2017年7月17日月曜日

LOSTTRIP@新宿ロフト

日本のハードコアバンドVVORLDのドラマーチンウィルさんの企画。
真夏の新宿ロフトで全17バンドが出演するハードコアパンクのお祭り。
見たいバンドがいくつかあったのとの興味のあるけどほとんど聞いたことがないジャパニーズ・ハードコアを1日でいくつも聴けるのは良いな!と思っていってきた。
このあいだのVVORLDのリリースパーティ@新代田Feverと同じようにステージとバースペースで二つの舞台を作って交互にバンドが演奏してくスタイル。このやり方だと転換の間の待ち時間がなくなるわけです。最終的にはちょっと両方のステージが被りだしたけどほぼ押さなくて時間通りだったと思う。
新宿ロフトは広いし、トイレにも余裕があるので良いなと思いましたよ。

本当は12時開場の13時開演なのだが、私は余裕の重役出勤をかましついたらちょうどWrenchが終わるところ。Wrenchはいろんなイベントに呼ばれている気がする。当時はミクスチャーバンドという文脈だったと思うけど、いろんな音楽のイベントにハマるというのはミクスチャーなんだな〜と。

Fuck You Heroes@バースペース
とりあえずじゃあというわけでバースペースの方に移動すると超満員でかなり後ろの方から見る。メンバーが何人かもわからない。若さが何かは知らないが、サウンドを聞く限りは若い!という感じの音で、基本早めのビートにコーラスワークの爽やかなパンクという印象。場面によっては非常にメロディアスだった。

Black Ganion@ステージ
続いては愛知県名古屋のハードコア/グラインドコアバンドBlack Ganion!お目当の一つ。ハードコアというにはひねりすぎている凝った悪夢的なアートワーク(2ndその名も「Second」は非常に凝った装丁の特殊ジャケット仕様。)が象徴するように誰にも似ていいない音を鳴らすバンドなので一度ライブを見たかった。メンバーの立ち居振る舞いは完全にハードコアで、特にギタリストの方の顔というか表情が尋常じゃなくて恐ろしい。ジャニーズのライブに行く女の子じゃないんだけどライブ中に目があったような気がしたんだけど怖すぎました。
まず思ったのがスネアの音が徹底的にカラカラに乾いていてグラインドコア、ゴアグラインドっぽい。そしてブラストしまくり。指弾きベースはあくまでも不穏なのに対してギターのとは金属質であえて重量をある程度削ぎ落としたカミソリサウンド。そこに不明瞭に呻くボーカルが乗っかるという地獄仕様。ただ激しい一辺倒ではなく例えばアルペジオも入れてくるような起伏を曲に持ち込んでいるが、美麗なポスト感皆無でひたすら不気味。ソリッドなギターもともするとエフェクターのつまみをいじって異常なノイズを発生させていた。耳が慣れてくると楽器の音がそれぞれバランスよく聞こえてまさに音を浴びている状態。気持ちよかった。

ELMO@バースペース
お次はおそらく東京?のハードコアバンドELMOで前回のVVORLDのリリースパーティの時には異常に尖りまくっていたのでまた見たかった。こちらのバンドもお目当の一つ。
前回同様VVORLDのギタリストの方がギターのヘルプ。高音のノイズを異常に放出しまくる一目で危ないサウンドでワクワクが止まらない。前回見たときは異常に怒りまくっている感じだったが、今回は他のアーティストに対するリスペクトを言葉にしていた。とはいえ音の方はというと非常に凶悪な耳を痛める系でエフェクト過剰でほぼノイズになったリフの中を高音ボーカルが絶叫。高速パートもさることながら、ノイズがひゅんひゅん飛びまくる低速パートが個人的にはたまらん。怒りの感情をストレートでない歪んだ形で表現しているところがかっこいい。ただあくまでも感情的でちょっとメランコリック。もっと長いこと見たいものだと思ってしまう。
「Still Remains...」しか持ってなかったので「Change But True」とT-シャツ付きのThirty Joyとのスプリットもゲット!音に反してメンバーの人は丁寧な方でした。

Warhead@ステージ
古都京都の1990年結成のハードコアバンド。ボーカルの人は刺青びっしりに真っ赤なモヒカン頭という清く正しいジャパニーズ・ハードコバンンド。
「Fuck Off!」という絶叫から幕開けるステージは正しく反抗するという意味でパンクだった。しゃがれ声でシャウトするボーカルは一体何回「Fuck Off!」と叫んだのやらわからない。声質がジョニー・ロットンに似ている。円熟味もあるんだけどやんちゃな感じがしてよかった。曲はシンプルなハードコア・パンク様式だが相当速いスピードで駆け抜ける。コーラスはあるんだけどメロディアスさはあまりなく、本当掛け声という感じで高揚感はあるが曲自体はかなりハードコアだと思う。
曲が終わるたびに次やる曲の名前をコールし、一体どういったメッセージが込められているか(概ね曲名がそのメッセージを代表するワードで構成されているみたい)をぶっきらぼうな言葉で語って行く。これが全くもって自分たちの言葉という感じでまさにパンクスだった。ステージの強烈なライトの逆光に生えるモヒカンがかっこよかった。

kamomekamome@パースペース
Warheadを最後まで見終えてさては次はkamomekamomeだな〜と思ってバースペースに向かうとすでに人がパンパンでした…。完全に油断していた。新代田Feverで見たライブがとてもよかったので前の方で見たいなと思っていたのだが、そういえばあのときもすごく前の方はぎゅうぎゅうだったのだった。それでは!という感じで後ろで見たのだけど、もはやこの界隈のアイドルかってくらいの人気というか愛されようで、人が暴れる暴れる。ハードコア的な殺伐さではなくて笑顔で人がポンポン飛んでいる感じ。kamomekamomeは複雑な楽曲にメロディアスなパートがある曲が多いんだけど、メロディアスなところはみんな歌う。本当に後ろから見てそれと分かるくらい合唱。激しいだけだともっと殺伐とするし、メロディアスすぎたらもっとしっとりしてしまうし、両極端の要素を楽曲に融合させている本当にすごいバンドなんだな…と後ろの方から思ったりした。当たり前にかっこよかった。

EX-C@ステージ
続いては大阪のハードコアバンド。みるのも聞くのも初めてで名前も知らなかった。メンバーの方の様子から見てオールドスクールなハードコアバンドかなと思ったら全然違った。明らかにタフなバンドだった。基本的にボーカルの方がぎゅっと結んだバンダナが勇ましいレイジングなハードコアなのだが、曲にボーカルの入らないモッシュパートがあって、曲の速度がガクッと落ちる。するとフロアでは運動会が開催されるといった激しさ。一個前のkamomekamomeとはまた違った激しさでこちらはとにかく肉体的で拳やら足が振り回さられる剣呑なもの。といっても曲自体はストレートで勇ましいもので負の要素は皆無。もちろん前の方に行かなければ暴れなくてもライブを楽しめる。よく聞いてみると楽曲自体はただ暴れるための、というよりはツインのギターが叙情的なメロディを奏でたりとよくよく練られているものだったのが面白い。

Forward@バースペース
続いては東京のハードコアバンド。Death Sideという大変有名なハードコアバンドのボーカリストのIshiyaさんという方が今やっているバンドで、私はForwardもどちらも聞いたことがなかったのだが、Ishiyaさんのコラムを面白く読んでいたりしたので是非一度見たかった。見事に立ったモヒカンもあっていかついバンドかと思っていたし、実際相当いかついのだけど楽曲はちょっと思ってたのと違ってもっと温かみのあるものだった。メロディアスさはあまりない掛け声コーラスが雄々しいオールドスクールなハードコアなんだけど、Motorheadのようなロックなギターソロが結構入るのと、日本語歌詞を噛み含めるように独特の節でシャウトすると歌うの中間くらいで発生するボーカルで思ってたのよりもっと親しみやすい。速度もそんなに速くないのでギリギリ歌詞の短編が聞き取れるくらい。
お酒が飲めなくなったMCもそうだけどタイトな楽曲とシリアスさの中に柔和な一面があって、それがすごくよかった。個人的にはこの日とてもよかったバンドの一つ。また見たいです。

ENDON@ステージ
この日Wrenchとともに異色なバンドだったのではなかろうか。この日は結果的に出している音は違ってもハードコアバンドが集う日だったけど、ENDONの場合はバンドフォーマットを取っているけど出自がノイズで憧れからハードコアに接近した経緯があるから、そういった意味では明確に異色の人選だったのではと。
さすがの貫禄で全く動じずマイペースに最新アルバムの冒頭「Nerve Rain」からスタート。プロジェクターから放射される強烈な光が印象的で、チカチカ点滅するとメンバーの動きがコマ送りのように飛び飛びのように見える。ENDONの音楽は抽象的だが実際には物語性が明確にある。アルバムと同時に展開されたメンバーによる小説作品はオフィシャルでありながら、解釈でもあると思う。無数の解釈はあるのだが詳らかにされることを拒否しているようでもある。パンクスがやるハードコアは物語というよりはメッセージ(という物語である、ということもできるが。)だから、単に音楽以上の隔たりがあるかもしれない。そんなことを明滅するライトの白さに思ったりした。かっこよかった。

KiM@バースペース
続いて京都のバンド。このバンドはウッドベースがいるというのはなんとなく知っていたので一体どんな音になるのか気になっていた。さすがにウッドベースの存在感は半端ない。バーのステージは決して広くないのだが、くるっと回したり、掲げたりしていた。(重くないのだろうか。)
パンクスはメッセージだと思ったけどこのバンドはそのメッセージが強烈だった。そして音的には非常にタフ。不良を通り越して怖いです。”男らしさ”というのが強烈に意識されていて、それを曲に落とし込んでいる。わかりやすいモッシュパートがあるわけではないが、全編フロアが危険なことになっていた。バチバチ、カチカチなるウッドベースはさすがのかっこよさ。ロカビリー感というのはそこまでなかったけどシンプルかつ力強いハードコアサウンドに独自な音を追加していてかっこよかった。とにかくタフな男のハードコア、怖かった。

九狼吽@ステージ
続いて名古屋のハードコアバンド九狼吽。「クラウン」とよむ。ボーカルの人は巨躯でモヒカン頭、両目を横断するように黒い線を引いている。ベースの人は金髪リーゼントに鋲を打ちまくった革ジャンを着込んでいた。この日革ジャンを着込んでいたのはこの人だけかな?冷房効いているとはいえ暑かろうに。とてもかっこよかった。
ジャパニーズ・ハードコアスタイルだが、ボーカルがダミ声。曲の速度はWarheadよりは遅いかな?Forwardと同じくらいでおそらく日本語の歌詞が聞き取れるかな?くらい。コーラスワークが「お〜お〜」とメロディをなぞるように入ったりするから見た目に圧倒されるけど楽曲自体は結構聴きやすく、ライブハウスでは一体感が出る。あくまでもハードコアの音で中域をブーストしたどっしりとした温かみのある音で、Motorheadのようなロックンロールなリフや一点刻みまくるようなリフなど、ギタリストの方は豊かな表現力で曲に多彩な表情があるのが印象的。Warheadのようにメッセージを自分の言葉で(借りてきた言葉感ないのが良い)不器用ながらにもきちんと語ってそこから曲に流れ込むスタイル。まずはメッセージありきのパンクバンドだと思う。

ここでちょっとお休み。バーステージではMeaningが演奏中だが漏れてくる音を聴きつつ休憩。

Fight it Out@ステージ
トリは横浜のパワーバイオレンスバンドFight it Out。休憩中はステージの方にいたんだけ
ど出している音が凶悪でこの日見たどのバンドにも似ていない。
幕が上がってボーカルのYoungさんがフロアから柵に手をついてヒョイっと乗り越える様がかっこよかった。(結構高さがあるのを軽々飛び越えた。)
Black Ganionに似たソリッドな音だけどもっと厚みがある強烈な音で音質だけならかなりメタリック。ベースもガッチガチした音で、バンド全体で音響のせいか分離が良く、フロアに向けて放射される音に埋もれる感じ。始まってみればフロアではでかいピットが出来上がり。ボーカルの人はほぼステージから降りてフロアに。タフなんだけどKiMの盛り上がりとはちょっと違う感じ。こちらの方がもっと混沌としているのはパワーバイオレンスというジャンル故だろうか。高速と低速を行ったり来たりするめまぐるしい楽曲が次々と繰り出されていく。激烈な曲の中にもちゃんと決めどころがあって結構場所によってはみんな歌う(というか叫ぶ)。 例えば速すぎたりして曲が激烈だとなかなか乗りにくかったりするのだけど、Fight it Outはとても乗りやすいからすごい。最後にふさわしい盛り上がりだった。

ハードコアといってもやはり色々な種類があるな、と当たり前ながら思った次第。そういった意味でハードコアというところを共通点に全国のバンドを1日で見れてしまうとても良いイベントだった。ライブハウスの音響も良かったと思う。特にステージの方は。気になっていたバンドを見ることができたし、実際に見てみると色々自分の好みについても言語化できたりして面白い。
ありがとうございました。

2017年7月16日日曜日

スティーヴン・キング/ダークタワーⅠ ガンスリンガー

アメリカの作家の長編小説。
言わずと知れたアメリカモダンホラーの帝王キングのライフワークとなる超長編の初めの一冊。どうやらハリウッドで映画されるらしくそれに合わせて新装版が角川から出るというのでとりあえず買ってみた次第。
あとがきによるとキングのすべての作品の土台になっているのがこの「ダークタワー」シリーズだという。そういえば「不眠症」にでてくる男の子がこの物語ですごく重要な役割を果たすのだっけな。長さゆえに躊躇していたけど別に気が向いたときにポツポツ買って読めばいいかという気持ち。(こういう態度だと絶版になったりする。)

ここではないどこか、中間世界(ミッドワールド)では崩壊が進んでいた。砂漠化が進み緑が失われ、同じく減りつつある食料と水は貴重品だ。生き物は突然変異を繰り返し異形になっているばかりか、説明のつかない化け物どもが跋扈する。そればかりか時間の進み方が一定でなくなり、過ぎ去った過去が一様に溶け込んでいる。人心も荒みきったその世界で最後のガンスリンガー、ローランド・デスチェインは故国を滅ぼした仇である”黒衣の男”を孤独に地の果てまで追いかけていた。黒衣の男の先には世界をつなぎとめているタワーがあるという。

前書きでキング自身が述べているが指輪物語に露骨に影響を受けており、それを西部劇にとけこましたというのがこの物語の大雑把な形だろうか。
キングの作品はいくつか読んできたが「IT」なんかでももちろんそうだが基本的に人類含めたすべての生き物に対して悪意を持っている存在の末端(本人と同一であろうが別の姿をとったようなもの)に対して、善なる人間が立ち向かうというもの。この構図はたまに子供っぽいと揶揄されるようだがけど、キングの場合は書き方が巧みだからそのように思ったことは一度もない。読んでみればわかるがこのとき人間の武器になるのは、常に勇気というか、やってやろうという気持ちだった。この前進する気持ちがマイナスの感情を持つ悪に対しての唯一の武器になる。だからキングの主人公達は明確な武器を持たなかった。(そうしてみるとやはり映画化された「ミスト」なんかは結構異色のサバイバル・ホラーと言える。)そういった意味で銃を持った男が主人公のこの「ダークタワー」シリーズというのはちょっと面白そうである。だいたいが一般的な社会人(女性子供老人含めた)が主人公を張ることが多かったキング作品。というのももし銃を手にしてもきちんとその扱い方を心得ていない。だから基本的に悪の存在に立ち向かうということ自体が異常事態になるわけだけど、今作の主人公は職業兵士のようなのでいわば銃を携帯しその扱いに慣れた殺し屋なわけだから、今までにない過酷な戦いがその前途に待ち受けていると想像するにかたくない。ローランドが目的のために非情な男であることもこの後の変化をほのめかしているようでもある。

長い物語の一番初めなので登場人物と世界の説明に終始し、街を巻き込んだ大虐殺という見せ場は用意されているもののそこまでの盛り上がりはないなというのが正直なところ。これから物語が本格的に動いていくからまた続く二冊目以降をのんびり読んでいくつもり。

Public Enemy/Nothing is Quick in the Desert

アメリカ合衆国はニューヨーク州ロングアイランドのヒップホップグループの14枚目のアルバム。
2017年に自主リリースされた。
Public Enemyは1982年に結成されたヒップホップグループ。調べてみると「社会的」と捉えられることが多いようだ。メタル的には1991年のスラッシュメタルバンドAnthraxとの共演「Bring the Noise」ということで有名だろうか。(改めて聞いてみたらとてもかっこいい。)私は名前を知っているくらいで全然聴いたことがなかったのだが、最新作が無料DLで!というニュースを聞いてなんとなくDLしてみた。ヒップホップは結構突然、もしくは予定より早めリリースとか、無料DLとかがトレンドなのだろうか。

聞いてみるとさすがに早い段階にメタルとがっぷり四つで組み合ったことも頷けるパワフルかつ、多彩なサウンドに驚く。非常にに明快でシンプルなトラックに色々な音を上物として乗っけている。おそらくサンプリングを使いつつ専用に録音した生音を使っているのではと思う。イントロの役割を持った表題曲「Nothing is Quick in the Desert」が終わると滑らかなサウンドのギターソロが非常に印象的かつキャッチーな「sPEak!」が始まる。30年以上活動し、10枚以上のアルバムを出せば自然と老獪といってもいいほどの円熟味のあるサウンドでは〜と勝手に思ってしまったがとんでもない。非常にラディカルで外へ外へと広がりつつある温度とテンションの高い楽曲が次々と飛び出してくる。
ミクスチャーとまではいかないがギターを大胆にフィーチャーした楽曲など、枠の外にある”異質さ”を積極的に取りに行く。それはやはり明快かつストレートな攻撃性を曲に取り入れるためだろうか。ジャズを元ネタにあくまでもしっとりとした円熟味のあるヒップホップを聞かせたA Tribe Called Questの最新作に比較するとこちらの方がバリエーションに富んでおり、その分俗っぽくもありその成果高みからの神の声というよりは同じ地上に、つまり路上(ストリート)にある詩人の歌という感じがして、好みの問題だろうが、私的にはこちらの方がグッとくるかもしれない。曲名や歌詞にやたらでてくる「Beat」という言葉もそんな攻撃的な音楽を象徴しているようだ。ぶちかましてやれ、という初期衝動をいつまでも失わない。普通は成功と長い活動期間で磨耗して行くそれを、むしろ活動の長さの中で獲得する技術でもって一歩上のクリティティブに昇華させる様は無敵感すら漂う。その一方でラスト「Rest in Beats」では鬼籍に入ったヒップホップのミュージシャン達にリスペクトを捧げていて、ういう曲はさすがに大御所でないと作れないのではと。積み上げた行動、つまり言葉の重みがずっしりくるようで、最後に貫禄を見せる後ろ姿はさすがの渋さ。

かなりロック寄りのトラックもあって私にはとても聞きやすかった。わかりやすい盛り上がりがあるので高揚感が半端ない。

2017年7月15日土曜日

Fall Silent/Superstructure

アメリカ合衆国はネバダ州リノのハードコアバンドの2ndアルバム。
1999年にGenet Records(など)からリリースされた。
Fall Silentは1994年に結成され、2003年に一度解散、その後メンバーを一人チェンジして2015年に再結成。2017年には来日ツアーも決まっている。
私が買ったのは2017年に702 Recordsからリリースされた再発盤のLP。来日記念盤としてボーナストラックを追加した日本版のCDも出ている模様。
私は再結成後の7インチ「Cart Return」を初めに買って、それから3rdアルバム「Drunken Violence」を購入しているから、今回の2ndもそうだけどディスコグラフィーを逆から辿っている状況。

「Superstructure」は上部構造という意味らしい。だいぶ抽象的である。3rdがかっこよかったのでこちらも買って見た。3rdを聴いた時はスラッシュメタル!もしくはデスメタル!といってもいいくらいかもしれない位刻みまくるその音楽性にびっくりしたものだ。ボーカルは完全にハードコアだが、演奏はすごいメタリックだ。こうなるとハードコアってのは一体どんな形式の音楽を指すのか?なんて思ったりした。
遡ってこの2ndアルバムを聴いてみると3rdとは結構違う。こちらはどう聴いてもハードコアだ。もちろん刻みまくるギターは健在だが、「Drunken Violence」に比べるとまだ伸びやかだ。拍(フレーズ、リフ)の後ろにミュートを持ってくるとつんのめるようなグルーヴが生まれるのだが、これは非常にハードコア的だ。昨今ではとにかく下品なまでに速度を落とす、ブレイクダウンがハードコアの醍醐味の一つになっているが、それはあくまでもハードコアの一部を極端にしたものだということがわかる。2000年代直前に作られたこのアルバムではその一歩手前の爆発しそうなテンションがきゅうきゅう、本当窮屈といってもいいくらい曲全体に詰め込まれたハードコアを聞くことができる。(デス)メタリックなリフで何をしているかというと暴れまくるハードコアをあえて抑圧しているのである。だから常に二つの力が曲中でぶつかって爆発寸前のエネルギーが帯電した空気のようにビリビリ震えているのである。2曲め「One More Question」を聴いた時「めっちゃブルータル…」と思わず震えが体を走ったのだった。後半のモッシュパートは延々リピートできる。
音楽的にはニュースクール・ハードコアに属するようだ。私的にはニュースクールというとShai HuludやPoison the Wellなどいわゆる”叙情的”という要素をメタリックな音質と共に曲に持ち込んだバンドが頭に思い浮かぶのだが、このFall Silentは感情的であるものの叙情的というには強靭過ぎて、カオスすぎる。むしろ攻撃性に前述のような新しい”型”を与えてやり、そいつをバンドアンサンブルの中でひたすら暴れさているように感じる。
Journeyの「Anyway You Want It」のカバーを入れてきて今回もまた独特のユーモアが炸裂している感じ。

個人的には3rdよりこちらの方が好きかも。非常にかっこいい。豊かな表現力を全て攻撃性に打ち込んでいるところがかっこいい。とにかくエネルギーに満ちている。非常にオススメ。

2017年7月9日日曜日

イアン・バンクス/蜂工場

イギリスの作家による小説。
もともとBen Frostがこの小説にインスパイアされて作った音源「The Wasp Factory」がノイズを超越したできでかっこよく、元ネタが気になって読むはずが、先に弐瓶勉さんの「BLAME!」の元ネタの一つ「フィアサム・エンジン」を読んでしまったので、改めてこちらの「蜂工場」よようやっと購入。
その後色々なジャンルで活躍する作者だが、デビュー作はこの「蜂工場」。1984年のことで、あとがきによると若者たちの熱狂的な支持を受けたのだとか。

スコットランドの離れ小島に住んでいるフランシス・コールダムには戸籍がない。父親が届け出なかったからだ。彼は16歳になるが学校に入ったことがない。日がな一日島を歩き回り、小動物を殺してその死骸を”柱”に打ちつけたり、ダムを作っては自作のパイプ爆弾で吹き飛ばしたりしている。彼には独自のルールがあり自宅の屋根裏には巨大な蜂工場を作っている。複雑な迷路に蜂をはなし、その死に様で運命を占うのだ。フランシスは変わり者の父親と暮らしている。彼は今までに3人の人間を誰にも知られず殺したことがある。彼の兄はとある出来事により精神を病み、近所の犬という犬に片っ端から火をつけて殺し、今では病院に収容されている。フランシスには小人の友達しかいない。フランシスは幼い頃犬に噛まれて去勢されている。ある日電話を受けると兄のエリックで病院を脱走した彼は家に帰るという。

フランクはサイコパスなのか?どうもそんな気がする。彼は根っからの悪人ではない。人をだまし傷つけることに快感を覚えたりしない。彼は自分のルールがあり、それが絶対であり、ルールのために人を殺すことを躊躇しないだけだ。そのルールが他の人には絶対理解できないだけだ。それ以外は気のいい奴のようだ。なるほど学校に行かず、ほぼ一人で生きているから同年代の子供からしたら大人びて世界を斜に見ているかもしれないが。知識もあれば度胸もあるので、ためらいなく爆薬を手にそれを遊びに使う。小動物を殺して儀式めいたことにその死体を用いる。半ば崩壊している家庭で育っている。サイコパス(で大量殺人者)には崩壊した家庭で育ったとか、脳に損傷があったとか、原因めいたことが後から提示されることが多いのだが、フランクもこういう条件が揃っていることが示唆されている。もう一つ要素があってフランクは去勢されているから男として不十分であるという思いが非常に強く、それゆえ男らしい行動を取ることにこだわりがある。こうなると彼の残虐行為も違った方向で見えてくるから不思議である。つまり男らしさを取り戻すための代償行為でその必死さは、ちょっとサイコパスの世間とズレた感じと一致しない。(ただ確かアンドレイ・チカチーロとかは不能が彼を殺人に走らせたファクターでもあるからここら辺はなんとも言えない。私のここでいうサイコパスというのはフィクションでのそれのような感じがする。)島という環境でいわば独自の生活圏で育ったアウトサイダーたるフランクの、普通でなさを描こうとしているのかもしれない。つまり文明の反対に位置する野生としてのフランクである。逆説的に文明の力と、文明が恣意的なルールであることと、世界の混沌とを表現し、虚無的な思春期という文明の産物に、運命と戦うというフランクの濃くて暑く混沌としている青春をぶつけてきたような感もある。腹立ち紛れに自作の火炎放射器で罪のない野ウサギを焼き尽くし、逃げたうさぎが川辺で力つき、ガソリンと肉の焼けた匂いに包まれて死にかけている、躍動する生命というにはあまりに間違った、そんな青春であるが。

主人公の残酷さに目を奪われるが、形式としては正しい青春小説なのかもしれない。あとがきでも述べられている通り、凄惨な描写は抑えめでどちらかというと黒いおとぎ話めいた浮遊感がある。ねっとりとした熱情の欠如は若さゆえだろうか。気になった人は是非どうぞ。

エレファントノイズカシマシ V.S. KLONNS@新宿Hill Valley Studio

日本のノイズバンド、エレファントノイズカシマシと東京のブラッケンドハードコアバンドのKlonnsがライブをやるらしいということで行ってきた。実は両方のバンドとも名前は知っているけど聞いたことがない。そもそも何回か名前を見て覚えているなら気になっているということに違いないので、良い機会だと思って行って見た。スタジオライブというのも初めてで面白そうだったので。場所は新宿にあるHill Valley Studio同じ通りにある老舗のライブハウスAntiknockが経営しているらしい。入ってみると白い内装がとても綺麗なスタジオだった。本当にスタジオ。そのスタジオの結構広い一室を使ってライブがされる。結構広いと行ってもスタジオはスタジオなので非常に近い距離でバンドとその演奏を見ることになる。とても楽しそうだ。

エレファントノイズカシマシ
一番手はエレファントノイズカシマシ。そもそもエレファントカシマシだって聞いたことない、ノイズならなおさらである。トイレ工事とコラボしたりしている変わったバンドらしい。
この日メンバーは5人で、ギターとベースはいる、バンドなので。ドラムのところにいる人は結局ドラムを叩かなかった。代わりに金属でできたデジリドゥ?みたいなのを吹いてた?手の動きが怪しかったのでテルミンかもしれない。あと金属を叩く人でこの人は螺旋状になった細い金属をやはり叩いたりしていた。(どれも自作の楽器だろう。)それから配線でごちゃごちゃになった卓をいじる人で、その卓の上にはエフェクターだけでなくおもちゃみたいな鍵盤やバット状の何かに配線とライトを取り付けたものなど、色々とよくわからないものが乗っている。
ノイズというとともすると高尚になってくるがこのバンドは結構くだけた雰囲気でホッとする。まずは小さめのノイズが少しずつ音の数を増やしつつうねっていく。まるで予兆のような出だしである。普通のバンドだと予兆と本編はだいたい区別されていることが多いのだが、ノイズだと予兆が連続して本編に移行していく(つまり区別がない)ところが面白い。次第にテンションとそして音圧を上げていく。ハイ・ボルテージという言葉がぴったりくる。気がつくと様々なノイズがビュンビュン飛び回り、ギターの人のフレーズは溶解して変な音(まさにノイズ)になっている。ベースの人はなぜか缶コーヒーのようなものでベースを引き出し、言葉にできない感情をマイクに叫んでいる。螺旋状の金属は金属の棒で叩かれていて、これが仮のビートを生み出しているが、すでにノイズは成長しているのでビートで制御するのは難しい状態。野放図に出しているかと思いきや、きちんとフロントマンの男性(卓の前にいる方)が手振りでアンサンブルをコントロールしている。指の数と動きでバンドを制御する様はさながら(実際)指揮者のようであり、落とすところではきっちり抑制されている。見た目と編成、それからバンド名で受けを狙ったバンド(ただユーモアという意識がとても大きいバンドだと思うが)かと思いきや新しいノイズを生み出すという気概に満ちた迫力に満ちた音楽。最終的には耳が痛くなるほどの大音量でノイズを浴びせかける。見た目にも、特に光に気を使っており、卓上ライト(勉強机についているような)や小さく鋭い光を放つライト、きわめつけはメンバーの前に据えられた小さいミラーボールのようなものを曲のクライマックスで一斉に点灯。毒々しい光は結構チープなのだが、シニカルなユーモアがある殺伐としたノイズに不思議と調和して非常に格好良かった。

KLONNS
続いては東京のKLONNS。何度か耳にするバンドでいよいよ聞けるなという気持ち。こちらは4人組の、ボーカル、ギター、ベース、ドラムの完全なバンド形式。
おしゃれなBandcampのイメージから勝手にモダンなブラッケンドかな…と思っていたのだが、どう聞いてもこれハードコアじゃないかなと。それもかなりハードなハードコアだ。攻撃力というかアグレッションがすごい。というのもほぼボーカルの人の迫力に当てられてしまった感がある。(のできちんと曲を聴いてみようと思っている。)MerzbowのT-シャツに黒い手袋、短パンを履き、腰の後ろに手を置くスタイルで狭いスタジオの中を動き回る。客にぶつかる、むしろぶつかりにいく。吐き捨て型のボーカルは(若干イーヴィル感もあるけど)昨今のブラッケンドにありがちなおしゃれ感がゼロ。非常に粗暴な立ち居振る舞いはまさにハードコア。
こうなると演奏が気になってくるわけなのだけど、まずギターでこれはなるほど結構トレモロを使っている。不穏な高音フレーズ、短めのソロなどはブラックメタル的だった。ただ美麗なトレモロやなきのフレーズという感じはゼロ。展開は結構曲中であるようだが、一つ一つの単位で見ると結構ハードコアっぽいシンプルなコード進行が目立ったように思う。ドラムとベースはかなりハードコアでこれも弾き方が結構バリエーションがある(そういった意味ではハードコアとブラックメタルの要素から良いところを引っ張ってこようという意識はあるのかもしれない)が基本的にはDビートだったり硬質でアタック感の強いベースの弾き方はハードコア要素が強いと思った。ハードコアといってもモダンなそれではなく結構オールドスクール感があり、最終的な音の感じは違うのだが、なんとなくリバイバルのハードコアをやっているProtesterなんかに似ているんじゃないかな?と思った。全然知らないでいったら良い驚きだった。ブラッケンドというとモダンなイメージがあるけど、むしろオールドスクール感があってすごくかっこよかった。

結構異質な組み合わせの2バンドだったけど、既定路線から外れて独自の路線を追求する(アヴァンギャルドなのかも)という点では共通していると思った。スタジオライブゆえの近さもよかった。エフェファントノイズカシマシの音源を買って帰った。

2017年7月8日土曜日

FRIENDSHIP/Hatred

日本は千葉のハードコア/パワーバイオレンスバンドの1stアルバム。
2017年にDaymare Recordingsからリリースされた。
「友情」という名のバンドだが、びっしりと刺青の入ったメンバー(おそらくまだとても若い)がタワーのように積み上げたオレンジのアンプから大音量で凶悪なハードコアを鳴らす。活動開始がいつなのかはわからないが、その音の凶悪さはかなり早い段階からSNSなどで話題になり、いくつかの音源も世界のいろんなレーベルからいろんな形でリリースされている。そんなバンドの今回満を辞しての1st。

真っ黒いハードコア。漆黒とは音の凶悪さ、重さ、デカさなどが挙げられるが実はハードコアで漆黒を演出するのは難しいのではと思う。激しい音楽だとなぜだか知らないが大抵暗くなるので、この手の界隈ハードコアだろうがメタルだろうが黒いバンドばかり。しかしハードコアで黒くなろうとすると余計な要素を増やしてしまうので、ピュアなハードコアからは遠くなってしまう。メタルならそれでも良いだろうが、なるべく飾らないことという一つの信条(誇り、ルール、美学、強制されていない分かっこよく説得力がある)があるハードコアでその精神を保ちつつ”黒く”なるということは難しいのではと思うわけだ。(この問題への一つの解決策としてノイズの要素を足すバンドが昨今一つの潮流になっている。)ところがこのバンドはどう聞いてもハードコアなのに確かに真っ黒である。
積み上げられたアンプの異様さに目を奪われるし、出している音は徹底的に低く、そして音量が大きい。しかしやっている曲は徹底的にぶっきらぼうでシンプル。シンガロングやメロディアスさは皆無。かと言ってわかりやすいストップ&ゴーがあるわけでもないし、踊れるモッシュパートが提示されているわけでもない。フィードバックノイズが強調されたハードコアはとにかく無愛想。非人間的と言っても良い。わかりやすい感情、共感が一切排除されている。攻撃力に全振りしたステータスはしかしピュアなハードコアでその魅力を遺憾無く発揮している。疾走するパートの突き抜けるような爽快感、それをミュートで強制的に停止させて、這い回るような低速パートに突入するカタルシス。ツボをきちんと押さえつつ、有り余る膂力(つまり音のデカさ)でハードコアの魅力は倍増している。
精力的にライブ活動を行い色々なイベントにその名を連ねている。私も何回か見たことがあるが、このバンドはドラムがすごい。シンプルなセットだがどのパーツも非常にでかい。これをでかい音で正確に叩く。色々なドラマーがあり、色々なプレイスタイルがあると思うし、すげーと思ったことは数多くある。FRIENDSHIPのドラムは派手に様々なフレーズを叩くわけではないし、むしろシンプルだがそれが異常に正確に続いていく。考えて見てほしいがもし絵を描くなら真円を描くのはすごい難しい。同様にドラムでは同じリズムで正確に叩き続けるのが一番難しいのでは(私はドラム叩けないから違うかもだけど…。)。それをでかい音で軽機関銃の掃射のように続けていくドラミングは本当かっこいい。この音源でもそんなドラムはきっちりその魅力を発揮しているので嬉しい。

思うにこのバンドのかっこよさの一つは寡黙さだ。饒舌な音楽をやっているがその凶悪な曲の中をのぞいてみると厳格にハードコアだ。余計なことは喋らない。MC一切しないし、SNSを見てもフレンドリーさはない。ただブランディングにもこだわりがあり、美学が遺憾なく発揮されたマーチャンダイズ(私もいくつか買っている。)一つとって見ても、結構きちんと考えてセルフプロデュースをしていると思う。結構したたかであると思う。もちろん中身が伴わないとハッタリになってしまうので、それを含めて高い注目度にバシッと叩きつけるのがこのアルバム。素晴らしい出来。激しい音が聞きたい人は是非どうぞ。おすすめ。

heaven in her arms/白暈

日本は東京のポストロック/ハードコアバンドの3rdアルバム。
2017年にDaymare Recordingsからリリースされた。
コンスタントに活動しているような気がすぐがそれでも同じく日本のブラックメタルバンドCoholとのスプリット「刻光」が2013年なので4年ぶりくらいの音源になる。

Convergeの曲から名前をとった5人組のバンドでボーカルがギタリストも兼任、合計3本からなる重厚かつ繊細なアンサンブルが特徴のバンド。難しい漢字を使いつつもも内省的で自己と他者、自己と世界的な世界観をポストロック的な静と動を行き来する(比較的)長めの尺の曲で表現する手法は、正しくenvyに端を発する日本の激情型ハードコア(スクリーモ、エモバイオレンスとは美的感覚という点でやはりちょっと違うジャンルだと思う)に属するバンドだと思うが、その中でもセンチメンタルさを疾走するトレモロリフというブラックメタルからの要素を大胆かつ器用に取り込んだバンドではなかろうか。とってつけたような必殺トレモロというよりは、トレモロを使って表現するポストハードコアという感じで完全に独自の手法を確立させようという意識で持って曲を作り、またライブではとてもかっちりした演奏をしているのが印象的だった。
「白暈」とは「ハクウン」と読む(ハクマイではない)。白い眩暈のことかと思ったら暈とは”太陽または月のまわりに見える輪のような光。”のことらしい。確かに英語の題名は「white halo」だ。今までは黒を基調としたアートワークが基本だったと思うが、心機一転新作では白を基調とした美しいものになっている。
全7曲で前述のスプリット「刻光」収録の「終焉の眩しさ」を中心に据えていることもあり、基本的には前作からの延長線上にある音。改めて1st「黒斑の侵食」を聞いてみると使っている音の類やコンセプトは同じでも結構印象が違う。今の方がずっと滑らかでスムーズな印象。ガツっとしたハードコア感は減退したが、模索の末に独自の世界観を手に入れたのだろうと思う。トレモロと言ってもプリミティブなブラックメタルからそのまま拝借してきたらガリガリした非常に攻撃的なものだろうが、それを音をクリアにし、音の輪郭を整えて角を取った非常に温かみと美しさのあるものに作り変え、初期ではカオティックという表現もしっくりくる性急に展開する曲を醍醐味をそのままに油を丹念に刺したかのように滑らかなものにした。それは音の作り方とさらに曲の作り方も影響しているのだろうと思う。それがコード進行なのかよく練られた展開なのかはわからないが、閉鎖的で厭世的で個人的な曲というよりは、外に外に開けていく(ここら辺は空間的というポストロックの要素が浮遊感とは別の視点で意識されているのではと思う)壮大な曲に変遷しつつあるように思う。別に明るくなっているわけではないし、どちらかというと悩みが感じられるくらい曲ではなるのだが。弱って死にそうに丸まるのではなく、嫌味なくさらけ出していくようなイメージ。そう言った意味では白地に荒々しい青というのは曇天とその切れ間に覗く晴天のようなアートワークは非常にあっていてカッコ良い。

喉を枯らしてのスクリームとボソボソしたポエトリーリーディング、独自の世界観を持った歌詞とテーマ、アルペジオの静かさトレモロの激しさが同居した曲などきっちり激情のツボを抑えているところも好きな人にはたまらないのでは。個人的には何か非常に真面目なバンドというイメージが勝手にあって、今作を聞いてもやはりそうだなと思ってしまった。ブラッケンドで真面目というと同じく日本のisolateを彷彿とさせるのだが、あちらは半分狂気なのだがこちらはあくまでも真面目でアーティスティック、美麗という言葉すら似合うハードコア。

2017年7月5日水曜日

Mutoid Man/War Moans

アメリカはニューヨーク州ニューヨークのロックバンドの2ndアルバム。
2017年にSargent House Recordsからリリースされた。Sargent Houseは最近The Bodyなんかの音源もリリースしている。
Mutoid Manは2012年にCave InのSteve BrodskyとConvergeのBen Kollerにより結成されたバンド。翌年にSaint Vitus Bar(海外の気になったバンドをyoutubeで検索するとよくこのバーでのライブ映像が引っ掛かるあるある)の店員Nick Cageaoが加入。現在はスリーピースで活動中。言わずもがなのConverge、それからCave Inはキャリアの中で音楽性を変遷させていったが、当初はいわゆるカオティック・ハードコア(向こうで言うところのマスコアでしょうか)の文脈で語られる音楽をやっていた。私も2chのカオティックスレッドで基本と紹介されていた「Until Your Heart Stops」
(あとはBotchのとかも)を購入した思い出。

そんなカオティックなハードコアに関係するメンバーが在籍するこのバンドなのでどんな音を出すのか非常にきになるところ。ところが1stが出た際には私視聴してスルーしてしまった。今作もふーんと言う気持ちで視聴したところあれれ?となって購入した。結果非常に格好良くなぜ1stの時にこのバンドの魅力に気がつかなかったんだろうと後悔している。
今作にはレーベルメイトでもあるChelsea WolfeやCave Inのメンバー、それから元Megadethのマーティ・フリードマンも参加しているとのこと。
鳴らしている音はハードコアの要素を感じさせつつもCave InともConvergeの音楽とも異なるもの。あえて言うならストーナー・ロック(メタル)だろうか。ただ気だるさやサイケデリックさはそこまででもなくもっと直感的に楽しいロックに聞こえる。一打一打が明確で乾いた音がバネのように跳ね返ってくるBenのドラムは相変わらずリズミカルでかっこいい。この人のドラムは特別うるさいと言うわけではないけどバネが仕込まれているようなしなやかさがあるような気がする。ソリッドな音に仕上げたうねりとコシのあるベースは中速以下の曲でよく映えている。そこにギターが乗るんだけどこのギター、ストーナーというにはもうちょっと湿っている。埃っぽくも結構ぶっとい感じで艶っぽい音がぎゅっと詰まっている。ボーカルも兼任するのだがかなり動きが激しく激しく刻んでくる、フリーキーナソロを弾くと縦横無尽。常にせわしなく動き回っている。ボーカルは基本的にはクリーンできちんとメロディのついた歌を歌う。Steveの声は非常に魅力的で子供っぽすら感じさせるハリとツヤのある甘く伸びやかな声を中心に、ハイトーンに叫んだりと技を見せていく。ストーナーでくくるには結構テクニカルでグルーヴィな演奏に節のある歌が乗るわけでかなり盛りだくさんなのだが、そのぶん曲から無駄な部分、冗長な部分を全て省いてコンパクトにまとめている(だいたい3分くらい)ため、程よくあっという間に終わってしまう。ミニマルの要素は少なめで展開がコロコロ変わっていって面白い。どれもMutoid Manらしさがあるのに表情豊かに曲単位で個性が出ていて面白い。これはハードコアの範疇をあえて外していて、型にはまらない自由さをロックのフォーマットで獲得しようとしている(そしてその試みは間違いなく成功している)ように思える。「Irons on Fire」のイントロ、「Open Flame」のアウトロなどとにかくギターのフレーズ、リフがかっこよい。ロックに浮かされたメロディアスさがとにかく楽しい。自身の出自であるハードコアの残り香というかタフさが背骨のように楽曲を貫いているので楽しくも全く軽薄でないタフな音楽になっているのが良い。

こりゃ非常にかっこいい。ConvergeやCave Inが好きは人は音楽性が違ってもハマるだろうし、メロディの要素が色濃いので単にかっこいい音楽を探している人なら是非。非常にオススメ。

2017年7月2日日曜日

イタロ・カルヴィーノ/見えない都市

イタリアの作家の長編小説。
あらすじに惹かれて購入。

1271年から1275年の間(作中では明示されていないので間違っているかもです。)、モンゴル帝国の第5代皇帝フビライ・汗(カン、あるいはハン)の権威はあまねく大陸に広がり、その尖兵たちは周囲の国々を次々に併呑して行った。偉大な汗はヴェネツィア共和国からやってきた冒険者マルコ・ポーロを寵愛し、その口から語られるまだ汗の見ぬ都市のことを語らせるのであった。

さて、物語というのは要するに虚構である。冒険家マルコ・ポーロといえば彼の「東方見聞録」が有名だろうが、その中で日本は黄金の国となっている。おそらく過去の日本ではそんなことはなかったろうから、やはりこれも虚構ということになる。この「見えない都市」ではそんなマルコ・ポーロが時の権力者に真っ赤な嘘をつくわけである。彼の語る奇妙な都市はおそらく地球のどこを探しても見つけられないだろう。(逆に各都市にその架空の都市の片鱗を見つけることができるのだが、つまりマルコの語る都市はどこにでも存在する。)王の中の王に嘘を平然とついたら、それはもう死罪ということになるだろうが、マルコは涼しい顔で嘘をつくし、フビライの方も「そんな都市はねえだろ〜、怪しいな〜」と嘘であることを承知でどんどん都市の話をせがんで行く。「こんな都市はないだろな?」というフビライに「いや〜それがあるんすよね〜」と適当をいうマルコ(実際にはこんな気が抜けた会話ではないのですが)。自分が語る都市ってのはどこにでもあって、どこにでもないんす。こういう風に語っても、全く別の一面があるんです。語る人によって都市はその姿を変えるんです。つまりある都市(the city)はどこにでもあるし、同時にどこにもないんです。という。どうも哲学的な話になってくる。よくよく読むとマルコの語る都市はおかしいのだ。オートバイやバス、空港や上下水道を活かした現代風のシャワー(水道管で構成された都市の無機質な美しさよ!)なんかが出てくる。幾ら何でも1200年代にそんな技術はなかろう。え〜と思っていると、フビライは「俺はフビライじゃないかもだし、お前もマルコじゃないかもだし、俺らただの酔っ払ったコジキでたわごと言っているのかもよ」などとのたまい出す始末。つまりこの「見えない都市」という本には真実らしい真実が全然ない、全体が蜃気楼のような嘘八百なのである。繰り返すが小説、物語というのは虚構だが、それは(虚構ゆえに)楽しい。この舌先3寸に乗らない手はなかろう。
どこまでも同じ都市が延々と続いて行く都市。ずっと同じ女の幻を見続けて、そして彼女にはずっと会うことのできないままでいる都市。美しい青い入り江に身投げをした女の死骸が沈む都市。谷に張り渡された綱で作られた都市。様々な奇抜で、美しい都市が登場する。この本の魅力の一つにそんなありえない都市の例えようもない美しさがあるだろう。奇抜な設定だがSFではないのは、今ある技術で作られているからだ。つまり私たちの想像力を使えばおぼろげながらその都市の情景を思い描くことができる。その色鮮やかさは私たちの脳(あるいはハート)から出てきたもの。それゆえに見知った都市であるそれらの見知らぬ都市は読み手のノスタルジーを刺激するだろう。鏡のような構造になっている、非常に巧みな小説であると思う。

俺にいる場所はここではないんだ、という夢見がちな諸兄は是非どうぞ。

2017年7月1日土曜日

SUMAC Japan Tour 2017@小岩Bush Bash

アメリカとカナダの混成バンドSUMACが来日するという。
SUMACは元ISISでHydra Head Recordsを運営するAaron Tuner、BaptistsのNick Yacyshyn、Russian Circlesで元BotchのBrian Cookによるスラッジメタルバンド。輝かしい歴史を持ち、知名度の高い3人が結成したスーパーグループと言える。昨年リリースしたアルバム「What One Becomes」は日本でも非常に好調だったのではないだろうか。私が普段目にしているレビューサイトやtwitterでもその評価は概ね好調(というか絶賛)だった。私もおっとり刀で購入し、これはすげえなと思ったもの。ただ感想を書く際に思ったのは何かに似てそうで似てないから結構描きにくい。重量級のスラッジバンドなら珍しくもなかろう。もはや一つのやり方として確立すらされていると思うが、このバンドはなんかちょっとこう違和感があるな、と思っていた。いわばまだ掴みきれないな、という消化不良を抱えていたわけで、来日と聞いてこれをひょっとしたら解明できるかも、と。

ツアー初日は小岩。Bush Bashは小さめのライブハウスである。平日の小岩はすでに雨も上がっていた。私が会場に着いたのは20時過ぎ。この日はFriendshipと黒電話666が日本からは出演。特に一人ハーシュノイズユニット黒電話666に関しては今年リリースした音源が非常にカッコよかったのでお目当の一つだったのだが、会場に着くともう本当に終盤のところしか見れなかった。

黒電話666
複雑に絡み合った様々なノイズが一つの太く巨大な奔流を形作り、生き物のように蠢いている。先般の音源ではただ垂れ流されるのではなく、きちんと曲にメリハリをつけた展開が印象的だったが、この日もそれは健在でうるささの中にもテンションがあり、私が最後耳にした終盤では離陸前のジェット機のように轟音がその頭をもたげ、テンションはどんどん張り詰めていき、不穏さと音量は次第にその勢力を強めていっていた。クライマックスではガラリと音の様相を変え(これはノイズでやるのは相当困難なことだろうと思うが、バッチリはまっていた)、一層ハードで攻撃的なノイズ地獄に展開していた。金属質の暗黒の太陽のように集まった人々をそのギラギラした光で強烈に照らしてる。ため息の出るようなノイズ。
これはきちんと全部また見なければならない。

SUMAC
続いてもうとりのSUMACである。ちなみにこの時点でもうひとはぎゅうぎゅう詰め。上背のあるメンバー3人は寡黙な感じでステージへ。Bush Bashはステージとフロアが同じ高さである。(そのため背が低い人はフロアの後ろの方だとよく見えないってことにもなるんだけど。)迫力が半端ない。黙々とセッティングを始めるのだが、ほとんどこの時点では音を出さない。転換はとてもスムーズ。黒電話666がバンド編成でないこともあるだろうが、それにしても機材と音のチェックは本当にあまり時間をかけていなかった。来日しているバンドの方々はニコニコされていることも多いが、SUMACの場合はドラムのNickは終始柔和な表情だった(メガネもよく似合う人でとてもハードコアバンドのメンバーとは思えない、タトゥーはあるけど)のに対し、AaronとBrianは別に無愛想というわけではないが、表情は読み取りにくく淡々とした印象。さっさとセッティングを終えてネック(金属でできているみたいに見えた)を両手で抱えて静かに待つBrian Cookの姿はその体躯もあって印象的だった。これからえらいものが見れるぞ…とテンションが上がる。
SUMACというとどうしても轟音という考えで思考が塗りつぶされているのだが、まずこれは間違いだったと思う。ひたすら低音に特化してただただすりつぶしていくようなスラッジとは明らかに異なる。これだけは覚えていただきたい。(私の印象です。)確かにミニマムな編成で高音を出せるはずのギターはほとんどそれらの音を出さないが、実際はただ低音をずらずら引いているわけではない。最小限のバンドなので役割は決まっていて、Aaronは低音以外にも色々な音やリフを駆使している。伸びやかなリフ、キャラキャラした音、ワウ(といっていいのか)を異常に噛ませためちゃくちゃ分厚いソロなど。ボーカルの登場頻度は低く、これは楽器の一つに過ぎない。まずはこの多彩さに驚くが、次に驚くのが曲である。曲!これが曲者だったのだとわかった。(気がしている、今は。)SUMACの曲は異常に複雑なのだ。反復の要素があるのだが、リフを中心にした短い(といっても長尺のスラッジをやるのでそれなりにはある)パックを単位として、それを次々に転換していく。だから耳で聞いたものに頭が追いつかないのだ!記憶と予想で次はこれだな〜と乗るわけだけど、SUMACはもう次のフェーズに写って全く違うことをしているのだもの!!もちろんアルバムの曲を今聞いてもそうなのだけど、強烈にライブでこれが意識されて、私は一人で「うお〜〜〜」とめっちゃ変な感じにテンションが上がってしまっていた。
この日は曲をやる、インプロゼーションめいたセッション、そこからスムーズに次の曲へ、という流れでこれでSUMACというバンドが少しわかる。ここでこのバンドの変幻自在(つまり尋常ではない引き出しの多さ)が明らかになり、素晴らしくヘヴィーなフリージャズのような面が強調されていた。Aaronのキャラキャラしたギターは後期khanateのようだった。かと思えば多彩なエフェクトでほぼハーシュノイズのような音も出していた。
驚くのはNickのドラミングで、この人が一番へんで一番すごいかも。前述の通り展開が変わる中でもこの人はどんどん叩き方を変えてくる。最近ハードコアを聴いていてテンポチェンジがただ速度の変化だろ〜?とくらいにたかをくくっていたがとんでもない。この人何者なの。リズムが非常にかっちりとしているのに変わり過ぎてこちらがリズムを取れない!この人のドラムに注目しているとただただすごくてすごく楽しい。
SUMACはそういった意味だと非常にプログレッシブだが、サイケデリックはない。というのも反復の要素が非常に特徴的で少ないし、音が明確に正確すぎて恍惚としたサイケデリアが形成されないのだ。だって強靭な筋肉とそこから生まれる正確性で曲が形成されているのだもの。知っての通り筋肉は重く飛ぶどころか水にも浮かびにくい。いわば非常ん現実的であり、聞き手に夢を見ることを許さない非情な音楽なのだ。こう書くと頭でっかちな音楽に思われそうだが、実際には違う。複雑な拍にわざと穴を設けてメリハリをつけているし(これは拍を変えているのか、拍に穴を開けているかどっちか、あるいは両方?)、音楽の音(リフ)と構成という根源的な質の高さ、一転して激情を迸らせるAaron、対照的に淡々と職人のように刻んでくるBrian、Nickの超人的ドラムと、聞きどころと、さらにライブなら見所満載で楽しいことこの上ない。

MC一切なしのライブが終わると会場は鳴り止まない拍手で包まれた。
すごかったな〜。私的にはSUMACというすごいバンドのすごさがちょっとわかったかなと思って非常に楽しかった。
来日ツアーはこれからなので迷っている人は是非足を運んで見て下さい。

2017年6月25日日曜日

ホルヘ・ルイス・ボルヘス/幻獣辞典

アルゼンチンの作家による辞典。
世界各国に伝わる架空の存在について項目ごとに記したもの。
この手のジャンルだと真っ先に中国の「山海経」が思い浮かぶが、あちらは今日では架空の生物を当時の本当にいるように書いているのに対して、こちらは現代に架空のものという前提で書いているから中身というか趣はだいぶ異なる。

私もボルヘスに関しては思い出したように何冊かをつまむように読んでいるだけだから詳しく知らないが、「知の巨人」と称されるようにとにかく博識・博学でいわゆる書痴のような人だったようだ。(図書館の司書をやっていて本をたくさん読んだとのこと。)そんな色々な原典からの知識をボルヘスが再分類、再構築してまとめたのがこの本。だからこん本に関してはノンフィクションということになると思う。
全部で120の項目があり、神話に出てくる怪物、妖精、妖怪、神獣からカフカの短編に出てくる奇妙な「オドラデク」まで。”架空である”ということを条件に古今東西の存在についてその存在の(主に宗教が関わって生じる)高低を御構い無しにどんどん紹介していく。日本でいうとヤマタノオロチなんかがその名前を連ねている。大胆にも原典からそのまま地の文を乗せているいくつか項目もあるが、基本的にはボルヘスが自分で得た知識をまとめて説明を書いている。今読もうとすると難しかったり、そもそも手に入りにくい原典からボルヘスがわかりやすい言葉(はじめ学生の頃ボルヘスの本買ったら難しくて諦めたんだけどこの本を最初に買えばよかったなと)で書かれている。辞典といっても体長や重さ、といった共通の項目があるわけではなく、それぞれの原典に書いてあることを抜粋し、再構築の上まとめているので項目によって結構書かれていることはバラバラ(当然書かれていないことは性質上書けないし、ボルヘスも自身の創造力で持ってその空白を埋めるようなことはしない。)なのだが、そういった意味では物語というよりはやはり非常に辞典的である。標本といっても良いのだろう。別々の世界(本)から採取された異形の怪物がなるべく第三者的な視点で持ってわかりやすくガラスの中にピンで止められている。異形のコレクションはあくまでもボルヘスが集めたものであって、彼が生み出したものではない。こう書くと無味乾燥な、とっくに存在が否定された死んだ知識のカビ臭い収蔵庫と思ってしまうけど、実際はそんなことはない。神話で生きる異形たちはそれだけで存在しているわけではない。その背後には絶対何かしらの歴史や背景がある。誰かの子供で、何をしたかということがその存在に詰まっている。宗教ではその存在自体が何かの象徴であることも多い。要するに物語が詰まって居て、なんなら存在自体が物語なわけでその異形たちを冷静に説明していったらその背後にある物語性が否応無しに滲み出してきて、これがたまらなく読者の好奇心をくすぐるのである。一体異形はなんで異形出会ったのか、その多すぎる足は、その恐ろしいツノは一体なんのためであったのだろうか?ということが頭に去来するわけで、この想像の楽しみはいわば読書の醍醐味ではあるまいか。神々の創造という一大事業に不遜ながら私のような矮小な人間が入り込めるのだから、なんとも背徳的といってすらいい楽しみがある。

物語を主体とした本ではないのでとっつきにくそうな気がするが、誰もが知っている架空の存在たちについて短く書いているので、むしろとても読みやすい。知っている名前のところだけちょいちょいっと読むだけでも非常に面白いと思う。特に日本人は架空の神性についてゲームなどの創作物で慣れ親しんでいるから、結構誰にでもお勧めできるのではと。

Cavernlight/As We Cup Our Hands and Drink From the Stream of Our Ache

アメリカ合衆国はウィスコンシン州オシュコシュのドゥームメタルバンドの1stアルバム。
2017年にGilead Media(Thouとかドゥーム/スラッジ系のリリースが多いようだ。)からリリースされた。
2006年に結成された4人組のバンドとのこと。バンド名は「洞窟光」だろうか。アルバムのタイトルは「手でカップを作って(両手を合わせるあれね)私たちの痛みの流れからそれを掬い、飲む」というような感じだろうか。よろしくないですね。曲名も軒並み長くて嫌な感じ。

全5曲で35分40秒、1曲だいたい7分前後だ。ドゥームにしてはバカみたいに長いわけではないが、アルバムを一通り聞けばこれが程よい長さだとわかるだろう。これ以上長いとこちらが死ぬからだ。いわゆるトーチャースラッジとは異なる地獄感のある音楽を鳴らしている。
粒度の荒いジメッと質量のあるギターが圧殺リフを奏でていく。ひたすら遅く爽快感のある疾走とは無縁の世界で真綿で絞め殺されるような展開が続いていく。何かよくないことが最近あったのに違いないボーカルが共感しないし、共感されることを拒否しているかのような世捨て人スタイルで吐き出していく。
これだけだと確実に真っ暗でしかないのだが、このバンドはこの地獄の中にそれこそ芥川龍之介の「蜘蛛の糸」のように、カンダタに降ろされた一本のか細い蜘蛛の糸のような救いが、例えば妙に冷たくありながらも人間的な、ただし非常に単調でメロディ性のわずかな残り香が感じられるようなシンセ音に託されている。これがまた良い。蜘蛛の糸が結局千切れることでカンダタをもう一度地獄に突き落としたかのように、逆説的に希望がその周りの地獄感を際立たせるからだ。これはえげつない。なんてひどい。
実は感情的でありそういった意味ではフューネラルドゥームさを感じる。強烈な音楽性の中にも寂とした自傷的なデプレッションを表現するあの感じには通じるものがある。そう思ってよくよく聞くとコード進行なんかは結構温かみのあるメランコリックな人間性が感じられるから面白い。女性ボーカルの導入、曲中のメリハリのある展開、贅沢な尺の使い方など結構ポスト感のある構造をしているのだが、それを持ち前の黒さで半ば塗りつぶしてしまっている。結構そういった意味では意図的なバンドで、だから底意地の悪い音楽がよく映えている。二律背反というよりは時の黒さを目立たせる暖色の使い方がやはり非常に巧みだ。

地獄のような音楽が好きなろくでなしは涙を流して聞けるのではなかろうか。非常にこれは良い音楽ですよ。この世には希望なんかないんだというあなたにはきっと薬のように作用するのではなかろうか。さあ是非どうぞ。

khost/Governance

イギリスはイングランド、バーミンガムのインダストリアル/ドゥームメタルユニットの3rdアルバム。
2017年にCold Spring Recordsからリリースされた。
khostは2013年にJustin K BroadrickといくつかのpロジェクトをやったこともあるAndy SwanとDamian Bennettによって結成されたバンド。最近では日本の林田球さんの漫画「ドロヘドロ」のコンピレーションにも参加している。私はこのコンピレーションから興味を持って2nd「Corrosive Shroud」を購入した次第。
Sunn O)))に影響を受けたような垂れ流しの重低音に、エクスペリメンタルなインダストリアル要素とある意味よりとっつきの良いドゥームメタル要素をぶち込んだ楽曲を披露しており、モダンにアップデートしたGodfleshとも例えられるようなどっしりとした音楽だった。とても気に入ったので今回の新作も購入。

基本的な路線というか土台は同じで、一撃の重たい重低音を引きずるように垂れ流す。すでにリフは溶解しており、パワードローンといった趣すらある。そこにやけに金属的なドラムを絡めてくる。金属板をぶっ叩いて出しているかのようなキンキンした音は無人で動き続ける非人間的かつディストピア的な未来の工場で録音された騒音のようだ。ギターが奏でる重低音の響と、重低音〜金属的な高音まで抑えたドラムの相性はあいも変わらずバッチリ。そこに乗るボーカルはしゃがれたデス声でこれは妙に感情が抜けていて、明らかに焦点の合わない目で空虚にボソボソと呟かれている。デスメタルなんかは非常に感情的な音楽であるのに、激烈な音楽性を保ちつつそこを放棄しているのが面白い。一方妙に怪しい節のある「のわ〜〜」とした詠唱のような歌声も頻繁に使ってきてひじょに”リチュアル感”がある怪しい世界を構築している。ここまでは基本的に前回と同じ世界観であり、「ドロヘドロ」コンピレーションに提供した1曲目「Redacted Repressed Recalcitant」何はそのkhostの要素がぎゅっと詰まったキラーチューンと言える。ところが2曲目「Subliminal Chloroform Violation」では大胆に我が国の民謡「さくらさくら」をフィーチャー。khost流のインダストリアルに侵されて感情が抜けて腐敗している歌声が何とも恐ろしくそして虚無的で、退廃的である。いわば攻撃性から軸をずらしてもう少し別の地平を目指した音を作り出そうとしている姿勢が見られる。この曲以外でも「Low Oxygen Silo」では管楽器(トランペットかサックスかと思うが)がメインを張っているし、その他の曲でもアンビエント、女性ボーカルの導入(どれも感情が抜けている)、アコースティックギターなどなど、いわゆるヘヴィと称される音楽性では通常用いない要素、アイテムを大胆に取り込んで唯一無二の音楽を構築している。いわばデスメタル的な力自慢から明確に一歩退いて独自の音楽性を模索しているわけだけど、もともとインダストリアル成分と、程よく隙間の空いたドゥームメタルのフォーマットは新要素を持ち込むのは適していたのだろう。また過去作品でkhostの重低音は完成されていたわけだから、それを土台に次の武器を探しにいった過程がこのアルバム、といっても良いかもしれない。
「エクスペリメンタル」というのは今結構曖昧な意味でメタル界隈では使われているが、このように多様な音楽性を取り込みながらも唯一無二音を鳴らしているバンドには非常にしっくりくる形容詞だと思う。「Governance」では”非人間的な虚無さ”という統一されたテーマでまとめ上げられているため、異なる角度が全て円の中に収まっているように感じる。

2ndから大きく化けたんだけどこれが非常にかっこいいわ。こうなるために前作があったのかというようなぢ続き感もあってあるべきところにきっちりはまった感じ。インダストリアル好きは人は是非どうぞ。徹頭徹尾不穏で楽しい。金属的な響きにはその余韻に妙に寂しさがあると思うが、その余韻をひしひしと感じられるとても良いアルバム。非常におすすめ。

2017年6月18日日曜日

デニス・ルヘイン/コーパスへの道 現代短編の名手たち1

アメリカの作家の短編小説。
早川書房の「現代短編の名手たち」というシリーズの第一弾。このシリーズ他にはジョー・ランズデールをよんだことある。
もともとデニス・ルヘインは好きな作家であるのだけれど、この今となっては絶版になっている短編集は読んだことなくてtwitterで面白いよ!ということだったので買ってみた。これで一応日本で翻訳・発売されているデニス・ルヘインの本は全部読んだことになると思う。一番有名なのは映画化された「ミスティック・リバー」なのだろうか。ミステリー、ハードボイルド好きな人ならパトリック&アンジーシリーズは有名だろう。犯罪を犯す側、それを追いかける側の物語を書くことが多い。ディカプリオ主演で映画化された「シャッター・アイランド」なんかは犯罪と扱いつつも作者の新境地を切り開いた作品ではなかろうか。トム・ハーディの「クライム・ヒート」(原題「The Drop」)や、べん・アフレック主演の「夜に生きる」など主たる作品の映画化も続くし、本国での人気がうかがえる。日本ではどうなんだろう??

さてこの短編集には7つの短編が収められている。そのうち一つは俳優をやっている兄のために書いた戯曲で、これはその性質上地の文がなくてほぼ台詞のみで構成されているからちょっと異色といっても良いかもしれない。それ以外の作品はルヘインのお得意の犯罪を扱った小説。特徴として犯罪を犯す人が街のギャング止まり、というかプロの犯罪者というのはいなくて、一般人、もしくはチンピラくらいだろうか。若者が主人公になっている作品も多くて、そういった意味ではパトリック&アンジーシリーズの初期の作品に通じる雰囲気がある。重厚な長編を書く人なのでどの短編も長編とは趣がはっきりと異なり、どれも起承転結がやや曖昧である(話も多い)。扱っている時間が割と短めなので主人公たちも小説中で起こる出来事にはっきりとまだ意味や意義を付与できていない感じがあり、それが不思議な味となって読者の口に運ばれてくる。
オフビートな会話の中にも根っからの悪人(根っからの犯罪者ではなく、人生のある地点からドロップアウトしたという設定が非常に面白い。)である父親とムショ帰りの息子の対決を描いた「グウェンに会うまで」は非常に強烈だ。水面下では生き死にがマジで関わった火花がばちばち音を立てている。それをとぼけた会話の応酬で覆っているのだが、この緊張感がめちゃくちゃ怖い。ある意味更生する話だったのに、結局暴力から逃れられないような筋もルヘインらしくて良い。
そんな中でも一番気に入ったのは冒頭を飾る「犬を撃つ」だ。これに出てくるブルーという主人公の友人が素晴らしいんだ。歳食ってさすがに思春期と同じように本を読んで「自分みたい」って登場人物に感情移入することは減ったと思うんだけど(読む本の種類が変わってきたこともあるかもだけど、そういった意味では若いうちに名作と呼ばれる本を読むことはとても大切だと思う!!別に年取ってから読んでももちろん良いけど。)、このブルーというやつはあまりに冴えないやつで久々に読んでて心臓にビシビシきた。こいつはチビで顔も醜く、ひどい環境で育ち大人になっても貧しいまま。主人公以外は友達がいなく、当然女の子と付き合ったことなんかない。ビッチみたいな女(結婚してるし、主人は彼女と寝てる。ブルーもきっと気づいているんだろう。)に子供の時からずっと恋をしていて、それは年を経てグロテスクな崇拝になっている。まさに現実生活から微妙にずれている”ミスフィッツ”なわけだ。重要なのは彼はみんなに嫌われているわけではない。変わり者だが無害な奴と思われていて、要するに誰の記憶にもきっちり残らないような存在感なわけだ。そんな奴が暴力にその逃げ場を求めていくのはわかるよね。ちなみに彼は銃には異常に詳しいのだけど、身体的に徴兵検査を落とされている。この世界との不調和をルヘインがブルーの”ギクシャクした体の動き”で表現しているのだけど、これがすごい。
武器を操作しているときは別だが、ブルーは動きが突発的でぎくしゃくしている。震えが四肢を伝わり、指がものを落とし、肘や膝が細かく動きすぎ、硬いものに思い切りぶつかる。血の流れが速すぎて筋肉が脳の命令に従うのが四分の一秒遅れ、ついでその遅れを取り戻そうと速くなる、という感じだった。
なんてったって自分にも覚えがあるんだよね。いつもどこか緊張していて変な動きになってしまう。私も昔そんな自分の動きを「変だね」と指摘されたことがあるもんで。いわばこいつは悲しい奴なんだ。いっそのことカジモドくらい醜かったよかったのかも。「どうでもいい奴」でいることは悪人でいることより辛く、そして惨めだから。ルヘインの描写は執拗で弱い者の立場に立つ、というよりもはやいじめている側では??ってくらい私からした心にくる。ブルーが一体どうなるのか、それはもう予想通りな訳なのだけど。それが辛く救いがなく、そしてよかったのでは、とすら思ってしまうほど悲しい。彼はいい友達を持ったのだと思いたい。ブルー最後はどう思ったんだろう、きっとわかっていたのだろうと思うけど。この「犬を撃つ」だけでも十二分に読む価値があるよ、本当にね。
かなりの歳になって男の胸にわいた希望は非常に危険だ。希望は若者や子供たちのものだ。希望は、大人の男にとって-特に、ブルーのような、ほとんど希望に馴染みがなく、それが訪れる見込みのない男には-そうした希望は、潰えるときに焼けて血を煮えたぎらせ、その後に、何かたちの悪いものを残すのだ。

個人的には素晴らしい読書体験。本を読むってこれだから楽しい(別にうわーいって楽しくは全然ないんだが、むしろ辛い)と思う。是非どうぞ。

リチャード・スターク/悪党パーカー/人狩り

アメリカの作家による犯罪小説。
私が買ったカバーには若きメル・ギブソンが力の入った表情で銃を構えている。というのもこの作品メル・ギブソン主演で「ペイバック」というタイトルで1999年に映画化されている。実はこれより先んじて1967年に「ポイント・ブランク」というタイトルで映画化されている。要するに二度も映画化されるような人気作なわけだ。この物語の主人公はタイトル通りパーカーという悪党なのだが、2006年にも新作が発売されているくらいの人気シリーズになっている。作者のリチャード・スタークは又の名をドナルド・E・ウェストレイク。スマートとも悪党とも言えない犯罪者ドートマンダーたちの笑える活劇が人気だろうか。私も「ホット・ロック」のみ読んだ。とても面白かった。このパーカーのシリーズはそんなウェストレイクの面白さとは真逆の犯罪小説だというから興味を持って買ってみた。ちなみに「ペイバック」も子供の頃見たがもう内容は覚えてないな〜。

交通量の多いワシントン橋を強風の中朝8時に男が歩いている。彼の頭にあるのは貸しの取り立てである。武器の取引現場を襲い金を奪ったのは良かったが、妻と仲間に裏切られて重傷を負った。朦朧としているところを浮浪罪で逮捕され、監獄へ。看守を殺し脱獄し、1ヶ月かけてアメリカ大陸を横断。やっと彼を裏切ったやつらのもとにたどり着いた。男の名前はパーカー。

要するに仲間と妻に裏切られた男がやり返す話なのだが、大変面白いことに純粋な意味での復讐譚ではない。パーカー本人もいっている通り実は復讐というほど思い入れがあるわけではない。妻に裏切られたのもの別の女を探そうと思っているくらいだ。ただ彼は異常に貸し借りにこだわる。いわば取られすぎている状態だからおまけをつけてその借りを返してもらおう、というのがパーカーの論である。だから苦しめて殺してやる!じわじわ追い詰めてやる!とかいった湿っぽさとは無縁である。常に不敵に、そして乾いている。いわばこのパーカーという男がかっこいい物語である。彼は目標に沿って最短距離で歩く。復讐すべき男を追い詰めても金を取り戻さないと彼の旅は終わらない。だから裏切った男が所属するシンジケート(アウトフィットと呼ばれる)に手ぶらでいって自分の金を返せという。そんなことが通用するわけがないのだが。ドートマンダーはあの手この手を考え、そして苦労しながら実行する(大抵うまくいかないのが面白い)のだが、パーカーに計画はない。まっすぐ行く。この男のかっこいいのは、いきなりアウトフィットを襲撃して銃をぶっ放し、金を奪うというやりかたはしない。まずは知る限りの一番偉い奴のところに行き、「金くれ」というのである。不敵すぎる。もちろん障害となるのであれば殺しに対して一切の呵責や頓着がない。面倒だから普段は殺さないだけなのである。そもそも自分を裏切った男も、パーカーは最初っから臆病者だと思って自分が頃好きだったのだもの。妻に裏切られても泣くわけでもない。完全に悪党である。人間的な感情が多く欠落しているので、サイコパスといっても良いのかもしれない。彼の中には基本的には自分しかない。無鉄砲さもありがちな「死に場所を探している感」なんてセンチメンタリズムの出る隙がない。どんな危機も切り抜ける気でいるし、そうでないならその時考えるという不敵さ、傲慢さである。この非人間性がこせこせ生きている私たちを引き付けるのだ。結果的に構築された悪党のルールに魅了されるのである。
約250ページくらいの長さにパーカーの無駄のない行動がぎゅっと詰まっている。本当にこの短さによく収まったな!というくらいの濃密さで。無駄のない小説である。そして圧倒的に古びない。だからこそ30年以上経ってから映画化されても面白いわけである。多分現代に直して映画化しても面白いと思う。昔気質の犯罪小説が好きな人は是非どうぞ。

Entombed/Left Hand Path

スウェーデンはストックホルムのデスメタルバンドの1stアルバム。
1990年にEarache Recordsからリリースされた。
Entombedは1987年にNihilistとして結成され、その後バンド名をEntombedに変更。活動休止や分裂などを経て2017年現在も活動中。いわゆるスウェディッシュな(デスメタル)音楽では大変な功績のあるバンドと言うことで遅まきながら購入した次第。タイトルの「Left Hand Path」は左道のことで右道に対する要するに黒魔術と言うか、よろしくない方の魔術のこと。左利きもそうだけど世界的に左はよくない方向なのだろうか。なんでなんだろね。

聞いてみて思ったのはIneterment(同じくスウェーデンのデスメタルバンド)だな〜、という感じ。まあ順序が逆なんだけど。ブワブワたわませたようなぐしゃっと潰れた音が汚らしくリフを刻んでいくタイプのデスメタル。音質は決して良いわけではないのだが、前のめりに迫ってくる生々しい迫力がある。テクニカルでないわけではないが、もっと別のところを目指しているようなタイプの音で、その後メタルの範疇を超えてハードコアバンドに影響を与えたのも頷ける。ドラムのスッタスッタ刻むリズムも結構ハードコアっぽさがある。Trap Themのアルバムとか改めて聞いてみると「うへー」となること請け合い。何が良いってボーカルが良くてデス声というにはもっと掠れていてしゃがれている厭世スタイルで吐き捨てていく。
クリーンボーカル(呻くようないや感じのはたまに)もメロディアスさもほぼ皆無なわけで、グラインドコアにあるような勢いもないので、非常にぶっきらぼうかつわかりにくい音楽な訳で一体何がこんなにかっこいいのかというと一つは生々しい迫力があること。それから曲自体が優れていること。めまぐるしい技工みたいなものはないのだが、反復的に鳴らされるリフがかっこいい。荒々しい音の作り方もそうだが、現行のデスメタルに比べると結構空間的には隙間が空いた印象。速度の転換は結構あってドゥーミィだがやりすぎなほど遅いわけではないし、後世の発展系の原型が詰まっているようなイメージ。他の楽器が鳴り止んでギターが刻むリフを披露するパートがかっこよすぎる。かなり性急といった感じのギターソロが多め。

今からもう30年近くも前のアルバムだけど古びれた感じはないのでお勉強と言う感じで全くなく聞ける。(さすがに録音はちょっと弱いかなと思うけど。)デスメタルというジャンルも時を経て進化を続けているのだが、この音源はデスメタルの核心をついたアルバムなのかもしれない。「スウェディッシュ」という言葉がきちんと確立しているのだが、なるほどこういった音源があったからなんだなと実感する。いろんなスウェディッシュを今でも聞くことは多いので、そういった意味でもまだ聞いたことない人は聞いてみると面白いのではないかと。

Wear Your Wound/WYW

アメリカ合衆国はマサチューセッツ州エセックスのハードコアバンドの1stアルバム。
2017年にDeathwish Inc.からリリースされた。
Wear Your WoundsはアメリカのハードコアバンドConvergeのフロントマン、Jacob Bannonによるソロプロジェクト。Convergeのボーカル以外にも非常に影響力のあるレーベルDeathwish Inc.を運営したり、自身のバンドのアートワークも手がけるグラフィックデザイナーと活動しているJacobが新しく(と言っても2010年ごろから始めたらしい。)始めたのがこのバンド。全ての作詞作曲は彼が手がけている。この音源の録音は盟友Kurt Ballouが手がけている。ライブも結構頻繁にやっているようで、ライブは録音ではThe Red ChordやTrap Themのメンバーがヘルプとして入っているようだ。

ハードコアという範疇以外でも非常に大きな存在のConverge。日本ではThe Dillinger Escape Planと並んでカオティック・ハードコアという言葉(ジャンル)で紹介されていた。(今ではどうなんだろ?)基本的には激しいのだが、アルバムによってはなんとも哀愁のある曲をプレイする。例えば「Axe to Fall」の「Wretched World」(このアルバムで一番好き)とか、名盤「Jane Doe」の「Jane Doe」、「No Heros」の「Grim Heart/Black Rose」などがパッと思い浮かぶ。曲の速度もそうだが、その他の曲とは一線を画す世界観で私は激しい曲と同じくらいこれらの楽曲が好きだ。Jacobがソロをやってしかもその世界観はConvergeのそれとは違ってくる、というので俄然Convergeの前述の曲群が頭に思い浮かんだわけ。そう言った期待感で聞いてみると、やはりConvergeの激しさは皆無。でConvergeのゆっくりした曲とは確かに似ているのだけど、半分くらいで後の半分はそれとも異なるような要素が感じられる。じゃあそれは何かと言うと、一言でいうと”ポスト感”だろうか。ただこれも型にはまったそれらとは異なる、独自の方向性を持ったものだ。基本的にはバンド形式で曲が構成されているが、アコースティックギターやピアノを始め様々な楽器を取り入れていること。速度は基本ゆっくりで比較的長めの曲をやること。歪んだギターは頻繁に出てくるもの攻撃性はほぼないこと。こうやって書くと美麗なポストロックという感じがしてくるのだが、このプロジェクトの志向する世界はもっと曖昧である。メロディはあるが決して前面に出てこない。カーテン越しに呟いているようなボーカルもどこか個人的でわかりやすい共有がない。分厚いギターのトレモロと言ったキャッチーさもない。もっと儚く、その真意にはたどり着きがたく感じる。拒絶されている、といよりは個人的な感じがしてなかなか読み取れないのだ。
一言で表現するなら「ノスタルジー」だろうか。もちろん私は生まれも育ちも日本なのでJacobとは世界観を共有はしていないのだが、ゆったりとした曲調の向こう側に何かしら色あせた風景が蘇ってくる。長らく誰もいない家(廃屋と言うほど荒廃していない)で見つけた家族のアルバムを眺めているようだ。経年でくすんだ写真一枚一枚に(私がよく知らない)ドラマがある。誰か他人の物語だ。アルバムから目を挙げると埃っぽいガラスを張った窓から見える空は夕焼けに染まっている、そんな風情。物語だなあと思った。そうやってみると非常にロマンティックで、Convergeの荒廃して厳しい音の嵐の向こう側に垣間見える男っぽい(作家で言うならデニス・ルヘインだろうか)エモーションに通じるところはあると思う。整合されていない(定型化されていない)ノスタルジックさ、拡散していく美麗さは結構混沌としている。

綺麗でありつつもなんとも形容しがたい独自の音楽性を持っているのはさすが。ConvergeがConvergeと言う存在たりえているのはなぜかと言うことが少しわかるかもしれない。

2017年6月10日土曜日

ヤン・ヴァイス/迷宮1000

チェコ(当時はイレムニツェ)の作家によるSF小説。
漫画「BLAME!」の元ネタの一冊ということで買ってみた。

ふと目覚めると巨大な構造物の階段だった。自分が誰なのかわからない俺。服のポケットに入っていたメモを見るとどうも俺は探偵らしい。オヒスファー・ミューラーなる人物が作った1000の階層を持つ巨大建築物、通称「ミューラー館」にミューラーに誘拐された小国の姫君を救出に潜入したのだが、何かの出来事で記憶を失ってしまったようだ。特殊な技術によって透明になった俺はタマーラ姫、それから館のあるじと邂逅すべく巨大な館の捜索を開始する。

巨大な建築物を探し物をしながら彷徨う、というところは「BLAME!」に似ているがその設定だけで実際はかなり異なる。なんせ記憶を失って目覚めた主人公が口にするセリフが「どちらにしよう?のぼるか、くだるか?よし、上だ!」だもの。相当エネルギッシュなやつである。そして空気より軽い物質で作られた(なので上へ上へと常識を超えた大きさを保つことができるのだ)巨大な館もいかがわしい喧騒で満たされている。謎の人物オヒスファー・ミューラーが独裁統治する昼も夜もない館では主人がすなわち法である。そこに住まう人々は全て監視され、会話はミューラー本人に盗聴されている。ミューラーの気まぐれによって不幸を被り、押さえつけられ、暗殺や権謀術数が渦巻き、不満を持った体臭がクーデータを起こしている。相当きな臭い場所である。つまりミューラー館は現実世界の縮図であり、そういった意味ではこの物語はディストピア小説といっても過言ではなかろう。1929年に発表された物語だがあとがきでも触れている通り、ナチのガス室を思わせる設備が書かれている。どうやら作者は未来に対して卓越した先見性を持っていたようだ。喜怒哀楽のはっきりした主人公の性格、ぶっ飛んだ設定もあって喜劇的な趣向も備わった通俗小説だが、一読すれば現代とそして地続きにある未来に対する警鐘がみて取れるだろう。すなわち欺瞞に満ちた公的事業、死体すら金儲けに使う拝金主義、監視され自由を奪われる住みにくく醜くゆがんだもう一つの私たちの世界である。
といっても例えば不朽の名作ジョージ・オーウェルの「1984年」のような閉塞感はなく、フリークスめいた狂人たちが闊歩する奇妙な地獄めぐりのようなロード・ムービー的な面白さ、騎士が美人で不遇の姫を救うという冒険譚の要素をきっちり抑えた通俗小説になっている。いわば甘い糖衣で包まれているわけで非常に読みやすい。会話はちょっと演劇めいているものの、読んで見ると時代性といい意味で無縁な普遍的な物語になっていることがわかる。
天を摩する巨大な建築物という設定、物語を彩る濃いキャラクターの面々で色彩豊かな活人画のような趣だけどその核には強烈な風刺の精神がある、まさに反骨の異色のSF。「BLAME!」好きな人にはあまり親和性がないかもしれないがディストピアものが好きな人は是非どうぞ。

山岸真編/SFマガジン700【海外編】

早川書房が出版している雑誌SFマガジンの創刊700号を記念して組まれたアンソロジー。
収録作品と作者は以下の通り。(オフィシャルよりコピペ)
「遭難者」 アーサー・C・クラーク
「危険の報酬」 ロバート・シェクリイ
「夜明けとともに霧は沈み」 ジョージ・R・R・マーティン
「ホール・マン」 ラリイ・ニーヴン
「江戸の花」 ブルース・スターリング
「いっしょに生きよう」 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア
「耳を澄まして」 イアン・マクドナルド
「対称(シンメトリー)」 グレッグ・イーガン
「孤独」 アーシュラ・K・ル・グィン
「ポータルズ・ノンストップ」 コニー・ウィリス
「小さき供物」 パオロ・バチガルピ
「息吹」 テッド・チャン
私はSFマガジン自体は手に取ったことのないSF好きの風上にも置けない不信心者なのだが、収録されている作家が魅力的なので買ってみた。ちなみに日本人の作家のみで組まれた【国内編】も発売されている。
編集した山岸真さんがあとがきで書いている通り、長い歴史を持つSFマガジンから優れた作品を抜粋する、というコンセプトではなく、今読んで面白い作品をなるべく時代が被らないように選んでいるとのこと。クラークから始まってイーガンやバチガルピなど最先端で活躍する作家まで、色々な支流がありつつ発展していく様々なSFをしかし一本の大きな流れとしてまとめあげている。こうやって見るとマーティン、グィンやチャンなど映像化されている作家もたくさんいるね。
個人的に気に入っているのはイアン・マクドナルド「耳を澄まして」。SFの醍醐味にスケールのでかさがあると思うのだけど、この作品はその大きなスケールを絶海の孤島のたった二人の関係に落とし込んでいる。世界の危機が少ない人数に文字通り集約されている。ある意味セカイ系なのだろうが、ひたすら静謐で個人的であり、SF的なガジェットがない中で粛々と物語が展開して行くのが面白い。少しずつ沸き立っているようにエンパス(一番優しい人間)が協力して少年を助けることで人間を次のステージに押し上げて行くという展開が熱い。
「神の水」でも破滅的な未来を書いた根暗ペシミストのパオロ・バチガルピの「小さき供物」は相変わらず不幸が予言されているが、一連のゲド戦記シリーズの作者アーシュラ・K・ル・グィンの「孤独」も結構人間の暗黒面を書いている。非常に原始的な世界のエキゾチックさに目が奪われるが、その世界のわけのわからなさを強調すること、血は繋がっているものの所属する社会(世界)が異なるために決して分かり合えない親娘の間の断絶がなんとも痛ましい。基本的に尊重しつつも確実に存在する先進的な文明側から遅れている文明に対する侮蔑が浮き彫りになっている。未来は常に良いものなら私たちは古代の人間から見れば幸福なのだろうし、実際寿命も延びているのだろうがじゃあ自分が幸せなのか?と考えると一体進歩が人間に何をもたらすのかが面白い。
私は物語に書かれている人間の動きを楽しむタイプの人間なのでSFというジャンルであっても基本的には同じ。そういった意味で上にあげた作品、それからそ以外の作品でも基本的に特異な状況でも人間の心と体の動きが丁寧に書かれているから非常に楽しめた。ただイーガンは別でこの人は先進的な科学技術を根拠に難解な話を書く。じゃあ人間がかけていないかというと全然そんなことはないのだが、このアンソロジーに収録されている「対称」に関しては特異な状況がフォーカスされていて主人公たちもそれをどう受け取っていいのかわからない、という混沌とした状況が極めて冷静な文体で書かれている。イーガンは日本でも人気がある作家の一人だが、こういったマニアックさというか、極めて科学的でハードなんだけど結構これどう受け取ったらいいのだ、というところが受けているのかもしれないなと思った。

そのジャンルに属する面白い作品を読めるという意味で奇を衒わないとても良いアンソロジー。手っ取り早くSFの面白いのを読みたい人は是非どうぞ。

2017年6月5日月曜日

Granule Presents AURORA@渋谷Ruby Room

解散したBOMBORIのメンバーらによって結成された新バンドGranule。2017年に音源「AURORA」をリリース。それに合わせていくつかのライブを主催。その中の1日に行ってきた。音源が良かったGranuleを見たいというのもちろんだけどDooomboysが個人的にとても見たかったのが決め手。
場所は渋谷Ruby Room。最近よく聞くライブハウスだが行くのは初めて。渋谷の道玄坂の手前?らへん。ライブハウス(もうちょっとこうイベントスペースという雰囲気でもあった)にしては珍しく2階にある。扉を開けるとどちらかというと狭いくらいのライブハウスだと思うんだけど、奥の壁が斜めになって屋根裏感がある。薄暗い照明や凝った内装も秘密基地めいていて狭いことを逆手に取った良い雰囲気の場所。なんとなく女性のお客さんが多かったのは場所のせいだろうか?

Friendship
一番手は待望の1stフルがいよいよ発売間近のFriendship。フロアにアンプが積み上がっている。ライブハウスが狭いのでいつもより密度がびっしりでアンプのすぐ前がドラムセット。ちなみにこの時点でもう結構人が入っている。Sunn O)))を思わせる低音が売りのバンドなのだが、この日はヒュンヒュン不安定に飛び回る高音フィードバックノイズが強め。多分新作からの楽曲を中心にしたセットだと思うが、曲中にもフィードバックを活かしていてちょっとした新機軸ではなかろうか。強烈な低音をソリッドかつ正確なドラムがビシッと引き締めている。ドラミングについても新曲はフィルインが多めでミニマルで非常にモッシーな曲をドラムが車輪になって重量感をそのままに回している感じ。どのパートもかっこいいが個人的にはやはりドラムに目と耳が行きがち。ただこの日ボーカルも鬼気迫る勢いでかっこよかった。
この日アルバムを先行発売していたのだが、特典付きのを予約していたので泣く泣くスルー。はよ聞きたいものです。
アンプの壁を除けると奥にステージがあったのか〜とちょっとびっくりした。多分アンプが多すぎてステージに乗らないからステージでやったんだね。

HIMO
続いては北新宿ハードコア、HIMO。ここからバンドはステージに乗る。名前は知っているが見るのも聞くのも初めてなので楽しみだった。メンバー4人のうち3人が坊主頭で、ちょっと他にない見た目のインパクトがある。かなり強面なので一体どんな音なのだろうか、きっとめっちゃ無愛想な日本的なハードコアに違いないと思っていたのだが、果たして実際は全然違って良い意味で期待を裏切られた。低音に偏向しない、非常に生々しい音を主体にフリーキーな楽曲。パワーバイオレンスとは全く異なるストップアンドゴー、というよりは休符、休止を強烈に意識した(恐らく、というのも音源は聞いたことないので)短い曲。ボーカルは勢いがあるが、節をつけて歌うというよりは言葉を早口にどんどんまくし立て、吐き出していくのでラップに聞こえる。曲が短く、反復やわかりやすい王道な構造性も希薄なので掴み所がない。爪弾くように引くギターは突然ギターとは思えない強烈なエフェクトをかけて引きまくったりする。パッと思い浮かんだのは54-71だが、シャウトも入るし曲がフリーキーだからむしろへんな例えだが、あぶらだこがRage Against the Maschineをやったかのようだ。つまりめちゃかっこいい。唯一無二の音であること自体難しいと思うが、それがかっこいいというのは奇跡めいている。見た目に反して熱く、血の通ったバンドだった。いい意味で本当に期待が裏切られた。そんな熱量がストレートに表れているMCも良かった。(ちなみにこの日まともなMCをやったのはHIMOだけ。)
音源を買ったが、メンバーの方はとても人の良い方だった。

Dooomboys
続いてはDooomboys。この日一番異色のヒップホップユニット。Wrenchなどで活躍するドラマーMurochinさんと、Think TankのメンバーでもあるBkack SmokerのBabaさんの二人組。電子ドラムを追加したドラムキットに、恐らくサンプラーなどを配線しまくった電子機器をBabaさんが操作しながらラップする。
Murochinさんがドラムを叩き、その上に上物を乗せてラップをしていく。この上物はジャズやダブ、ノイズをサンプリングし、音を加工し、ドロドロに溶かしたものを即興で再構築していくような技で再生というよりは再構成、生成されていく。音源に入っている曲もやったが、やはり生で再現するともっと生々しく少し様子が違う。ラップはエコーがかけられてすでに煙たい。電子機器でドラム音も入れたりするから、生のドラムとダブルになってそういった意味ではかなりテクノっぽい要素もある。よくもまあこう言葉が淀みなく流れ出ていくものだと感心する。非常に特徴的な声質だが、ライブで聴くとなめらかでかっこよかった。目配せで曲を制御するその様は即興性が強く、ゆえに二人のメンバーの間にはバチバチ火花が散るよう。Murochinさんのドラムはとにかく正確でタイト。だからヒップホップのフォーマットにぴったりはまる。マシンぽいドラムというとともすると批判的な文脈になってしまうが、とんでもない。めちゃかっこいいぜ。ヒップホップにしてはビートがかなり複雑かつ多様なんだけどまさにそこが二人でやる由縁なのだろう。黒煙に巻かれて非常に気持ちよかった。また見たいし、音源も新しいのを出して欲しい!12インチとかで新曲とか!

Granule
トリは東京のGranule。こちらは音源を聴いているからだいたいどんな音かわかっている、と思ったけど生で見るとかなり印象と違って面白かった。上背のあるメンバーは挑発も多くてこの日一番アングラメタル感出てた。音源を聴いた印象は長尺の強烈なスラッジだが、ワウを効かせたソロなどサイケデリックで地獄感と同時に煌びやかさもある音という感じ。ところがライブだともっと肉体的でおぞましかった。オールドスクールなスラッジをもっとでかい音で、もっと音の数を減らし、もっと一つの音を伸ばす、そんな音像。一撃をこれでもかというくらい強調するあたりはフランスのMonarch!っぽくもある。窒息するような緊張感も似ているがあちらは魔術的なドゥームだが、こちらはもっとハードコアっぽいスラッジ。ボーカルもどんどん喉があったまったのか最終的には低音、高音どちらも迫力が出て怖かった。途中で暴れる場面もあって音源よりよっぽど剣呑だった。しかしかっちりあったアンサンブル、何より引きずりのたうちまわるようなフィードバックノイズにその美学が込められており、無心に頭を振るうちにも退廃的な美しさを感じられてよかった。

ライブに行くと音源を持っているバンドでもそうでないバンドでも、大抵こうだろうな〜と思っていたことが違うので面白い。この日は特にそんなことが多かった。あと結構通ぶって楽器の方がきになる風でいるんだけど、最近はボーカルがすげえな!と思うことが多い。主催のGranuleに比べるとFriendship以外のバンドは結構音楽性が異なるんだけど、その違いが結果的にとても楽しかった。
あとHIMOとDooomboysの間に女性のDJが曲をかけていたのだけど、かかる曲がハードなテクノばかりでどれも非常にかっこよかった。全部曲名教えてくれろ!という感じ。
週末の渋谷には色々な人がいる…と思いながら帰宅。

2017年6月4日日曜日

The Endless Blockade/Primitive

カナダはトロントのパワーバイオレンスバンドの2ndアルバム。
2008年に20 Buck Spinからリリースされた。
The Endless Blockadeは2003年に結成されたバンドで残念なことに2010年には活動を終えてしまった。確か今Sete Star Septでドラムを叩いている人がメンバーとして在籍していたことがあったのではないかな。パワーバイオレンス(ハードコア)バンドということでスプリット含めてそれなりの数の音源を残している。私はBastard Noiseとのスプリット「The Red List」のみ持っている。なんとなしにデジタル版でこのアルバムを買ってみた。ミックスはPig Destroyerなどで活躍するScott Hullが手がけたようだ。

全12曲を21分で走り抜ける正しいパワーバイオレンスバンド。だいたい1分くらいの短い曲の中を高速〜低速をストップアンドゴーを交えてめまぐるしくシャトルランして行く。基本はしゃがれた高音喚きボーカルでたまに低音ハードコア喚きボーカルが乗る。ややぎろんぎろんした太くて主張の強いベースがMan is the BastardやSpazzを思わせる。ミュートを多用しないギターも非常にハードコア的である。ドラムも速い時は速いが音が軽くて抜けが良い。疾走感というよりは早回ししているような痙攣的で不自然な速さが、いつのまにかトーンダウンして停滞しだす。ストップアンドゴーと言っても速度の止め方というところにこのジャンルの面白さがあると思うけど、このバンドはそこらへんが非常に巧みで短い曲でもあっという間にテンポを転換させて行く。
割と伝統的なパワーバイオレンスを軸にこのバンドのすごいところはさらにノイズの要素をぶち込んできている。不穏なSEはともかく、明らかにハーシュノイズを曲に持ち込んでいる。イントロ的に使う場合もあるが、スラッジ成分を強調した長い尺の曲(基本2分台くらいだがラストは7分40秒ある)ではノイズの登場頻度も増してくる。ハーシュノイズは流動的かつミルフィーユのように多重構造だが、その層をいくつか剥がしてきてハードコアの表面に貼り付けている。(あるいは足元に滞留させている。)分厚いハーシュノイズをそのまま使えば個性の強すぎるノイズゆえにノイズにしかならないだろうから、心得た使い方だと思う。

ハードコア(パワーバイオレンス)にノイズの要素を追加するのが昨今の一つの流れ(Full of HellやCode Orangeあたり。日本のEndonはノイズがバンドサウンドに憧れから接近したとしたらちょっと違うかな。)だと思うけど、この流れは何も今に始まったことではないなと改めて実感。いうまでもないが「The Red List」で共演しているBastard Noiseはパワーバイオレンスの元祖とされることもある元Man is the Bastardのメンバーが始めたバンドであるから、別に今の潮流が単なるリバイバルとは全く思わないけど、きちんとこういうった土壌があるところから最近のバンドがすくすく育っているんだな〜という感じ。
そんなわけで最近のFull of Hellなんかが好きな人たちはバッチリハマると思うので是非どうぞ。個人的には大変かっこよく楽しめた。おすすめ。

Dying Fetus/Destroy the Opposition

アメリカ合衆国はメリーランド州バルチモアのブルータルデスメタルバンドの3rdアルバム。
2000年にRelapse Recordsからリリースされた。
Dying Fetusは1991年に結成されたバンドでこの界隈ではかなり有名なバンドではなかろうか。私は実は聞いたことがなかったわけで、なんで今なの?という感じなのだけど、近々8枚目になる最新作「Wrong One to Fuck With」が発売されるので過去作を聞いておこうというのと、それ以前にハードコアっぽいデスメタルと聞いていたのでそれなら聞いてみようとなったわけだ。聞いたことない私でもこの印象的なジャケット(アンクルサムが疲れている)は知っていたので(多分大昔に読んだBurrn!にもレビューが載っていたような)このアルバムをチョイス。

聞いてみるとこれが非常にかっこいい。ハードコア要素もあると言われるのも納得の内容。一番びっくりしたのは音の作り方でかっちりして重たいのだけど、意図的に風通しをよくしているので全体的にカラッと乾いた雰囲気がある。手数が多いドラムはまるでLast Days of Humanity(こっちはすこここという感じだからちょっと違うけど)を思わせるような徹底的に乾いた音に仕上げられてスタスタスタ突っ走る。後述するがこのバンドはテンポチェンジが頻繁になるのでそれに対応して非常に叩き方が豊富なのも魅力。
ギターは湿り気のあるひたすら重低音というメタルらしさとは違って、中にぎっしり砂が詰まった鈍器のような重さ。目の細かい粒子をぎゅっと圧縮したような密度の濃い、見た目以上に重量感のある音。このギターがかっちりリフを刻んで行くのだが、基本的にはとてもメタリックでテクニカル。低音弦をメインに据えた、ミュートを多用した刻みがメインでドラムと相まって非常に正確。ギターソロなんかも少なめなのだが、たまに高音でテクニカルなピロピロが入る。ただここも音の輪郭を丸めてあるので耳に痛くなくて、ひたすらブルータルな楽曲に不思議とマッチしてこのバンドの大きな特徴の一つになっている。
ボーカルは低音をメインに吐き捨てるような中音なども挟み込んでくるスタイル。「メロディ?うちにはないよ」なメタルだけど、このバンドの名前知っている人ならそこらへんは多分気にしないじゃないだろうか。
曲はだいたい平均すると4分くらい。メタルとしては普通長さだけどいわゆるグラインドコアなんかと比べれば長いわけで、激烈なブルータルでその尺をどう使っているかというと、ハードコアの要素を大胆に取り入れてテンポチェンジをやっている。メタルは(だいたい)テクニカルさも志向することが多いので速度の変更や変拍子も珍しくはないのだろうが、このバンドの場合はブレイクダウンのような大胆で強引なテンポチェンジを仕掛けてくる。ミュートを使ったゴリゴリのリフがここでハードコアのモッシュパートのように断然映えてくる。この間だけはテクニカルさをかなぐり捨てて肉体的に、そして暴れる間隙をわざと空けてきてフラストレーションを一気に解放させてくる。音の作り方もそうだけど、極北みたいな音楽をやっているけど実は力の配分が絶妙で減らすところは減らしている印象。単純にブルデスプラスハードコアのただの足し算でないのだな〜と。

基本的にはやはりブルータルデスメタルだと思うのだけど、見事にハードコアの要素をブレンドして独自の音楽をやっている。実はまだ聞いたことないな…という人がいたらこっそり聞いてみるのが良いのではないでしょうか。

2017年5月31日水曜日

M・R・ケアリー/パンドラの少女

イギリスの作家によるホラー小説。
単行本で出版されたのは2016年で当時からあらすじを読んで気になっていたのだがなんとなくスルー。映画化に合わせてかはわからないが単行本化したので買ってみた。

正気を失い凶暴になり、肉を求めて人間(以外の動物も)襲う、罹患者に噛まれた人間は同じ病を急速に患ってしまう、そんな奇病が大流行し人類はその数を大幅に減らした。奇病の性格上世界各地の大都市は全滅し、かろうじて郊外の都市でのみ細々と生きる人類は常に奇病の罹患者、通称ハングリーズに怯え生きていた。イギリスの郊外都市ビーコン近郊の軍事基地では罹患したにもかかわらず正気を保っている子供が集められ、病の研究が行われていた。この病を引き起こすのは変異した冬虫夏草、つまりウィルスではなく菌が引き起こすことはわかっている。ただしその治療法や予防法はまだわかっていない。解明のためには菌に脳を乗っ取られているのに正気を保つ子供達が必要なのだ。子供達の教師役を務める心理学者のジャスティノーは子供達の一人、特に聡明な女の子のメラニーと特別な絆を築いていく。

キノコが人を狂わせるという設定は変わっているけど基本的には噛まれたら感染するゾンビものということで大丈夫。大崩壊と呼ばれるカタストロフィは過ぎて人類はもう撤退戦を強いられている状態。Playstationのゲーム「Last of Us」にとてもよく似ている世界観。このゲームはコーマック・マッカーシーの「ザ・ロード」を下敷きにしているらしいんだけど。なんせ文明社会が半ば崩壊しているもので、オーソリティの力も及ばなくて、ジャンカーズと呼ばれるならず者で構成される第三勢力がいる。これがゾンビ、つまりハングリーズと同じくらいもしくはそれ以上に危険という、これも世界的に流行っている「ウォーキング・デッド」のように結局一番怖いのは生きている人間(ノー・ロウな状態なもんでタガが外れた人間の方がケモノ的なゾンビより知恵があるぶん怖いという意味で)的な世界観である。そんな世界に”半分ゾンビ”な無垢な少女と研究対象として扱っているはずがゾンビに愛情が湧いてきてしまった女性教師との絆という新機軸をぶち込んだのがこの小説の味噌だろうか。どこかでみた世界観でユニークな物語が展開される。確かに最後まで面白く読めた。
ハングリーズの設定にも面白いところがあり、普段は休眠状態にあってその場合は著しく視力(と認知力)が制限されているので(一度でかい刺激があると起きて活発になる)、休眠状態のゾンビに遭遇してもゆっくり動けば大丈夫という設定があり、これがだるまさんがころんだ的な独特な緊張感を生み出し、走るゾンビも珍しくない昨今、ただただがむしゃらに逃げ回るという構造からの脱却が計られている。このように練られたよくできた小説、というのが私の読後の印象。
意地悪な言い方をすると優等生的な書き方をされていて(ちなみに著者はアメコミの原作で数々のヒットを生み出した、いわばプロの物語書きである。)、ちょっとよくでき過ぎているなあと思ってしまった。それでたまに物語の筋が最初にあって辻褄を合わせるように設定があるので、ちょっとところどころ強引というか無理があるような気がしてしまう。ご都合主義的というか。ジャンカーズが休眠状態にあるハングリーズを操れるというのはその性質上ちょっと難しくないか?と思うし(火や暴力で制御できないくらい凶暴なのでは?)、なんで胎生時に菌に侵されると(つまり子供のみ)共生できるのかわからないのはどうなのだ?(無作為に耐性がある人がいるではオチが弱くなるからだろ思うけど)とか、あとは使い捨てライターを割って中身の燃料を火種にする場面があるんだけど、(日本のライターともしかして作りが違うのかもだけど)使い捨てライターに入っているのはガスだから割ってもオイルにならない(気化するらしい)のではなかったろうか、確か。(これは会社の上司に聞いた話だから間違っているかもしれません。)
オチについても藤子・F・不二雄の短編漫画(これものちにあるゲームの元ネタになった。きになる人は調べてみてどうぞ)を思わせるもので(別にパクリというわけではない、多分イギリス人の作者は読んだことないだろうし)そこまで衝撃ではなかった。とりあえず話の筋というよりはいかに読者(に衝撃を与えて)楽しませるか、という精神で書かれていてそういう意味ではサービスに溢れているのだけど、こればっかりは好みの問題で私はもっと自分勝手に書いている風のこってりしたのが好きだから、ちょっとあざといなあと思ってしまった。
ただ登場人物が実は自分の(信じる)ことしか喋ってなくて、行動の理由が全部エゴなので基本誰にも感情移入できないんだけど、そんな身勝手で世界がこんなになっちまったんだよ、ということを言っているならそれはそれで皮肉が効いているな、と思った。(多分違うだろうが。)

最後までそれなりに楽しめたけど、個人的にはちょっと好みではなかった。ゾンビものが好きな人はどうぞ。

2017年5月28日日曜日

Woe/Hope Attrition

アメリカ合衆国はニューヨーク州ブルックリンを拠点に活動するブラックメタルバンドの4thアルバム。
2017年にVendetta Recordsからリリースされた。
Woeは2007年にChris Griggのソロプロジェクトとしてスタート。その後バンド編成になり3枚のアルバムをリリース。前作「Withdrawal」が2013年発表なので4年ぶりの新作となる。Griggは中心人物なので不動だが、メンバーの変遷がまたあったようだ。
なんのきっかけが忘れたが私は前作のみ持っていてなかなか好きだったもので今作も買ってみた次第。

黎明期のドラスティックな出来事の多さで持って音楽性以上に”神秘性”(物語性)を獲得してきたのがブラックメタルなのかもしれないが、やはり一つのジャンルにはすぎないわけでプリミティブなそれから多様な変化を遂げてきた。カスカディアンの台頭やシューゲイザーとの交配を経て、「ブラッケンド」ブランドはよそのジャンルに結合し始めた。そんな中でWoeは割とプリミティブなブラックメタルの音楽性を受け継ぎつつ自分たちなりの音楽を模索しているバンドだなと思っていたが、今作を聞いてもやはりその印象。
基本的には前作からの延長線上にある内容で、デスメタル然としたボーカルの登場頻度が増えているので初めは驚くが、バックトラックは明らかにブラックメタルである。つまり基本トレモロが間断なく空間を埋めていくあのスタイル。歌にメロディアス性はほぼないが(たまにクリーンで歌い上げたりはする)、代わりにギターのリフがメロディアスであり、そのメロディというのもコールドで何か身悶えするような退廃的な陰鬱さがある。ギターの音の作り方も輪郭がざらついて毛羽立ったヒリヒリしたもので、重量感に変更していない。さすがにプリミティブブラックに比べると圧倒的に音質はクリアだが、基本はやはり始祖に習っている。曲の長さはだいたい5分から8分なので、少し長めな程度。そこにドラマ性を程よい長さで投入している。真性プリミティブだとミニマルの要素が色濃いが、このバンドはそこまで反復的ではない。緩急をつけた展開がある楽曲を披露するのだが、美学を追求する劇的なカスカディアン勢とは一線を画すスタイル。カスカディアンが冗長というのではないが、このバンドは余計なパートに時間を割かず、またポスト感漂う芸術性もほぼなし。あくまでもブラックメタルの武器を自分たちなりの解釈で曲に打ち込んでいる感じ。何と言ってもこのバンドの売りは惜しみないトレモロの嵐。そして突出したそのメロディセンスなのではなかろうか。本人たちもその自覚はあると思うんだけど、どの曲でもトレモロが楽しめる。速度を落とすパートではざらついたトレモロや怪しいクリーンボーカルを入れたり、雰囲気抜群。モノクロの色彩でなんとも寂寥とした風景画を描いていく。タイトルは「希望の減少」という意味らしく、非常に後ろ向きで正しいブラックメタルな世界観だと思う。

ブラックメタルの良いところが詰まっていていや〜ブラックメタルだな〜という音楽。プリミティブでありながらきちんとモダンでもあってこういう流れがあるということは嬉しい。メロくて陰鬱なトレモロがブラックメタルでしょ、という人は是非どうぞ。おすすめ。

Protester/Hide From Reality

アメリカ合衆国の首都ワシントンD.C.のストレートエッジ・ハードコアバンドの2nd(多分)アルバム。
2017年にTrash King Productionsからリリースされた。
Protesterは2013年にPure Disgust、Red Deathなどのメンバーにより結成された5人組のバンド。活動期間は長いわけではないけどすでに編集版をリリースするなど結構アクティブに活動しているようだ。なんとなく話題に上りがちなバンドっぽくて流行に乗る軽薄なスタイルで購入。

どうもこのバンド、80年代〜90年代のリバイバルな音を鳴らしているらしい。ハードコアに限らず温故知新なバンドはたくさんいるわけで、そんな中でも特に「リバイバル」と称されるからには相当なリバイバル感が必要になってくる。私は昨今ハードコア名盤をポツポツ中古で買ってお勉強をしたりしているので、なんとなく少なくとも表層の音のことはちょっとだけわかるくらいなんだけど、なるほど今風の音とは一線を画すわけで、似てるバンドを挙げるとしたら現行のハードコアバンドというよりも、Agnostic FrontだったりPoison Ideaだったりを例に出した方が音的には近くて説明しやすい。ストレートエッジなのでユース・クルーっぽいかな?と思ったらもっとロウで荒々しい音像。
メタリックに武装したり、プラスオンする凶暴さや多様性をノイズやジャズに求めたりする今風のバンドとは明らかに一線を画す。極端に攻撃的なパワーバイオレンスとも異なる。全体的に抜けの良い明快な音で生々しく、荒々しい。1曲に含まれる、というよりは曲を構成するパターンは非常にシンプルで、テーマを2回3回繰り返して間奏を挟んでまた戻ってくる、このサイクルを勢いで持って突っ走る。派手なテンポチェンジも暴れるモッシュパートもなし。(乗れない音楽ではもちろんないわけで、こうなると暴れるパートはわかりやすく暴れさせているパートと捉えることもできる。どっちが悪いわけではないけど。)ハードコアパンクの初期衝動を改めてそのまま形にして録音したようなイメージだ。ややしゃがれて吐き捨てるボーカルはいかにもハードコアだが、そこはかなとないメロディセンスがあって「Never For Me」なんかはメロディアスと言っても良いかも。ラスト加速するところがめちゃかっこいい。このくらいのバランスがとても好きかも。
今風の音から引き算して作ったんではなくて、これで全部の数が揃った状態なのだ。スタート地点というか視点が今の流行のバンドとは異なる。もちろんそれなら昔のバンドを聞けばいいじゃないってことになるわけだけど、個人的には完全なリバイバル(そんなもん昔のバンドが今の時点で昔の曲を演奏する他ないと思うけど)であったとしても現行のバンドがそれをやることは価値があることだと思う。(自分も含めてなんだかんだたくさんの人は現行のバンドの方をメインに聞くと思うので。)それは流行に対する疑問符だったり、自分たちが好きなもの対する敬愛の念かもしれない。

どうもリバイバルが流行しているような話もあるので突然変異的なバンドではないのかもしれないが、ハードコアの初期衝動が好きな人は是非どうぞ。無骨でシンプルなのがハードコアでしょ、という人なら気にいるはず。

Drawing Last Breath/Final Sacrfice

アメリカはフロリダ州のストレート・エッジハードコアバンドの1stアルバム。
2017年にCarry the Weight Recordsからリリースされた。
バンド名は「息をひきとる」という熟語から。
あまり情報がないバンドだが専任ボーカルにギター二本の5人組のバンドで2015年にデモを、1stEPを2016年にリリースしている。

だいたいどのジャンルでも雰囲気というか全体的な印象というのがあって、例えば音源のアートワークを見ると何かしらのジャンルかな?と想像がつくものなのだけど、この「Final Sacrfice」に関してはハードコアっぽくないな、というのが初めの印象。それで視聴して見ると音の方はもっと変わっていて驚いた。え〜と思ったけど気になって何回か聞いている自分に気がついたので買って見ることにした。
こってりしたジャケットは「メタル的だな〜」と思う人もいるだろうが、音の方もメタル的である。今時ハードコアにメタルの要素を持ち込むのは珍しくもないだろう。例えば重たい音の作り方は昨今のハードコアバンドでも当たり前のように導入されている。Integrityという歴史のあるバンドなんかはかなり大胆にメタルの要素をハードコアに持ち込んで結構びっくりしたものだ。このバンドはそう言った意味ではやり方としては(出来上がった音はあまり似てない)Integrityに似ている。メタル、それもメロディック・デスメタルの要素を大胆にハードコアに持ち込んでいる。普通は別ジャンルの音をいくらか溶かしてある程度時のジャンルの型に再整形するのが王道だろうが、このバンドに関してはメロデス要素をほぼピュアにハードコアのフォーマットに載せている。具体的にはギターで、とにかくクラシカルでメロディアス。いわゆる”クサい”と言われるような荘厳な高音を用いた単音フレーズを大胆に持ち込んでいる。ピロピロしたギターソロもある。ハードコアといえばタフさが売りなのでそう言ったメタルの要素とは水と油じゃないのかな?と思っていた自分にとってはこのバンド相当面白い。思うに変にハードコアにしなかったのが良いのでは。本当に切って貼り付けたみたい。こういうと借り物めいた表現の仕方だが、このバンドはその形式で出音はめちゃかっこいい。結果的に濃ゆいメタル要素を自家薬籠中にしてハードコアと両立させている。メロデス成分を除いて聴いて見るとびっくりするほど地の部分はハードコアである。いわゆるニュースクールなメタリックな音を、ぶっきらぼうな音節に区切って中速でザクザク刻んでいく。音的にはシンプルなのでここにメロデスのフォーマットがすっと載っちゃうのだ。すごい。吐き捨て型のボーカルももちろんハードコアで、知らずに形成された先入観には違和感なのだが、この違和感がクセになる。
調べて見るとDrawing Last Breath以前にもこう言ったスタイルはハードコアの世界でもちゃんとあったらしく、その系譜にあるのがこのバンドみたい。私はこのスタイルにこの音源で出会ったから初体験の面白さがあったわけだ。初めに会えたのがこのバンドでよかったなと思う。非常にカッコ良いから。

ガッチリしたハードコアの屋台骨にメロデスの荘厳さがどっしり構えてさながら堅牢な砦のよう。ハードであるというハードコアの楽しさは少しも減じてない。メロデス好きだけどハードコアはあまり聴いたことがないぞ、という人はこの音源ハマったりするのでは。どうだろ。逆の経路でも大丈夫だと思うんだけど、個人的には。色物なんてとんでもないかっこいいハードコアなんで是非どうぞ。

2017年5月25日木曜日

中村融編/夜の夢見の川 12の奇妙な物語

アンソロジストである中村融さんの編集したアンソロジー。
以前読んだ「街角の書店 18の奇妙な物語」に続く一冊。と言ってもアンソロジーなので直接的なつながりはなくて、同じコンセプトの第二弾。「街角の書店」が面白かったのと、中村融さんのアンソロジーは何冊か読んでいて全て楽しめていたのと、シオドア・スタージョンの作品が選ばれているので買ってみた次第。
収録作品は以下の通り。(版元様のHPよりコピペ)

  • クリストファー・ファウラー「麻酔」
  • ハーヴィー・ジェイコブズ「バラと手袋」
  • キット・リード「お待ち」
  • フィリス・アイゼンシュタイン「終わりの始まり」
  • エドワード・ブライアント「ハイウェイ漂泊」
  • ケイト・ウィルヘルム「銀の猟犬」
  • シオドア・スタージョン「心臓」
  • フィリップ・ホセ・ファーマー「アケロンの大騒動」
  • ロバート・エイクマン「剣」
  • G・K・チェスタトン「怒りの歩道──悪夢」
  • ヒラリー・ベイリー「イズリントンの犬」
  • カール・エドワード・ワグナー「夜の夢見の川」


「奇妙な味」というのは江戸川乱歩の造語で当初英米のミステリーの何編かの物語を評して使った言葉だという。その後微妙にその意味を拡張しつつ文学界で今でもひっそりと使われているようだ。この本ではそんな「奇妙な味」を持つという視点で色々の中短編が集められている。あとがきに書いてあるのだが、この「奇妙な味」というのはここではジャンルを指す言葉ではないので、いろんなジャンルにまたがってお話が集められている。ミステリーもあれば、スプラッター調の物語もあり、良い意味で趣向がバラバラでそこが魅力。ただ読んでいて思ったのは本格的なファンタジーやSFにカテゴライズされる話は一つもない。あんまり現実から離れた世界を舞台にしたり、荒唐無稽な生物やガジェットが出てくるとそれ自体が”異常”になってしまってなかなか微妙なさじ加減である「奇妙さ」が演出しにくいのだと思う。きっともっと大きいツッコミどころができてしまうのだ。そっちに目がいってしまうから、奇妙な味を演出する場合ほとんど日常を描くことになるのではないかと思う。あたかも明るい歩道に仕掛けられた陥穽にふとしたはずみではまり込んでしまうような、気づくと知らない路地に迷い込んでしまったような、街の喧騒がまだ聞こえるけどちょっと雰囲気がおかしい、そんな雰囲気だ。本格ミステリーとは違ってここでの謎は解決策が提示されるわけではないので、謎がそのまま奇妙な形の影になって読者の内側に張り付いていくことになる。謎が面白いのはそれが解けるからだというのはあるが、解けるまでの過程が面白いということもあって人によってはそちらに重きをおく人もいるのかもしれない。なぜなら未解決の謎がもしもとなって自分の中で新しい物語が始まりだすからだ。そういった意味では無味乾燥な人生を彩るちょっとした味付けとして「奇妙な味」があるというのはなかなか良い。

個人的には動物は喋れないから可愛いと思っているので「イズリントンの犬」はよかった。犬つながりで「銀の猟犬」も良い(この本で一番好きだ)。これは解明されない謎がプレッシャーになりそれを打破する。なんとも後味の悪い決断の果てには一抹以上の物悲しさ、そして損なわれた正気(つまり批難)が提示されるのだが、恐れを超越した動きがあるので実は爽快であると思う。この場合は心の状態と動きを描くのが小説の目的であるので、そのための奇妙な道具たちにその素性の胡乱さを問うのはあまり意味がない。この道具のハマり具合というのが個人的にはすっと整頓されているように思えてそこが非常によかった。

「街角の書店」に比べると短編の数が減ってそのぶん一つあたりのページ数が増えている。より濃厚という意味で良い2冊目。気になっている人はやはり1冊目から手に取るのが良いのかもしれない。

2017年5月22日月曜日

Rolling Stoned#8 VVORLD『Highway Shits』Release Party@新代田Fever

日本は東京吉祥寺のハードコアバンドVVORLDが2017年に2ndアルバム「Highway Shits」をリリース。リリースパーティをやるよ、というので行って来た。というのもVVORLD自体がかっこいいのに加えて出演陣がとても豪華なもので。全部で15のバンドが出演。ほとんどがハードコアという大きなジャンルで括られるバンドばかりだけど、中には大阪のスラッジBirushanahや同じく大阪のストーナー・ロックバンドSleepcityなどハードコア以外のバンドも名を連ねていてとても面白いメンツなのだ。
なるべく全部のバンドを見たい派なので私は開演前に行くことにした。会場はFeverでこの日は14時会場だったのだけど、ちょうど一番雨がひどかった時間帯かも。傘をさすけどなぜかいつもびしょ濡れになる男である私はこの日もびしょ濡れで会場に到着。フロアに入るとフロアの左にセットが設けられている。つまりこの日はステージとフロアの2ステージ制で交互にバンドが演奏する。こうすると転換の時間を節約してたくさんのバンドを消化できるというわけ。Feverは広くて綺麗なので物販もバンドぶん対応できていてよかった。
以下感想なんですけどバンドの出演順番間違っている気がしています…。記憶力がなさすぎて違ったら申し訳ないです。

①Self Deconstruction@ステージ
見るのは2回目かな?美少女ボーカル、美人ゴスロリギタリスト、細マッチョドラムとキャッチーかつ情報量が多い見た目と裏腹にステージングと音楽はハード。曲がかなり独特で耳と頭がおかしいので間違っているかもしれないが、あまり反復の要素がない。普通のバンドは激烈でも反復性があるから円を描いて走るんだけどこのバンドの場合は直線で走り抜ける。だから常に今がすごいスピードで過ぎ去って行く。通過している新幹線を呆然と眺めているみたい。グラインドコア/パワーバイオレンスと名乗っているだけあって、たまにくる低速パートがかっこよかった。

②Super Structure@フロア
こちらも2回目。元ネタのFall Silentも聞いたんだけどあまり共通項が見出せない。パワーバイオレンスバンドなのだが、ステージングが凶悪。ただ激しいというか怖い。「パワー”バイオレンス”なんだよ、ふざけんな」という覚悟が滲み出る凶暴性。目出し帽かぶったボーカルもさることながら他のメンバーの動きも切れている。ギター振り回して当たったら危ない、とハラハラするんだけどびっくりするくらいかっこいい。ただただ低速パートのみにフォーカスするようなバンドではなくきっちり速いパートもかっこいいという清く正しい(つまり濁っていて悪い)パワーバイオレンスバンド。

③Enslave@ステージ
見るのは初めて。男女混成ツインボーカルのハードコア/クラストコアバンド。ギタリストも二人なのでメンバーが多い。激しいハードコアを基調に叙情性を取り入れていて、またメッセージ性も強い。日本のハードコアバンドの系譜を感じさせる。男性ボーカルも強いのだが、どちらかというと女性ボーカルの方が鋭く、逆に男性ボーカルは激しい中にも丸みがあってそれが良い対比になっているなと思う。演奏は非常にかっちりしてまっすぐ。見え隠れするメロディラインが高揚感あってかっこよかった。

④Sleepcity@フロア
大阪のストーナーバンド。見るのも聞くのも初めてでドラマーはBirsuhanahでもドラムを担当している。立ち居振る舞いからハードコアとは一線を画す感じでワクワクする。音を出して見ると果たしてかっこいいオルタナティブ・ロックだった。もっと煙たくて怪しげなものかと思っていたのだけど、かなりかっちりしたロック。ファズなのかはわからないけどグシャとした中にもざらついた温かみのある中域が分厚いギターに歌が乗る。歌も歌うと叫ぶの中間で全体的にはかなりエネルギッシュで激しいのだが、どこか気だるい(音楽がとい意味ではないですよ)雰囲気があって、あの頃のオルタナティブを感じさせる。初めて聞いたのになんか胸を締め付けるようなノスタルジーを感じてしまう。モダンなアップデートでオリジナリティのある、単なるリバイバルにならないオルタナティブをプレイするという意味ではSunday Bloody Sundayに通じるものがあると思う。音源が欲しかったけどなかったみたい。

⑤Band of Accuse@ステージ
見るのも聞くのも初めて。福島の4人組のバンドでメッセージ性の強い音楽をやっているとのこと。音楽的にはハードコア/クラストコアという感じ。スラッシーナリフで組み立てられたシンプルながらも力強いコーラスがよく映える男らしい音楽をプレイ。飾らないシンプルなハードコアなんだけど演奏は非常にカッチしていてよかった。やはりソロも入れてくるギターがハードな曲にキャッチーさを付与していると思う。個人的にはドラマーの人がすごくてちょっと独自の癖があるのかわからないけど妙に耳に残る。ヅタヅタ刻むD-ビートも力強くかっこよかった。

⑥System Fucker@フロア
続いてはSystem Fuckerなんだけど個人的にはこのバンドが結構楽しみで。というのもいでたちがすごい。正しいクラストコア(パンク)という感じでボーカルの人は細くそして高いモヒカン頭である。他の人もなんともクラストないでたち。パンクというと一般的なイメージはこうなのかな?この日は異彩を放っていた。メタリックに武装したあくまでもクラストコアという音楽性で、D-ビートに生き急ぐような前のめりの演奏が乗っかる。思っていた通り華のあるボーカリストで、Dis系の男臭いがなり声とはちょっと違うんだけど、無愛想ながなりがかっこいい。この人がフロアを動き回る。上背があり、蹴り上げる踵の高さ!イメージとしてはサメみたい。突進したり、突き飛ばしたりと暴力的なんだけど陽性のエネルギーがあって、(怖いのは怖いけど)なんだか楽しい。フロアにいる人もきっとそう思っていたはず。とても盛り上がっていた。

⑦Fight it Out@ステージ
このバンドも見るのは2回目。今年リリースされた新作がとても良かったのでライブをまた見たかった。ストップ&ゴーを繰り返すショートな楽曲を繰り出すパワーバイオレンスバンドだが、HIp-Hopアーティストをアルバムのゲストに迎えたりと生々しいストリート感を演出した独特の楽曲をプレイする。この日おそらく一番フロアが湧いたバンドだったのではなかろうか。ボーカルの方がフロアに降りてきてからは特に危ないダンスフロアになっていた。ライブで聴く楽曲は改めて肉体的で速度を落とすタイミングが絶妙でみんなが暴れるわけだと思う。鬱屈しているというよりは、断然鬱憤を晴らすかのような爽快感がある。

⑧LAST@フロア
続いては岡山県から車で8時間かけてやってきたLAST。1時間ないステージのために16時間とさらに色々な準備の時間使うのだから本当にすごい。本当ならこっちから行かないと見れないんだもの。ありがたい。専任ボーカルにギター二人の5人組のバンド。日本の伝統を感じさせるメタリックなハードコアをやっている。コーラスワークを大胆に取り入れているという意味ではBand of Accuseに通じるところもあるのだけど、こちらのバンドはもっと曲を凝ったものにしている。装飾性はないのだけど、速度の変更や展開などがあって面白い。最終的にあくまでも肉体的なハードコアであり続けているところにかっこよさがある。ボーカルの人は暑くて前のめりなMCもそうだし、フロアを所狭しと動き回る。ジャンプ力がすごかった。ハードコアの持っている激しくもポジティブな部分が前面に出ていて強いなと思った。(ポジティブでいる方が難しいと思っているので。)

⑨Birushanah@ステージ
続いては大阪の和製トライバル・サイケデリック・スラッジ。Birushanahは大好きなのでこのイベントに名を連ねているのにびっくりしつつも嬉しい。音的には明らかにこの日一番異質でメタルの、それも相当独特なメタルを鳴らしている。この日も特に迎合することなく最新作を中心に毘盧遮那世界を展開していた。メタルパーカッションはさらに楽器が増えて要塞のようになっていた。このバンドは打楽器が二人にギター一人という一見するとアンバランスさなのだけど、ギターが鉄塊のような低音を担当する反面、様々な工業的な廃材で組み上げられたメタルパーカッションがキンキン響く高音でメロディというかその名残のようなフレーズを担当。おまけに最近はボーカルの歌の度合いが強いので見た目よりとっても聴きやすい。やはり最後にプレイした「鏡」にBirushanahの魅力が詰まっていると思う。現実に立脚するのがハードコアならメタルは異世界に連れて行く。この日も短い中でもトリップ感満載だった。
そしてすごいどうでもいいけどボーカル/ギターのIsoさんはとてもお痩せになったのではと思います。

⑩ELMO@フロア
続いて東京のハードコアバンドELMO。もうずっと前になぜか1枚だけCD「Still Remains...」を買って持っている。この日多分一番尖っていたのがこのバンド。低音に特化した極悪なハードコアを鳴らしている。テンポチェンジも多用しているが、基本的には速度は遅め。ボーカルの方はシュッとした人で高い声で絞り出すように叫ぶのが基本だが、たまに這いずり回るような低音も出してくる。この人はひょっとしたらラッパーもやっているのかも。ハードコアでは客に暴れろと煽るバンドは多いのでは。このバンドも煽るのだが、それが変わっていて普通は演者と客の間に共通の連帯感がある場合が多いのだけどこのバンドは観客すら敵くらいのヘイトをぶちまけてくる。非常にヒリついた空気で緊張感が半端ない。ほんのちょこっと見ただけなのでなんとも言えないのだが、そもそもライブってなんでしたっけ?という問題提起にも思えた。

⑪Saigan Terror@ステージ
続いては東京の高円寺のハードコア。見るのは2回目。年季を感じさせるいぶし銀のメタリックなオールドスクール・ハードコアをやっているのだが、とにかく怖い。ボーカルの方の見た目もあるだろうけど音の方も超いかつい。そういった意味では日本のハードコアらしい叙情性というのはそこまでなくて、代わりに攻撃性と速さと重さがある感じ。コーラスワークもシンプルで恐ろしげ。スラッシーなギターはかなり動きの激しいギターソロにも反映されているが、やはり刻みまくるリフがかっこいい。良い感じに音が抜けているのでメタルの重苦しさがほとんどない。どちらかというとロックンロール的だ。このバンドはそのままだと相当怖いのだけど、ギタリストの方のMCでバランスが取れている。よくもあんなに言葉がポンポン飛び出してきて、どれもが面白いものだな〜と思う。

⑫Shut Your Mouth@フロア
続いては昨年1stアルバムをリリースしたShut Your Mouth。こちらも見るのは2回目。こちらも現行型のハードコアを鳴らすバンドで、一気に速度を落とすパートを取り入れた楽曲はハードコア的な踊れるものなのだろうが、それだけではない深みのある独自のセンスがあると思う。叙情的というのは何も装飾的であることでも、わかりやすいメロディがあるわけでもない。このバンドはニュースクールっぽいなと思う。ニュースクールというと激しいハードコアにプラスオンで情報を追加するイメージなんだけど、そこを通過してきているイメージ。2本のギターがリフに加えて奥行きのある要素を曲に持ち込んでいるし、ちょっとFall Silentっぽくもある若さのあるボーカルはとてもエモーショナル。ラストの「Grey World」はかっこよかった!この日一番良かったかも。

⑬SLIGHT SLAPPERS@ステージ
続いてTokyo PowerViolenceスラスラ。今日ボーカリストの方はメガネではなくきらきらひかる眼帯をつけていた。(あとで外してお客さんに優しく(?)かけてあげていた。)前回見たときと同じく妙にポップな前半から後半一気に加速する曲でスタート。このバンドは今風の低速パートをほとんどやらない。音的にもギターは中域を分厚くしたハードコア〜パンクを感じさせるあえて肉抜きした生々しいもの。ショートカットな超特急で突き抜ける。そういった意味ではある種乗りやすいわけではないのだけど、そこをコーラスワークだったり、フリーキーなポップセンスだったりで速いだけでなく曲にフックをつけることで魅力的でステージで映えるもにしている。またボーカリストの人の動きやその他のメンバーのステージング(みんな楽しそう)で明るくて、楽しいものにしている。

⑭Friendship@フロア
フロアのトリはこの夏1stアルバムのリリースがアナウンスされているFriendship。期待値の高さと自分たちの大量の機材を使うことからとりなのだと思う。縦横に2✖️2に積まれたOrangeアンプからとんでもない轟音を鳴らすバンド。(豊富な物販でもSunn O)))のモチーフを拝借したりしている。)超高速と超低速を行き来する楽曲は現行のパワーバイオレンスに括られるバンドだと思う。ひたすら低音に特化した様はELMOに似ているが、あちらはざらついた低音だったのに対してこちらはもっと密度の濃い壁のような低音。また積極的に煽るELMOに対して、こちらはMCなしの楽曲没入型。(要するにもっと無愛想とも言える。)ひたすらブルータルな楽曲を繰り出していく。あえて楽曲に隙間を開けない、また開けても全開でフィードバックノイズを鳴らすやり方で客に拍手や歓声をあげる暇すら与えない無慈悲なストイックさ。ある意味客を置いてけぼりにするようなイメージで、客の方もただ圧倒されて首だけ降っているみたいな状況になっていた。個人的にはやっぱりこのバンドはドラムがすごい。シンプルなセットででかいドラムのパートをでかい音で”一定”のペースで鳴らし続けるのは結構異常事態ではと思う。そういったところも含めて潜行というか窒息感があってすごくかっこいい。

⑮VVORLD@ステージ
イベントのラストはもちろんVVORLD。ライブを見るのは初めて。今年新作された「Highway Shits」のリリースパーティな訳だけどその新作のかっこいいこと。期待度も非常に高かった。改めて生で楽曲を聴くとだいぶ独自の音を鳴らしている。根っこがハードコアだとしても、出ている音はメタルを通過したブルータルなもの。強くデス声めいたボーカルもそうだが、動きの激しいギターもそう。煙たく充満するフィードバックノイズもそうだし、高い音も使ったりしていて相当不穏である。ソリッドというよりはざらついた質感でハードコアのフォーマットでかなり先鋭的で独特な音を鳴らしている。メッセージ性もいわゆるストレートなハードコアのそれとは微妙に異なり毒気のある個性がある。ラストを飾る「Living Hemp」は長丁場のイベントの大団円ということで感動的ですらあった。

全15バンドというとでちょっとしたお祭り状態。ハードコアを基本にしながらも幅広いアーティストを全国津々浦々から一堂に集めるというのは贅沢で非常に楽しかった。こんな機会はそうそうない。まだ知らないかっこいい音楽に出会えたという意味でも非常に良い場所だった。
VVORLDのパーカーとFRIENSHIPのT-シャツを購入。もっと色々欲しかったな〜といつも帰宅してから思う不思議。ライブハウスの外に出てたら豪雨はとっくにやんでいた。雨上がりの濡れた道を気持ちよく帰った。

2017年5月20日土曜日

グレゴリイ・ベンフォード/時空と大河のほとり

アメリカの物理学者兼作家の短編小説集。
こちらも漫画家の弐瓶勉さんが好きな短編集としてあげたもの。わが国では1990年に出版されたのだが、こちらもすでに絶版状態なので古本を購入した。

もう一冊のグレッグ・ベアの「タンジェント」はSFとファンタジーの混ざり合った物語だったのに対してこちらはハードSF。ハードSFというと難解というか専門用語も多くて決して読みやすくはないという印象。この本でいうハードというのはフィクションであるものの科学的な根拠の度合いが強いというもの。実際にはない技術や事象を描いているのはそうなのだが、それが頭の中の想像やひらめきで生まれたものではなくて現状の科学技術とそれを利用した観察から生まれた考察でもって書かれている。何と言っても著者ベンフォードは現役の物理学者なのだ。科学的な知識と考察に関しては他の作家に比較して抜きん出ているだろう。(もちろん科学者が一番面白いSFを書けるわけではない。しかし他の作家には出せない説得力とリアリズム(総合的に見れば虚構であるが)を物語に添えることができる。)
実際の科学が抱える問題や課題を元に物語が始まっているから、そういった意味では物語の組み立て方が違って面白い。どの物語も中心に科学が腰を据えている。確かにハードな内容になっているが決して頭でっかちの小説になっていないのがこの作家のすごいところ。自身をモチーフにしたような科学者だけでなく、自堕落で向こう見ずな若者、恋に悩む女など魅力的なキャラクターを生き生きと描いている。根っからの学者であるとともに根っからの小説家でもあるのだと思う。どれも心の機微を心情をそのまま書き込むのではなく、その些細な身体の動きに託しているような気がして、そういった意味ではアメリカの作家ぽいし、私はそういった書き方が好きなのでハードさも意外にすっと受け入れることができた。思うに科学技術は人間が使うものなので、それ自体を書けば必ず周辺の人間を描くことになる。問題を扱えば人を描くことになる、という小説の基本を実は当たり前のように抑えているなと思う。
描く物語には作者本人によるあとがきが収録されている。どうも読んでみるとなかなか自信たっぷりな人だな!と思ったのだが、そうではない。自分の仕事に誇りがあって、それでいて強烈な負けん気があるのだ。特にアメリカ合衆国における南部人の実態とはかけ離れたイメージに静かな怒りを燃やすあとがきを読むとその情熱家っぷりがよくわかって途端になんとなく好感を持ってしまった。

人間がとんでもない姿になっている未来を各短編もあれば、現代の実はSFじゃなかった!な短編もありバリエーションに富んでいる。とっつきにくさも小説自体の完成度の高さで気にならないはず。SF好きな人は是非どうぞ。弐瓶勉さんオススメなので、「BLAME!」好きな人も気にいると思います。

HEXIS/Tando Ashanti

デンマークはコペンハーゲンのブラッケンド・ハードコアバンドの2ndアルバム。
2017年にHalo of Fliesなどからリリースされた。
2010年に結成されたバンドで日本を含む様々な国でライブをやっている。どうも最近ボーカルのFilip以外のメンバーが全て脱退してしまったようだ。

Celeste系のトレモロギターを壁のように聳え立たせるいわゆるブラッケンド・ハードコアなのだろう。トレモロといっても低音も使う、そして使っている音自体が分厚いということで絶妙なメロディアスさ、退廃的な耽美さ、コールドな儚さといったプリミティブなブラックメタルからの影響は色濃いといっても結構音自体は別物になっているなという印象。異形のハイブリッドといった黎明期は既に過ぎ、なんという名称が正しいのかはわからないがだいたいジャンルとしては確立した感はある。この間来日も果たしたスウェーデンのThis Gift is a Curseともかぶるところはある音なのだけど、結構印象が違う。向こうはあくまでもハードコアを基調としていて同じような音を使っても曲は結構派手で動きがある。テンポチェンジやリフの多様さといった要因が働いているのだと思う。一方このHEXISというのは音は似ているもののそういったハードコア的なカタルシスが意図的に削除されている曲をやっている。一つはテンポが遅い。ギターとベースの音の数は多いので、これでドラムが早いビートを刻めば爽快感が出そうなものなのだが、あいにくとそういった優しは持ち合わせてないらしく遅々としたとまではいかないものの淡々としたリズムでビートを刻んでいく。こうなるとトレモロギターは露骨に重い、重すぎる。速度が遅いという意味ではスラッジ/ドゥームなのだが、ドゥームなら粘りのあるリフを曲の中心に据えたり、スラッジでも鈍足リフの間に息継ぎする暇があるもの。しかしHEXISは神経症的に隙間を丁寧に埋めていくので結果的に非常に息苦しい音の密室が出来上がっている。曲によってはアンビエントパートを入れているが、美麗なアルペジオが出てくるわけでもなく、ひたすら殺伐として不穏。神経症的な音の密度からの解放という意味では不思議に癒される仕組みになっている。
Celesteなんかと違ってギターの音がクリアではなく、輪郭が曖昧に汚されてブワブワしているのでこの密室の壁がどうも伸縮していて狭まっているような感じがする。音で壁は作れないからこれは妄想なのだが、不安は感染するみたいな感じで非常に面白い。音楽的にはDownfall of GaiaやRorcalと似ているのだが、こちらはそれらのバンドにある長い尺を活かしたドラマ性を減退させてより肉体的な印象。こうなるとジャケットの黒と白、ナイフを握りしめた俺とお前の関係性、というアートワークが非常にしっくりくる。

ブラッケンドは音の種類の形容詞に過ぎないが、やっている音楽も呪い属性のようないやらしさがあってそういった意味でも大変に黒い。この手のバンドが好きは人は是非どうぞ。

M.G.T./M to tha G-13

日本は東京のハードコアバンドの2ndアルバム。
2017年にDEATH BLOW MUSICからリリースされた。
印象的なアートワークはイラストレーターのUsugrow氏の手によるもの。
トリプルボーカルが特徴的なバンドで、マイナーリーグ、元YKZ、ジェロニモのメンバーが名を連ねている。1998年に結成し、メンバーチェンジもありながらマイペースに活動。
私はマイナーリーグが好きなのでこのバンドに興味を持った次第。
2004年にリリースされた1stアルバム「9 Songs Terror」とアメリカの二人組ハードコアバンドBattletornとのスプリット音源を持っている。サイドプロジェクト的なバンドなのかなと思っていたが、今回新作が出たのは嬉しい限り。

レイジング・スラッシュ・ハードコア・パンクと称されるようだが、なるほど「レイジング」という形容詞がぴったり来るストレートなハードコア。13曲で23分ないくらい。
ベースの主張が激しくて、重くはないのが印象的な音でガロンガロン弾きまくる。恐らく複数の弦をギターのようにコードで音をだすような弾き方もしている。
レイジングと言ってもいわゆるバーニングスピリッツ的な日本のハードコアとは一線を画す内容で、胸を突くような哀愁のメロディ、高揚させるコーラスワークと言ったものは少なめ。荒々しいオールドスクールなハードコアを日本語で再現したような音楽性。ボーカルが3人在籍しているのが一番特徴的だが、同じ曲の中で掛け合いをするのは意外にもあまりやらなくて、この曲はだれ、あの曲はだれという感じで基本的には住み分けができている。この形式は結構珍しいと思うのだけどアルバムを通して聴くとかなり起伏があって面白い。とっつきの印象は結構ボーカリストによって変わるのだけど、もちろんバックの演奏は共通した世界観なのでコンピレーションを聴いている感覚とも異なる。
攻撃性に満ちているが、徹底的にダウンチューニングを施した今風の壁のようなハードコアとは一線を画した、ざらついたギターの音も生々しい耳元で叫ばれているような、ハードコア。攻撃性はその直接的に中指立てる歌詞にも表れている。曲の方も荒々しいのだが、実は結構フックが効いていて、例えば元YKZのTatsuzoneさんがラップを通過したまくし立てるボーカルを披露しているときはその魅力が伝わるように抑え気味、テンポチェンジも多用しているし、意外にメロディアス(曲というよりはボーカルのメロディラインが映えるパターンが多い。)だったりと結構工夫や配慮が感じられるいぶし銀の作り。
私はなんとなく不穏な感じにトーンダウンしたラストを飾る「Never No More」が良い。この曲は3人のボーカリストが多分そろい踏みでラストっぽい劇的な感じ。

マイナーリーグが好きな人はもちろん、YKZとかジェロニモというバンドに引っ掛かりがある人は是非どうぞ。怒れるハードコア好きな人もぴったりはまるんじゃないかと。

Nekrofilth/Devil's Breath

アメリカ合衆国コロラド州デンバーのデスメタル/パンクバンドの2ndアルバム。
2013年にHells Headbangers Recordsからリリースされた。
Nekrofilthは2008年に結成されたバンドで現在はドラム、ベース、ギターの三人組。
ギター/ボーカルのZack Roseはデスメタル(本人たちは「Devil Metal」を自称している)バンドNunslaughterのメンバー。
Nunslaughterも聞いたことがないのだが、来日するというきっかけで音源を買ってみた。
聴いてみると慌てて来日公演に足を運んだくらいかっこよかった。

ジャケットやマーチャンダイズのアートワークはいかにもデスメタル的だ。
それもオールドスクールなやつ。死体、骸骨、ゾンビ、蛆虫のおどろおどろしさ。
オールドスクールにはそういった”汚さ”(これは決して演奏とはイコールではない)があると思うが、この汚さをハードコアパンクのRawなラフさに結びつけたのがこのバンド。
初っ端はその勢いに圧倒されてパンクだぜ…!になってしまうのだが、何回か聴いてみるとリフの構造的には結構メタルというか、スラッシーであることに気がつく。ミュートを多用しているので流れるように引き倒すパンクとはちょっと異なる。ただしキャッチーであることと、反復性があること。曲の展開がシンプルかつ速度が早くで短い尺でストレートに進行することで”パンキッシュ”になっているのだと思う。スラッシーなパンクである。つたつた刻むドラム(ライブ見たらすごかった。リズムには結構バリエーションがある。)も硬質で前にガツガツ出てくるベースも非常にかっこいい。リフがかっこよいのでメタル的な楽しさに横溢している。そういう意味ではいわゆるMotorhead的なロックンロール要素が強いと思う。やけっぱちなロックンロールはなにかに追われているように前のめりで性急なギターソロにあらわれている。ダミ声というかいい感じにしゃがれた声のボーカルは汚い単語が聞き取れる感じで明らかにデスメタルの歌唱法とは異なる。酔っぱらいのガナリ声という感じで非常に味がある。「まくし立てる」という表現がぴったりで、グラインドコアのマシーン的な正確さとは対極にあるような”生々しさ”がなんといっても魅力。ビールが燃料で、オールドスクールなゾンビ映画について延々と安酒場でまくし立てる、困ったやつだけど一緒にいるとこの上なく楽しい男、そんなイメージ。非常によくキャラクターが立っている。VHSで見るゾンビ映画的な楽しさに満ちている。

Petar Pan SpeedrockとかZekeとか好きな人は意外にハマるかもしれないドライブ感。もちろんオールドスクールなデスメタルが好きな人はその腐臭をやさぐれたハードコア間の中に嗅ぎ取れるだろう。非常にかっこよかった。既に来日公演は終了してしまったが、気になっている人は音源で是非どうぞ。

2017年5月15日月曜日

グレッグ・ベア/グレッグ・ベア傑作選 タンジェント

アメリカの作家による日本オリジナルの短編集。
グレッグ・ベアといえば「ブラッド・ミュージック」が有名なのでは。かくいう私も読んだのはその一冊のみ。なぜこの短編集を手に取ったかというと漫画家の弐瓶勉さんがtwitterで自分が好きなSFの短編集をあげており、そのうちの一冊がこの本だったため。
1993年に出版された本でもうおきまりのコースだが現時点では絶版状態のため古本で購入。

ナノマシンが人体に及ぼす(強烈な)影響を書いた「ブラッド・ミュージック」を読んでいたのでベアというとSF!というイメージでいたのだが、実際にはファンタジーもよく描く人らしい。この短編集には8つの短編が収録されているが、短編によってはなるほどどう考えてもファンタジーだなというものが入っている。科学そのものを描いてその影響を思考実験のように観察、考察して物語を構築するというタイプの作家というよりは、未来的なガジェットというよりは、非現実的な要素を道具(メタファーとよく言われる)のように使って人間の心理状態とそれによって導き出される行動、つまり(規模はあれど)日常や世界を描こうというタイプの作家のようだ。短編「姉妹たち」はSFのアンソロジーで1回読んだことがあったのだが、改めて読むとベアの人類愛に触れることができる。学校を舞台にした青春小説だが、誰もが一度は思春期を過ごすもの。この青さに未だ未完成な人間の気持ちがぎゅっと濃縮されていて胸を締め付けられる。この物語では舞台は未来で遺伝的に設定された子供達が登場人物だが、その科学的な設定の向こう側に普遍的な人類の問題が提示されているわけだ。新奇な設定で人目を引き、それから日常の背後にある問題にハッと気づかせるような、そんな視点がどの物語にも巧妙に仕掛けられている。特にどの物語のも個々人の孤独、というか周囲との断絶が表現されているように思う。これはベアの子供自体が反映されているのかもしれない。その孤独を埋めようとする試みが物語を生んでいる。一度も恋人ができたことのない50歳の女性(これ男性だとちょっと物語の持つ意味が違ってくるというか、相当うまく描かないと違う方向に行ってしまうのだと思う。)が辞書から理想の男性を作り出す「ウェブスター」は現代人の都会の孤独をよく表現している。ラストがなんとも悲しくも美しい。
一方「飛散」はこの本の中で一番SFらしい。謎の異星人の攻撃(?)を受けてバラバラにされた挙句別の宇宙で別の宇宙の人類含む生物と一緒の構造体(いずれかの宇宙の宇宙線などがデタラメにくっついているようだ)に再構成される話だが、これは広大な宇宙と時空で迷子になってしまった人たちが、何千年もかけて自分の宇宙を見つける物語である。喋る熊が出てきたり、ごちゃまぜのカオスが出てきたりとこの話が非常に弐瓶勉さんっぽいし「フニペーロ」(弐瓶勉さんのバイオメガという作品に同名のキャラクターが出てくる)という登場人物が出てくる。

どんな結果が生じようとも試みが肯定的に描かれている(これを描かないと物語が始動しないというのもあると思うけど)ような気がしていてそう意味ではSF的/ファンタジー的であっても優しい物語(群)だと思う。非常に面白かった。弐瓶勉さんが好きな人はきっと気にいるはず。

2017年5月14日日曜日

Yokohama Extreme6 Nekrofilth Japan Tour@横浜El Puente

最近は来日をきっかけに海外のアーティストを聴き始めることが多い。そんな流れでアメリカ合衆国コロラド州デンヴァーのNekrofilthを聴いて見たらこれが非常にかっこいい。デスメタルバンドのNunslaughterのメンバーがやっている別バンドで、デスメタルの要素色濃いのだが、それがハードコアパンクとくっついたクロスオーバーな音楽をやっている。5月12日からツアーがスタートするということなんだけど、ラッキーなことに仕事に都合がついたので横浜まで足を運ぶことに。ライブハウスは西横浜にあるEl Puente。メタル、ハードコアに限らずアンダーグラウンドな音楽御用達のライブハウスなんだけど行ったことがなかったから、これも非常に楽しみだった。
El Puenteは西横浜駅をおりて割とすぐ。お店のそばに行くともういや〜な感じの音が漏れている。(暗いからよくわからなかったけど周りにあまり建物がない。)今まで行ったライブハウス(一応ミュージックバーということらしい)で一番小さいと思う。入場するとすぐ横でバンドがでかい音で演奏しているし(これは本当楽しい)、バンドの正面ちょい横あたりは2列くらいかな、入るのは。距離の近さという意味ではこれ以上はないんじゃないかくらい。
私がつくとすでに1バンド目Filthy Hateのライブは終わっており、続くAnatomiaがプレイしていた。

Anatomia
2002年から活動している日本は東京のデスメタルバンド。ギター、ベース、ドラムの3人組でドラムの人がメインボーカルを取る。びっくりしたのがエフェクターがマルチエフェクターだった。それでもきちんとなっている音はどう聴いてもデスメタル!なんとなくイメージを覆されて痛快だった。デスメタルというのは重たい⇄軽い(重いバンドが多いけど)、遅い⇄速い、などなどその構成要素を取ってもいろいろあるし、構成要素でも表現方法は多様なのだが、個人的にはデスメタルには”邪悪”の要素があってほしい。逆にここを抑えていれば私としては非常に入りやすい。Anatomiaはまさに”邪悪”を音楽にして発信するバンド。とてもスリーピースとは思えない音の壁で、速いパートもあるが基本はドゥーミィな遅いパートが主体。圧殺、窒息系の重苦しい音。例えば同じオールドスクール・デスメタルでもCoffinsはズンズン響くリズムを強調したりと容赦のなさの中にも華(と行っても真っ黒い)があるのに対して、Anatomiaは華がないというよりはそういうとっつきやすさがない。ひたすら地下室。うめきあげるようなボーカルはひたすら低く憎悪に満ちている。リフは黒く鈍く光るデスメタルの結晶のようだ。重苦しいのがたまらないやつ。それでも曲によっては空間系のエフェクトをかけたり、遅すぎて崩壊したアルペジオやその裏でのベースのコードっぽい弾き方など、曲をデスメタルたらしめるための技巧もいろいろと感じた。荒廃した墓場と言った様相のライブ。かっこよかった。
ちなみにギタリストの方は長髪なのだけど激しいプレイでネックに髪の毛が絡まっていた。終演後ベーシストの方が「今までで一番絡まっている」と心配していたくらい。ちゃんとほどけたのかきになる。

Nekrofilth
続いてはNekrofilth。このバンドもギター、ベース、ドラムの3人組。全員上背があり、リズム隊はがっちり巨漢という感じで迫力がある。ギター/ボーカルの人のギターなんだが金属質なピックガードが茶色っぽい赤黒にまだらに染まっている。昔あのギターで誰かを殺してゴミのように埋めてきた、のようなバンド名にちなんだデスメタルストーリーがあるのかもしれない。ギタリストの人はアンプヘッドのつまみを適当にザーッと全部マックスにしていたみたい。大丈夫なの?と思ったけど大丈夫でした!始まってみるとめちゃかっこいい。ギターの音は低音を強調するデスメタルのそれというよりももっと生々しいディストーションがかかった音。エフェクターも少なめ。声質もしゃがれて結構高音が効いている。それで故Lemmyのように高く上げたマイクにしたからかじりつくようにがなりあげる。単語単語(FuckとかFuckingとかよろしくないのばかり)によってたまに聞き取れるくらい。つまりデス声とかそういった歌唱法とは違うわけで、楽器の音と同じでここも生々しい。曲は長くて2分くらいであっという間に駆け抜ける。何かに追われているように性急なギターソロが入ることもある。速いんだけどグラインドコアと違ってもっと軽くてつんのめるようなリズム、そして良い感じに密度が空いているので風通しが良い。リフがかっこよくてメタルのように詰め込むテクニカルのようなものではなく、キャッチーで反復的。ここら辺がハードコア、パンクと称される所以。パンクも然りなのだけどどっちかというとMotorheadのロックンロール〜Rawなグラインドコアよりのハードコアという印象。とにかく痛快。男の子のかっこよさ。もちろんスッキリ通り過ぎるという感じではなく、デスメタルのフレーバーが効いているのでその歌は下品かつ血みどろな雰囲気がする。むせるような暑い風に当てられているみたい。Filthと名乗っているわけだけどデスメタルの汚さがハードコアパンクのRawさにうまくハマって、両者ががっちり握手している。あっという間に終わってしまった。聴いている間ずっと笑顔だったかもしれない、私。

Nekrofilthの物販を除くとそこにはデスメタルの香りがするアイテムがいっぱい。やっぱり出自というかアティチュードはデスメタルなんだな〜と思わせる。かっこよかったので裁縫できないのにバックパッチを買って帰る。
外に出るNekrofilthのドラマーの方が涼んでいらっしゃって、「アリガト〜」と声をかけてくださった。私も「ベリークール、こちらこそサンキュー」とか馬鹿みたいな英語で返答。こういうの非常に嬉しい。アンダーグラウンド音楽のライブの醍醐味の一つだと思います。横浜はさすがに遠くて仕事帰りに行くのは大変だけど行ってよかった。とても楽しかった。半端にしかライブが見れなくて残念。本気で来たいバンドの方々と本気で日本の人たちに聞かせたい主催の方々たちがいてこういう機会があることは非常にありがたいことです。ありがとうございました。

2017年5月7日日曜日

死んだ方がまし/Mensch, achte den Menschen

日本は東京のパンクバンドの1stアルバム。
2017年に自主リリースされた。
発売されるや否やtwitter上で話題を呼んでいたので視聴したところ「えー!」となって買わない。そのあともう何回か聴いてみたところやはり「えー!」となるので買ってみた。自分の中で良いか悪いかわかんなくても何回か視聴している音源があるならそれは買ってみた方が良い。ちなみにうっかりデジタル版を購入して早くも後悔している。歌詞やアートワークがきになるからだ。
死んだ方がましは2012年に結成された5人組のバンドで「Tokyo Blue Days Punk」を自称している。まず多くの人が言っているようにバンド名が良い。「死んだ方がまし」というのは嫌な気持ちになるが、実は臆病で矛盾している。というのも本当に死んだ方がましだと考えているならその人はすでに死んでいるからだ。つまり死んだ方がましだとうそぶいているか、そう思っていても死に切れない状態にいるということになる。もちろん臆病だし決してかっこよくないが、そんな人は沢山いるのでは?デスメタルだって生きている人が演奏している。そんな複雑な気持を孕んでいる短くて良い言葉だ。ちなみに自主企画の名前は「なしくずしの死」だって!サイコーじゃん。(フランスの作家セリーヌの小説のタイトル。私は序盤のとあるフレーズを定期的に読み返しまくるくらい好き。)

ドイツ語のタイトルは「人、8人の人」となるみたい。調べてみるとどうもホロコーストに関わる言葉のようで過去をいたみ、忘れないための碑に刻まれた文字のようだ。
パンク、ハードコアという単語を聞いた時多くの人は速くて激しい音楽を思い浮かべるだろう。思うにハードコアやパンクに関しては強さを志向する音楽だ。だから音がでかいし、低音が強調されている。往往にして演奏している人たちも怖そうだ。ところがこのバンドはそうではない。バンド名もそうだが、あえてその逆を行く。まず聞いてみんな驚くと思うけど声が高い。異常に高い。グロウル、ガテラルなど低音に行きがちなアングラ音楽にNO!を突きつける。鍛錬されたファルセットというよりは裏声を常に出しているみたいな不安定さ。あまりよろしくない例えかもしれないがDangerousというよりSickなヤバいやつ感がある。ちょうど春だし。歌詞も同じフレーズを繰り返しがちで悪夢というか白昼夢感が増す。物理攻撃というよりは呪い的な、いやらしくヒットポイントを削ってくるタイプ。
演奏の方も重たくはなくてギターは生音を割と活かした音で完全に歪んで潰れた音にない繊細さを持っている。コードやフレーズはキャッチーなのだが、2本のギターのうち一本は痙攣的というかせん妄的に単音をなぞっていき、コードもマイナー感というかなんともいやあな感じである。90年代のヴィジュアル系も引き合いに出されているがなんとなく頷ける。日本的な閉塞感とヘヴィネスに頼らないキャッチーさがあってしっとりとしているのだが、何もその艶っぽさをこっちに使わなくても…という不安定さ。(一方ベースだけは変に無関心で冷徹なのが、嫌な運命的な緊張感と予兆を孕んでいてなんとも好感触である。)
何回か聞いてくると「うお〜」という混乱から抜け出せないものの「硬くなって動かない〜」とか思わず口ずさんでしまう、アクが強いのに妙に脳に引っかかる。初めは特徴的な声がクセになるのかなと思ったけど、実は曲がかっこ良い。日本人的な歌謡感というか、聴きやすさに満ちているのではと思ってきた。短くまとめられた曲は例えば「病気X」は爪弾かれるアルペジオから疾走するイントロだけでもうそのかっこよさに引き込まれるくらい、実はソリッドに練られている。

曲を聞き込んでもやっぱりバンド名が素晴らしいと思う。これは死ねなかった人が死ねなかった人たちに歌っている音楽なのだ。だからかっこよさのオーソリティのレールにはないのだけど(もしくはないからこそ)聴く人の胸を打つ。「やり方がうまいよね」なんて軽薄な言葉とても吐くことができなほどの曲と世界の完成度、そして必死さ。なんとかごまかしごまかし日々を生きている私の胸に急に掴みかかってくるヤバいやつ的な必死さ。かっこいい。こっそりエールを送りたい。

SWARRRM・killie/耐え忍び、霞を喰らう

日本で活動するハードコア2バンドのスプリット音源。
2017年にLongLegsLongArms Recordsからリリースされる。私はリリース記念ライブで一足早くにゲットした。12インチ45回転、筆の後も荒々しい白黒のジャケットに透明緑の盤が入っている。音を提供しているのは神戸のSWARRRM、そして東京のkillieである。

誰か、もしくは誰かたちを知りたい場合、その人が何をしているかに注目するのと同じくらい、何をしていないかということも重要ではないかと思う。SWARRRMはSNSに関してあまり注力していなかったり、MCらしいMCがないライブだったりとあまりユーザーフレンドリーとはいえないバンドだと思う。killieに関してはさらにその度合いが強く、音源の枚数をライブ会場のみの販売にほぼ限定しているのは象徴的だと思う。音楽をやっているのに音源を広めたくないというのは矛盾しているようにも思える。ここで何をしているか、何をしていないかという視点で見るとkillieというバンドはどうもライブハウスで演奏するという場所と空間を非常に大切にしている。ひょっとしたらそこで行われることのみがkillieというバンドの音楽なのかもしれない。

SWARRRMは2曲「愛のうた」「あなたにだかれこわれはじめる」。タイトルのらしくなさにも驚くが、歌詞がすごい。「愛のうた」は誰かの日記を読んでいるかのような生々しいものだ。今までにSWARRRMにこんな詩あっただろうか。音源を全部網羅しているわけではないから断言できないが、少なくとも直近ではここまでストレートに心情を吐露している歌詞はないのではと思う。ここで綴られているのは後悔と未練である。先日のライブを見て思ったのだが、SWARRRMは渇望するバンドだ。感情とかをたくさん持っていてそれを見る人に与えるバンドではなく、自分が(持って)ない故に取りに行くバンドで、いわば虚無的な真空が中心にある。そして空気がそこに殺到するように(地球上で真空は非常に存在しにくいのだ!)周辺にいる人(つまり音楽を見て聴いている人)を惹きつける。この感想はこの音源を聞く前になんとなくライブを思ったのだけど、「愛のうた」を聴いてうおおとなってしまった。私の勝手な思い込みではあろうが、なんとなく個人的にはしっくりきたのだった。
音楽的にはやはり目下の最新アルバム「FLOWER」を踏襲する、あえてのヘヴィさからの脱却で、代わりに削ぎ落としたギターで圧倒的な感情を充填している。特にメロディが強調された「愛のうた」は音楽的にも衝撃である。私は「FLOWER」 収録の「幸あれ」がとにかく好きなので、もうすでに何回「愛のうた」をリピートしているかわからない。「あなたにだかれこわれはじめる」の後半「もう二度と 答えを見つける必要のない あの場所へ」からの感情の本流と音的なドラマティックなクライマックス感に感情が揺さぶられる。あえて見せるこの心の内は弱さなのか。それは人を感動させる。劇的な音に別の地平線を見ているバンドだと思う。

killieは1曲「お前は労力」を収録。11分を超える大曲。不穏な人の声のサンプリングからスタートするその暗さに驚くが、演奏は激しいがやはりギターの音はソリッドでそこまで重低音に偏向しているわけではない。生々しい音だと思う。まくし立てるボーカルは怒りに満ちいているが、時たま見せる地声には柔らかさが残る。あくまでもとある個人(達、バンドなので)の意思表明、つまり声であるということだろうか。コラージュ(もしくは連想の飛躍)のような手法でエンコードされているものの歌詞は直接的である。現状への不満、もっというなら社会に対する圧倒的な不信感でほぼ構成されている。個人的な感情の登場する隙はほぼないのだが、前述のように現状を詩に翻訳することで個人的なものにしていると思う。いわば広義の社会を自分の問題として捉える真面目さがあって、真面目すぎてどうかしてしまったというバンドは真っ先に日本のisolateが思い浮かぶが、あちらは個人的な問題(ヒビノコト)を抱えており、こちらはいわば日々そのものに対する違和感、不信感がありそれを咀嚼できない苛立ちと悩みが曲に表れている。どちらのバンドも最終的に自分というフィルターを介しているものの、killieの方が反体制という意味でパンクであるかもしれない。しかし次第に言葉少なくなっていく代わりにうねり出す後半の音楽的なかっこよさは半端ない。個人的にはConvergeの名作「Jane Doe」の「Jane Doe」に通じるところがあるのではと思っている。
どう考えても格好良いのだが、バンドのスタンス的にはあくまでも音源は名詞みたいなものかもしれない。立場が印刷されているが、実態(本人)を全部表現しきってはいない。名刺を見てきになるなら現場に来てくれ、そういった意味だろうか。ああでももっと音源も聞きたい。もっと別の曲も聴きたい!

歌詞が掲載されたインナーが面白くて白と黒でのみ構成されたジャケットに対して、二つ折りのインナーの中身は極彩色といっていいほどの豊かな色彩に溢れている。アンダーグラウンド音楽にありがちな灰色や死をイメージさせるモチーフとは明らかに一線を画す表現技法で、表面的には暗い音楽を演奏しつつも決して暗さのみ志向しているバンドではない、ということの証明だろうか。
「耐え忍び、霞を喰らう」というのがこのスプリットのタイトル。霞というのは霧やもやのこと。霞を食べるのは人間ではない、仙人だ。しかしこのタイトルは「俺たちは超越者だ」ということではないだろう。SWARRRMを聴いて、見て思うのは孤高のバンドだということだ。無愛想なやり方もそうだが、特に昨今の彼らの音楽を聴けばその特殊性がわかると思う。ハードコアの枠組みの中で誰もいない境地に辿り着いている、もしくはたどり着こうとしているように思える。奇をてらった飛び道具ではなくバンドが重ねてきた20年という年月の重みがそのサウンドの変遷を支えているのだろう。一方killieも伝説的なバンドなのだが完全にアンダーグラウンドというよりは徹底的な現場志向であえて聞き手を絞るやり方を続けてきた。いわば大衆に迎合しない姿勢で長いこと活動していたバンドの美学がタイトルの「耐え忍び、霞を喰らう」に表れているのだと思った。孤高の二つバンドのスプリット、つまり邂逅点としても事件であるし、圧倒的に手に入りにくいkillieの音を聞けるという意味でも価値があると思う。尖っている音が好きな人は今すぐ予約で大丈夫です。

2017年5月5日金曜日

犯罪者と同姓同名@新大久保Earthdom

犯罪者と同姓同名、嫌な企画名である。全然関係ないところから来る二次的な被害という感じだし、ともすると本当は本人だけど同姓同名だよ、と嘘ついているみたいに思える。サイコパス。怖い。企画したのは日本のハードコアバンドkillieである。killieはとても有名なバンドで名前を知っている人は多いと思う。私もそれこそ何年か前から気になっているがこのライブまで直接でも音源でも聞いたことがなかった。というのもこのバンドのリリースした音源は全て今や非常に希少なものとなっている。まず枚数が少ないし、ほとんどライブ会場でしか売らない。リリースのやり方も凝っていて非常に凝ったDIYなアートワークを施し、聞いた話だがコンクリートでラッッピングした音源もあるとか。聞くためにはコンクリートを破砕しないといけないのだ。(壊すと果たして音源は無事なのだろうか?)最近はライブの数も多くないみたいで、そう言った意味でも伝説的なバンドなのだ。そんな孤高のバンドがなんとSWARRRMとスプリット、「耐え忍び、霞を喰らう」をリリースして、おまけにリリースパーティもやるというのでこれを逃す手はないとばかりにのそのそアースダムに向かったのである。

Nepenthes
一番手はNepenthes。日本のドゥームメタルバンドで、元Church of Miseryの根岸さんがボーカルをつとめるバンド。このバンドも見るのは初めてだった。全員上背があり、ボーカルとギターの二人はタイトなシャツにベルボドムのパンツをぴっちり来ていてかっこいい。多くの方がNepenthesはロックだ!と賞賛の声をあげるのがこの日分かったと思う。非常にオールドスクールなタイプのビンテージ感溢れるドゥームロックを現代的な轟音でアップデートしているもの。1曲目は隙間の空いたいかにもドゥームなリフをほとんど同じリズムで程よい遅さで延々繰り出していくもの。程よい隙間があるので重たいものの閉塞感がなく気持ちが良い。ロック感溢れるギターソロも非常にきらびやかでここら辺がロックだと言われる由縁の一端か。一発めで持っていかれる。根岸さんはにこやかでユーモアもあるが、ちょっと鬼気迫る感じがしてなんなら怖い。ロックスター的な佇まいを持った人だと思う。2曲目は打って変わってバンドの持つロックンロールのサイドを全開にした曲。ここで気づくのだが、演奏が非常にかっちりしている。1曲めは特に隙間がある分アンサンブルがずれだしたら目も当てられないがそんなことは全然なく終始タイトだった。そして思った、ギターのリフがめちゃかっこいい。確かにロックだというのもわかるが、このリフへのこだわりは(ヘヴィー)メタルかもしれないぞ!とワクワクした。(メタルはリフが凝ったものだと思っている節があるので。)ただメタル特有のこだわりの強すぎる感じはあまりしないので、メタルの技術でロックの鷹揚さの話術で饒舌に語っているのかもしれない。一番手にはもってこいのバンドだと思った。

Wrench
続いてはWrench。前にマイナーリーグとのツーマンを見たから多分2回めだと思う。結成25年を迎えるバンドで調べたらなんとToday is the Dayとスプリットを出したこともあるみたい!中高生くらいの時から知っていてその時はモダンヘヴィネスなバンドかなと思っていたのだが(実際初めはミクスチャーっぽいハードコアだったとのこと)、この間見たらすごい印象の違う音を出していた。今日はじっくり見て見ようという気持ち。まずはメンバー4人どれも機材の量が多い。ギタリスト、ベーシストはどれ踏むのか覚えていられるのか?というくらいのエフェクター類。ドラムの人はThink Tankのメンバーとヒップホップユニットを組んでBlack Smokerからリリースしているくらい幅のある人でやはり通常のドラムセットに電子ドラム?を追加でどんと置いている。ボーカルはシンセサイザー、ボコーダー、(見えないので間違っているかも)サンプラーなどを目の前にセット。声を楽器のように使うという表現は珍しくないが、このバンドは本当にそのように声を使っている。空間的な処理をかけた短い発声をさらにエフェクトかけてダブのように反響させていく。この日聞いて思ったのはテクノ的だ!ということ。基本的にどの楽器陣もミニマルにフレーズを繰り返し、神の手がそれぞれを操作するようにON/OFFを切り替えていく。フレーズの重なりが曲を作り、層が増えたり、減ったりしていく。反復の美学と気持ちよさ。もちろんロックのフォーマットでやるから音の数と曲の展開はテクノ寄りあって面白い。非常にタイト。ドラムの手数が多く、シンプルだがずれないリズムを力強く叩いていくスティックの軌道がとにかく美しかった。

SWARRRM
続いては20年以上の歳月をChaos&Grindを掲げ独自の道を模索し続けるこの日もう一つの孤高のバンドでスプリット音源リリースパーティの主役の一人。
ほぼ最低限の4人、機材も少なくアンプも壁際に据えているため急にステージが広く見える。照明もつけっぱなしの飾りっ気のなさ。上半身を脱いだボーカリスト司さんの恐ろしさ。混沌とグラインド、この二つの要素を使うバンドのほとんどが重さと速さの泥沼にはまり込んでいく(もちろんこういった音楽も大好きです)。そんな麻薬的な、つまり強すぎる要素をこのバンドは全く異なるように使っている。目下の最新作Flowerや昨今の各種バンドとのスプリット音源(充実した活動ありがたい)では、叙情的なハードコアというある意味陳腐なフレーズを全く別のアプローチから実現している。その感情の豊かさ、そしてエクストリームな音楽に求められる”凶暴さ”がちっとも損なわれていない凄みを見せつけ、もう全く全く違う場所にバンドが脇目も振らず到達しつつあることを証明しているバンド。ただその音楽だけで20年の重みを見せつけるまさしく孤高のバンド。
重さで塗りつぶさない6本の弦の振動が分離して聞こえるような生々しいギターの音がコード感に溢れるフレーズを奏でる。ドラムはタイトで曲に必ずブラストビートを導入、という厳格なルールを黙々とこなしていく。ベースは本当に驚くのだが、音の数の多さ。それもトレモロ的な秩序立った連符ではなく、空間を時に伸びやかに使って縦横無尽。司さんのボーカルは恐ろしい。前のめりに客席に乗り出して絶叫し、曲によってはそれはただ絶叫にしか聞こえない。言葉がない。感情の塊を吐き出していく。手に巻いたマイクのコードの束が古の剣闘士のように見える。激烈な感情の中心にはでっかい空虚があるような気がする。それが強烈な感情を放射している。感情豊かに見えるのはたくさん持っているのではなく、それが無いから渇望し希求しているからでは、と思った。だから聞いていると感情が高まり、しかし体は透明になってくる気がする。轟音が軽くなった体を突き抜けて揺らしているように思える。この日SWARRRMはアンコールに応え、そういうのは初めて見た。「幸あれ」は本当に阿呆ほど聞いた曲だけど演奏してくれて泣きそうになった。(誇張ではない。)ちなみにフロアの盛り上がりも相当半端なく、アンコールではお祭り状態でした。

killie
いやもうSWARRRMだな、と思っているところにラストkillie。専任ボーカルにギターが二人、ベース、ドラムの5人編成。メンバーはそれぞれラフな格好をしていて自然体。ステージに強烈な光を放つ蛍光灯を5つ壁に沿って設置し、演奏中は他の照明は一切使わない。
意外にも(そういうことは一切しないバンドかと勝手に思っていた)MCから始まり、演奏スタート。出音で持っていくバンドは少ないが、このバンドはそう。ぐえええ、と思わず口走る。ところが何をやっているのかよくわからない。ギュウギュウのおしくらまんじゅうの中で思ったのは「暗い」。この圧倒的な暗さはなんだ。
おそらく曲はなるほど激情と呼ばれる音楽の範疇に入ることはわかる。曲の尺が長く、その中で複雑に展開が変わる(もしかしたら別の曲になっているのかもだが)。ボーカルの頻度はそんな演奏の中で高いわけではなく、高音を利かした絶叫を主体に、ポエトリーリーディングのような歌唱法も取り入れてる。ギターは低音に偏向するのではなく、生音をそれなりに活かしたソリッドな音でそこに空間的なエフェクトを追加している。ソリッドだが後を引くので、そう言った意味ではブラッケンド・ハードコア的な何をしているのかちょっとわかりにくい音像ではあるかもしれない。それでもメタル的なやりすぎ感はなくあくまでもハードコアのフォーマットでやっている。
そしてこのバンドの場合、そのフォーマットで全く明るさや美しさがない。日本の激情お家芸のポストロック的な美麗なアルペジオのアンサンブルや、アンビエントなパートもない。このバンドの静のパートはボーカルがボソボソ喋り続ける中に、楽器陣が思い出したように鉄の塊のような音の塊をゴンゴンぶっこんでくる時間のことだった。いわば(激情的な)華が全くない!その空隙を勢いで埋めてくる。勢いというと言葉は悪いが演奏は非常にソリッドかつタイト。片方のギタリストの人はどうかしている動きをしているのだが、めちゃくちゃミニマルにリフを繰り返して弾きまくっていて怖かった。だるいパートがないので常に何かに急かされているような異常な緊張感、ひりつくような焦燥感がある。呪いで突き動かされているような音楽。照明の照り返しのない真っ暗なフロアも異常な盛り上がりできっと呪いが感染したのだろう(もしくは自らの呪いを認識したのかもしれない)。
MCでは簡潔にしかし力強く自分たちのスタンスを述べた。この地下の密室に何かあると信じている人がいて、その言(これは主に大半が音楽という形でその場にいる人々に流布される)は全く信憑性のあるものだと思った。フラフラで「耐え忍び、霞を喰らう」を買う。killieに関しては特にもう一度以上はライブを見ないといけない気がしている。

この日特に思ったのは音楽はやはり抽象的でそれゆえ感情を表現することに長けている。そしてそれを言語化するのは難しい。この困難はこうやってブログに感想を書くということだけではなく、その場のフロアで突っ立っている時からそう思っていた。特に主役の二つのバンドは色々はみ出しているバンド(孤高と称されることもある)なので特にその傾向は強く、そしてそれゆえ非常に面白かった。4つのバンドで出している音は全部違って、どれも一筋縄ではいかない。とっても楽しかった。