詞をオフィシャルHPで補完されているので是非曲と合わせてどうぞ。

これからの季節にぴったりのコンピレーションだな〜と思う。日本らしさはともすると悪い意味でも使われることが多いけど、むしろ明確に日本の特定のハードコアをぐっと提示する力強さはかっこいい。この手の音楽が好きな人は是非どうぞ。

2017年3月19日日曜日

フィリップ・K・ディック/高い城の男

アメリカの作家によるSF小説。
最近Amazonがリドリー・スコットに指揮をとらせてドラマ化して話題になっている作品。そういえばと思って買って見た。ドラマの方は見ていない。まずは原作からという気持ちで。ディックの熱心なファンというわけではないがどうしてもSFを読もうとなると映画「ブレード・ランナー」の原作「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」は避けて通れないわけで。その作品を筆頭に長編「ユービック」「流れよ我が涙、と警察官は言った」、そしていくつかの短編集を読んだりした。日本人はフィリップ・K・ディックが好きなんだと思う。結構今でも新しく邦訳されている事実を鑑みると。

第二次世界大戦で枢軸国が勝利した世界。アメリカはドイツと日本が分割統治していた。
古物商ロバート・チルダンは日本人の官僚田上からの無理難題に喘ぎ、田上はスウェーデン人の実業家バイネスとの会談を前に気を揉んでいた。腕のいい職人のフランク・フリンクは些細なことで工場の仕事をクビになり途方に暮れている。フランクの別れた妻ジュリアナは偶然であったイタリア人の長距離運転手ジョーと懇ろになる。戦後”普通”の世界で普通の人々の生活にとある陰謀が見え隠れし始める。

群像劇というか、登場人物が多くしかも微妙に全ての人が周縁部にいるというか、王道なら身分もバラバラの登場人物たちが次第に集まってきて大団円に向かうわけでもなし、またそのカタストロフィがほのめかされるのも”噂”だったりして結構物語としては捉えどころがない。
フランクが主人公を務める抑圧から歴史のない未来が芽生えるという一つの筋はなるほど特にアメリカ人には受けが良いのかなと思う。(作中でもこの新しい芸術はアメリカ人にしか受けていないのが露骨に示されている。)また歴史のもしもを考えるのはやはり面白い。あの時ああしていれば、って誰にもあるわけだから。個人的なそれなら一番だが、そこは小説なので誰にでもわかる分岐点(この小説は1962年に発表された)が世界大戦だったわけだ。歴史好きは枢軸国側が勝利を収めた世界の設定を考えるのがさぞや面白いのだろうと思う。自分は歴史さっぱりなのでそこまで。
じゃあ何かと言うと個人的にはこれは世界が終わる話を描いていると思った。世界はとかく創作では終わりがちだが、その中心にいる人(または巻き込まれて否応無く中心に引っ張られた人)がその破滅を防ぐために奔走するというのが筋になっていく。非常に派手で面白いのはもちろんだが、実際に世界が終わるとしたら陰謀が渦巻き、そして多くの偶然によって粛々となされていくのではあるまいか。市井の人はきな臭さを感じつつも、意外にそれにほぼ直面するまで気がつかないのではないか。こういうふうに考えてしまうんだけど、この小説はそんなひっそりと終わりつつある世界を描いているのではあるまいか。なるほどスパイや政府の高官たちが出てくるが、彼らも位置は中心に近くても当事者ではないのである。傍観者と言っても良い。自分の役目をわきまえていてそれを逸脱することはない。田上しかりバイネスしかり、「自分はやるべきことはやった」という諦観めいた無力感に襲われているように見えた。考えても欲しいのだが、常に日々のことが大切で、大きすぎる問題に関しては現実感がなくはないだろうか?「世界が終わるんだ!」と言われて実際にあなたは何かするかな?程度や伝え方にもよるだろうけど。割と高い身分にいる人でもそれはそうで、だからやたらと決断を易(古代中国の占い)に頼ることになる。そうでないと判断がつけられないし、自分の判断には根拠や理由の後押しが欲しいからだ。このもしもの世界は別に格別霊力があるそれではないと思う、個人的には。当たるも八卦当たらぬも八卦、でこの世界と50歩100歩なのでは。(そういった意味ではこの世界でも責任ある人の多くは占いに頼っているかもね。)そんな人間のサガを書いている作品なのではないかと思った。

割と注目度の高い作品だと思うので、ドラマを見て気になっている人は原作を読んで見るのはいかがでしょうか。ちょっと調べて見るとだいぶ内容が違うみたいだけど。

ENDON/Through The Mirror

日本のノイズ/バンドの2ndアルバム。
2017年に日本のDaymare Recordingsからリリースされた。
ENDONは2006年に結成されたバンドで今はドラム、ギター、ボーカルに加えてノイズのメンバーが2人いるちょっと変わった体制のバンド。
今回の新作は日本のバンドとしては初めてConvergeのギタリストKurt Ballouと彼のGod City Studioで録音・プロデュースされるということで発売前からかなり期待値が高かったと思う。

ENDONには歌があるのだが歌詞がない。ずっと意味のない音を叫んでいることになる。ノイズを激しく噛ませたバンドなので非常にその主張することは謎に包まれているのだが、今回リリースに合わせたプロモーションということもあって色々なメディアに直接的な言語で新作やバンドについてのステートメントが発表されていて、それが彼らに対する情報不足を補完するという以上に単純に読んでいて非常に面白い。
私が読んだのはメンバーの一人名倉さん(弟)がアルバムの曲目ごとに短編小説を書くCDJournalの一連の連載(今の所まだ連載中)、ディスクユニオンのフリーペーパーFollow UPのインタビュー、それからEle-kingの女子会と称されるインタビュー。それから再読になるが前作リリース時のCDJのインタビュー。どれも面白いのでまだの人は是非読んでいただきたい。
ENDONはやばい。当初からそういう話だったし、初めてライブを見たときは意味がわからなかった。ノイズがフリーすぎてどこに乗れば良いかわからなかったのだ。ただ「Acme.Apathy.Amok.」は買って帰った(あの時の自分を珍しく褒めてやりたい)。今作もやはり”ヤバイ”ということになっているし、バンド側もそう思われることを企図しているように感じる。しかしこのバンドの側からの日本語のステートメントを読んでなるべく”ヤバイ””すごい”で片付けないようにしないといけないという気持ちがしている。というのもボーカルの名倉さん(兄)が「俺は感じるな、考えろ、お前らバカなんだからって思うよ」といっていて(ele-king)、私は感情的な人間だが、常に考えることがたとえ良い結果につながらないことが往往にしてありながらも、それでも考えるということが絶対的に良いことだと信じたいと思っているのでこの言葉が非常にぐさっときてそして好きなのだ。

ENDONの音源を全て抑えているわけではないのだが、前述の「Acme.Apathy.Amok.」、それから1st「MAMA」を踏まえるとだんだんノイズの自由さが制限されて代わりにロックバンドとしての機能が台頭してきている。今作もその流れにあると行って良い。過激な内容であることは間違いないが、今までの音源の中では一番聞きやすいのではないだろうか。いわゆるアンダーグラウンドな音楽界隈では聞き易くなること=セルアウトとして嫌われるが、本人たちは「単純に金と名誉が欲しい」と嘯くヒールっぷりである。前作まではノイズを主役として捉えて色々とノイズを中心に工夫していたのだが、今回Kurtはノイズを全部定位置で録音しているという。単に楽器の一つとしてノイズを使い出したそうだ。つまり今作でノイズ担当がいるロック(フォーマットの)バンドということにENDONはなった。(次作以降どうなるかは当然わからない。)
twitterでもちらほら見るがブラックメタルっぽくなったというのも頷ける。トレモロギターの登場頻度が増えたからだ。しかし前作リリース時のインタビューを読むと当初からノイズとの相性がいいとしてトレモロを多用していることを打ち明けている。つまり単に壁のようなノイズが鳴りを潜め地金がよく見えるようになったということだけなのかもしれない。トレモロも含めて全ての音が敢えて重さをある程度抜いたガシャガシャした音で作られているのが個人的に面白い。Full of Hell/Code Orangeはモダンなハードコアの重低音を足し算/掛け算したが、ENDONは引き算をやってきたのだ。強いやつ強いやつ×無限大の螺旋から抜け出してもっと別天地に行くことにしたのだろうと思う。「Perversion 'Till Death」の重厚なノイズと相対する爪弾かれるギターの旋律の美しさをきいてほしい。今までのENDONとは明らかに毛色が違う。そうこう思っているとタイトル曲「Through The Mirror」になだれ込む。激しいノイズと絶叫の応酬のその後ろに何かが見えている。私はそれは”美しさ”ではと思ったのだが。絶叫で構成されているそれは何かしら不穏な空気をはらんでいる。大仰にいえば巨大な兵器が爆発する様を遠くから(爆心地にいたら美なんて感じるわけがない)眺めているような、そういってしまうのが不適当であるような美しさであった。「Tourch Your House(お前の家に火をつけろ)」は大爆発で帰る場所がなくなって、さあてこれからどうするのだ、というそういう歌であるように私は思った。退路を絶って前進せよ、とは過酷である。そして曲は直接的に感情的だ。現状の音楽ジャンルであるところのエモ、激情系を「エヴァンゲリオンごっこ」と切り捨て(Follow Up)、もっと直接的、彼らの言葉によると大脳皮質ではなく情動に訴えかける音楽をノイズという劇薬で持って、そして直接的に言葉を用いずに表現した。不敵で挑戦的だが、出来上がったものを受け取って聞いた人が何かを感じずにはいられない作品になっていると思う。
ある意味ではなんでもノイズ味(黒)にしてしまう必殺の黒い絵の具であるハーシュノイズに何か別の意味を付与しようという試み(=彼らのいうところの実験)であって、そういった意味では非常に挑戦的な作品であり、個人的にはこの1作品でもはやその回答を垣間見ているのではないかという感動がある。だってこのアルバムの色鮮やかさを聞いてほしい。

非常に真面目な作品だと思うし、憧れで音楽をやっているというステートメントも理解できるような気がする。そういった意味では純真といっても良いかもしれない。だって期待があるからだ。素晴らしい音楽だ。私は大好きだ。まだ聞いていならこれから聞けるという幸せを持っている。是非聞いてみていただきたい。

TORSO/Sono Pronta a Morire

アメリカはカリフォルニア州オークランドのハードコアパンクバンドの1stアルバム。
2015年にイタリアのAgipunkというレーベルからリリースされた。
4人組のバンドでBandcampによるとヴィーガン(菜食主義)でストレートエッジとのこと。ボーカル含めて女性が2人在籍している。
アルバムのタイトルを翻訳すると「私は死ぬ準備ができています」と出る。アートワークは魔女裁判で火炙りにされている女性。

D-Beatハードコアと自称するくらいのオールドスクールなハードコアをプレイするバンド。全部で11曲で17分。長くても2分ちょいで大体1分台。疾走”感”って実際には必ずしも速度にイコールなわけではないと思うんだけど、このバンドの場合はD-Beatを主体に据えてその疾走感を演出している。もちろん遅いわけではないのだけど、じゃあファストコアばりに早いのかというとそうでもない。きっちり演奏の妙もバリエーションも詰め込める余裕のある”速さ”で勝負している。素材の音がかなり生かされたジャカジャカ感と厚みのあるギターに、非常によく動くベース(どうやらもう一人の女性はベース担当みたい)がツタツタ刻んでいくD-Beatに伸びやかに曲を織りあげていく。
ボーカルはほぼほぼ叫びっぱなし。いい感じにかすれた声だが女性のそれだってわかる。一緒にEP(2014)も買ったんだけどちょっと声質(録音状態かも)が変わっている。このアルバムの方が高音が強調されているかなと思う。
メンバーの半分が女性な訳なんだけど、じゃあ女性特有の〜というのがあるかというと音源を聞く限りはあまりそう行ったのは感じられなかった。分かりやすくメロディアスな訳でもないし、女性らしいボーカルの取り方もほぼなし。Oathbreakerみたいにフロントマンが女性であることを強みしている感じとは正反対だし、再結成したらしいGorilla Angrebみたいにそこはかとないミクスチャー感(かわいい感)はなくてよりハードコアだし。ハードコアバンドを組んだけどメンバーはたまたま女性だったくらいの感じ。ひたすらストレートを信条とするバンドらしく、いやらしいフックがない。EPのアートワークも女性が登場するし、性差については結構重要なファクターっぽいが音楽的には女性らしさはおそらく敢えてカットされているのでは。ハードコアという(おそらく)男性的なフィールドで一個のバンドとして勝負していく、という気概の表れだろうか、気迫めいたものを感じてそういった意味でも気合の入ったタイトルも納得感があるなと思う。
ちなみにEPから先に聞いたんだけど、このアルバム序盤だけ聞くとEPの方がいいかな?と思ったんだけど後半えらいテンションが上がってくる。普通冒頭にキラーチューン持ってきそうなもんだけど、このバンドは圧倒的に後半に入ってからの方がかっこいいと思う。

なんだか女性+ハードコアというのがトレンドなのかな?そんなことない?わからないけどそのフォーマットでも色々違うことをやるバンドがいて(当たり前なんだけど)、面白いなと思う。いわば女性の特異性があるわけでこれも男性優位社会の考え方なのかな…とか思う。まあそこらへんは置いておいてかっこいいハードコアバンドなので気になった人は是非どうぞ。

2017年3月15日水曜日

イアン・バンクス/フィアサム・エンジン

英国、スコットランドの作家による長編SF小説。
1994年に発表された。題名はおそらく「Fearsome Engine」なのだが、(日本語にすると「ものすごいエンジン」という感じかな)表記は「Feersum Endjinn」というスペル。ひょっとしたら登場人物、主人公の一人の子供が書いたってことなのだろうか?という気もする。
もともとオーストラリア出身、アイスランド在住の音楽家Ben Frostがイアン・バンクスの「蜂工場」を元ネタにしたコンセプトアルバムをリリース。普段のノイズ成分強目の音像からは一線を画す内容で、しかもそれが格好良かったもので元ネタの方がきになるのが人情というもの。ところが「蜂工場」を買うはずが同じ作者の別の作品である「フィアサム・エンジン」を買ってしまったのが私なんだ。こういうことがよくあるんだよな〜。別にへそ曲がりではなくてあらすじ読んで気になった方を買ってしまうのだ。
「蜂工場」は現代を舞台にした小説らしいが、こちらはバリバリSF。もちろんとっくに絶版なので中古で買った。
表紙の木は「聖剣伝説2」の人の作品。ちなみに私は2が一番好きなんだ。

遥か未来、人類の科学技術は進歩を極め広大な宇宙に進出。活動拠点をホーム地球から写すことにした。これをディアスポラと呼ぶ。しかしディアスポラに乗らない人たちも少なからずいて彼らは進歩と技術を封印。そのくせちゃっかりと残されたテクノロジーを利用して安穏に暮らしていた。ところが銀河の果てから暗黒星雲が地球に向かっていることがわかり、数千年の平和は破られることになる。暗黒が太陽を覆い尽くしたら人類には衰退しかない。ディアスポラ以前の脱出の技術を巡り、職業クラン間で戦争が始まる。そして巷間には共通ネットワーク「クリプト」から救世主”アシュラ”が人類に遣わされると囁かれ始める。

この小説が弐瓶勉さんの漫画「BLAME!」の元ネタの一つだとは知っていたが、そこはあまり意識してなかったが読み始めてみたらびっくり。この小説からいろいろなネタが取られている。空虚な巨大建築物が積み上がる世界設定はもちろん、構造体に埋設されたネットワーク、そしてその密使、セーフガード、基底現実などの単語、それからセリフと!枚挙にいとまがない。「BLAME!」ファンならニヤニヤすること間違いなし。私は元ネタということをきっかけに椎名誠さんの「武装島田倉庫」、マイク・レズニックの「キリンヤガ」などを読んだんだけど元ネタという意味では今のところこの小説が一番。
「BLAME!」ネタを差し引いてもめちゃくちゃ面白い小説。退廃というよりは精神的文明的な衰退(それと最先端のロストテクノロジーの対比という構図だけでワクワクしてくるよな〜!)が支配する世界で”脱出手段”を探る、つまり人類を救うためにヒーローたちが別個に立ち上がり、結束しながら文字通りの保身に走る為政者たちを追い詰める、という筋書きは奇抜で先進的な設定と比べると非常にオーソドックス。現実の7つの生と仮想の7つの生という寿命が延びた世界で未だ死を体験しない若者が老獪だが頭の固いメトセラめいた老人を退けるというのも古典的だが没入感を加速させる。
決して詳細に説明する小説ではないので、いちいちこれはどういうことなんだろう?これ誰だっけ?とページをめくる手を止めて考えたり、巻き戻ったりする必要が生じてくるのだが、個人的にはこれを煩わしくなくむしろ逆に楽しみながらできるって読書の最高の醍醐味の一つ。そういった意味では素晴らしい読書体験だった。世界設定的に異形めいてアンバランスな世界なのでおとぎ話めいた幻想性が甘い膜のように鋼鉄の世界を覆っていて、個人的にはエンジンつながりで「エンジン・サマー」(ちなみにこの小説もすごく好き)に少し似ているところがあると思う。どちらかというと奇妙に歪んだ世界そのものを描くのを作者が楽しんでいるような。そう考えると王道的なストーリーは納得できる。「広大な」というのがテーマで、さらにこれがぎっしりと詰まっているのではなくとにかく間隔が広い。空虚である。暑いストーリーだが、それすらも巨大な建築物の中に冷えていくような無情さがあって、何よりそれが面白い。もっとハードコアに(あるいはアンビエントにと行ってもいい)、この空虚な世界観を一人歩く、みたいな短編集があったら是非読みたいと思うのだが、邦訳はあまりされていないみたいだしイアン・バンクスもすでにこの世の人ではないということで残念至極。

「BLAME!」が好きな人は間違いなく楽しめるのではなかろうか。初期の静謐な感じも、中盤以降の動きのある展開もこの小説には含まれているのでどちらが好きな人も是非どうぞ。それから一風変わった空虚なSFに目がない人も是非どうぞ。私は本当に楽しめた。次はいよいよ「蜂工場」を読まねば。