2017年9月3日日曜日

ジェイムズ・エルロイ/ハリウッド・ノクターン

アメリカの作家ジェイムズ・エルロイの短編集。
個人的なエルロイの著作をちょくちょく読んでいこうシリーズの第何弾。

今度は短編集で書かれたのは1994年で、四部作の最後を飾る長編「ホワイト・ジャズ」が1992年。一区切りしたあとに書かれたのが今作ということになるのだろうか。そういうこともあって四部作に出てきたキャラクターがちょいちょい出てくる。
LAのギャングミッキー・コーエンを始め実際に当時を生きた人をしょっちゅう小説の中に登場させるのがエルロイ流(別にこの人の専売特許でもなかろうが)なのだが、今作では執筆当時存命だった人(残念ながら2017年4月に鬼籍に入られたそうだ)が主役を張っている「ディック・コンティーノ・ブルース」がやはり目玉だろうか。さすがのエルロイも当人に何回か実際にあって執筆の許諾をもらったそうな。
実際どうだったかは謎だが、エルロイが書くアメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルスのハリウッドとは相当胡散臭いところだったらしく、今と同じ映画・芸能業界の華々しさの後ろには詐欺師と売春婦と犯罪者がひしめき合っており、彼らは金を巡って醜聞を撒き散らしている。ある意味では大らかでそんな浮ついた半端者を取り締まる警察官というのも(やはり実際のところはわからないが)結構自由に犯罪者や半端者をぶん殴ったり、袖の下を受け取ったり、権力の手先たる自分の地位をそれなりに謳歌している。いわば現代から見たらタガが半分外れかけた混沌の世界で、善悪の彼岸も曖昧なもったり暑い熱気に浮かされて右も左もろくでなしが右往左往拳や拳銃を奮っているわけで、血と暴力と死に彩られたそれはまさに低俗。美女と拳銃、血に汚れた警官バッヂなんかは完全に男(の子)の世界である。男のロマンといったら聞こえが良いし、フィクションでは概ね狂気の沙汰は褒め言葉であるが、わかりやすい権力欲、逆に恐怖心の克服、見栄なんかはばっさり益体もない、と切り捨てられるものかもしれない。だがその低俗さ、露骨な悪趣味さがエルロイの魅力だろう。エルロイの描く小説はマッチョイズム賛美、あるいはそのものの描写とはことなる。マッチョであろうとして失敗する様、といったらいいかもしれない。あるいは失敗し続ける。権謀術数渦巻く世界でもあるが、例えばエリス・ロウなんかも一皮むけば権力欲に取り憑かれた臆病者であって、どの人物も非常にピュアだと思う。不器用と言ってもいい。卑小存在が渇望するのがエルロイの書く人物たちであって、だから非常に親しみやすいんだよね。それがエルロイの書く一見とっつきにくいこと極まりないが、じつは読んでみると非常に読みやすく、また共感できる理由ではなかろうか。

薬と不眠と披露で目がかすみように、ページをめくるごとに正気を失っていく少人口たちが特徴だけど、短編だと狂気のバロメータがページ的な制限もあって振り切れないから、物足りないところもないわけではないけど、手っ取り早く楽しめる利点もある。これも現在では絶版状態だが気になる人は古本屋さんで探してみてどうぞ。

0 件のコメント:

コメントを投稿